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ジ・アナザー  作者: sularis
第十二章 さらなる飛躍
124/204

閑話集

2回ほど閑話集が続きます。思っていたのと違う内容になった箇所とかありますが……

~レックの○○○~



 冒険者ギルドのマスターであるギンジロウは悩んでいた。

 その悩みを余人が聞けば、くだらないと切り捨てられるか、とても大切だと言ってもらえるか、反応は真っ二つに分かれるだろう。

 ちなみに、ギンジロウ本人ならくだらないと切り捨てる。

 だが、切り捨てられない理由があった。

「だーっ!」

 目の前に広げた紙をひとまとめにしてぐしゃぐしゃに丸めたギンジロウは、それをぽいっと机の横に置かれたゴミ箱に放り込み、立ち上がった。

 そして、部屋を出ようとしたところで、頼りになる右腕のフライトに見つかってしまった。

「ギンジロウ、何してるんですか?」

 冷ややかな目で凝視され、ギンジロウの動きは一瞬止まるも、すぐに再起動を果たす。

「気分転換だ、気分転換!」

 それだけでフライトには何となく現状が理解できたらしい。

「ピーコさんからの依頼、そんなに面倒なんですか」

「あったり前だ!こういうのはな、得意なヤツにやらせるべきなんだよ!」

 ギンジロウは力説するも、フライト相手では意味がない。

 そもそも、反論するなら昨日の大陸会議の例会――大陸会議の会議とか紛らわしいので、議員が集まっての会議は例会と呼称が改められていた――でやっておくべきだったのだ。

 尤も、あの場でピーコとケイに睨まれて、まともに反抗できる者など一人もいないのだろうが。

「まったく……元気になったらなったで、前よりも厄介になりやがって……」

 そんな風にぶつくさと愚痴をたれていたギンジロウだったが、

「そんな事言っていていいんですか?誰かに聞かれて告げ口されても知りませんよ?」

 愚痴を聞いていたフライトにさっくり突っ込まれ、一瞬固まったかと思うとそのままさーっと青ざめてしまった。

「ま、まさかとは思うが、フライト……」

「なんでしょう?」

「ちくったり……しないよな?」

「そうですね。私にそんなつもりはありませんが、たまには休暇をいただけないと口が軽くなったりしそうです」

「……休みが欲しいと?」

「いえいえ。誰もそんな事は言っておりませんよ?」

 そのまま廊下で睨み合うギンジロウとフライト。

 先に折れたのはギンジロウだった。

「……近いうちに何とかしてみる」

「それはそれは。その言葉、忘れないでくださいよ?」

 そう言ったフライトの目は、休みが取れなかったらさっきの発言を確実にピーコの耳に入れると明言していた。

 そうならないように祈りつつ、ギンジロウは脇にどいてくれたフライトの横を通り過ぎ、そのまま建物を飛び出した。



 夏の盛りが終わったとは言え、まだまだ暑い季節である。それでも、午前中の早い時間帯は随分と涼しくなってきていた。

 そのせいか、はたまたここのところキングダムを恐怖のどん底に突き落としていた魔法使い殺しがなりを潜めて随分経つからか。街にもまともな活気が戻って来つつあった。

(しかし、考えてみれば、魔物の襲撃の被害に比べたら、随分被害は少なかったんだがな)

 にもかかわらず、キングダムに住む者たちに与えた恐怖の大きさは比べものにならなかった。

 その事を不思議に思いつつも、元に戻りつつあるキングダムの街の様子に、ギンジロウは満足げな笑みを浮かべつつ、大通りを散策し続けた。

 尤も、静かに散策するのは少々難しかった。

 何しろ、あまり表には出ないとはいえ、ギンジロウは大陸会議の一員であると同時に冒険者ギルドのマスターでもある。ギンジロウの名前を知らない者はまずいないし、顔を知っている者も少なくない。むしろ多い。

 そんな訳で、ノンビリと散策しているギンジロウに声をかけてくる者は多かった。

「ギルドマスター。あんたが呑気に歩いてるってことは、やっぱりもうあれは倒されたんだな!」

「誰が倒したんだ?」

「やっぱり、噂通り蒼い月なの?」

「サザビーズが帰ってくるって聞いたけど、ホント?」

 巷で広がっている噂の真偽を確認するべく声をかけてくる者たちから、

「うちの武器にもギルドの認証くれよ!」

「魔導ランプはいつから卸してもらえるんだ?」

「鉱石がちょっと不足気味なんだ。近いうちにクエスト依頼するよ」

 という者たちまで揃っている。

 その全てに丁寧に返していてはキリがないが、全て無視する訳にもいかず、ギンジロウは当たり障りのない範囲で適当に答えながら大通りを進む。

 尤も、

「ちょっと寄ってかない?サービスするわよ?」

「ちょっと何よ!ギンジロウはうちの常連なんだからね!」

 そんな夜の商売人たちの諍いばかりは、ガン無視であるが。

(そもそも、酒場の常連になってる暇なんかないっての)

 なれたら良いなとは思うが、酒場に入り浸れるようになるのはどう考えても、ギルドマスターの職を辞した後だろう。

 しかし、ギンジロウは今の責任を放り出すつもりはなかった。せめて何らかの光明が見えるまでは、ギルドマスターの職務を全うするつもりなのだ。

 問題は、その光明すら見えてくる気配がない事だろうか。

 蒼い月をはじめとして、幾つものトップクランが各地で活躍してくれているが、対魔王という点では未だに大きな進展はない。それどころか、あまりに長く居すぎて、誰もかもがこの世界に順応してしまっているような気すらする。

 確かに、ジ・アナザーをログアウトして平和な元の世界に帰りたい。そういう声は根強い。だが、この世界にすっかり根付いてしまった者たちも多いのだ。

 或いは、単に時間が戻るとか戻らないとかそんなもの全てを押し流してしまったのか。

 その辺の事は分からない。

 ただ、このままだと、襲ってくる気配のない魔王のことすら忘れ、皆が皆、ずるずるとこの世界で生きていく。そんな未来が容易に想像できてしまった。

(そう考えると……魔物の襲撃もメリットはあるんだよな)

 毎回被害が出ていることを考えると不謹慎と非難されても当然のことを考えてしまい、ギンジロウは頭を軽く振った。

 周りを適当にあしらいつつそんな考え事も挟みつつ歩いていたギンジロウは、いつの間にか随分と歩いてきていた事に気がついた。周囲の店が随分と減っているところを見ると、5番街区の端の方らしい。

「ちょっと歩きすぎたか?」

 呟いてみるも、出てきた本来の目的はさっぱり果たせていないのだ。なら、まだ歩き足りない――というより、

(顔を隠して出てくるべきだったな)

 気分転換半分、歩きながら考え事をするつもりが半分だったのだが、あまりに声をかけられすぎて結局本来の目的を半分も果たせていなかった。

 裏通りを歩き回れば目的を果たせるかも知れないが、それはそれで後をついてきているはずの護衛たちに絶対に止められるだろう。

 溜息を吐きつつアイテムボックスを漁り始めたギンジロウ。その頭上を巨大な影が過ぎった。

 思わずギンジロウが空を見上げると、巨大な翼を広げた影が悠々と広い蒼穹の中を舞っていた。

「……リーフか」

 キングダム名物とまではいかないが、すっかりなじんでしまっているそれの名前をギンジロウは口にした。

 時々その背にレックを乗せて飛んでいる事もあるのが、見たところ、今日はただ一頭で空を舞っているらしい。

 豆粒ほどのそれを見上げていたギンジロウだったが、不意にその口元が笑みの形に歪んだ。

「これならレックの二つ名にふさわしい。絶対ピーコも満足するだろう」

 それを聞いたレックが猛烈に恥ずかしがって強く辞退を申し出たのだが、それはまた別の話である。




~リア友はどうなってるんだろう~



「お前らってさ、リア友がどうなってるか知ってるか?」

「なんじゃ、いきなり」

 クランハウスでの夕食が終わった後、皆がくつろいでいた時間のことである。

 唐突にそんな事を言い出したクライストに、ディアナが怪訝な顔をした。

「いや、ふと気になったんだ。悪い。忘れてくれ」

 自分が今更なことを訊いた自覚があったのか、クライストはそう言って話を打ち切った。いや、打ち切ろうとした。

 だが、仲間達がそれを許してくれなかった。

 何しろ、全員が気になっていたことなのだが、そこから家族やら恋人やらという重たい話が飛び出してきそうで、事実上のタブーになっていた話題なのだ。それでも気になるものは気になる――というより、いつかはぶちまけたかっただけかも知れない。

「いやいや。折角なのじゃ。思う存分ぶちまけようではないか」

 ディアナがそう言うと、仲間達が次々に口を開いた。

「何人かはプライベートで遊んでたはずだけど、やっぱりこっちにいるのかなぁ……」

「そーだね、みんなどーしてるのかな……?」

 若手二人がそう言うと、

「キングダム、ほっとんど日本人ばっかやからなぁ……。わいの知り合いとか絶対おらへんよーな気がするわ」

「そうじゃな。じゃが、それは良い事なのではないのかのう?」

「そーかも知れへんな」

「クランチャット以外、全部機能が止まってしまったのは痛いのう……」


 ディアナの言うとおり、『魔王降臨』の後、個人端末の機能は大幅に制限され、チャット機能もクランチャット――当時はギルドチャットと呼ばれていたが――以外使えなくなっていた。

 おかげでフレンド登録していただけの相手とは互いに同じ街にいたということでもない限り、再会できなかったか再会できてもかなりの時間が経ってからという事が多かった。

 尤も、現実での友人と再会できなくなる場合の理由は大抵別にある。

 現実と仮想世界で全く別の友人関係を築くケースが多く、現実で親友であっても仮想世界のプライベート・アバターでは互いの名前も顔も知らない者が極めて多かったのである。

 そのため、プライベート・アバターでしか活動できないキングダム大陸では俗に言うリア友との再会を果たせた者はかなりの少数派だった。

 それは蒼い月のメンバーであっても例外ではなかった。


「僕は元々こっちのアバターじゃ、友達とフレンド登録してなかったし」

「わいも全くやな。フォーマルに会えば分かるんやろうけどなぁ」

 次々にそんな声が上がる。

 尤も、そうでない者もいたようで、

「あたしは何人かとしてたけど、多分、キングダムにはいないんじゃないかなー……」

 そんなリリーの言葉に、珍獣を見るかのような視線が集まった。

「え?え?」

 戸惑うリリーに、ディアナが優しく声をかけた。

「リリーは現実と仮想現実の境が低かったのじゃな」

「ってゆーか、宿題とか相談したいときに連絡取れないと困るし」

 そんなリリーの説明で、仲間達はジ・アナザーの不親切仕様を思い出した。

「あー、確かにな。フォーマルとプライベートでフレンドリスト共有できないとか、時々問題になってたよな」

「時々ではなく、しょっちゅうだったような気がするがのう……」

「あれ、不便だったよね~。ってゆーか、なんであんな仕様だったわけ?」

 リリーの疑問に、仲間達は一斉に首を捻った。確かユーザからの突き上げをくらったイデア社から説明があったはずだが、あまり重要な事でもなかったせいかまともに思い出せない。

 が、流石に何人かいれば一人くらいは思い出せるようで、

「確か、メトロポリスの外では現実のしがらみを忘れて遊んで欲しいとか言っとらんかったっけ?」

 そんなマージンの言葉に、

「あー、そうだったそうだった。そんな理由だったな」

「そうじゃな。それで諦めた者も多かったのう」

「そんなんじゃなくって、運営の頑固さに負けただけじゃなかったっけ?」

 リリーの突っ込みに、それを言ってはお終いじゃとディアナが首を振った。

「まあ、しかしあれじゃ。今更メトロポリスに行く事になった訳じゃが……知り合いに会えると思うかの?」

「わいはー……会いたい知り合いはおらんやろな。職場の連中、仕事以外では仮想現実でさえコンピュータに触りとうないとか言うとったしな」

「僕も無理かな。多分、みんなプライベートで遊んでたと思うし」

 ディアナの言葉に即座にそんな答えを返すマージンとレック。

 一方、

「俺は……無事なら何人かいるかも知れねぇな。つっても、メトロポリスに馬鹿正直にとどまってればだけどな」

 クライストはそんな答えを返した。


『魔王降臨』の直後にあった仕様変更の1つに、フォーマル・アバターの行動範囲制限の解除というものがある。

 フォーマル・アバターは本来メトロポリス――大陸ではなく都市の方である――から一歩も出る事が出来ないという制限をかけられていた。それが解除され、自由にどこまでも行けるようになったのである。

 そのため、治安が悪化したメトロポリスから逃げ出した者もかなりの数に上った。勿論、フォーマル・アバターにまともな体力などない訳で、逃げ出した者たちの大半の運命は、キングダム大陸を早々に諦めてメトロポリス大陸各地の村や街に逃げ込めたか、エネミーの餌食になるかの二択だったとされているが。

 そんな彼らの運命はさておき、メトロポリスに行ったとしても逃げ出してしまった知り合いには出会いようはない。


「まあ、逃げとらんかったとしても、会えるかどうかは怪しいとこやけどな」

「え?何で?部屋に行けば会えるんじゃないの?」

 マージンの言葉に、リリーがその金髪を揺らめかせて小首を傾げた。

 片や、レックはマージンが言いたい事を察していた。

「多分、マージンの言うとおりだよ。元の部屋にずっといるって保証がないもんね。そもそも、『魔王降臨』の時に強制的にログアウトさせられてるかも知れないし」

「あ、なるほど~」

 その可能性は気づかなかったと、リリーが感心したようにレック――ではなくマージンを見つめ、レックは気づかれないように溜息を吐いた。

 そこに部屋の扉が開く音が重なった。

「何の話をしていたんだ?」

 そう言いながら入ってきたグランスに続いて、エイジを抱いたミネアも入ってきた。

「なに、リア友について話をしておったのじゃよ」

「ああ……なるほどな」

 ディアナの答えに一瞬眉を顰めたグランスだったが、そのままいつもの定位置――リーダー用の上座へと移動した。

「だが、今更だろう。そもそも顔も名前も知らないプライベート・アバター同士だと、すれ違うどころかちょっと話をしたくらいじゃ分からんだろうに」

「その流れで、フォーマルがいる可能性が高いメトロポリスなら、会える可能性が雀の涙くらいはある……という話じゃったか?」

「違うよ。メトロポリスでも期待しない方が良いって流れだった」

 微妙に内容がずれていたディアナの解釈を、レックが正した。

「まあ、そうだろうな。会える自信があったら、俺ももっと早くにメトロポリスに行こうと切り出していたさ」

「でも……行くのでしたら、一度は皆さんの……友人の部屋を訪ね歩いても……良いと思います」

 グランスの隣に腰を下ろしたミネアの言葉に、仲間達もそれは悪くないなと頷いた。

 尤も、

「あー……わいはええわ。なんや、日本人区ちゃうしな」

 と、マージンだけは辞退した。

 メトロポリスはその用途上、世界中の人間のフォーマル・アバターが存在していたのだが、国も言葉も異なる者同士が混じり合って活動するのは様々な問題を引き起こした。そのため、原則として出身地ごとに別々の区画に住む事が推奨されており、日本人ではないマージンはレック達とは別の区画に部屋を持っていた。

「そう言えば……マージンって日本人じゃないんだっけ」

 今更思い出したように、リリーが呟いた。

「そや。今はこんなんやけど、元はきんきらきんの金髪のイケメンやで」

「自分でイケメンとか言うのは、如何なものかと思うがのう……」

 ディアナがそう言った傍らでは、リリーは目をきらきらと輝かせていた。

 尤も、ジ・アナザーを出るに出られない今の状況では、リアルの容姿など関係ないに等しい。

 おまけに、

「今は全員美男美女だからね……」

 というレックの言葉通り、蒼い月どころかキングダム大陸中を探し回ってもほとんど美男美女しかいない状況では、イケメンの価値など無いに等しかったりする。

 それはさておき。

「まあ、メトロポリスで改めて知り合いに会える可能性は期待しない方が良いとは俺も思う。そのつもりでいてくれ」

 グランスがそうまとめ、仲間達も頷いた。

 だが、

「……それでも、行ったら期待は……してしまいそうですね」

 ミネアがぽそりと言った言葉を、誰も否定する事はしなかったのだった。




~魔導研究所~



 キングダムにある冒険者ギルド本部はなかなかに大きい建物である。キングダムでは珍しい4階建てである上に、敷地面積も相当に広い。100m四方ではきかないだろう。

 そんなに広いのには当然訳がある。

 何しろ、大陸全土に散らばる15万を超える冒険者たちの総元締めなのだ。加えて、クエストという形で様々な仕事を斡旋する組織でもある。

 実際に冒険者として活動している者は登録者の数分の一程度――3万人程度と見なされているが、それでも1つの組織の管理する人数としては、大陸会議直轄軍に次ぐ規模である。

 その本部に出入りする人間の数は一日でのべ数千人を超える事すらあり、その業務のためにかなり大きな建物を接収して使っているという訳だった。

 ――ちなみに、元々何の建物だったかは誰も知らない。『魔王降臨』の頃からずっと無人の状態だったらしい、その事だけが唯一分かっていた。

 他にも元々の用途が不明な巨大な建物が幾つかあって、大陸会議はそれらを接収して使っているのだが、今はそれはおいておこう。

 そんな大きな建物の奥の一角には、今のところは冒険者ギルドの下部組織とされているが、近いうちに大陸会議直轄に移されると噂されている組織が入っていた。

 マージンが所長を務める――実際にはほとんど名前だけだが――魔導研究所である。

 その魔導研究所で、今日も爆発が起きた。


「かはっ!」

「げほっごほっ!」

 爆発自体の規模もいつも通り、さして大きいものでもなかったらしい。

 一見無事に見える扉がガバッと開くと、中から二人の女性が飛び出してきた。

 その背中を追いかけるように煙――というより粉塵がもうもうと廊下へと吹き出してくるのに気づき、女性の片割れが慌てて扉を閉めた。

 そうしてやっと安心したのか、女性たちは廊下の床にずるずると座り込んだ。

「あー……また失敗したね」

 顔の埃を落としながらそう言ったのは二十歳くらいの女性だった。背中で1つにまとめている明るい緑の髪は、今は埃まみれでちょっとこじゃれた服もろともにかなり悲惨な事になっていた。

「やっぱり、あの線が余計だったのよ」

 そう答えたのは中学生か高校生くらいの少女だった。こちらも黒髪が見事に埃で灰色になっていた。勿論、服も元の色がぱっと見分からない程度に埃まみれである。

「あの線、いいと思ったんだけどなぁ……」

 女性ががっくりと肩を落とすと、

「レイシェルはいつもそれで失敗するじゃない」

 少女が追撃を入れた。

 尤も、

「ノイエだけだと、爆発すら起きないけどね」

 とレイシェルに反撃され、うぐと言葉に詰まるのだが。

 ちなみにレイシェルとノイエの二人が爆発を起こしたにもかかわらず、誰一人として様子を見に来ないのはいつもの事である。

 と言うのも、この二人が爆発を起こすのはいつもの事なので、いちいち見に来るだけ時間の無駄という認識が、研究所に勤めている全員に共有されているからだった。

 それはさておき、相手を非難しても意味がないどころか反撃されてダメージをくらうと互いに理解している二人は、余計な言葉を発す事なく息を整える事に集中していた。

「……ねぇ」

「なに?」

「いつになったら、あたしたち、オリジナルの魔導具作れるのかな?」

 ノイエのそんな言葉に、レイシェルは、

「分からないわね。って言うか、副所長でもせいぜい所長の改造止まりって言ってたもの。わたしたちじゃ無理じゃないの?」

 とは言え、このままではいけない事も分かっている。

 何しろ、レイシェルもノイエも、ギルドカード以外まともに作れないのだ。少し前にマージンが中心になって開発に成功した魔力式ランプすら作れない。

 尤も、魔導研究所と言えども実際に魔導具を作れるのはレイシェルたちを含めても6人しかいない。なのでレイシェルたちの出来が悪いかどうか判断のしようがなかったりする。

 が、本人たち主観ではやはり出来が悪いと感じているのだろう。

 こうして二人で集まっては、研究に余念がなかった。――まともな結果が出ないのが問題だったが。

「……そろそろ落ち着いたかな?」

 ノイエがそう言って立ち上がった。ついでに服や髪に纏わり付いた埃を軽く払う。

「そうある事を願うわ」

 レイシェルは同じように服と髪の埃を払いながら立ち上がると、そーっと自分たちが爆発を起こした部屋の扉を開けてみた。

「……大丈夫みたいね」

 部屋の中から流れ出てくる風にはもはや粉塵は含まれていなかった。二人が暫く休んでいる間に、すっかり落ち着いたようだった。

 尤も、部屋の中で爆発が起きたのである。

「……また、片付けしないとだね」

「……それは言わない約束よ」

 部屋中に積もった塵はもとより、爆発であれやこれやがすっかり散らかってしまっていた。

 その割に壊れた物が少ないのは爆発の規模が小さかったから――などではなく、単に壊れやすい物がもはや残っていなかったからに過ぎない。割れるガラスすら残っていない窓枠が良い例だろう。

 それでも片付けの手間が減る訳ではない。

 ノイエが箒とちりとりで部屋中に積もった塵を掃き集めている間に、レイシェルが床や机の上に散らばった道具類を拾い上げて元の場所に戻していく。ついでにはたきで塵を落とすのも忘れない。

「なんか、掃除ばっかり上手くなってる気がするの……」

「そうね。これで料理と洗濯も出来たら、いつでもお嫁に行けるわよ」

 ノイエの呟きにレイシェルが投げやりに答えた。

 が、それを聞いたノイエはぽーっとして、

「お嫁さんかぁー……所長、やっぱり家事が出来る人がいいのかなぁ……」

「ノイエ、手が止まってるわよ」

「あっ、ごめんごめん」

 レイシェルに注意され、慌てて掃除を再開した。

 そんなノイエの様子に、レイシェルは苦笑いを浮かべた。なんだかんだで、ノイエとは友人――それも親友と呼べる仲なのだ。そんな彼女の恋は素直に応援してあげたい。

 が、問題も多かった。

 ノイエの懸想しているお相手である所長は、名ばかり所長と本人が言い切って憚らない通り、研究所に全く縛られていない。蒼い月の用事があれば月単位で研究所に来ない事すらあった。

 おまけにノイエの外見も問題である。放っておくと中学生、頑張っても高校生に見えれば良い方というくらいなのだ。こんな外見の少女相手に恋愛感情を抱くとか――普通は考えられない。抱いたら抱いたでロリコン疑惑が持ち上がる。

 幸いにしてまだ決まった相手がいるという話は聞いた事がないが、そんな現状なのでノイエの恋は前途多難が約束されていた。

(尤も、わたしもノイエの応援ばかりしてる訳にもいかないんだけどね)

 レイシェル自身も、気になる相手がいるのだ。

 幸い、ノイエと同じ相手ではない。それにずっとキングダム――どころか研究所にいる相手なので、ノイエよりはずいぶんマシなのだが、全く女に興味がないという点ではノイエより面倒な相手かも知れなかった。

(でも、だからこそ、魔導具を上手く作れるようにならないといけないわよね!)

 親友にも聞かれたくない、何度目になるか分からない決心を心の中で呟くと、レイシェルは実験再開のために部屋の掃除に精を出すのだった。

 尤も、2~3分おきに掃除の手が止まる親友を、その都度注意しながらだったので、あまり効率は良くなかったのだが。


 ちなみに、後日、蒼い月がメトロポリスに行くと聞いて半端じゃなく落ち込んだノイエを慰めるために、一晩一緒に飲み明かすことになったのは余談である。




~とあるマージンの暑い一日~



 キングダムに滞在している間のマージンの行動パターンは、概ね決まっている。

 ギルドに併設されている魔導研究所に出勤(?)して魔導具の製作・試作を行うか、公立図書館の地下書庫に引きこもって文献を読み漁る。いずれかである事が非常に多い。

 他にも必要なら仲間のための武器防具を作ったり修理したりしているが――滞在が長期にわたる場合、その辺の事はそうそうに終わってしまって先のパターンに陥る事が非常に多かった。

 そんなマージンは、この日も研究所の自室でなにやらごそごそやっていた。

「う~ん……あかん、これやとあかん」

 そう言いながら机の上に、手の中で弄んでいた物をぽいっと放り投げた。放り投げられた物はころころ転がって、机の上に置かれていた小さい棚にぶつかってやっと止まった。

 放り投げられたそれは、赤みを帯びた半透明の球体だった。

「ビー玉やと、どうやっても蓄積魔力に限界があるわ。かと言って、これ以上刻み込む魔力回路小さくできんしなぁ……」

 ここ数日、マージンが取り組んでいるのは魔力をため込む方法の改良だった。

 暫く前に生産が始まった魔力式ランプ――と言っても、2~3人で作っているだけなので、まだ100個出回ったかどうかくらいなのだが――には、早くも苦情というか改善に対する要望が寄せられていた。

 もっと持続時間を延ばして欲しい、というものである。他にも要望はあるのだが、それが一番多い。

 何しろ、今の魔力式ランプは魔力を込めてから30分ほどしか光り続けてくれないのである。かなり頻繁に魔力を込め直さないといけないため、暗くなってからの仕事のお供にするには、些か不満が残るという訳だった。

 ちなみに、今の魔力式ランプがどうやって魔力を蓄えているかというと、手に入りやすいガラス玉――ビー玉に魔力回路を刻みつけたものに魔力を蓄えるようになっている。その改善をマージンは行っている訳なのだが、どうやらビー玉ではかなり低いところに限界があったらしい。

「せめて、宝石とか使えたら楽なんやけどなぁ……」

 そうぼやくマージンは、実際に宝石で試作した魔力蓄積体――通称、魔力バッテリーをアイテムボックスから取り出して、手の平の上で転がした。

 使っている宝石は不純物もかなり混じっている粗悪品なのだが、そんなのでもビー玉の数倍の魔力を蓄積できている。

 ただ、粗悪品でも宝石と言うだけあって、結構な値段がする上に、数を揃えるのが難しかった。おまけにガラス以上に魔力回路を刻み込むのが難しいという問題もあって、量産品にするべき魔力式ランプには使ってしまうと、値段が跳ね上がる上に数が作れなくなってしまうのだった。

 とりあえず、そんな訳で宝石はダメ。

 ガラス玉も魔力を蓄えにくいのでダメ。

 と言う事で、マージンは部屋の壁に備え付けられた素材棚へと足を運んだ。

 同じような素材棚は研究所で働く全研究員の研究室にも備え付けられている。いちいち倉庫まで取りに行かなくても良いようにという配慮である。

 欠点と言えば、あくまで試作・研究用なので種類は揃っていても各々の素材はちょっとしか置かれていない事だろう。

 それはさておき。

 マージンは素材棚の引き出しを順番に開けながら、使えそうな素材を漁っていく。

「木片……気がついたらカビるか虫に囓られてそうやからアウト。……鉄その他金属……ガラスの方がましやった。アウト」

 一応、引き出しは開けなくても中身が分かるようにとラベルが貼ってあるのだが、マージンはいちいち引き出しを開けて中身を確認していく。

 とは言え、素材は同じで単に異なる形に加工してあるだけのものがかなり多いため、引き出しのチェックはあっという間に終わってしまった。勿論、収穫ゼロである。

「あかん。こんなんじゃ、話にならへんわ」

 マージンはそう言って頭を振り、窓際へと向かった。

 邪魔にならない風が入る程度に開けられていた窓を全開にし、

「ふはぁ~……」

 と息を吐く。が、

「あぢぢぢぢ……」

 そう言いながら、夏の日差しが直接当たる窓際から待避した。

 ただ、それでもマージンの視線は窓の外へと向いていた。

「……気分転換に、ちょっと歩いてこよか」

 外の暑さ故にあまり乗り気ではなさそうだったが、このまま研究室に籠もっていても何にもならないと考えたのだろう。マージンはもっそりもっそりと部屋を出て行った。


 さて、自室を出たマージンが向かったのは様々な店が並んでいる大通りである。研究所と冒険者ギルドを素通りしたのは、見慣れすぎた光景では気分転換にも刺激にもならないからという理由だった。

 大通りは魔法使い殺し(マジシャンキラー)の一件が片付いたという認識が広まったせいか、すっかり落ち着きを取り戻した人々が歩いていた。

 が、その人数はかなり少ない。これは単に暑さのせいで昼間っから出歩く者が減っているのが理由だった。

「う~ん……暖房は兎に角、冷房はあったら便利なんやけどなぁ」

 マージンはそう呟いたが、ロイドから貰った本にはそんな術式は載っていなかったし、図書館の地下書庫でもまだ冷房の術式などは見つかっていなかった。

 尤も、冷房魔術がないならないで、冷却系の魔術を改造して何とかする手もあるが、魔術の改造はかなりの時間がかかるという問題があったりする。

(ま、見つかったらやな)

 マージンはそう結論を出すと、本来の目的の方に思考を移して散策を再開した。

 通り沿いに並んでいる店で売られている品物は実に様々なのだが、1つ共通点もある。

 それは生活必需品が圧倒的に多い、という事だった。

 一番多いのが食料を扱う店で、レストランや喫茶店のような外食系の店を含めると通り沿いの店の半数以上が食料関係の店である。

 一方で意外に少ないのが、武器や防具、あるいは旅における必需品を扱う店だった。

 何しろ、街の外に出ればエネミーに襲われて死ぬかも知れない訳で、それを嫌った者たちは基本的に街から出ない。出たとしてもせいぜい遠くて近郊の農地エリアまでである。

 そんな者がキングダムの人口の大半を占めているのだから、武器や防具や旅の道具の需要も当然少なく、店も少なくなったという訳だった。

 そんな大通り沿いの店を気の向くままに冷やかしつつ、マージンは散策を続け、一軒の店の前で足を止めた。

 そこは調度品を主に扱う店だった。が、他の店には多少なりとも客の出入りがあるのに、この店だけ全く人気がない。

 その事に興味を惹かれたマージンは、いそいそと店の中に入り――そして、この店の不人気の理由を知った。

(骨細工ばっかやなぁ……)

 棚に並んでいる商品は、どれもこれもが見事なまでに骨を素材にした調度品ばかりだった。多少実用性があるものもあるとは言え、かなり露骨に骨だと分かるような調度品を好きこのんで使いたがる物好きなどそうそういない。

 そのせいか、実に珍しいはずの客を見つけた店員も、どうせ何も買わずに出て行くのだろうと、マージンに声をかける事もなくカウンターの裏でうたた寝をしている有様だった。

 尤も、それはマージンがある物を見つけるまでの事だった。

「ふむ……当たりを引いたみたいやな」

 マージンはにんまりと笑うと、見つけた商品を手にとって店員がうたた寝をしているレジへと向かった。

「ちょい聞きたいんやけど、ええか?」

「ん? あっ、いらっしゃいませ!」

 マージンに声をかけられて慌てて飛び起きた若い男性店員は、マージンが手に持っていたものを見てもう一度驚いた。

「も、もしかしてそれ、お買いになるんですか?」

「そうや。ついでに話も聞かせてもらいとうてな」

 マージンがそう言うと、喜色満面で店員は頷いた。

「どうぞどうぞ! それで聞きたい事って何なんですか?」

「これの作者、知りたいんや。ちょい、仕事を頼めるかどうか確認したくてな」

 それを聞いた店員はまた驚き、そして、

「それ、俺が作ったんですよ!」

 そう自分を指さした。

「そうなんか。自分、若いのにええ腕しとるやん」

「いや、リアルでもこういった細工物をしてたんです。まあ、骨ばっかり扱うようになったのはここに来てからですけどね。それで仕事って何なんですか?」

 早速そう訊いてきた店員――いや、店主に、

「ちと、作って欲しいもんがあるんや。詳しい事はそうやな……ここやと説明しきれへんから、明日、ギルドにまで来てくれへんか?」

 マージンはそう告げたのだった。


 ちなみに、翌日、ギルドにやって来た細工屋の店主に骨を使って魔力バッテリーを試作させたマージンは、ビー玉比3倍のその性能に満足し、ついでに店主の腕前にも満足して店主を新しい魔導研究所職員としてスカウトしたのだった。

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