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ジ・アナザー  作者: sularis
第十一章 戦いの日々
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第十一章 第四話 ~森で 2~

 掃討戦の初日が終わり、夜になった。

 フォストの宿の1つに置かれた掃討戦司令部。

「初日の成果としてはこんなところか」

 戻ってきた小隊や冒険者達からの討伐報告の集計を受け取ったガルドは、その書類を机の上に置きながらそう言った。

「そうですね。町の近くならこんな所でしょう。被害状況も想定の範囲内です」

 そう答えたのは冒険者ギルドの職員だった。

 掃討戦の主体は軍になる事が多いが、冒険者も数多く参加する事から、掃討戦の司令部――と言っても、基本的には割り当てを行って報告を受けるだけだが――は軍と冒険者ギルドから構成される事が多い。

 夕方くらいから続々と帰ってきた冒険者や軍の小隊は、個別に見ていけば挙げた成果にかなりのばらつきがあるものの、全体としては司令部があらかじめ予想した程度だった。

 ただ、気になる事もある。

「……確か初日は町の近辺が主体、でしたよね?」

 そう言ったのはガルドの部下の参謀役だった。

「そうですけど、どうかしましたか?」

 ギルド職員に訊かれ、参謀役は手に持っていた紙を机の上に広げ、気になった箇所を指で示した。

「これとこれ、それからこれもですね」

 そうして彼が次々と指さしていく箇所。そこにはいずれもエネミーの名前が書かれていた。

 その共通点に気づいたギルドの職員は首を傾げた。しかしそれは参謀役と同じ疑問を抱いたからではなく、参謀役がそれらの名前を何故指したのか理解できなかったからだ。

「これが……どうかしたんですか?」

 そう訊いたギルド職員に参謀役は一瞬呆気にとられたような顔になったが、すぐに表情を引き締めて気づいた事を説明した。

「このエネミー達、こんなに町の近くに出現していましたか?」

「確かに珍しいですが……今までも時々は出没していましたよ」

 ギルド職員は自らの記憶を辿りながらそう答える。参謀役が感じた懸念を感じている様子など全くなかった。

「それはそうですが……すこし数が多くないですか?」

「言われてみればそんな気もしますが……たまたまじゃないんですか?」

 その言葉に参謀役は思わず舌打ちしそうになった。

 この手の違和感を無視するのは決して賢いとは言えない。ある程度以上に冒険者としての経験を積んだ者なら、程度の差こそあれそう考える。だが、このギルド職員は冒険者として――少なくとも『魔王降臨』以降は――活動していなかったのだろう。そんな当たり前の常識すら身につけていないようだった。

 しかし、はっきりした違いであるとか問題でもない限り、それを知らない人間を説得するのも難しい。ちょっと増えたくらいでは、気のせいと言われてしまえばそれまでなのだ。

「……とりあえず、気には留めておいてください」

 参謀役はそう言うにとどめておいた。説得に無駄な時間を費やすのも勿体ない。無駄な労力と言ってもいい。ガルドに進言して少し注意して貰えばそれで済む話なのだ。

 幸い、ガルドはギルド職員ほど鈍くはなかった。参謀役がガルドを見ると、ガルドは苦笑しながら参謀役に頷き返した。それを見て参謀役はほっと安心するのだった。



 そして夜が明けて、掃討戦二日目。

 この日からは冒険者も兵士も、その大半が町から離れて行動する事になっていた。町の近くにとどまり、ハンターとなった冒険者や兵士から逃げてきたエネミーを駆逐する役を負った者たちを除けば、残りの戦力は基本的に作戦終了まで町に戻る予定はなかった。

 そんな彼らは今、広場に集まってガルドの演説を聞いていた。

「……兎に角、エネミーの掃討は重要だが、君たちの命の方が重たい!勝てない相手から逃げても、責められる事はない!むしろ、玉砕こそが責められる!いいか!手を抜けとは言わない!だが、必ず生きて帰ってこい!」

 長ったらしい演説は嫌われるとよく知っているガルドは、1分ほどのそれをそう締めくくった。

 それを聞いていた冒険者たちは、思ったより演説が長かったななどと仲間達と話しながら、広場の端から順番に町の外へと向かっていく。

 クライスト達もそんな冒険者たちに混じって、広場から町の外へと向かっていた。

「やたら生きて帰れとしつこかったのう」

 ディアナが先ほどのガルドの演説の感想を漏らしたが、特に違和感を感じていなかった仲間達は気に留めなかった。

 むしろ、

「あたしたちの担当って遠すぎない?」

「ああ、遠いよな。昼までに着けると思うか?」

「まー……無理やろな」

 どちらかというと、フォストから十数kmも離れた場所を割り振られていた事に気が向いていた。


 今回の掃討戦はフォストを中心とした半径20km弱の地域が対象である。その地域を大体50ほどのブロックに分割し、冒険者のパーティや兵士達の小隊が割り当てられたブロックを一週間かけて徹底的に探索、エネミーの駆除を行う手筈となっていた。

 中でも実力があると見なされたり人数が多かったパーティや小隊ほど、町から離れたブロックに割り当てられていた。当然、クライスト達もフォストから最も離れた、今回の掃討戦で一番北のブロックを割り当てられていたのである。


「馬が使えれば良いんだけどな」

「無理じゃろうな。馬を無駄死にさせる趣味があるなら止めはせぬがのう」

 先ほどの台詞をスルーされたにもかかわらず、ディアナは気にした様子もなくクライストに答えた。

 エネミーが多数彷徨いている場所に馬など連れて行けば、足を引っ張られるのは目に見えている。クライストもそのことはちゃんと理解しているので、それ以上は何も言わなかった。



「これじゃ、昼どころか夕方になりそうじゃない?」

 襲いかかってくる岩イノシシをあしらうクライストとマージンを眺めながら、リリーがぼやいた。

 フォストを離れて2時間くらいが経過した頃から、エネミーとの遭遇率があからさまに上がってきたのである。フォストから10kmも離れていないというのに、先ほどから10分おきにエネミーに襲われているといった具合だった。

 そのおかげでさっぱり距離が稼げない事をリリーは嘆いたのであるが、それに答える仲間はいなかった。クライストとマージンは岩イノシシをあしらっている最中だし、ディアナは呪文の詠唱を行っているところなのだ。

 やがてディアナの詠唱が完了し、その頭上には1m近い炎の球が浮かび上がる。

 それを合図に、クライストとマージンは急いで岩イノシシから距離を取った。――正確には、岩イノシシの突進を避けただけなのだが。

 20mほども直進を続け何とか停止した岩イノシシは、しかし次の瞬間、ディアナが放った炎に飲み込まれ大きな悲鳴を上げた。

 そして、それもすぐに途絶えた。

 名前のように岩のように固い毛皮を持つ岩イノシシは、打撃武器や刺突武器以外の武器では満足にダメージを与えられない。実のところ、それらの武器ですら生半可な威力ではまともなダメージは期待できない。

 それを察したクライスト達は武器で相手する事にさっさと見切りを付け、ディアナの攻撃魔術で倒したというわけだった。

「にしても、一発か。魔術にはめっちゃ弱いんやな」

「というより、ディアナの魔術が強いんだろ。1mもある火の玉とか、俺だって喰らいたくねぇよ」

 呆れたように言ったマージンの台詞をクライストが訂正した。

「それほどでもあるがのう」

 ディアナが鼻高々になっている横では、リリーが少しつまらなさそうにしていた。

 実のところ、リリーも精霊魔術で攻撃してみたのだが、全く効果がなかったのである。物理防御が高い相手に、結局は水をぶつけているだけのリリーの魔術は効き目が薄かったのだった。

 そんな訳で少々面白くなかったリリーだったが、

「にしてもこの調子やと、リリーやないけど担当ブロックまでかなり時間かかりそうやな」

 マージンが岩イノシシの牙を抜き取りながら言った言葉で、あっさり機嫌が直っていた。

「だな。いちいち戦ってちゃキリがねぇぜ」

「いっその事、討伐証明を放り出して進む手もあるがのう?」

 その言葉に、全員の視線が岩イノシシの牙を何とか回収し終えたマージンへと向かった。

「でも、勿体ねぇよな」

「だよね~」

 掃討戦での担当区域外で倒したエネミーの討伐証明は、報酬に大きな影響を与える事はない。担当区域外で弱いエネミーを倒して報酬を稼ぐような真似を防ぐためである。だが、それでもいくらかの報酬は出るわけで、それ目当てで討伐証明に指定されている部位を回収しているのだった。

 だが、回収にかかる時間もゼロではない。だからこそのディアナの提案だったが、見事に却下された訳である。

 尤も、ディアナにはまだ案があったりする。

「となると、もう少しエネミーに見つからないように進むべきかも知れぬのう」

 実際、クライスト達は先を急ぐあまり、エネミーに見つかり易くなっていた。大きな音を立てたり、周囲への警戒が少しばかりおざなりになったり、である。

 勿論、ゆっくり進んでは本末転倒のような気がする仲間もいたのだが、

「ま、それが妥当やろな。もーちょいのんびり行こうや」

 というマージンの台詞で反論を引っ込めた。

 さて、どうやらディアナの案は正解だったらしい。

 進むペースを落としたことでエネミーの注意を引きにくくなった効果は大きかった。それまで1時間に数回のペースで発生していた戦闘だったが、進むペースを落としてからはたった2回戦っただけで、クライスト達は割り当てられた区域に到着した。

「この辺りからだと思うんだが……」

 クライストがギルド職員から配られていた紙に描かれた地図を見ながら、きょろきょろと辺りを見回す。が、単なる森の中ではこれといった目印があるわけでもなく、現在地の把握は難しかった。

「ミネアがおればすぐに分かるのじゃがのう」

 クライストと同様にディアナもきょろきょろしていた。

 一方でマージンは気楽そうに、

「まー、大体の場所があっとったらええんちゃうか?」

 と全く気にする素振りも見せない。

「他の冒険者と場所が被らんようにして、エネミー狩りまくっとればええんや。細かい事気にしたら負けや負け」

 そんなマージンの呑気な台詞に、クライストとディアナもすぐに現在地を気にする事を止めた。

 余談になるが、現在地が分からなくてもフォストに帰るのには大きな問題にはならない。太陽が出ていれば方角は分かる。そして、南に進めばフォスト周辺の街道に必ず行き当たるからである。

 そうして現在地に関する問題を解決――もとい、無かった事にしたクライスト達は本来の目的を果たす事にした。

「そんじゃ狩りの時間の始まりだな」

 クライストの言葉と共に、慎重に進む事を止めた一行はエネミーを探して歩き始めた。



 そして夜になった。

 途中で遅い昼食を摂りながら続けた午後の狩りは大きな問題もなく進行し、クライスト達はのんびりとした時間を過ごしていた。

「思ったより何とかなるもんだな」

 焚き火の残り火を見ながら、クライストが今日一日を振り返ってそう言った。

「そうやな。エネミーの数が増えとる言うても、個々がそんなに強いわけでもあらへんかったしな」

「群れで襲ってきたエネミーもおらなんだしのう」

 苦戦しなかった理由を、マージンとディアナがそう分析した。

「そやな。数が多かったら……やばいかも知れへんな」

 マージンの言葉に、仲間達は僅かに顔を顰めた。実際、いくら彼らが強いと言っても限度というものがあるからだ。

 例えばディアナ。どうやら身体強化の相性があまり良くないらしく、ロイドから聞かされた魔力の割に身体強化のレベルが高くない。加えて槍という武器の強度の問題もあって、近接戦闘では岩イノシシのような相手には歯が立たないのである。かといって、魔術による攻撃手段も火球の魔術しかない上に詠唱にも時間がかかる。

 クライストも、基本的に殴る蹴るの戦い方のために敵に囲まれても一掃する手段がない。銃も使っているが、マシンガンでもあるまいしやはり数の暴力とは相性が悪い。

 一方、大剣による範囲攻撃が出来るマージンや、手数が多く小回りも効く精霊魔術を使えるリリーはずいぶんマシだったりする。が、それでも四方を囲まれてしまえばどうにもならない。

 実のところ、クライストやマージンなら身体能力にものを言わせて力任せに逃げる事も出来るのだが、それではディアナやリリーが取り残されてしまうので選択肢には上がらない。

 とは言え、

「そんなの心配しなくてもいーんじゃない?」

 というリリーの言葉通り、誰も大して心配はしていなかった。そこまでの数に囲まれる事など、ゴブリンの巣にでもつっこまなかぎりありそうにもない事なのだ。

「そーだな。でもまあ、不意打ちなんかはご免だ。注意だけは怠らないようにしようぜ」

 クライストのその言葉に仲間達が頷いた。

 それとほぼ同時に、焚き火の残り火がフッと消えた。

「では寝るとしようかのう」

 時間としてはまだ早いが、やはりエネミーが多いと分かっている場所で寝るのだ。最低二人は見張りとして起きているために、クライスト達は早い時間から順番に寝る事にしていた。

「じゃ、俺も先に寝させて貰うぜ」

 そう言ってクライストも横になり、すぐに寝息を立て始めた。

「……すっかり寝付きがよくなってしもうとるなぁ」

 一足先に寝息を立て始めていたディアナ共々あっという間に夢の世界に旅立ったクライストを見ながら、マージンがそう呟いた。

 そんなマージンの言葉にリリーは笑いながら、

「マージンだってそうだよ?ってゆーか、みんなすっごい寝付きいいと思うな」

 そう言った。その手の中では最近癖になりつつあるのか、コップ一杯分にも満たない量の水が踊っていた。

「そんなもんかいな?」

「うん」

 リリーの返事に納得したのかしなかったのかは分からない。だがマージンはそれ以上そのことに頓着することなく、剣の手入れを始めた。

 それを見たリリーは気になっていた事を訊いてみる事にした。

「それ、新しい剣だよね?」

「そや」

「前の剣はどうしたの?」

「ここにあるで」

 そう言ってマージンはアイテムボックスからツーハンドソードを取り出した。

「壊れた訳じゃ……ないんだよね?」

「そやな」

「何で剣を代えたの?」

「気分の問題やな」

 答えてはくれるもののいまいち会話する気があるのか怪しいマージンに、しかしリリーはめげない。

「それもマージンが作ったの?」

「そや」

「前のより格好いいよね」

「そーか?」

 そう言うとマージンは大剣を目の前にまっすぐに立てた。

 長さが1.5mにも達するそれは30cmもある幅と相まって、はぐれてしまう直前までレックが使っていた大剣――それもマージンのアイテムボックスに詰め込まれている――に負けないほどの存在感があった。

「なんてゆーか、頼りになりそうな感じがあるもん」

「そーか?」

 マージンはそう言うと、すっと立ち上がった。そして100kgもありそうな大剣を軽く数回振る。

「んー、このくらいレックでも出来るやろ」

 そう言いながら剣を鞘にしまった。

「……まぁ、そうだけど」

 流石に少し気分を害したリリー。

 一方のマージンはと言うとそんなリリーの様子に気づいた風もなく、森の奥へと視線を遣っていた。

「……何かいるの?」

 リリーはマージンが見ている方向に特に何の気配も感じなかったが、もしかしたらエネミーでも来たのかと不機嫌も忘れてさっと立ち上がった。

 しかし、マージンは首を振った。

「フクロウが鳴いとったからな。見えへんかなと思うただけや」

 やっとのまともな返事に、リリーは少しだけ嬉しくなりながら、マージンの言ったフクロウが見えないかと、マージンのそれを追って視線を森の奥へと向けた。が、身体強化が使えないリリーは大して夜目が利くわけでもなく、結局何も見えなかった。



 さて、そうしてクライストとディアナが眠りにつき、マージンとリリーが見張りをしている森の中には、勿論いろいろなものが彷徨き回っていた。

 ささやかなところでは蛾やネズミなどの夜行性の小動物達。当然、それらの生き物を狙う小型の捕食者達も活発に歩き回っている。

 だが、そんな彼らも一歩間違えれば自らが喰われる側となる。

 今もまた、たれるほどに溢れた樹液に集まっていたまるまると肥えた蛾を捕らえたネズミが、満足そうにそれを咀嚼し始めるや否や、突如として飛んできた粗末な矢に身体を貫かれた。

「キィキィ!」

 痛みと命の危険に激しく鳴きながら暴れ回るも、矢によって木の幹にしっかりと縫い止められてしまったネズミの身体は逃げ出す事も叶わない。

 そのことを理解する事も出来ず暴れ回るネズミの目に、小柄な人影が映った。

 そして次の瞬間、その人影が突き出してきた小さなナイフによってネズミはその儚い生を終える事となった。

 そうしてネズミを仕留めた人影は、ネズミごと矢を抜き取ると、したたり落ちる生血をじゅるじゅるとすすった。それからハッと気がついたように周囲の様子を探ると、夜の闇の中にその姿を消していったのだった。

 そうして小さな人影が去って間もなく。

 樹液を溢れさせていた木の枝が小さく揺れ、そして人の話し声が聞こえてきた。

「……あれ、ゴブリンか?」

「そうじゃないのか?少なくとも人間じゃないだろ」

「ネズミの血を飲むヤツなんて、死んじゃえばいいのよ」

 最後の女の声は、男の声で発された質問に答えるものではなかったが、誰も気にしてはいないようだった。

「使えると思うか?」

「数次第だろ。一匹二匹じゃ、気を逸らすのがやっとだぜ?」

 二人目の男の声に最初の男の声は沈黙した。が、すぐに枝ががさがさと揺れて一人の男が地面に飛び降りてきた。

 続いてもう二人。男と女が一人ずつ飛び降りてきた。

 最初の男の髪は暗い夜の森の中でも、ぼんやりと浮き上がるような淡いエメラルドグリーン――つまりは、クラッシュだった。後から降りてきた男女も、彼の仲間であるスピードとピンクの髪をした女――ビビアンである。

 もし、ここに冒険者ギルドの職員かガルドの部下がいれば、さぞかし驚いただろう。そしてその後は間違いなく、クラッシュ達を問い詰めていたはずだった。何しろ、彼らの本来の担当区域はフォストから南に進んだ草原地帯のはずなのだから。

 だが、フォストの掃討戦司令部にいる彼らが、こんなフォストから離れた森の中にいるわけもない。彼らを見とがめる者など誰もいない。――いたらいたでろくな事にはならないだろうが。

「後をつけるぞ」

 クラッシュはそう小声で二人に言うと、先ほどゴブリンが消えていった方へと歩き始めた。どのくらいいるのか、数を確認するつもりなのだ。

「俺はもうちょっと強いのがいい気がするんだけどな?」

 クラッシュの後に続きながら、スピードがそんな事をぼやく。それにビビアンが笑いながら、

「やってみればいいじゃない。駄目そうならまた別の探せばいいのよ」

 その言葉にそうするかとスピードは頷いた。

 そんな事を小声とはいえ話しながら歩いている彼らは、不思議なほどに足音を立てなかった。

 そして彼らもまた森の奥へとその姿を消した。



 そんな事が森の一角であったとは知る由もなく。

 クライスト達は何事もなく朝を迎えていた。ただ、朝っぱらから妙な空気が流れてはいたが。と言うのも、ディアナがマージンを見る視線が妙に冷たいのである。

 良いのか悪いのか、マージン自身は冷たい視線で見られている事に全く気づいていないようだったが、横から見ているクライストとリリーはしっかり気づいていた。せめてもの救いは、ディアナが怒っているわけではなかったことだろうか。

 だが、どっちにしても居心地が悪い状況には代わりがなく。

「……昨日、何かあったか?」

「……ないはずだよ?ってゆーか、ディアナと一緒に見張りをしてたの、クライストじゃないの?」

「……だよなぁ」

 クライストとリリーはこそこそと話し合ったが、原因など見当も付かない。

 幸いな事に、ディアナの冷たい視線は長続きしなかった。クライスト達が朝食を終え、エネミーを探して歩き始める頃にはいつも通りに戻っていたのである。

 そのことにホッとしながらも、何故ディアナがあんな目でマージンを見ていたのか、クライストとリリーは首を傾げていた。



 その頃。

 フォストの掃討戦司令部ではガルド達が暗い顔をしていた。厳密には、参謀役だけは暗いと言うより厳しいと言ったほうが正しいだろう。

「……分かってはいるが、やはり被害が出ると良い気持ちではないな」

 ガルドの言葉に、その場にいた全員がゆっくりと頷いた。

 冒険者と兵士達を送り出したのは昨日だというのに、早くも被害報告が上がってきていたのである。報告が届いたのが今朝という事を考えれば、実際に冒険者に被害が出たのは昨日という事になる。

「5人パーティで死者1名、重傷者2名か」

「このパーティはもう駄目でしょうね……」

 ギルド職員の言葉には誰も頷かなかった。が、全員がほぼ同じ感想を抱いていた。

 何しろ、ジ・アナザーに閉じ込められている人間はいずれも平和な世界に生きていたのである。命に関わるような状況を経験した場合、冒険者か兵士かを問わず、ほとんどの人間は戦いから遠ざかりたがるようになる。例え自身が怪我をしていなかったとしても、である。

 パーティの中に死者が出るような状況を経験した場合はまさしくこれにあてあまる。おそらくは、目の前で死んだ仲間を自分に当てはめてしまうのだろう。付き合いの長い仲間であれば、大事な仲間を失った痛みと他の仲間も失うかも知れないという恐怖にまで耐えなくてはならない。

 幸か不幸か、大半の冒険者たちはそれなりに臆病で慎重だったので、『魔王降臨』から2年以上が経過した今でもフィールドでの冒険者の死亡数は多くない。だが、たまに仲間を失った冒険者たちがパーティを解散してしまう割合は極めて高いのだった。

 ギルド職員の言葉はそんな今までの経験に基づいていた。

 そうして気分が落ち込んでしまった司令部だったが、いつまでも落ち込んでいても何も出来ない。

「それで、何に襲われたんだ?」

 出現したエネミーの種類によって、取るべき対応も変わる。そのため、気を取り直したガルドは参謀役にそう確認した。

「オオムカデだそうです」

 参謀役の言葉に、ガルドは眉を顰めた。

「そんなのが出そうな場所には、それなりの実力者を割り当てたはずだぞ?」

「ええ。ですから、彼らが襲われたのは本来オオムカデが出るはずのなかった区域です」

 参謀役の答えに、司令部はざわついた。

「具体的にはどこだ?」

 ガルドに問われ、参謀役は机の上に広げられていた地図の一点を指した。

 そこはフォストの西、僅か5kmの地点だった。街道からもほど近い。

「馬鹿な!いくら何でもそんなところまでオオムカデが流れていくわけがない!」

 ギルド職員が叫んだが、参謀役は彼に氷のような視線を叩き付けると、

「では、彼らが嘘を吐いていると?何のために?」

「自分たちに割り当てられたブロックが不満だったんだ!それで別のブロックに行ったんじゃないのか!?」

「可能性は否定しませんけどね。ただ、彼らが嘘を吐いていなかった時の事を考えましたか?」

「オオムカデは北東の湿地帯周辺にしかいないんだ!そこから数十キロも離れてフォストの西側にまで行くなんてあり得ない!」

 その言葉に参謀役は呆れたような溜息を吐いた。ガルドの方に視線を遣ると、ガルドも呆れた顔で口を動かした。その形から、一任するというメッセージを読み取った参謀役は、ギルド職員へと向き直った。

「既に死人が出ているんです。もしこの情報が本当なら、適切な手を打たないと更に被害が出る恐れすらあるんです。あなたはそれでもいいんですか?」

 参謀役のたたみかけるような言葉に、何か言おうとしていたギルド職員は口を開きかけたまま固まった。

 死人が出ている。それは事実だと彼も認めていた。

 だから、これからも被害が増えるかも知れないと言われた時に彼の頭を過ぎったのは、ここで反対して本当に被害が増えたら自分はどうなるのだろうかという自己保身だった。

 そんな彼の様子を見ていた参謀役は、ギルド職員がゆっくりと口を閉ざすのを見てホッとしたような表情になった。それほど急を要する事態だとは思わないが、こんな所で無駄な議論などしていたくもなかったのだ。

「よし、それじゃこれからの話に移ろうか」

 ギルド職員が大人しくなったのを見たガルドが、そう口にした。

 それに参謀役が頷き、考えていた当面の行動を提案した。

「予備に残しておいた戦力を使って、周辺の探索を行います。被害を出したオオムカデについては……」

「それは俺がやる」

 参謀役から飛んできた視線の意味を察し、ガルドはそう言った。

 尤も、参謀役に頼まれなくても最初からそのつもりだった。オオムカデは不意を突いた一撃で頭を落とさないと、一瞬で絡みつかれて毒の牙で噛みつかれてしまう。そのくせ、一撃で仕留めるにはやたらと頑丈な甲殻を身に纏っている。下手に部下に任せられるような相手ではなかった。

 と、ガルドはそこである事を思い出した。

「そう言えば、一昨日か。蒼い月もオオムカデに遭遇したとか言っていたな」

「そうですね。被害を出さずに倒したあたり、ギルドが優先的に支援する対象として選んだだけの事はあるのでしょう」

「まあ、魔法でばっさりだったらしいがな」

 ガルドはそう返すと、暫し考え込んでから再び口を開いた。

「連中を呼び戻す事は出来ないか?」

 しかし参謀役はあっさり首を振った。

「一度担当区域に行ってしまえば、帰ってくるまで連絡は付きません。兵士ならクランチャットで連絡が付きますが、冒険者たちはどうにもなりません」

 実のところ、連絡役として全ての冒険者たちに兵士を一人ずつ張り付かせる案はあった。だが、そのためには数十人もの兵士を割かねばならない。それにいざ本格的な戦闘に入った時に、そのパーティに慣れていない人間が混じっていると足を引っ張る恐れもあり、結局断念した経緯があった。

 ガルドもそういう事情は十分承知しており、溜息を吐きながらぼやいた。

「……掃討戦ももっとうまい仕組みを作っていくべきだな」

「そうですね。……それでは、指示を出さないといけないので失礼します」

 参謀役は短く答えると、町の周辺に待機している兵士達に指示を出すべく司令室を出て行った。

 後に残されたガルドはそう言えばと、静かになっていたギルド職員へと視線を遣った。

「……あんたは何かしなくて良いのか?」

 そう声をかけられ、未だに固まっていたギルド職員はびくっと大きく身体を振るわせた。それからゆっくりとガルドを見ると、

「いや、そうだな。ああ、こっちも連れてきている部下に指示を出さないといけないな」

 そう言うと、逃げ出すように司令部から出て行った。

 それを見送ったガルドはまた溜息を吐いた。

「あれじゃギルドは今回あてにならんな」

 そう呟き、せめてこれ以上何も起きない事を祈るのだった。

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