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ジ・アナザー  作者: sularis
第十二章 さらなる飛躍
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第十二章 第三話 ~キングダムに戻って~

 始まりの都市の1つであるキングダムは大陸最大の人口を誇る。だが、その面積もまた最も広く、優に数十万もの人間を抱えてなお余りある広さを誇っている。

 そのせいだろう。

 キングダムの現在の人口は十万ちょっとしかいないこともあり、1つの都市の中ですら人気のないところは少なくない。むしろ、人気のないところの方が多いくらいである。

 そのためだろう。人が多く集まっている南東部の4~6番街区ですら、表通りを少し外れれば、昼間ですら人気が全くない通りがある。そんなとおりには表通りの喧噪すら聞こえてこない。

 だが、今、この通りには人影があった。

「はっ……はっ……はっ……」

 息を切らしながら必死に走る男は、どこで負ったのか左腕に大怪我をしており、それを右手でかばいながら必死に大通り目指して走っていた。

 額から流れる血に塗れた顔に浮かぶのは恐怖。

 それに追い立てられるように走り続ける男の耳に、表通りの喧噪が微かに聞こえてきた。

 そのせいか、男の顔に生気が蘇り、

 ドサッ

 次の瞬間、そんな音と共に男は地面に転がっていた。

 ここまで来て倒れるとは思っていなかったが、もう一度立ち上がって走り出せば、それで助かる。

 そう確信していた男はしかし、いくら身体を起こしても立ち上がれないことにすぐに気づき、

「ああああああ!!!」

 悲鳴を上げた。

 男の足は2mほど後ろの地面に2つとも転がっている。足首から上がないそれを見るまでもなく、遅れてやって来た激痛に男は足を失ったことを知った。が、そんな痛みはすぐにどうでも良くなってしまう。

「ああああああああ!!!!」

 男が上げる悲鳴は苦痛から恐怖によるものへと変わっていた。

 その目に映るのは血よりも禍々しい2つの赤い光。

 その影がにんまりと笑い、男へ向かって手を伸ばしてくる。




 祭壇でディアナが新しい魔術を身に付けてから6日後。

 レック達はゲートを使い、キングダムに戻ってきていた。そして、ギルドハウスで留守番をしていた3人に今回の仕事の報告を行っていた。


「とまあ、そんなことがあったのじゃ」

「それで少しばかり戻ってくるのが遅かったんだな」

 ディアナの説明に、グランスがなるほどと納得した。

 グランスの膝の上では、お気に入りの積み木を両手に1つずつ握りしめた小さな子供が笑っていた。紫の髪はふわふわで、同じ色の瞳には久しぶりにディアナ達に会えたことによる喜びが浮かんでいる。

 その頭を撫でながら、ミネアが苦言を呈した。

「エイジも……心配していたんですよ?」

「どういう心配か少し気になるけどな。また、出たってのはマジなのか?」

 キングダムに戻ってくる少し前にクランチャットで聞いた話について、クライストはミネアに確認した。

 だが、重々しく答えたのはグランスだった。

「ああ。本当だ。ここ暫く落ち着いていたんだが……まさかキングダムに現れるとはな」

「魔法使い殺し(マジシヤンキラー)……または心臓喰い(ハートイーター)、じゃったか」

 それの通り名を口にしたディアナは、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


 ここ数ヶ月、キングダム大陸を騒がせている者がいた。それが、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)とか心臓喰い(ハートイーター)と呼ばれている謎の殺人鬼なのだ。

 そんな名前が付いた理由は至って簡単で、その殺人鬼が狙うのが必ずと言っていいほど何らかの魔術をそこそこ使える者だったからだ。巻き添えで魔術が使えない者が殺されることはあったが、魔術が使えない者だけが犠牲になったことは一度もない。加えて、死体からは必ず心臓がくりぬかれていたので心臓喰い(ハートイーター)などという呼び方もされていた。

 そんな猟奇殺人犯を捕らえるべく大陸会議も手を回しているのだが、逆に何人もの犠牲者を出してしまう始末で、未だ犯人のしっぽすら掴めていなかった。


 その犠牲者が、このキングダムでも昨日、出てしまったのだ。

 仲間の大半が出払っている状況では、ミネアなど良いカモでしかない。万が一襲われたら、グランス一人でミネアとエイジを守り切るのは不可能に近いと思われた。

 幸い、その翌日にはこうして帰ってこれたので問題は無かったのだが……

「当分、キングダムからの遠出は無理だね」

 というレックの言葉通り、魔法使い殺しが捕まるかどこかに行ったと判断できるまで、蒼い月としても下手に動けない状況になってしまっていた。

「いっその事、暫くキングダムを離れるのもありかもしれんのう」

「でも、それだとマージンが困る、よね?」

 ディアナの言葉にリリーが困ったように言った。ちなみに、名前が出た当の本人はこの場にはいない。キングダムに戻ってそうそうに、一直線にある場所へと向かっていた。

 そのある場所とは、

「そうだな。研究所と言い公立図書館と言い……必要な施設が全部ここに集まってしまっているか」

「じゃな。新しい魔術で何か思いついたらしくてのう。戻ってくるや、真っ先に研究所に走っていきおったわ」

 というわけである。


 ちなみに、その研究所とやらは冒険者ギルドの一角に設けられており、こともあろうにマージンを所長に据えていたりする。なんの研究所なのかは、すぐにでも説明する機会があるだろう。


「全く……あいつ自身もターゲットになりかねねぇって分かってんのか?」

「まあ、大丈夫だとは思うよ。ギルドからここまでそれなりに人通りが多いし」

 クライストのぼやきにレックがそう答えた。


 実際、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)による被害は人通りが絶えた時間帯であるとか場所であるとかで起きている。ギルドから蒼い月がクランハウスとして借りている建物までは、夕方くらいまでなら十分人通りが多いと言って良く、問題は無いはずだった。


「でも心配、かな~。……ねね。いっその事、ここに研究所作っちゃった方が良くない?」

 そうしたら安全だし――ついでにマージンと一緒にいられる時間も増えるし――とリリーが提案するが、

「あっちに泊まり込みって手もあるよな」

「だよね。っていうか、マージンが満足する規模の研究所とか、この建物の中に作るのは無理なんじゃ?」

 と、クライストとレックにあっさり却下されてしまった。

 それに不満だったのか,リリーが頬を膨らませた。が、言い返すことは出来ない。理由の半分以上が自分の私情だとはわかっているからだ。

 それに、クランハウスも十分な広さがあるとは言えないのである。広さ自体はそこそこなのだが、ホワイトグリフォンのリーフが寝る場所に圧迫され、余裕がなくなっていた。

 そんな訳であっさり終わった話題に代わり、ディアナが別のことを口にした。

「それはそれとして、じゃ。十日ほど見ない間にまた大きくなったような気がするのう」

 気の滅入るような話を後回しにして、グランスの膝の上のエイジをつつく。つつかれたエイジは「だーっだーっ」と言いながら、笑顔でディアナの手を掴もうとしていた。

 そんなエイジの頭を撫でながら、

「まだ1歳にも……なりませんから。今が一番成長が早い時期……だと思います」

 とミネアが微笑みを浮かべ、ディアナについてきた。

「11ヶ月ちょっとじゃったか。……誕生日パーティを開いた方がよいかの?」

 脳内カレンダーを確認したディアナがそう提案すると、

「あ、ちょっと……そこまでして貰うわけには……」

「お、それいいな」

「あたしも賛成~!」

 ミネアの遠慮する声は、あっという間に仲間達の賛成の声にかき消されてしまった。

 そんな様子を見ながら、グランスがしみじみと呟く。

「エイジが生まれてからそろそろ1年。レックと再会できてからも1年近くか。早いものだな」

「あー、そうだね。半分くらいは旅していたからよく分からないけど……そうなるね」

 グランスの言葉にレックも、仲間達と再会してからのことを思い出していた。


 ヒドラを倒し、何者かに誘拐されていたリリーを助け出した後、レック達はグランスたちが待つラスベガスへと戻った。そこで初めてエイジを見たレックは死ぬほど驚いたことを覚えている。

(まあ、リーフを初めて見た時のみんなもすごい驚いてたけどね)

 それから間もなく、レックの剣を研究するためにマージンがキングダムの公立図書館に行くと言いだし、全員でラスベガスからキングダムに移った。

 その後は、ギルドからの依頼で各地のゲートを調べて回ったり、場所が確認された祭壇を訪れて魔術を覚えられるか試してみたりである。

 この頃にはリーフも人一人くらいは乗せられるようになっていた。おかげで馬を使えない場所でも、リリーをリーフに乗せ、他のメンバーは身体強化を使って走ることで、移動時間がかなり短縮できてたのは地味に助かっていた。川を渡る時も一人ずつ乗せて飛んで貰ったりと、リーフは大活躍である。

(……僕より、リーフの方が役に立ってたりしないよね?)

 思い返せばリーフの活躍する場面ばかりが思い浮かんできて、レックは自分が役に立ってないかのような気がしてしまった。勿論、そんなのは気のせいなのだが、微妙に悶々とし始めるレックだった。



 その頃。

 冒険者ギルドキングダム本部。その建物の一区画に、かなりの面積を専有する形で俗に研究所と呼ばれている区画があった。

 元々は単なる細工や鍛冶のための作業場だったのだが、マージンが魔導具の製作方法を持ち帰った頃から様子が変わってきていた。最初は一部の区画が関係者以外立ち入り禁止になり、次にその面積がじわじわと広がり始めたのだ。

 最初は落ち着いて作業したいというマージンの要望を叶えるための処置だったのだが、冒険者ギルドのカード製作のあたりから外部に情報を流出させないためのルールへと変貌していった。

 ちなみに、最近魔導具作成の方法を習ったり研究したりする者たちが少しずつ増えたり、材料や完成品、試作品が積み上がったりして、冒険者ギルドの建物の中では手狭になってきていた。近いうちに新しい建物を用意して、まるまるそちらに引っ越すことになるだろうというのが、大方の見方である。

 とは言え、今のところはまだ研究所は冒険者ギルドの建物の一角を占有していた。

 そんな研究所に戻ってきたマージンは、早速自分の研究室へと向かおうとして、

「あ、所長!帰ってたんですね」

 廊下を数歩も進まないうちに、白衣を着た青年に捕まった。

 その声を聞きつけ、周辺の扉が次々と開いてぞろぞろと白衣を着た集団がわき出てくる。その数6名。全員、この研究所で働く所員達である。いずれも美男美女揃いなのは今更驚くことでもないだろう。

「あー、まあ、さっき戻ってきたとこや」

 詰め寄ってくる彼らから何とか距離をとろうと足掻くマージンだったが、所詮、単なる廊下ではそんな苦労は徒労でしかない。

「自分の彫り込んだの見てください!」

「刻んだ術式の魔力の流れが……!」

 教師に殺到する熱心な生徒の群れはあっという間にマージンへと詰め寄り、各々が手にしていた作業中の作品を見て貰おうとマージンへと差し出してきた。

「ちょ!せめて順番に!」

 マージンが叫ぶと、所員達は慌てて列を作った。その過程で軽く一悶着あったような気がしたが、とりあえずマージンは見なかったことにした。

「最初はノイエからかいな」

「お願い」

 軽くお辞儀をして作業中としか見えないブレスレットを差し出してきたのは、三つ編みにした黒髪を背中に垂らした少女だった。他の大人達に混じってよく列の先頭を確保できたものだと感心しそうになるが、これでも彼女の肉体年齢も二十歳を過ぎているはずである。

(このままいったら、中途半端な合法ロリってやつになるんかいな?)

 などと思考が逸れかけたマージンだったが、それ以上考えが逸れる前にブレスレットを受け取り、弱い魔力を流し込んで刻みつけられているはずの術式を確認した。

 そして、確認した結果をノイエに伝える。

「また上達したみたいやな。けど、単調すぎるで。流れるべき魔力の量に応じて、太くしたり細くしたりができてへんな」

「そう」

 ノイエはそう言うと、無表情のままマージンからブレスレットを受け取り、出てきたばかりの自分の作業室に戻っていった。

 それを見送る間もなく、次の所員が自分の作品をマージンに差し出してくる。それも素早く確認し、問題点を指摘して可能であれば助言も少しだけ付け加える。

 そんなことを人数分だけ繰り返した頃、廊下の向こうからウェーブがかかった濃いブロンドの髪の青年がやってきた。

「所長!帰ってきた早々何してるんですか!」

 青年はそう言いながらマージンの所にまでやってくると、周囲に群れていた所員達を睨み付けて追い払った。

「テンツクは相変わらず怖いなぁ……」

 そう言って態とらしく身を震わせるマージンを睨み付けると、テンツクと呼ばれた青年は溜息を吐いた。

「彼らには彼らの仕事があるんです。この間所長に試作していただいた魔導ランプとか、まだ副所長達しか作れないんですよ?」

「っていうか、あれ、まだ未完成品やん」

 十日ほど前、キングダムを離れる前に試作したそれを思い出しながら、マージンは答えた。

「手を離したら一分も明かりがもたへんとか、かと言って魔力少ない人が持ちっぱなしやと1時間も経たずにぱたんきゅーとか、どう考えても欠陥品やん」

「それでも、ギルドや軍からはまとまった数を用意してくれと言われてるんです。おかげで副所長達は今、起きてる間中ランプの製作ですよ」

 テンツクのその言葉に、道理で魔導具作成の最初の弟子二人が迎えに出てこないわけだとマージンは納得した。一方で疑問も残る。

「軍とかギルドって、そんなに急ぎで必要としてるんか?」

 そう訊きながら、場合によっては暫く新しい術式を組み込んだ魔導具は作れないかも知れないとマージンは警戒した。

 そんなマージンの警戒に気づくことなく、テンツクは頷き、それからここで立ち止まって話すような内容でもないとマージンを促して歩き出した。

「所長はまだ知らないかも知れませんが、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)の被害者がこのキングダムでも出ました。昼夜問わずの警戒を行うために、使いやすい明かりが必要なんだそうです」

 秘密にされていることでもないので歩きながら、それでも声は抑えて、テンツクはマージンに事情を説明した。

「あー……それでギルドの周辺の警備が厳しくなっとったんやな」

 建物に入る前に妙に軍の兵士が彷徨いていたことを思い出し、マージンは納得した。

「そうです。念のため、要人にはそれなりの数の護衛をつけることも大陸会議で決定しました。所長もその対象です」

「いやいやいや。四六時中ひっつかれるんは堪忍して欲しいんやけど……」

 寝耳に水の話に、流石にマージンもイヤそうな顔をした。

「その点はご心配なく。所長の護衛は蒼い月に依頼することになっていますから」

 それはそれでどうかと思ったマージンだったが、嫌がって他の連中に護衛に張り付かれるよりはマシかと思い直し、別のことを口にした。

「んで、どんくらい被害が出たんや?」

「被害が出たのは昨日です。被害者は3名。うち一人が心臓を抜かれていました」

「来たばっかりっちゅうことか?」

「でしょうね」

 テンツクはそう答えると、マージンの研究室の扉を開けた。

「最後に被害が確認されたのがラスベガスですが……キングダムは人が多い分、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)の獲物も多いということなのでしょう。考えてみれば、いつ来てもおかしくなかった、油断していたとレインさんやギンジロウさんはおっしゃってました」

 大陸会議の勢力圏の治安維持を担う二大組織のトップ達の名前を挙げ、テンツクはそう言った。

「それで、実は所長にも依頼が来ています。出来れば強力な武器の開発に勤しんで欲しかったようですが、流石に今ばかりはそうも言っていられないようで……」

 それを聞いたマージンは、研究室の片隅に置かれた事務机、その側の椅子に腰を下ろしつつ溜息をこっそり吐いた。だが、流石に人死にが出ている件での要請なら、応えざるを得ない。

「で、何を作って欲しいんや?」

 炎の壁の魔術の術式を利用した新しい魔導具の試作は当分無理やなと諦め、マージンはそう訊ねた。

「生存率が上がるような武器や防具なら何でもとのことです。警邏を行う部隊に装備させて、少しでも安全を確保したいと。役に立つ物が作れそうな所員にも同じように頼んでいます」

 その言葉に、先ほど見た所員達の作品に強化系が多かったことをマージンは思い出した。確かに、身体強化は生存率を確実に上げてくれそうである。

「なるほどなー」

 おざなりな返事を返しつつ、どの程度の装備がバランスが良いか早速考え始める。

「性能だけやのうて、材料や製作時間も考えんとあかんな。場合に寄ったら、防具だけって選択肢もありやな」

「はい。材料の在庫は後から資料を持ってこさせます」

「締め切りとかは?」

「特にないそうですが、出来た物から順番に納めて欲しいとは言われています」

 そこまで聞いた段階で、マージンの頭の中には既にいくつかの候補が並べられていた。新しく開発するには時間がかかり過ぎることを考えれば、祭壇やロイドから貰った本などから得られた知識に既にあるものを作るべきで、そうなるとそんなに候補は残らないのだった。

「分かった。んじゃ、準備は頼むで」

 マージンはそう言うと個人端末を取り出し、クランチャットで仲間達に状況を伝えるのだった。



 場所は変わって、冒険者ギルド本部。――要するに別の部屋である。

「そうか。マージンは引き受けてくれたか」

 部下からの報告を聞いて、ホッとしたようにクッションの効いた椅子にもたれかかったのはギンジロウだった。


 ついにキングダムにまでやってきてしまった魔法使い殺し(マジシヤンキラー)。その対策に人員を割かなくてはならなくなったのだが、問題となったのが魔法使い殺し(マジシヤンキラー)がかなりの手練れらしいということだった。つまり、下手に人員を投入しても被害が出るだけで効果が上がらないのではないか、ということである。

 人が多いところでは――10人以上いるならば――被害が出たという報告はない。なので、警邏は1チーム15人、過疎街区の調査は1チーム30人というかなり大きなチームで行わせることになっているのだが、それでも戦闘になった時のことを考えるなら、心許ない。なので、マージンを含め、性能の良い武器防具を作れる者たちに依頼を飛ばしていたのである。

 ちなみに、冒険者ギルドは過疎街区の調査を受け持つことになっていた。


 さて、一度は気を抜いたギンジロウだったが、すぐに難しい顔に戻っていた。

 性能の良い武器防具がどの程度役に立つ相手かも分からないし、そもそも性能が良いと言っても今使っているのと比べてどの程度良いのかも分からない。おまけに数が揃えられるかどうかも微妙である。

 その事に思い至ったギンジロウは溜息を吐いた。

「気休め程度にしかならないかも知れないな……」

「でも、やらないよりはマシだと思いますよ」

 そう言ったのはギンジロウの秘書をやっているフライトだった。

「まあ、性能テストはやった方が良いと思いますが」

「そうだな。できあがってきた性能を見てから一喜一憂するか」

 そう言ったところでギンジロウの関心は、マージンが作るらしい武器防具へと向かった。

「ところで、マージンも何か作るらしいが……どんなのが出来てくると思う?」

「装備の耐久性上昇か、あるいは装備者の身体強化でしょうか。それ以上は……分かりませんね」

 尤も、期待と妄想がごちゃまぜになっていいのなら、炎を吹き出す剣だとか、魔法を防ぐ盾だとか、装備しているだけで怪我が治る鎧だとか考えつくが、いくら何でも現実的だとは思えなかった。

 その辺りの感覚はギンジロウもフライトと大差なかったのだろう。

「やっぱ、そんなとこだよなー」

 あっさりと、しかし残念そうにそう言ったのだった。



 一方、大陸会議直轄軍、キングダム本部では丸テーブルを囲んで別の議論が交わされていた。とは言え、この時期の話題など限られている。

「結局、なんのために心臓を持って行くんだ?」

「そう訊かれてもね。犯人に訊いてみないと分からないよ」

 軍の総司令レインの言葉に、元キングダム支部長のホエールは肩をすくめて答えた。

 そこにもう一人の同席者が賛意を示した。

「ホエールの言うとおりだ。直接訊くしかないだろう」

 そう言ったのは厳つい外見の男だった。大陸会議のメンバーにして大手の戦闘系クラン、アヴァロンのマスターであるパンカスだった。

「まあ、言えてるのはまともな人間じゃないよ。平気で人を殺せるのもそうだけど、心臓をわざわざ抜き取っていくなんて、並の神経で出来ることじゃない」

「そうだな。エネミーで生き物を殺したり解体するのは随分慣れた気がするが……それでも、ゴブリンだのオークだの、人型は流石に無理だしな」

 ホエールの言葉にパンカスがそう補足した。

 それを聞いたレインも頷く。

「確かにな。愉快犯にしろなんにしろ、狂人と言って良いだろうな」

 そう言いつつ、レインは別のことも考えていた。魔法使い殺し(マジシヤンキラー)を捕まえられるかどうかもだが、捕まえた後どうするかもである。

 現在、余程の悪党でもない限り、大陸会議が定めたルール――と言っても現実世界のそれと大差ないが――を破った犯罪者は、町をまるまる1つ牢獄に改造した通称ジェイルに隔離することになる。だが、今回の魔法使い殺し(マジシヤンキラー)は既に何十人もの被害を出していた。

(どうしてこんなことをやらかしたのか聞いたとして、その後は……処分するしかないか)

 行う側にもかなりの精神的な負担がかかるため、処刑は出来る限り避けたいところである。が、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)は生かしておいても害にしかなりそうになかった。むしろ、捕まえた後に逃げられでもしたら、再び被害が出かねない。

 そんなことをレインが考えている間に、ホエールとパンカスの話題は別に変わっていた。

「問題はどのくらい強いかだと思うんだ」

「そうだな。4~5人程度なら生き残りも出さずに全滅させられるんだ。下手すると俺たちと同じくらいかも知れんな」

「それはそれで随分厄介だね」

 尤も、パンカスは実際にはそこまで強くないんじゃないかと思っていた。

 流石に、元々廃プレイをしていて今でも強さに貪欲なトップクラスの冒険者たちには劣るが、『魔王降臨』の前も後も鍛え続けている自分たちに付いてこられる者などほとんどいないはずなのだ。例外とすれば、話に聞く蒼い月の――最近合流できたという誰だったか。それくらいだろう。

 ただ、そこまで強くなくても魔法使い殺し(マジシヤンキラー)が厄介なのは変わりなかった。

 目撃者を一人も出さない、あるいは残さない犯行の丁寧さ。実のところ、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)はその殺し方から同一犯だと見なされているが、今まで一度も目撃者がいたことがない。

 理由は簡単で、皆殺しにしているからである。逆に目撃者を皆殺しに出来ないほど周囲に人が多い場合、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)は絶対に襲ってこなかった。

 それなりの狡猾さを兼ね備えているというのは、それだけで十分警戒に値する。例え、その行為が狂人そのものとしか思えない人物だったとしても、である。

 パンカスがそんな考えを口にすると、レインが唸った。

「確かにな。多少強くても単なる脳筋の方が楽と言えば楽か」

 とは言え、それで何か出来ることが増えるわけでもないし、対策が変わるわけでもない。相手に対する情報があまりに少なすぎるのだ。

 敢えて出来ることを上げるなら、今回の件に当たる者たちのグロ耐性を鍛えておくことくらいだろう。魔法使い殺し(マジシヤンキラー)がさらなる猟奇殺人に走らないとも限らないのだ。

 せめてそうはならないことをレインたちは祈るのだった。



「……というわけで、暫くの間、マージンの護衛をすることになりました」

 その夜。蒼い月のクランハウス。

 指名クエストの受諾要請を受けて話を聞きに行ったグランスとレックが、残りの仲間達を前にクエストの説明を行っていた。内容はレックが説明したとおり、マージンの護衛である。

「……事情は分かったのじゃが、仲間を護衛せよと言われても違和感の方が強いのう」

「だよな。言われなくても危なかったら守るっての」

 呆れたようなディアナとクライストの台詞に、護衛対象となったマージンが苦笑した。軍やギルドに納める武具の製作で忙しいはずなのだが、必要な材料が揃うのに時間がかかったこともあり、今日くらいはと早く帰ってきたのである。

「わいの方も違和感すごいあるで?」

「だよね~」

 うんうんとリリーが頷く。

「一応、報酬も出るらしいが……」

「……普段通りにしていてお金がもらえるとか……罪悪感を感じます……」

 グランスの言葉に、エイジを寝かしつけたミネアが申し訳なさそうにそう言った。

 勿論、同じような感想を持った仲間は他にもいた。が、

「マージンを放り出して稼ぎに出かけるのを防ぐ目的もあるのじゃろう」

 というディアナの言葉に、なるほどと納得する。

「じゃあ、しばらく遠出はなし?」

「そうなるな。まあ、マージンを連れて行くなら構わないだろうが……」

 リリーにそう答えながら、グランスはマージンへと視線を向けた。

「わいはしばらくあれこれ作らなあかんからな。最低一週間は動けへんで」

「一週間で済むのかのう?」

「まー……出来る限りぎょうさんとか言われとるしな。もっとかかるかもしれん」

 ディアナの疑問に素直にマージンは答えた。

「つまりは、魔法使い殺し(マジシヤンキラー)の問題が片付くまで、自由に動けないってことかな?」

 どうせマージンがあれこれ作らないといけなくなった理由もそれだろうと察したレックがそうまとめた。

「だろうな。尤も、俺たちは誰が魔法使い殺し(マジシヤンキラー)のターゲットになってもおかしくない。出来れば、キングダムにいること自体避けたいんだが……」

 グランスの言葉に、はたと全員が動きを止めた。そして互いに顔を見合わせ、魔術が1つも使えないメンバーが一人もいないことを改めて確認した。

「確かにな。マージンだけじゃなく、俺たち全員が単独行動を慎まねぇといけねぇよな」

「となると、原則全員で行動ってことになるけど……」

 そこまで言って、レックは言葉を切った。その視線を追った仲間達の視線が、ミネアとその後ろの揺りかごで寝ているエイジに集中する。

「……建物の中なら大丈夫だと思いたいが、そうもいかんな」

 そう言いつつ、グランスは窓の側に行って外を眺めた。

「幸い、それなりに人がいる地域だというのが救いだが……」

「昨日の被害者は、大通りから割と近くで発見されたみたいじゃしのう」

 裏通りに一歩入れば既に危険なのだと、ディアナが臭わせた。

 そこにマージンが情報を補足する。

「ああ、それやけどな。最初の襲撃場所はもっと離れとったみたいや。その被害者はそこから逃げてきて、発見された場所で追いつかれて仕留められたみたいやで」

 そう、研究所で聞かされた話を繰り返した。

 それを聞いたグランスは何か理解したらしい。

「なるほどな。最後の一人だったから、人通りのある場所の近くでやったということか。なら、少し裏通りに入るのも、一人でなければ大丈夫そうだな」

 そして1つ頷くと、

「それなら、人通りの少ないところを避けつつ、当分は最低3人以上で行動すれば良いだろう。……まあ、レックなら返り討ちに出来そうだけどな」

 そう方針を決めつつ、苦笑した。

「ふむ。なら、いっその事レックを囮に、釣り出せるか試してみるかのう?」

「ちょ、それ酷い!確かに大抵の相手は不意打ちでも何とか出来ると思うけど!」

 ディアナの言葉にレックがそう慌てた。

「そやな。レック、ここは平和のためや。一肌脱ごうやないか」

「だな。こういうときはなんて言ったっけ?ああ、レックのちょっと良いとこ見てみたい、だったか?」

 ディアナの悪ふざけを止めるどころか便乗する仲間達に、味方はいないのかとレックは部屋を見回した。

 が、

「……期待してます」

「期待してるよ~」

 困った顔をしたミネアと満面の笑顔のリリーにまでそう言われてしまった。

 流石に肩を落としたレックの様子に、グランスがそろそろ止めさせようと口を開いた。

「まあ、からかうのもそれくらいにしておけ。本当に囮にするには、俺たちじゃ十分バックアップできんからな」

 それを聞いたレックは,改めて肩を落とした。グランスの台詞は、バックアップさえ出来るなら囮にするのは反対しないと言っているようなものだったからだ。

 そんなレックを放っておいて、仲間達は今後の行動を決めていった。まだ見ぬ殺人鬼への不安を押し殺しながら、キングダムの夜は更けていくのだった。

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