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ジ・アナザー  作者: sularis
第十二章 さらなる飛躍
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第十二章 第四話 ~不安の日々~

 キングダムの5番街と6番街の境目辺りに、ひときわ大きな建物がある。キングダムに住む者なら誰でも知っているその建物こそ、大陸会議本部である。近くには冒険者ギルドや大陸会議メンバーが率いる各クランのキングダム本部が軒を連ねるこの一角は、キングダム大陸の中心地の1つと言っても過言ではない。

 それはさておき。

 大陸会議本部の一室で、上司に頼まれた仕事を片付けながら、ぶつぶつと呟いている男がいた。

 兎に角影が薄く、髪の色も薄い――幸い、頭の毛が薄いわけではない――その男は、溜息交じりの愚痴を吐いていた。

「はー……落ち着きすぎるのもどうかと思うけど、こんな意味不明の殺人鬼騒動もね……」

 そう言って溜息を吐くと、部屋に運び込まれて積み上げられたまま放置されている書類の山を整理し、分類し、棚へと片付けていく。

 いつ終わるとも知れないそんな作業を続けていれば、普通は仕事への愚痴が出そうなものだが、男の口から出てくる愚痴の内容は明らかにおかしかった。

「大体こんな予定は聞いてないっていうか、計画の邪魔にしかならないってのに……」

 そうぶつくさ言ってはいるが、聞く者もいない愚痴である。聞き手は棚に大量に詰め込まれた書類しかおらず、その書類の山脈に吸い込まれ、男の愚痴が室外まで漏れることはなかった。



 或いはとある酒場の隅で。

 アルコール――つまるところ酒は、すっかりキングダムの住民にとってもなじみ深い物となってしまっていた。

 流石に真っ昼間から飲んだくれている者は――ほとんど――いないのだが、それでも昼間から隅の方に酔っぱらいの一人や二人を飼っている酒場はそれほど珍しくない。

 この酒場も隅のテーブルの1つに酔っ払いを二人も飼っているらしかった。二人を1つのテーブルにまとめてあるのは、酒場側のせめてもの抵抗なのだろうか。

 そんな二人のうち、一人は完全に酔いつぶれていた。テーブルに突っ伏して酒臭い息をまき散らしている。いびきが無いだけマシだろう。時折顔を上げては右手に握りしめたグラスを傾け、アルコールを補充していた。

 もう一人はもうちょっと酔いが浅いらしく、テーブルに突っ伏すまでは至っていなかった。

 だが、それなりに酔ってはいるのだろう。肘をついた先に顎を乗せ、しかしいまいち安定感を欠いた状態でぐらぐら頭が揺れていた。そのせいで時折顔にかけているサングラスがずり落ちそうになっては、空いている右手で直していた。

 その酔っ払いはずり落ちてくるサングラスを直しながら、ちょっと早い昼食を摂りに酒場にやってくる人々へと視線を向けていた。

 昼間は普通の食堂として昼食を提供する酒場はごくごく一般的なものである。この酔っぱらいは、そんな昼食を目当てに酒場にやってくる者たちへと生気のない視線を送っているのだった。

 その酔っぱらいの視線が時折真剣なものへと変わるが、サングラスのせいで誰一人その事には気づかない。今もまた、酔っ払いの目つきがサングラスの影で酔っ払いとは思えないような真剣なものへと変わっていた。

 そんな視線を向けられていることに気づく様子もなく、数人の男たちが支払いを終えて酒場を出て行った。

 それに遅れること数十秒。サングラスをかけた酔っ払いは意外にしっかりした足取りでカウンターへと向かうと、酒代の精算を済ませて酒場を出た。

 そして周囲を見回し、さっき出て行ったばかりの男たちの背中を見つけ――気取られないように追いかけ始めたのだった。




 キングダム5番街区中央通り。

 キングダム大陸で最も多くの店が集まり、ここに来れば手に入らない物は無いとまで言われている。その周辺には集合住宅なども数多く集まり、まさしく大陸で最高の人口密集エリアである。

「うわ~……これじゃ買い物も一苦労だね~」

 通りを歩きながら、人いきれにげんなりしているのはリリーである。短剣を振り回すスペースもないほどに人が多い通りは、些か背が低いリリーにとってはあまり居心地が良い場所とは言えなかった。寒い時期ならまだしも、暑い時期というのがまた最悪である。

 いくら肩がむき出しの涼しげな――言い換えれば露出が多い服装だったとしても、吹いてくる風が人の熱気でじっとりしているのでは何の意味もなかった。

「ここんとこ、人が妙に多い気がするしな」

 そう答えたのはクライストである。

 額に汗を浮かべながら左手に食料が詰まった買い物袋をぶら下げている様は、正しく女性が買った商品を運ばされている男性の図であった。

 尤も、リリーとクライストの二人だけならば傍目にデートと言えたかも知れないが、勿論二人きりな訳はない。

「やはり、あれが原因なのじゃろうな」

 と訳知り顔で頷いているディアナも一緒である。

 左手に持った団扇でぱたぱたと自分を仰いでいる彼女も、夏にふさわしく涼しげな格好のはずだった。が、露出を抑えて風を含むことで涼しさを実現するデザインのその服は、まともに風が吹かない人混みの中では逆効果のはずだった。――ディアナが暑がっているようには見えなかったが。

「迷惑だよね~。まだ、捕まんないのかな?」

「それこそ被害が出るのを覚悟で囮作戦でもやらねぇと、すぐに解決ってのは無理っぽいな」

 リリーほどではないが、人混みに辟易している様子のクライストがそう答えた。


 キングダムで魔法使い殺し(マジシャンキラー)の最初の被害が出てから一週間が経とうとしていた。

 軍や冒険者ギルドによる人海戦術を使った捜査にもかかわらず、魔法使い殺しはその影すら見える気配はなかった。それどころか、大陸会議をあざ笑うかのごとく、一日おきに新たな被害者が出る始末なのだった。

 勿論その被害者の数は、街の外でエネミーを日常的に相手にしている冒険者の被害に比べても微々たるもので、キングダムの人口を考えるなら無視できる数字だと言っても良い。

 だが、安全なはずの街の中に殺人鬼が潜んでいるという事実は、魔術が一切使えない、魔法使い殺しのターゲットからは漏れているはずの大多数のキングダム住民を不安にさせるには十分だった。

 勿論、大陸会議が来る以前のキングダムの無法っぷりもあって単なる殺人であれば耐性がある住民も少なくない。だが、そんな彼らにとっても被害者の心臓を抜き取るというおぞましい行為には恐怖を覚えざるを得なかった。まして、落ち着いてからキングダムに戻ってきた住民たちにとっては殺人という行為そのものが恐怖でしかない。

 そんな不安になった住民たちは、その気分を紛らわせるべく人混みを好んだのである。人が多いところでは魔法使い殺しが出没しないという噂もそれを後押しした。

 尤も、暗い夜道など歩きたくないのだろう。暗くなる前には大通りを埋め尽くす人混みがほぼきれいさっぱりいなくなるのだが。


「おーい、帰ったぞー」

 クランハウスに帰ってきたクライストがそう言いながら扉を開けた。

 それに気づいたレックが迎えに出てくる。

「あ、みんなお帰りー。外はどうだった?」

「相変わらずじゃな。賑わってはおるが、どうにも……空元気とでも言うべきかのう?」

 そう答えながら、ディアナはすかさずレックに持っていた荷物を押しつけた。ついでにリリーの荷物も受け取ってレックに押しつける。

 それを全部アイテムボックスに放り込みながら、

「息が詰まるね」

 そうレックは感想を漏らした。

「全くじゃな……建物も窓を閉め切っておるから暑いしのう」


 家主がいる建物では、家主が許可しない限り部外者は建物に入れない。それが『魔王降臨』以前の仕様だったし、それ以降もある条件付きで続いている仕様だった。

 だが、この仕様はキングダムでは機能していない。理由はキングダムはある条件――街を保有する公認ギルドがいること――を満たすことができないためだった。

 そのため、その気になれば人が住んでいる家に押し入ることも不可能ではないのである。

 そんなわけで、夏だというのにキングダムでは建物の窓がしっかりと閉められていた。勿論、魔法使い殺し(マジシャンキラー)対策である。蒼い月のクランハウスも例に漏れず窓を閉め切っているため、建物の中に熱が籠もってしまっているのだった。

 だが、窓を開ける方法がないわけでもない。


「鉄格子は相変わらずだったもんね~」

「だよなー。あれさえつければ、多少は窓も開けられそうなんだけどな」


 そんな風にリリーとクライストが言ったのは窓につける鉄格子のことである。

 侵入者防止用に窓に取り付ける鉄格子はキングダムでは結構な需要があり、今回の騒ぎが起きる前から予約をしても数週間は待たないと手に入らない状態だった。そのため、今回の件で急遽探し始めた蒼い月だったが、同じことを考えた者は少なくなく、手に入るのが先か、事件が終わるのが先かと言った状況だった。

 それでも、運良く手に入らないかと買い物ついでに毎回確認しているのだが、今日も空振りだったのである。


「せめて、人が集まってる部屋の窓だけは開けてるんだけどね」

「窓が1つ開いておるだけでは風は通るまい」

 それでは効果は期待できないと、ディアナが首を振った。レックも苦笑しながら、リリーに視線を向けた。

「ま、うちはリリーがいるだけマシだよ」

「ふっふ~ん!感謝しなさい!」

 ずっと維持することは出来ないがこまめに建物の外壁に水を這わせて熱を取っているリリーが、どや顔で控えめな胸を張った。

 その微笑ましい様子に仲間達が思わず和む。が、

「……マージンは暑くないのかな?」

 そんなリリーの台詞に、レックの笑顔が微かに強ばった。

 が、最近割と露骨になってきたリリーの言動のおかげですっかり耐性がついていたレックは、ほとんど一瞬で平静を装い直すことに成功した。

 それでもめざとく気づいていたディアナは、いつも通り気づかないふりをしながらリリーの会話に乗った。

「ギルドは警備がしっかりしておるせいかの、窓もちゃんと開けておるし暑くはないじゃろうな」

 研究所に泊まり込むかと思いきや、疲れをため込んではまともな魔導具を作れないからと、マージンは毎日クランハウスに帰ってきていた。そんな彼を送り迎えする際に見たギルドの様子を思い出しながら、ディアナはそう答えた。

「ってか、この件が解決したら、是非とも冷房器具を開発して貰いたいよな」

「あ、それいいね。正直、窓開けても涼しいとか言えないし」

 クライストの台詞にレックがそう返し、他の仲間達もうんうんと頷いた。



 翌朝。

「また出たんか……」

 仲間達と一緒にギルドまでやって来たマージンは、ざわついていたギルドの様子に首を捻る間もなく、マージンたちに気づいたギルド職員から注意喚起を兼ねた報告を受けてそう唸っていた。

「今度の被害はまとめて6人、か。思ってたより面倒な相手っぽいね」

 ギルド職員がマージンに行った報告を横から聞いていたレックが呟いた。

 尤も、被害に遭った人数はさして問題ではない。重要なのはその全員が軽装といえど武装していた冒険者たちだということだった。だからこその面倒発言である。

 加えて、内容も問題である。

「そやな。犯人側はノーダメージっぽいもんなぁ」

「正面から戦ったっぽいし……結構強そうだよね」

「うむ。一人の仕業とは考えたくないのう……」

 眉を顰めながらディアナが言った。

 身体強化を一方的に使えるのであれば、ディアナにも6人相手に――なんとかだが――勝つ自信はある。だが、全くの無傷で勝てる自信はなかった。まして、一人でも身体強化を使える相手が混じっていればまず勝ち目はない。

 そう考えると、魔法使い殺し(マジシャンキラー)は絶対一人の時には遭遇したくない相手だと言えた。

「まー、レックなら勝てそうやけどな。どないや?」

 マージンに訊かれ、レックは少しばかり考え込んだ。

 勝つ自信はある。というか、その辺の相手なら多少身体強化を使える相手だったとしても、10人同時に相手にしても一方的にやれる自信はあった。

 が、仲間達相手とはいえそこまで知られるわけには行かない。あまりに突き抜けていることを知られて変に追求されたくないのだ。

 なので、多少誤魔化しを入れた返事をする。

「勝てるか勝てないかだけなら、まあ、勝てると思うよ」

「やっぱしなぁ。まあ、いざというときは当てにしとるで」

 幸い、曖昧にした部分を仲間達が気にした様子はなく、レックはホッと胸を撫で下ろした。

 一方で、魔法使い殺しに遭遇した時のケースも考えてみようとするが、情報があまりに不足していて一瞬でシミュレートが終了してしまった。

(……最低でも一度くらいは魔法使い殺しを見てみないと、何とも言えないか)

 そう考え、内心溜息を吐く。

 レックとしては、出来れば仲間に被害が及ぶ前にどうにかしたいが、下手に仲間に今の実力を知られたくもない。当然、下手な心配をかけたくもないとなると、手詰まり感は否めなかった。

 それでも何とか手を打たないといけないとレックが考えていると、

「じゃあ、今日も夕方に頼むわ」

「うん。マージンも頑張ってね~」

 そんなやりとりが聞こえてきて、レックの思考は大いに乱された。リリーがマージンの護衛をする時は一緒にならないように何となく避けていたのだが、今日はどうしても気になってついてきたのだが――どうやら凶と出たらしい。

 それでも何とか僅かに肩を落としただけで済ませたレックを見ながら、ディアナが何事か考えていた。

 それはさておき。

 マージンをギルドにまで送ったレック達3人は、途端にやることがなくなってしまった。

 クランハウスを空ける時間が長くなってしまうなどの理由で、クエストも受けづらい。クランハウスで大人しくしているグランスたちや、マージンのことを考えると、気晴らしに遊ぶのもどこか気が引けた。

「ふむ。こうなると、キングダムを離れるのも1つの手かも知れんのう……」

 ディアナがぽつりと漏らした案は実に魅力的だとレックもリリーも思ったが、仕事があるマージンの事を考えればキングダムを離れるのは無理だろう。そうでなくても、自分たちだけキングダムから逃げたりすれば、後々罪悪感に苛まされそうだった。

 だから、レックは、

「当面は亀になって身を守るしかないよ」

 そう言ってディアナの案を否定した。ディアナ自身、その案に微妙に乗り気ではなかったのだろう。何となくレックの言いたいことを察したらしく、それ以上キングダムを離れるとは言わなかったのだった。



 蒼い月とは別に、魔法使い殺し(マジシャンキラー)のことで頭を悩ませている者たちは当然他にもいた。その筆頭が大陸会議の面々である。

「中堅がまとめて6人。それを一方的に皆殺しって、ちょっと洒落になってないんじゃないかい?」

 重々しい雰囲気の中、大手の商業系ギルド、ティーパーティを束ねるケイがそう言った。いつも着崩している着物を真面目に着ているあたり、この件を彼女がどれだけ重く受け止めているか見て取れる。

 そんな彼女の言葉を受け、大陸会議直轄軍総司令官であるレインが口を開いた。

「そうだな。正直、身体強化も使えない兵や冒険者では、10人いたところで役に立たないだろうな」

 正確には、相手が数を頼んで押してくるような雑魚なら、ひ弱な兵でも相手の勢力をそれなりに削ることは出来るはずで、そんな考え方で良ければ、全くの役立たずということにはならないはずだった。

 だが、軍や冒険者ギルドが被害者の死体や状況をよく検分し、分析した結果、魔法使い殺しは極めて少人数――下手すると単独――で行われている犯行だと予想されていた。

 それが意味するところは、少数のかなりの手練れが殺人鬼に、それも狂人と言って良いような存在に成り果てたと言うことである。もし単独犯だとすれば、それこそソロとしてはトップクラスの実力を持っていることは間違いない。その場合、下手な戦力をぶつけても被害が増えるだけ、などということも十分考えられた。

「なら、身体強化を出来ない兵を使い捨てにしろと言うのか?」

 そう言ったのはパンカス。大手の戦闘系クラン、アヴァロンのマスターにして軍の最高幹部の一人である。――冒険者ギルドの幹部にも名前を連ねているが。

 そんなパンカスの言葉にレインは首を振った。

「一般兵はおそらく襲われない。幸か不幸か、魔法使い殺しは名前の通り魔法が使える人間しか眼中にないみたいだからな。魔法が使えない人間も殺されてはいるが、どうも巻き添え感が拭えない」

 その言葉に、冒険者ギルドのマスターを務めているギンジロウも頷いた。

「この街以外での被害を含めて、魔法が使えない者だけが襲われたことは一度もない。どうやって魔法が使える者を調べているのかは分からないが、魔法が使えない者だけで行動する分には、犯行現場を目撃してしまうことでもない限り、襲われる心配はない。それがギルドと軍の結論だ」

「ということは、ほとんどの連中は怯え損というわけなのか」

 パンカスは気が抜けたようにそう言った。

「今のところはな」

 ギンジロウはパンカスにそう答え、更に言葉を続けた。

「それでもどうにかしないといけないのは確かだ。いつ今より質が悪くなってもおかしくない相手だ。下手に放置すれば……何に牙を剥くか分からないぞ」

 ギンジロウのその言葉にパンカスは獰猛に笑った。

「来たら返り討ちにしてやるさ」

「そうか。ならいっその事パンカスを囮にして釣るか?」

「おお。構わないぞ。ってか、望むところだ!」

 レインの冗談を胸を叩いて真に受けたパンカスに、大陸会議の面々から溜息が漏れた。

 何故呆れられたか一瞬分からなかったパンカスだったが、どうも自分がいらない勘違いをしてしまったことにすぐに気づき、赤くなってしまった。

 そんなパンカスに、上座から話し合いを見ていたピーコが声をかけた。

「パンカス。あなたは曲がりなりにも大陸会議のメンバーであると同時に軍の最高幹部でもあります。その身を晒さなくてもいい危険に晒すことは認められません」

 一児の母となり以前よりも迫力が増したピーコの言葉に、パンカスが思わず小さくなって、「あ、ああ」とどもりながら答えた。

「ですが、囮は悪くない案だと思います。軍とギルドについては、その方向で一度検討してもらえないでしょうか?」

 そう言いながらピーコは、隣に座っていた大陸会議議長のエルトラータに視線を向けた。

 その視線に気づいたエルトラータは無言のまま軽く頷き、了承の意を示した。

 そのやりとりを見ていたレインたちは、それならばと頷いた。



 それから暫くして。

 マージンは研究所の専用の作業部屋で、急な客の相手をしていた。先ほどまで作っていた術式を組み込んだ皮鎧は、未完成なまま机の上に放置されている。

「はあ。また危険な賭に出るんやな」

「犠牲が出続けていることを考えれば、ほっとくわけにもいかないだろう?」

「まーな」

 ギンジロウの言葉にマージンは軽く頷いた。

「で、囮が使うためのアイテムを用意して欲しいってわけやな?」

「話が早くて助かる。武器にしろ防具にしろそれなりの品質の物は手に入るんだが、性能と重さが比例関係にあってな」

「あー……」

 自身も鍛冶を修めているだけに、マージンにはギンジロウの言ったことに十分心当たりがあった。

「作戦としては、囮から少し距離をとった所にそれなりの戦力を置いておく予定だ。その援軍が駆けつけるまで生き残るのが最優先、と言えば分かってくれるか?」

「相手を倒すより生き延びるのに役立つ装備が欲しいってことやな」

「そうだ。できれば防御だけでなく、身体能力そのものも上がると嬉しいんだが」

 ギンジロウからの注文にマージンは唸った。

「両方同時に防具に仕込むのは難易度が跳ね上がるんや。出来ればどっちを優先するか決めてもらえると、随分助かるんやけどな」

「なるほどな。部位ごとに組み込む魔法……魔術だったか。を変更するのは出来るんだったな?」

 マージンが時々こだわりを見せる魔術という言い方になおしながらギンジロウが発したその問いに、マージンは無言で頷いた。

「ならば、一度こちらで構成を検討して……いや、できればマージンの意見も聞きながらの方が良いか。囮役の注文も聞くつもりだから、囮役が決まってからの話になるな。それまで少し時間がかかると思うが、準備だけはしておいてくれないか?」

「それは構わへんけど、資料調べに図書館に行っときたいとこやな。……魔導具の作成、一時中断してもええか?」

 その言葉にギンジロウは「それは……」と動きを止めたが、少し考えて囮の生存率を上げる方が優先だと結論を出したらしい。

「ああ。構わない。その分しっかりした物を作ってくれ」

「ああ。任せとき。ちなみに、囮役はいつ頃決まりそうなんや?」

「検討の指示は出したが……本人が嫌がったら無理強いは出来ないしな。逆に希望者がいても、実力面で不安が残るようならやはり任せられない。2~3日で決まったら恩の字かもな」

 魔法使い殺し(マジシャンキラー)を釣るための囮ということは、一歩間違えれば死んでもおかしくないのだ。それを承知の上で引き受けてくれて、なおかつある程度の実力を持つ――周辺に配置する予定の援軍が駆けつけるまでは持ちこたえられる者となると、結構条件としては厳しかった。

「うちのレックとかはどうなんや?」

 レックならまず死なないだろうとマージンが言うと、ギンジロウは首を振った。

「実力は確かに聞いていたし、この目で見せても貰った。だが、相手が予想外の手を持ってないとも限らない。いつかは魔王を倒さないといけない以上、彼を無用な危険に晒すべきじゃないだろう」

 その答えにマージンはそれ以上自分の案を推そうとはしなかった。大丈夫だろうとは思っていても、仲間を危険に晒す案という自覚があるのだろう。

「まあ、それならせめてええ魔導具作るわ。暫く地下書庫の方に籠もっとると思うし、何かあったらそっちに連絡くれるか?」

 その言葉に、ギンジロウは当然だと頷いた。



 その日の夕方、蒼い月のクランハウスでマージンは翌日からの予定の変更を、その理由と共に仲間達に伝えていた。

「数より質、ということじゃな」

「囮役の生存率を高めようというなら、正しい選択だろうな」

 ディアナに続いて発言したグランスは、そうギンジロウの判断を支持した。

「それで、マージン。良いのは作れそうなのか?」

「まー、やってみてのお楽しみ……っちゅうたら、ちょいと不謹慎やな。でも、そんなとこや」

 そんな答えだったが、まだ魔法使い殺しの実力も分からない状況では止む無しと仲間達は納得した。

「でも、囮役……ですか……」

「まあ、あまり褒められた手ではないがな」

 どこか不満そうなミネアの心を察し、グランスが苦々しげな顔で答えた。

 だが、一日おきに被害者が増える現状を放置するわけにもいかなかった。おまけに、魔法使い殺しの正体が分からないため、有効そうな案がほとんど出てこないのだ。それならば、多少の被害を覚悟してでも――というのは1つの選択肢として十分ありうるものだった。

 その事はミネアも理解しているのだろう。それでも納得しきれなかった感情が、つい口をついて出たのだった。

 それで微妙な空気が流れる中、クライストが口を開いた。

「ってか、囮ならレックを使った方がいーんじゃねぇか?」

 だが、仲間達の反応は悪い。

「確かに、その方が何とかなる可能性は高いだろうが……」

「万が一を考えると……」

「ってゆーか、仲間を危険に晒すのは……」

 と、かなり否定的な意見ばかりである。以前、レックが谷に落ちた時のことが軽いトラウマになっているのかも知れなかった。

 尤も、名前を出された当の本人はケロリとしていた。あまつさえ、

「囮作戦やるなら、僕が囮になった方がいいと思うけどなぁ」

 などと漏らす有様である。

 それを聞いた仲間達は心の中で思わず溜息を漏らしつつ、それが分かっていてなおレックの安全を優先しようとすることに微かに罪悪感を抱いた。

 そのせいでレックの発言とは裏腹に空気が重くなりかけた。それをグランスの声が破る。

「まあ、ギルドや軍にもそれなりの考えがあるんだろう。正直……俺たちも人様にどれだけ力を貸していられるか分からないしな。ここは甘えさせて貰おう」

 途中、ミネアとエイジの上を彷徨ったグランスの視線に、仲間達もどこかホッとしながら自分たちを納得させた。

 ちなみに、ギルドの考えを一人だけ聞かされていたマージンは、グランスの台詞の途中もしっかりと知らんぷりを決め込んでいたのだった。



 その頃、日が落ちて暗くなり始めた通りの1つに、ぞろぞろと宿に入っていく集団がいた。いつもならもう少し遅い時間帯に自分たちのクランハウスに戻るのだが、ここしばらくの魔法使い殺し(マジシャンキラー)騒ぎで人通りが些か少なくなる裏通りのクランハウスに戻る気がしなくなっていたのだ。

 そんな彼らがわいわい言いながら宿の中に全員入ってしまうと、近くの通りから人影が1つ、現れた。まるで彼らを観察していたかのような動きである。

 その人影は暫く宿の方を見ていたが、誰も建物から出てきそうにないのを見て取ると、舌打ちの代わりに建物の壁を軽く蹴った。折角良い獲物を見つけたというのに、あれでは狩ることが出来ない。

 だが、八つ当たりをしたところで獲物が巣穴から出てくるわけでもない。そもそも、獲物を見つけても襲うチャンスがある方が少ないのだ。

 そのため、それが獲物を諦めるのは早かった。

 それよりも、新しい獲物を探した方が効率的だ――とそれが思ったかは分からない。

 ただ、その人影はもう少しだけ宿の方を観察していたかと思うと不意に身を翻し、元来た通路の闇へとその姿を溶け込ませた。

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