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ジ・アナザー  作者: sularis
第十二章 さらなる飛躍
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第十二章 第八話 ~囮作戦 その3~

 蒼い月のクランハウス、襲撃さる。

 その情報は前日の囮作戦が空振りに終わって肩を落としていた冒険者ギルドと軍、それに大陸会議までを大きく揺るがした。

 幸い、被害ゼロだったという情報が付いてきた事で致命的な混乱に至る事はなかったが、それでも冒険者ギルドも軍も大陸会議も揺れに揺れた。


「そして出てきた結果がこれか……」

 緊急招集によって集まった魔法使い殺し(マジシャンキラー)対策本部のメンバー。その一人であるレインは、一枚の報告書を手に、苦虫をまとめて100匹噛み潰したような顔で呻いた。

 同じ報告書を手にした他の面々も似たような表情である。

 報告書には、今朝方届いた蒼い月が襲われたという情報を元に急遽行わせた調査結果が記されていた。

 すなわち、屋内における魔法使い殺しによる被害、である。

 キングダムには無数の空き家があり、近所の住人からの通報がなければいちいち建物を調べて回る事など滅多にない。そのため、周りとの繋がりが深く、数日顔を見ないだけで周囲が騒ぎ出すような者でもない限り、事件に巻き込まれて死んでいても、誰にも気づかれない。

 今回も、まさしくそのパターンだったというわけである。

「まさかこんなに被害が出てるとはね……戸籍や住民票の整備が終わっていればもっと早く分かったかも知れないんだけど……」

「それはその通りだけどな。今やるべきことじゃないだろう」

 ホエールの言葉にギンジロウがそう答え、報告書をテーブルの上に放り出した。

 それを見ながらレインが言葉を発した。

「ギンジロウの言うとおりだ。そっちはこの件が片付いてからだ。問題は……建物の中にいても魔法使い殺しが襲ってくるということだ」

「氷山の一角っぽいけどな。まあ、宿が襲われたという報告はないから、魔法が使えるのは全員宿に泊まらせるようにすれば問題ないだろう」

 ギンジロウの言葉にホエールが頷き、しかし問題点を指摘した。

「そっちはそれで良いと思うよ。でも、主立った宿は全部満室になってるんだよね。出来れば、魔法が使えない人たちは元の家に戻って欲しいところだけど……新しく見つかった被害者もやっぱり魔法は使えたんだよね?」

「これだけでは分からないが……十中八九、何らかの魔法は使えたんだろうな」

 そう言いながらレインは溜息を吐いた。

 魔法が使える者はそれだけでいざというときの戦力になる。それが4人も殺されているのが新たに見つかったのだ。それだけなら、殺された者たちには悪いが戦力低下には繋がらない。

 問題は、それがたった半日で空き家を調べて回った結果に過ぎないことにある。キングダム全街区を全て調べ上げれば、この何倍もの被害が出ている事は明らかだった。

 ただ、救いもある。

「まあ、蒼い月を除けば、最近襲われたらしい場所はまだ見つかっていない。周囲に人気(ひとけ)があれば大丈夫なようだし、襲われやすいところはもうほとんど残ってないと見て良いだろう」

 そんなギンジロウの言葉通り、新たに発見された被害者たちが殺されたのは簡単な検証ながら結構前――2週間程度は経っていると見られていた。尤も、やられやすいところが既にあらかた全滅しているからというのは、救いと呼んで良いのかどうかは怪しい。

「そうだね。まだ周囲に人気がなくなる時間帯があるような場所に住んでる人たちもいるけど、魔法が使えるという条件も付ければほとんどいないはずだね」

「それなら、ギルドでも軍でも宿舎の空きに十分詰め込めるんじゃないか?」

「そうだな。調べさせておこう」

 レインの言葉にギンジロウがそう返した。

 その後も現状把握のために出来る事と、被害に遭いそうな人間を探し出して保護するための手順を話し合うと、彼らの話題は昨日の囮作戦へと移った。

「次は囮作戦についてだな。もう全員確認したと思うが……蒼い月の方から気になる報告が来ている」

 そうレインが重々しく切り出した。

「昨日、蒼い月のクランハウスが襲撃された際、囮作戦に参加していたレックとクライストが駆けつける直前に魔法使い殺し(マジシャンキラー)が逃走した。その理由として、魔法使い殺しが魔法を使える者の気配を察知できるからではないか、と蒼い月では考えているらしい」

「確認は出来そうにないけど……そうだとすると、包囲部隊から魔法が使える人を外さないといけないね」

 ホエールは努めて明るくそう言ったが、事はそう簡単ではない。何しろ、蒼い月からの報告はそれだけではないからだ。

「魔法が使えなくて、なおかつ俺たち相手に持ちこたえられるだけの力量を持つ兵士や冒険者か……とんでもない話だな」

 これまで黙っていたパンカスが、溜息を吐きながらそう言い、そこにギンジロウが補足する。

「しかも、身体強化を使っての強さが基準ときてる。身体強化が使えない兵や冒険者じゃ……包囲させても被害が増えるだけかもな」

 そうなると打つ手無し、となりかねないのだが、

「魔法使い殺しの感知範囲が分かればな。そのぎりぎり外に俺たちが待機して、釣れたら一気に突っ込む手もある」

 そうレインが案を出し、しかしホエールが即座に首を振った。

「多分、逃げられるよ。蒼い月がそうだったでしょ?」

 その言葉に、今度こそ八方塞がりになった対策本部の面々は、一斉に口を閉ざした。

 それからもぼちぼちと話し合いは続いたものの、これといった妙案も出ず、囮作戦については暫く休止するという事だけが決まったのだった。



 その頃、蒼い月の面々は冒険者ギルドの宿舎の一室に集まっていた。これはギンジロウに勧められての事だった。

 魔法使い殺しは人気がない所で犯行に及ぶ。実際、冒険者ギルドや軍の宿舎は襲われた事がないし、宿が襲われた事も――通りから離れた小規模な宿があれば分からないが――確認されていない。

 なので、住み慣れたクランハウスを離れるのは多少抵抗があったものの、また魔法使い殺しに襲われるのはもっと問題だと、レック達はしばらくの間、ギルドの宿舎でお世話になる事にしたのだった。

 ちなみに、ホワイトグリフォンのリーフもギルドの中庭でお世話になっている。

「結局、あれで良かったと思うか?」

 最初に口を開いたのはグランスだった。

「いいもなにも……確証があるわけじゃねぇんだろ?」

 その「あれ」の意味を察し、クライストがそう答えた。他の仲間達も――エイジをあやしているミネアを除いて――クライストに同意するように頷いた。

 ちなみに、その「あれ」というのは、魔法使い殺しの正体がエネミーだという事を報告しなかった事である。普通なら迷わず報告すべき所なのだが、レックの反対でとりあえず見送られていた。

 その理由は、

「それに、エネミーが魔術師ばかり狙って殺して回るとか……イデア社の狙いが分からないと、混乱の種にしかならないよ」

 というものだった。

「……そうだな」

 溜息を吐きつつ、グランスは何とか自分を納得させていた。

 確かに、戦力になる可能性が高い魔術師ばかりエネミーに優先して殺させるなど、イデア社が悪意を持っているとしか考えられない。魔物の襲撃の一環だと考える事も出来たが、そう考えた場合でも、やはりイデア社の悪意しか感じられないのだった。

 そんな、自分たちをここに閉じ込めた――という感覚はかなり薄れていたが――イデア社の悪意が公になっても、良い事など一つもない。

 そう結論づけた蒼い月は、魔法使い殺し(マジシャンキラー)がエネミーである可能性を意図的に隠蔽する事にしたのだった。

 尤も、そんなのはレックにとっては表向きの理由でしかなかった。

(……ホントは、あれが魔術師の可能性もあるんだけど、それはそれで公には出来ないしね)

 ジ・アナザーの中ではまだ見つかっていないとされていても、本物の(・・・)魔術師なら爪を刃物に変化させるくらいの魔術か魔導くらいは使えてもおかしくない。

 ついでに言うと、魔術師の心臓を抜き取って回っている理由にも、心当たりがないでもない。

 そんなわけでレックは、魔法使い殺しが魔術師の仕業である可能性は低くないと見ていたのだが、例え同じクランの仲間と言えど現実世界でも魔術師が実在することは漏らせないために、その可能性を口にする事は出来なかった。

 だが、魔法使い殺しがエネミーではないにも関わらず、エネミーとして対応した場合、予想できない被害が出る恐れがある。レックはそれを恐れたのだ。

 エネミーも『魔王降臨』の後ですっかり生き物になってしまったのだろう。馬鹿っぽいAIとは思えない行動をとるようになっていた。だが、それでも人間に比べると遙かに単純な行動しかとらない事が多い。そんなエネミーを相手取るつもりで魔術師を相手にすれば、どこまで被害が出るか、

(正直考えたくもない……)

 だが、レックにはまだ考えなくてはならない事があった。

 仲間達に口止めした事で、冒険者ギルドや軍が魔法使い殺しをエネミーと甘く見る事態は当面避けられる。だが、蒼い月の仲間達がエネミーと甘く見て痛い目に遭う可能性がまだ残っているのだ。

 そんな風にレックは悩んでいたが、全くそんな素振りを見せないせいか、仲間達は全く気づかずに会話を続けていた。

「にしても、囮作戦の初日はとりあえず失敗だな。今日もやると思うか?」

 そうクライストが言うと、マージンが予想を述べた。

「分からへんけど、今日はやらへんのちゃうか?方針が決まるまでは下手に動けへんやろ」

「当分、囮作戦が行われぬ可能性もあるということじゃな?」

「作戦の見直しが終わるまでは……そうなるかもしれんなぁ」

「なるほどのう」

 ディアナはそう深々と頷いた。

 するとグランスが深刻そうな顔で口を開いた。

「だが、そうなると暫くあれが放置されると言う事になるわけだが……」

「それは……よくありませんね……」

「だよな。かと言って、俺たちに何か出来るわけでもねぇ。……気分は良くねぇけどな」

 そう言って首を振ったクライストは本当に不満そうだった。

 そんな仲間達の会話を聞いていたレックは、今が口を挟むチャンスだと口を開いた。

「いっその事、僕たちだけで倒すってのもアリだと思うけど」

 下手に放置するより、さっさと主導権をとって始末する。それが一番被害が少なそうだと判断していたレックは、そう提案した。

 だが、魔法使い殺し(マジシャンキラー)の実力を間近に見た女性陣が顔を顰めた。

「そんなの……危なすぎるよ!」

 自らの精霊魔術をあっさり無効化されたリリーが、真っ先にそう反対した。

 それにミネアも続く。

「そうです!危なすぎます!せめてちゃんと勝てる見込みを立ててからじゃないと!」

 だが、実際に剣を交えたグランスとマージンの反応は違った。

「……それもありかもしれないな」

「そやな。わいと旦那だけやと危ないやろうけど、レックとクライストもおれば十分圧せるはずや。今のレックなら、一人でも十分良い勝負できるやろうしな」

 ヒドラすら圧倒したレックがいれば何とかなるだろうと、レックの提案に賛意を示した。

「そんな……!」

 そう言ってリリーが言葉を失い、ミネアに至っては手を口に当てたまま動きが止まった。

「でも、正直、ホントにレインやホエールに匹敵する強さがあるなら……僕たちじゃないと倒せないよ」

「レインやホエールに任せたらいいじゃない!なんであたしたちが倒さないといけないの!」

 レックの言葉に、リリーがそう叫んだ。

「レインやホエールは立場が立場だし、多分、余程被害が大きくならないと動けないよ。それに出たとしても下手したら殺されかねない」

 そう言ったレックに再び叫ぼうとしたリリーを、ディアナが片手で軽く抑えた。

「レック。お主なら大丈夫なのかのう?」

 その言葉にレックはしっかりと頷いた。

「不意をうたれる事はないから大丈夫。伊達に長い間一人で旅してないよ……って危ないな!」

 不意にディアナが投げつけたナイフを、レックは慌ててつかみ取った。

「……なるほどのう。確かにそこそこの危機察知能力はあるようじゃのう」

「それでも危ないから、今みたいな真似は止めておけ……」

 感心したように言うディアナに、溜息を吐きながらグランスが注意して、それからミネアとリリーの方に向き直った。

「俺も仲間を危険に晒したくはない。だが、どうにか出来る力があるのに殺される人が増えていくのを見ているだけというのも嫌だ。我が儘だとは思うが、俺はレックの案に乗りたい」

 そうしてグランスは、ミネアとリリーの反応を待った。

 一拍おいて、ミネアが口を開いた。

「……ずるいです。そんな風に言われたら……絶対ダメとか……言えないじゃないですか」

「すまん……」

 泣きそうなミネアに、グランスが頭を下げた。

 それを横目に、ディアナがリリーに質問をぶつけた。

「して、リリーはどうなのじゃ?」

「あたしは……」

 言い淀むリリー。

 マージンを危険になど晒したくないし、そもそも魔法使い殺し(マジシャンキラー)がとても怖い。だから、レック達――そこにマージンが入るのは確実だろう――が魔法使い殺しを倒しに行くのは反対したかった。

 しかし、人が次々殺されるのを止める事が出来るのが自分たちだけだと言われると、反対しづらくなってしまう。

 そんな板挟みに陥ったリリーに気を遣ったわけではあるまいが、マージンが口を開いた。

 だが、

「なら、全員生きて帰ってくるて約束しようや。それで問題解決や」

 飛び出してきたのはそんなお馬鹿発言だった。そのあまりの内容に、思わずディアナがマージンの頭をしばいていた。

「そう簡単に事が運ぶなら、誰も苦労せぬわ!」

 そこグランスが口を挟んだ。

「だが、マージンの言ったとおりだ。どうせレックの他は、俺とマージンがいれば十分だろう。その3人だけなら、不意さえうたれなければ十分生きて帰れる。その自信はある」

「問題は不意をうたれた時じゃろうが。それとも、不意をうたれぬ自信もあるのかのう?」

「俺にはないが……レックはどうだ?俺たちに注意を促せるか?」

 グランスにそう訊かれたレックは少し考えるふりをすると、

「多分大丈夫。それに警告が間に合わなくても、3人なら誰が狙われても初撃を防ぐくらいなら問題ないよ」

「なら、問題はなさそうだな」

 そう言ったグランスに、しかしレックは首を振った。

「問題はあるよ。グランスの武器がないよね。僕も、もっとしっかりした剣じゃないと厳しいかも知れないし……」

 そしてマージンへと視線を送ると、

「旦那の分だけなら、予備を含めて一日あれば問題あらへん。レックの分は……そこそこのもんでええなら、一日あれば2本くらいは何とかなるはずやで」

「そこそこの剣でも問題ないかな。ヒドラみたいに硬いわけじゃないしね」

 マージンたちから話を聞く限り、爪以外の部分なら普通の剣でも十分ダメージを与えられそうだと判断していたレックは、マージンにそう答えた。

「それはそうと、マージンは武器を作る時間は取れるのか?」

「ギンジロウ辺りに話を通せばすぐやな」

 マージンの答えに、グランスが少し考え込んだ。

「……一応、俺たちだけで動くとギンジロウには伝えておいた方がいいか?その方が動きやすそうだしな」

「余計な事さえしないなら、それでいいんじゃねぇか?ってか、俺は留守番か?」

 さっきから気になっていた事をクライストが訊くと、レック達は一斉に顔を見合わせた。

「その辺、どーなんや?」

 マージンがあっさり判断を投げ、

「レックの力量次第だろう」

 グランスもこればかりはと、レックに丸投げし、

「……カバーできるのは、二人まで、かな?」

 クライストまでは手が回らないと、レックが首を振ったのだった。

 そうして、魔法使い殺し(マジシャンキラー)退治に参加するメンバーも決まってしまった。こうなると、今まで難色を示していたリリーも踏ん切りを付けざるを得なくなっていた。

「絶対、絶対、みんな無事だよね?何かあったらダメだからね?」

「リリー、落ち着くのじゃ。何かするにしても今日明日というわけではないのじゃ」

 それでもリリーの不安そうな様子は消えなかった。勿論、ミネアもである。

 それを見たグランスが、安心させるようにと口を開いた。

「まあ、俺たちも死にたくはない。最悪、逃げてでも生きて帰る。そうだな?」

 グランスの視線を受け、レックとマージンも頷いた。

「勿論や。わいも死にたくはあらへんからな」

「僕も仲間が死ぬのはご免被るからね。全力でグランスとマージンも守るよ」

「いや、お姫様じゃあるまいし……護衛対象みたいに言わんでもええやん」

 そんなマージンの台詞に、思わず仲間達は笑ったのだった。



 善は急げという。

 蒼い月の方針が決まるとグランスは早速、マージンを連れてギンジロウの元へと来ていた。

 そして、蒼い月から一通り説明を受けたギンジロウは、小難しい顔をしていた。

 隣に立っている眠たげな男性――秘書のフライトもこの時ばかりはしっかり目が開いていた。――それでも眠たそうに見えるのは、もはや彼の雰囲気のせいかもしれない。

 それはさておき。

「……話は分かった」

 グランスから一通りの説明を受けたギンジロウは、そう言った。

「確かにたった3人なら、魔法使い殺しが釣れる可能性は高い。それに、数分間と言えども正面から渡り合えたグランスとマージン。そこにレックが加わるなら、正面から戦いさえすればまず負けないだろう」

 そう言いながら頭の中で蒼い月の作戦を何度もチェックしたギンジロウは、作戦とも言えないそれにこれといった穴がないことを認めつつあった。

 それでも、素直にゴーサインを出せなかった。

 レックとマージンを危険に晒すから、である。今の時点では特にマージンが重要だった。

 大陸会議としては随分優先順位が狂ってしまっているが、それでもいつかは魔王を倒すつもりである事には変わりがない。その時には是非ともレックにいて貰いたいのだが、魔王と戦うどころか中央大陸に渡る方法すらない現状ではレックの重要性はそれほどでもなかった。

 問題は魔導具を作成する技術を有しているマージンである。魔導具という非常に便利で強力なアイテムを作成できるマージンは、二度と危険な冒険などに出すべきではない。そんな声すらあるのだ。

 そんなマージンを、わざわざ魔法使い殺しの目の魔につるす必要などどこにもない。正直、蒼い月のクランハウスが襲われたと聞いた時、ギルドや軍の上層部が一番心配したのがマージンの安全だったのだ。

 だがマージンを出し惜しみして、また何十人もの被害者が出たりするのも嫌だった。

(どうすれば良いって言うんだ!)

 心の中で叫んでみても、目の前にやって来ている問題は解決しない。それどころか、ギンジロウが頷くのをじっと待っている有様だった。

(……まあ、準備さえしっかりさせれば負ける事はないだろうし、やらせた方が良いんだろうな)

 万が一さえ考慮しなければ大怪我することすらなさそうである。その万が一への対策もしっかりさせれば、正直、目の前の3人が死ぬ事など、レックの実力を身をもって体験した事のあるギンジロウには想像すら出来なかった。

 そんなわけで、後で各方面から苦情と嫌みが飛んでくる事を覚悟しつつ、

「分かった。その作戦を許可しよう。ただし、武器だけじゃない。防具もちゃんと準備する事が条件だ。いいな?」

 ギンジロウは頷いた。

「勿論だ。……マージン。防具まで揃えるなら準備にどのくらいかかる?」

 ギンジロウに答えつつ、グランスは隣のマージンへと質問を振った。

「そやな。武器で二日。防具も3人分なら……こないだのサイズ違いでええなら、二日あれば揃うやろ」

 そう計算して、四日かかるとマージンは答えた。

「分かった。必要な材料はギルドが出す。作業もいつも通り研究所でやってくれて構わない。だから……」

 ギンジロウはそこで言葉を切り、グランスとマージンをじっと見つめ、

「おい!」

 ふいっと視線を逸らしたマージンに、思わず怒鳴ってしまった。

「いやな……男にじっと見つめられてもなぁ……」

 頬を掻きながらそう曰ったマージンに、

「はぁ……まあいい。兎に角、倒せなくてもいい。絶対生きて帰れよ」

 疲れたようにギンジロウはそう言った。



 ギンジロウの許可を得た蒼い月の行動は早かった。中でもマージンの行動は早かった。

 何しろ、グランスとレックの武器を作成し、その二人に加えてマージン自身の防具――一撃のみ攻撃を無効化する皮鎧3着を作成しなくてはならなかったのだ。そこに一番日数がかかるだけあって、ギンジロウの許可を得た当日から早速作業に入っていた。

 レックとグランスはマージンの作業が終わるのを待つ間、魔法使い殺し(マジシャンキラー)を釣るのに効率的なルートの選定であるとか、歩いている間の陣形の確認であるとか、実際に襲撃された時の対処の訓練をひたすら行っていた。

 そして四日目の昼前、ギルドの訓練場で襲撃に備えた訓練を行っていたレックとグランスの元に、完成した武器と皮鎧を携えたマージンがやって来ていた。

「これが旦那の剣や。武装強化の術を多少サポートする術式を組み込んである。剣がちょいと頑丈になる程度やけどな。まあ、後で確認しといてや」

「ああ。分かった」

 そう言いながらマージンから刃がむき出しのブロードソードを受け取ったグランスは、軽く二三度振ってみた。

 それを見る事もなく、マージンは新しいブロードソードを2本取り出していた。

「で、こっちがレック用や。基本は旦那の剣と同じやけど、流せる魔力を増やしてあるんや。その分、強度が普通の剣より下がってしもうとるから、武装強化無しやとすぐ壊れるかも知れへん」

「うん。ありがとう。後で試してみるよ」

 レックがそう言って剣を受け取ると、マージンが真面目な顔で一言付け加えた。

「いきなり壊したらあかんで?」

「多分、大丈夫」

 いくら何でも訓練でそれはないと、レックが軽く返すと、マージンは皮鎧を3着取り出していた。

 それを見たグランスは剣の素振りを止めた。

「それが防具なのか?」

「そや。囮作戦でも使うたやつや」

 グランスに頷くと、マージンは説明を始めた。

「魔導具としての機能は今んとこはかなり上等な部類でな。十分に魔力を込めといたら、最初の攻撃一発分だけ無効化するっちゅう代物や」

 それを聞いたグランスとレックが感心したように言った。

「また不意打ち対策にはちょうどいいものがあったもんだな」

「だね。これなら僕が対処しなくても、何とかなるんじゃない?」

 しかし、マージンは首を振った。

「そんな万能ちゃうで。まず、攻撃を鎧で受けへんと機能が働かへん。首とか手足とか、鎧がカバーせえへんところを狙われたらアウトや。それに、術式が耐えきれへん威力の攻撃やと、普通に貫通されてまうねん」

 その説明に、流石に万能ではないのかとグランスは少しばかりがっかりした。レックはレックで、少し考えてみれば分かる事だったとプチ反省である。

「あと、こいつはホントに最初の一発だけや。その後の攻撃には見たまんまの皮鎧としての防御力しかあらへん」

「あまり当てにしすぎるなという事か」

 グランスの言葉にマージンは頷き、説明を続けた。

「それから、囮作戦のより術式の効果を高めてみたんやけどな……案の定、ちと問題があってなぁ……」

「「問題?」」

 思わず顔を顰めたグランスとレック。

「そや。こいつは予め魔力を込めとくんやけどな……これが魔力を貯めるところやねんけどな」

 そう言いながらマージンは、鎧の首元に取り付けられた小さな金属片を指さした。その中央には大豆よりも小さな赤い宝石が埋め込まれていた。

「無効化できる最大ダメージは大きくなったんやけど、貯めた魔力が抜けやすくなってしもうたんや」

「それってつまり?」

 レックが訊くと、

「放っとくと一週間も保たずに魔力がすっからかんになってまうんや。そうでのうても、毎日魔力をたっぷり込めへんとあかんのやけどな」

 とマージンは答えた。

 その様子にグランスはマージンの考えを察した。

「……素直にレックの魔力を当てにしていると言ったらどうだ?」

「え?」

「あー、ばれてもうたか」

 それまでの深刻そうな表情を一転させ、マージンはにやりと笑った。

「レックにはこれの魔力、毎日満タンにしてほしいんや。流石に一日くらいは保つからそれで十分使えるはずや。頼めるか?」

「ってか、最初からそのつもりだったんでしょ。やってみるよ」

 溜息を吐きそうになりながらも、レックはマージンから皮鎧を全て受け取り、赤い宝石が埋め込まれた金属片へと手を当てた。

「ここでいいんだよね?」

「そや。やけど、少しくらいなら魔力を込めすぎてもええけど、無理したら壊れるから気をつけてや」

「気をつけるって……まあ、何とかしてみるよ」

 レックはそう言いながら、早速魔力を込め始めた。どうやって込めすぎに注意すれば良いか分からなかったが、すぐに何となく魔力を込めるのに抵抗を感じるようになった。やがてその抵抗が強くなってきた頃、

「ストーーップ!レック、そこまでや!」

 横から見ていたマージンがそう叫んだ。それで、慌ててレックは魔力を込めるのを止めた。

「何とかぎりぎりやな……。もうちょい込められとったら、壊れとったかも知れへん……」

 そんな言葉と共に伸びてきたマージンの手に、レックは皮鎧をぽんと乗せた。

 早速それのチェックを行ったマージンは、

「うわー……ほんまにギリギリやな……まあでも、今くらいの感覚で頼むわ」

 マージン自身の分だったらしい皮鎧をアイテムボックスに放り込むと、レックにそう指示を出した。

「了解。今ので感覚掴めたし、大丈夫」

 レックはそう答えると、自分の分と覚しき皮鎧に魔力を込めた。そして込め終わった鎧をマージンに渡す。

「確かに、ええ感じやな……これはレックの分や。持っとき」

 満足そうに言ったマージンは、皮鎧をレックへと返した。

 レックは受け取った皮鎧をアイテムボックスに放り込むと、そのままグランスの皮鎧に魔力を込め始めた。が、要領が飲み込めたのだろう。すぐに込め終わった。

 それを受け取ったグランスは、

「サイズも大丈夫そうだな。これでどの程度の攻撃まで防げるんだ?」

「身体強化無しの旦那の全力の一撃くらいまでなら何とかなる筈や。ただし、衝撃までは殺しきれへんことがあるんや。その場合、少し吹っ飛ばされる可能性もあるから,気をつけてや」

「そこまで無効化できれば十分だな」

 グランスは満足そうに言うと、レック達と同じように皮鎧をアイテムボックスにしまい込んだ。

 そして、二人に宣言する。

「これで粗方準備は整ったな。あと何回かだけ、マージンを含めた訓練をしたら、明日から作戦を始めるためにも早めに休むぞ」

 その言葉に、レックとマージンは深々と頷いたのだった。

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