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ジ・アナザー  作者: sularis
第十二章 さらなる飛躍
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第十二章 第十話 ~マジシャンキラー~ ※グロ注意

 裏通りに大きな破砕音が鳴り響いた。

 瞬時にして一帯を覆い尽くした土煙がもうもうと立ち上り、付近の視界を奪った。

「どうなった!?」

 状況を掴めず、グランスが叫んだ。

 直後、強い風が裏通りへと吹き込み、瞬く間に土煙が払われた。

 そしてグランスとマージンの視界に映ったのは、蜘蛛の巣状のヒビが入った建物の壁へと腕を突き立てた魔法使い殺し(マジシャンキラー)。そして、顔の横を掠められながらも、その一撃を回避したレックの姿だった。

 ただ、レックの手には既に剣はなかった。いや、その柄だけが残っていたというのが正しいだろう。


(今のは危なかった!ホント、危なかった!)

 かろうじて魔法使い殺しの一撃を回避したレックは、左頬を走る微かな痛みなど感じていなかった。

 魔法使い殺しの爪に魔力の光が灯ったのを確認したレックは、込める魔力の量を増やしたブロードソードで受け止めようとした。

 だが、剣が魔力に耐えきれない事を警戒したのがまずかったのだろう。

 レックが思った以上に威力が上がっていた魔法使い殺しの一撃は、いとも簡単にレックの魔力で強化されたブロードソードを貫いたのだった。

 それを回避できたのは、半分以上勘のおかげだと言っても間違いではないだろう。身体強化で動体視力から反射神経まで強化されているとは言え、未だ本気を出していなかったレックのそれらは、今の魔法使い殺しの一撃を完全に躱すにはやや不足だったのだ。

 ただ、これでレックは力を抑える事を――全てではないが止める事にした。正確には、魔法使い殺しが逃げてしまうリスクに目をつぶる事にしたと言うべきか。

(自分が殺されたら身も蓋もない!)

 壁を貫いた右手の代わりに、その左手の爪を振りかざした魔法使い殺しの姿を確認し、レックはそう決断した。

 直後、レックの全身を巡る魔力が活性化し、身体強化のレベルを跳ね上げる。

 目の前で一瞬にして跳ね上がった魔力を感知したのか、魔法使い殺しの目が驚愕に丸くなった。だが、既に振り下ろされ始めていたその左手は止める事が出来なかった。

 振り下ろされてきた魔法使い殺しの左手が、ブロードソードの柄を離したレックの右手に弾き飛ばされる。

 そして、レックの左手は魔法使い殺しが反応する間もなくその腹へと叩き込まれていた。

「がふっ!!」

 通りの反対側の建物の壁に叩き付けられた魔法使い殺しの口から、血が飛び散った。

 直後、刀身を失ったブロードソードが地面に落ちる音が響き、

「やったか!?」

 グランスが歓喜の声を上げた。

 だが、一瞬ふらつきながらも、魔法使い殺しの足下はまだしっかりしていた。

(ダメだ。ちゃんと力が乗り切らなかった)

 魔法使い殺しの一撃を回避したことで崩れた姿勢から放った一撃では、十分なダメージを与えられなかった。レックは瞬時にそう判断していた。

 それと同時に、アイテムボックスから素早く予備の剣を取り出した。

 だが、それが隙になってしまった。

 レックには勝てない。そう察した魔法使い殺しは、レックが剣を取り出す一瞬を付いて一気に三階建ての建物の屋根の上へと跳ね上がったのだ。

「逃げたで!!」

 マージンの叫び声を背に、レックも魔法使い殺しを追って建物の屋根へと跳び上がった。

「まずっ!」

 かろうじて離れた建物の屋根の向こうに魔法使い殺し(マジシャンキラー)の背中を視認したレックは、見失わないうちにと慌てて駆け出した。

 そして、

(……これだけ距離が空けば、マージンに気づかれないはず!)

 そう判断すると、予め展開していた動体感知の魔術の有効範囲を広げ、逃げる魔法使い殺しの反応を捕らえた。

(よし、これで見失う事はない、かな?)

 とは言え、魔法使い殺しに対抗魔術を使用されてしまえば、反応をあっさり見失いかねない。故に、そうなる前になんとしてでも捕まえる必要があったレックは足下に込める力を増やした。



「あー、行ってもうたな。ってか、追いかけへんとあかんけど……」

 魔法使い殺しを追いかけてレックが消えていった建物の上を眺めていたマージンの台詞に、グランスが首を振った。

「すまんが……俺は無理だ。流石にあんな身軽な真似はできん」

「やな。わいはレックを追いかけるから、旦那はギルドに戻っといてくれへんか?」

「そうしよう。済まんが、後は任せたぞ」

 マージンがレックのサポートとして追いかけると言った以上、一人で残されても魔法使い殺しの獲物になるだけだと理解しているグランスは、そう答えた。

「任せとき!」

 マージンはそう言うと、裏通りを挟むようにして建っている建物の窓枠を右へ左へと蹴りつけ、軽業師のように建物の屋根の上へと跳び上がっていった。

 それを見送ったグランスは、

「やっぱ、ああいうのは俺には無理だな」

 ぼそりと呟くと、小走りに大通りへと向かった。



「なんだ、今の?」

 日も随分と傾き、夕焼けの赤さに染まりつつある大通り。そこを歩いていた青年が、ふと視界の上の方を何かが過ぎったような気がして、首を傾げた。

「どうかしたか?」

 隣を歩いていた青年が彼の様子に気づき、そう訊きかけた瞬間、

「っ!やっぱり屋根の上を何かが飛んでいったぞ!?」

 空を見上げていた最初の青年は、今度こそ大通りの上を飛び越えていった影をはっきりと見ていた。

 だが、

「軍か冒険者の連中だろ?身体強化ってのが使えるなら、屋根の上を飛び回ってても不思議じゃないさ」

 そんな連れの言葉に、多少首を傾げながらも納得するのだった。



 次々と飛び越えた幾つもの通り。その一部でそんな一幕があった事など知る由も無く、レックは先を行く魔法使い殺しの後を追っていた。勿論、レック達を目撃した者によっては多少軽い騒ぎになったりもしたのだが、レックには気に留めている暇などない。というか、気づいてすらいなかった。

 先を行く魔法使い殺しの後を追いながら、レックは上空へと意識をやった。

 その時間はほんの一瞬。だが、上空に期待していた気配がある事を確認し、レックの口元は微かに緩んだ。

 そして、再び先を行く魔法使い殺しの背中を睨み付ける。

 距離は先ほどよりも随分と縮んできていた。このままなら、1分と経たないうちに追いつけるだろう。

 だが、レックはそこまで楽観的ではなかった。

 何しろ、キングダムである。人も多ければ建物も多い。隠れる場所も紛れ込む人混みも全くもって困らない。

 人混みに飛び込んで服装をぽんと変えられたら、正直追跡しきれる自信は無かった。

(そうなる前に追いつく!)

 そう決めたレックの足場にされた建物の屋根が、レックの脚力に耐えきれずに次々と破砕されていく。が、レックは勿論気づいていない。気づいていても無視しただろうが。

 その甲斐あってか10mと迫ったところで、不意に魔法使い殺し(マジシャンキラー)が屋根から飛び降り、

 直後、ガラスが派手に割れる音がした。

「しまった!」

 そう叫んだレックの目には、魔法使い殺しが突入したのだろう。大きく破られた窓が映っていた。

 しかし、レックはほとんど迷う事無く、その窓へと突入した。鋭く尖ったガラスの切っ先はしかし、皮鎧に仕込まれたダメージ無効化の術式によってレックを傷つける事はない。

(動体感知を誤魔化す時間は与えない!)

 誤魔化されたが最後、魔法使い殺しは建物から悠々と出て行ってしまうだろう。そして、それに気づかず取り逃すか、気づいても見失って取り逃がすということになりかねない。

 せめてもの救いは、今レックが飛び込んだ建物にはレックと魔法使い殺ししかいないということだろう。これなら、巻き添えや目撃者を気にせずに全力を出せる。

 そう考えていたレックは、明らかに下へと降りていっている魔法使い殺しの反応を動体感知で捕らえていた。

 落ちている訳でなく、斜めに地面に近づいているその感触に、

(階段を駆け下りてる?)

 レックはそう判断すると、どうにかして先回りしようと考えた。

 だが、魔法使い殺しが蹴破っていったと思われる扉の残骸を乗り越えていっても、先回りできるとは思えなかった。

 とは言え、急がないわけにはいかなかった。魔法使い殺しに動体感知を使っている事に気づかれたなら、数十秒もあれば間違いなく動体感知を誤魔化されてしまう。

 焦るレックの目に付いたのは、床である。

(……ぶち抜いちゃうか)

 ほとんど逡巡することレックはそう決めた。。

 下に降りれれば良いのだと割り切ったレックは剣を左手で持ち直すと、右手に魔力を集め、身体強化を可能な限りまで引き上げた。

 そして、軽く飛び上がる。

 天井付近でくるりと半回転し、天井を蹴りつけて勢いを付けたレックは、魔力を込められるだけ込めた右手で床を殴りつけ、

 轟音と共に階下へと落ちていった。



 それは焦っていた。

 久しぶりの獲物と思って襲いかかってみたが、予想以上に獲物が手強かった。そこまではいい。

 問題はそこからだった。

 背後から襲いかかる直前までは全く魔力を感じなかった、言い換えれば眼中になかった獲物が、襲いかかったその瞬間、強い魔力の気配を急激にむき出しにしてこちらの不意打ちを防いでしまった。

 そのことに驚きはしたものの、獲物が一匹増えた。その程度の感想しかそれは抱かなかった。

 だが、魔力を隠していた獲物はなかなかに手強く、いつまで経っても仕留められない。

 故に、爪に魔力を込めて一撃で仕留めようとしたのだが――

 それが良くなかった。いや、そうしたのが遅かったのだろう。

 かろうじてそれを避けたはずの獲物は、次の瞬間、まともな感性を失ったはずのそれが危機感を覚えるほどの魔力をむき出しにして、反撃してきたのだ。

 突然の事にその一撃をもろに食らってしまったそれは、しかし、獲物が攻撃を繰り出した姿勢の悪さにも助けられ、致命的なダメージは受けていなかった。

 故に、それは即座に撤退する事にしたのだ。

 しかし、それも簡単にはいかなかった。いや、現在進行形で撤退できていない。

 3階建ての建物の屋根に跳び上がって一気に逃げ切る予定が、その獲物はいとも簡単に付いてきたのだ。それどころか、着実に距離が縮まる始末。

 せめて姿を隠すべく、空き家の1つに飛び込んでみたものの、獲物だったはずのそれはやはり諦める事なく、それの後を追って建物に飛び込んできた様子だった。

 思わず階下に逃げようとするも、建物が大きく揺れ、直後に強大な魔力の気配が下へと落ちていった。

 自らを追ってきていたあれに先回りされたと察したそれは、駆け下りていた階段の途中で足を止めた。むざむざ危険の中に飛び込んでいく必要などない。

 上へと戻ろうときびすを返したそれの視線にあるものが飛び込んできた。階段の途中に備え付けられていた、明かり取りのための窓である。

 単純に上に戻るよりも手っ取り早く逃げられる。そう判断したそれは迷わず階段の窓を突き破って外へと逃げ出し――突如、空から落ちてきた白い塊によって、強い衝撃と共に地面に叩き付けられていた。



「げっ……」

 階下に降りてくると思っていた魔法使い殺し(マジシャンキラー)の気配が、不意に止まったのを感知したレックは思わずそう呟いた。直後に、壁でもぶち破ったのか、気配が外へと脱出してしまえばなおさらである。

 少し考えてみれば、魔法使い殺しは魔力を感知できるのだ。それでレックが先に下に降りた事を知ったのだろう。詰まるところ、先回りしたつもりが無意味だったという事だ。

(せめて建物の構造を先に調べとくべきだった!)

 などとレックは焦りすぎていた事を反省するも、既に手遅れである。

 だが、幸いにもレックが落ちてきた部屋には、魔法使い殺しが脱出した側にも窓があった。

 迷わずそれを突き破ろうとしたレックは、上空から魔法使い殺し目掛けて落ちていった慣れ親しんだ気配を感じ取った。

(良いタイミング!)

 心の中で気配の主を褒めながら、急いで窓を突き破って通りへと飛び出す。2階からというのは身体強化を使っているレックにとって、なんの問題も無かった。

 そして通りに飛び降りたレックが見たのは、地面に叩き付けられた魔法使い殺しと、それを為した白いグリフォン――リーフが再び上空へと戻っていく姿だった。

 建物から飛び出してきた魔法使い殺しをリーフが上空から急襲し、地面に叩き付けたのだ。

(一撃離脱……よく分かってる!)

 だが、既に馬並のサイズになり、強靱な筋肉で全身が覆われているリーフとは言え、鎧やら鱗やらで身体を覆っているわけではない。鋭い刃物を持った相手と至近距離でまともにやり合ったりすれば、大怪我を負わせられる可能性もあるのだ。

 そのことを理解しているのか、魔法使い殺しに一撃加えるとさっさと上空に逃げてしまったリーフにホッとしつつ、レックは地面に叩き付けられた魔法使い殺しの元へと急いだ。

 先ほどレックに入れられた一撃のダメージが抜けきっていないところにもう一撃まともに食らったためか、流石に魔法使い殺しもかなりのダメージを受けたらしい。

 レックが近寄ってくるのに気づいて慌てて立ち上がった魔法使い殺しの足取りはしっかりしているように見えた。

 だが、十分な時間があったにもかかわらず、さっきの様に一気に屋根の上に跳躍するような事はしなかった。いや、ダメージのせいで出来なかったのだろう。

 代わりに、魔法使い殺しは逃走中は短く戻っていた爪を再びちょっとした剣ほどの長さに伸ばし、レックを睨み付けた。

 もう逃げられないと観念したのだろう。魔法使い殺しの様子からそう判断したレックは、それなら逃げられる事はないだろうと、少し魔法使い殺しに話しかけてみる事にした。

 グランスたちは魔法使い殺しがエネミーだと思っているようだったが、レックの意見は違う。ひょっとしたら、本物の魔術師の類ではないかと疑っていた。

 ならば、話が通じるかも知れないというわけである。

 尤も、油断などは一切しない。下手なエネミーよりも本物の魔術師の方がよっぽど油断ならない相手なのだから、当然と言えば当然である。

 レックは魔法使い殺しまであと3mほどの距離で足を止めると、適度な魔力を込めたブロードソードを正眼に構える。ついでにあまり得意ではない魔力感知も行う。

 そこまでして、いつ飛びかかってこられても迎撃できる準備を全て整えた上で、

「念のために訊く。どうしてこんな事をしてるんだ?」

 そう声をかけた。

 それに対する魔法使い殺しの答えは――

「っ!」

 3mの距離を一気に飛び越え、鋭く突き出された刃物のごとき爪。

 レックはそれをブロードソードで受け流し、続いて突き出されてきた右手を全力で殴りつけ――細い路地裏に鈍い音が響いた。

 しかし、

「うあっ!?」

 魔法使い殺しの左右の攻撃を防ぎきったと油断していたレックは、慌てて頭を横に倒した。

 眼前に鋭く尖った牙が迫っていたのだ。

 ガチン!と嫌な音を立ててレックの右耳のすぐ側の空気を切り取ったそれが再び開く気配を感じ、レックは慌てて後ろに飛び退いた。

 そして、正面に立つそれの姿を確認して、

「……何、あれ?」

 思わずそう漏らしていた。

 先ほどまで爪が刃物のごとく鋭く伸びていることだけが人間離れしていた魔法使い殺しは、更に異様な姿へと変貌していたのだ。

 口は大きく左右に裂け、めくれ上がった唇の間からは鋭く尖った牙が覗いていた。人間のような平たい歯など一本もない。全ての歯が鋭く尖って見えた。

 それに加えて、異様な形で口自体が突き出していた。

 だが、それが何に似ているのか、レックに考える暇はなかった。

「ガオォォォォォ!!!」

 獣そのものと言って良い叫び声を上げたそれが、涎を垂らしながら再びレックへと襲いかかってきたのだ。それも、路地裏を挟んで左右に建っている建物の壁を蹴りつけ、左右に飛び跳ねながら。

 とは言っても、先ほどまでに比べると明らかに速さは落ちており、身体強化を使っているレックなら十分に捕捉できる程度でしかない。が、この時のレックはかなり動揺していた。

(魔術師じゃないのっ?!)

 いくら何でもこうまで外見が変化するなど、サビエルの知識にもない。いや、あるにはあるが、ライカンスロープなど魔術においても架空の存在のはずだった。

 それが良くなかったのか、

「がっ!!」

 外見までもが化け物と化した魔法使い殺し(マジシャンキラー)の体当たりを、レックはまともに食らってしまった。

 いくら身体強化で筋力などが上がっていても、人間の身体は元々それほど頑丈とは言い難い。

 10mほども吹っ飛ばされたレックは、一瞬だが呼吸が止まってしまっていた。それでも、その一撃はレックの目を覚ますには十分だった。

「っ!」

 キングダム大陸西部を旅していた時の感覚が蘇り、余計な思考が全て停止。そして、目の前の敵を倒す事だけに神経が集中される。

 勿論、魔力の出し惜しみも――武器が壊れない範囲でだが――止める。

 そこまでの時間はほんの一瞬だった。

 無様に地面に落ちる事無く着地したレックは、その勢いのままもう一度後ろに跳んだ。

 直後、レックを追いかけて跳んできた魔法使い殺しの一撃が、レックが蹴ったばかりの石畳へと突き刺さり、轟音を上げた。

 それと共に破砕された無数の小石が周囲へと飛び散る。

 が、レックは剣を持たない左腕で顔を軽くかばった以外、小石を無視した。どうせダメージにはならない。

 それよりも、

「ふっ!」

 軽く息を吐き、案の定追撃してきた魔法使い殺し――デッサンが崩れた狼男とでも呼んだ方が良いかも知れない――が振るってきた爪を軽く躱すと、そのまま首を断ちにいった。

 レックの全身を飛び散った血が赤く染める。

 だが、

「グルルルル……」

 振り返ったレックの視線の先には、まだ魔法使い殺しが立っていた。ただし、その左腕は地面に転がっていた。

 尤も、レックも魔法使い殺しも地面に落ちたそれに注意など払わない。

 相手の一挙手一投足を見逃すまいと、正面に立った相手を睨み付けていた。

 そんな中、先に動いたのはレックだった。

 5mもの距離をまさしく一瞬で詰め、今度は魔法使い殺しの胴を薙ぎに行く。

 そこには相手が人間かも知れないという躊躇は一切無かった。

 その殺気を受けた魔法使い殺しの動きが一瞬遅れ、金属が砕ける甲高い音が鳴り響いた。

 剣を受け止めるように出てきた魔法使い殺しの爪を砕いたレックは、そのまま首を狙いに行く。今の一撃でブロードソードにヒビが入っていることに気づいていたが、それ故に勝負を急ぐ必要があった。

 身を守る武器を全て失った魔法使い殺しは、残された最後の武器――牙でレックに噛みつこうとしてくるが、大量の出血の影響か、既に先ほどまでの速さは完全に失われていた。

 故にレックは左へと身を躱し、極度の集中のせいで間延びして感じられる時間の中、伸びきった魔法使い殺しの首へと向き直り、

 力任せに振り上げた一振りで、その首を叩き切っていた。

 首を失った魔法使い殺しの身体が、その勢いのまま地面に倒れ込んだ。

 その音を聞いてレックはやっと息を吐き、そしてスイッチが切れた。

「……うっ」

 眼前の光景から思わず目を逸らすも、既にレックの目にはそれが焼き付いてしまっていた。何より、今になって手に残るその感触がまざまざと意味を持ってレックに押し寄せてくる。

 思わず感じた吐き気に、レックは口を手で塞いでいた。

 手放されたブロードソードは既に限界だったのだろう。地面に落ちると共に粉々に砕け散った。

 勿論、スイッチが切れたレックはそれどころではない。

(人を……斬った?)

 死んだ事で術か何かの効果が切れたのだろう。魔法使い殺しの姿は普通の人間に戻ってしまっていた。

 それを見たレックは、今になって人を殺したという感覚に襲われていた。

 それは途轍もなく気分が悪く、膝をついて吐き続けても、まだまだ吐き足りなかった。

 だから、そこに人影が降りてきた事にもレックは気づかなかった。

「レック、大丈夫なんか?」

 そう声をかけられ、背中をさすられ、やっとレックは側に立つマージンに気がついた。

「マー……ジン?僕……僕……」

 そう言うと、レックはマージンにしがみついた。そして、訳も分からず泣き始めた。

 そんなレックの背中をゆっくりさすりながら、マージンは、

「大丈夫や」

 とだけ言い続けていたのだった。



 やがて、泣き疲れて寝てしまったレック。

 日が完全に落ち、既に周囲は暗い。街灯すらないこの辺りは、まさしく真っ暗だった。

 そのせいか、人影すらないのは良いのか悪いのか。

 そんな中、マージンはレックを預けるべく、上空にいるはずのリーフを呼んでいた。

「キュルルルル……」

 上空で様子を窺っていたリーフは、すぐに降りてきた。そして心配そうにレックに嘴を擦りつける。

 マージンはそんなリーフの頭を軽く撫でると、

「悪いが、レックをギルドまで運んでやってくれへんか?」

 そう問いかけた。マージンとしては自分も乗っていきたいが、リーフのサイズではまだ二人乗りは無理である。加えて、ここでやっておかなくてはならない事もあった。

 マージンの言葉が分かるかのように頷いたリーフの背中に、マージンは意識を失ったレックを乗せた。レックが血塗れなのでリーフの白い羽毛が赤く汚れてしまうが、この際やむを得ない。

「後でしっかり水浴びしてこいや?」

「ピイ!」

 マージンのそんな言葉が分かったのかどうかはさておき、レックがしっかり乗せられた事を確認したリーフは一声鳴くと、ゆっくりと飛び上がった。そして、ギルドの方へと向かって飛び去っていった。

 それを見送ったマージンは、後ろに転がる魔法使い殺しの死体へと向き直り、

「……んー、さすがにこれを始末するんはなぁ」

 そうぼやいた。

 魔法使い殺しの死体はいつの間にか人間の形に戻っていた。

 魔法使い殺しが本当に人間だったのか。それともグランスたちが予想したようにエネミーなのか。それは死体を見ただけでは何とも言えそうになかった。

 そもそも身体強化を使っても、周囲が暗すぎて細部など全く分からないのである。が、おかげでグロい物を直視しなくて済んでいる部分もあった。

 とは言え、万が一エネミーの死体だと明らかになった場合は問題である。人間と見分けが付かないエネミーなど、恐怖の対象でしかない。

 故に、出来ればこの死体は処分してしまった方が良いだろうとマージンは考えていたのだが、今ここでやりたい仕事でもない。

 かと言って明るくなってやりたい仕事かと訊かれれば、勿論ノーなのだが、マージンはとりあえず問題を先送りにする事に決めたらしい。

「前のまんまなら、エネミーの死体は勝手に消えてくれたんやけどなぁ……」

 そうぼやいても死体が消える事は勿論なく、

「……とりあえず、隠しとこか」

 マージンはそう言うと、近くの建物の1つを見繕い、そこが全く利用されていない事を確認した。そして3つに分かたれた魔法使い殺しの死体を1つずつ、そこへと運び込む。

「後は、また明日にでも処分に来んとあかんかなぁ。めっちゃ気がすすまへんけどなぁ……」

 死体を隠し終わったマージンは疲れたようにそう呟くと、その場を立ち去った。



 だから、マージンはその場を目撃しなかった。



 誰もいなくなった路地裏。

 そこは今、暗がりと静寂に包まれていた。

 しかし、今。

 そこに新たな気配が生まれていた。

 それは周囲の様子を窺い、何者も近くにいない事を確認すると、マージンが魔法使い殺しの死体を放り込んだ建物へと入り込んだ。

 そして迷わず死体が隠された部屋へと入り混む。

 それは当然のようにすぐに床に転がっている死体を見つけ、暫し見つめていた。

「……見事にやられているな。これでは蘇生することも……なさそうだな」

 男であるらしい気配の主は、真っ暗な中でも死体の状態が分かるほどに見えているらしかった。

 それでもなお念のために、死体の頭をつつき、心臓の動きを確かめる。それが二度と動かない事を確かめるかのように。

 挙げ句、懐から短剣を取り出すと、死体の心臓に幾度も突き立て、それが終わると死体の頭にも同じように短剣を何度も突き立てるという念の入れようである。

「さて、こうなると残った魔力は散るのみだが……それは勿体ないな」

 そう言った男の声に嗤いが混じった。

 短剣を戻した男は、再び死体の側にしゃがみ込むと、おもむろに死体の左腕を拾い上げ――

 自分の口元へと運んだ。

 そして真っ暗な室内に咀嚼音が響く。時折、硬い物を噛み砕く音も混じり、しかしその音が途絶える事はない。

 どれほどの時間が経ったのか。やがて、咀嚼音が途絶えた。

 だが、また別の重たい物を持ち上げる音がしたかと思うと、再び咀嚼音が始まった。

 そんなおぞましい宴が見る者もいないまま、ひっそりと続けられたのだった。

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