第十一章 第三話 ~森で 1~
翌朝。
小鳥たちがさえずる涼しい空気の中、フォストの広場に冒険者たちは集まっていた。宿場町の広場がいくら狭いとは言え、流石に100人かそこらの人間が入りきれないほど狭くはない。――軍から派遣されてきた200人の兵士は流石に入りきれないのだが。
そんな冒険者たちの視線の先には、数人の男達が立っていた。今回のエネミー掃討戦の指揮を執る事になっている軍の中隊長と小隊長達、それに冒険者ギルドの職員である。
冒険者たちが粗方集まってからも彼らは何事か話し合っていたが、やがて話し合いも終わったらしい。
中隊長が一人冒険者たちの方へと歩み出た。それと同時に、冒険者たちの雑談でざわめいていた広場がしんと静まった。
中隊長――ガルドと名乗った――は割とがっしりした肉体を、軍の正式装備であるフルプレートに包んだ黒髪黒目の青年だった。ただ、雰囲気が既に青年と呼ぶには似つかわしくないものになっているのは、それだけの経験を積んできたからなのだろう。
「掃討戦のために集まってくれた諸君!報酬につられた者たちもいるだろうが、よく集まってくれた!」
ガルドのそんな挨拶に、冒険者たちから思わず失笑が漏れた。敵意や反発が起きなかったのは、ガルドの言葉に冒険者たちを見下すようなものが一切含まれていなかったからだろう。
一拍おいて冒険者たちの反応を窺ったガルドは、言葉を続けた。
「既に知っている者も多いと思うが、私がこの度の掃討戦の指揮を執るガルドだ。まずはよろしく頼む!」
そう言って軽く頭を下げたガルドに、冒険者たちも何となく頭を下げた。
「さて、知っての通り、掃討戦は1週間にわたって行われる予定だ。少々長丁場だが、しっかり頼む」
ガルドはそう言うと、掃討戦の手順を手短に説明し始めた。冒険者たちが担当する地域やスケジュールなどの細かい事は、後でギルド職員がが配る用紙にまとめられているらしい。
「さて、目標としている地域からエネミーがいなくなれば早く終わる可能性はあるが、その場合でも報酬はちゃんと支払われるから安心してくれ!」
僅か2分の締めにそんな言葉を残し、ガルドは説明を終えた。そうして後ろに下がったガルドと入れ替わるようにして、冒険者ギルドの職員が前に出てきた。昨日、冒険者たちに宿の割り当てを行っていた青年である。その手には分厚い紙の束があった。
「今から割り当てを決めます!順に並んでください!パーティで来られている場合は、代表者の方だけで結構です!」
そんな青年の言葉に従い、広場に集まっていた冒険者たちは素直に列を作り始めた。が、昨日とは異なりパーティからは代表者だけが並べばいいと言われた事で、随分すっきりした列になりそうだった。
そんな中、クライスト達はと言うと、グランスがいない事でささやかな問題に直面していた。
「代表者って誰だ?」
「グランスがおらぬからのう」
クライストの言葉にディアナが困ったような表情を見せた。
尤も、
「列に並ぶだけなら誰でもええんとちゃう?」
というマージンの言葉通りだったりする。
「だな。なら、俺が行ってくるぜ」
そう言ってクライストが列に並んだ。が、どうでも良い事で時間を食ったためか、列の一番最後になってしまっていた。
そのことに気づいたディアナやリリーは、また待たされるのかとげんなりしていた。
だが、実際には大して待たされる事はなかった。
どうやら既にどの地域にどの冒険者を割り当てるかは決まっていたらしく、ギルド職員の青年は冒険者の名前を聞くと手に持った紙をぱらぱらと捲り、冒険者の名前が書かれた紙を見つけ出しては渡していく。それだけの単調作業だったせいか、クライストが戻ってくるまで3分とかからなかったのだった。
「わいらの担当はどこなんや?」
「今日は兎に角、明日からは割と遠いところだぜ」
そう言ってクライストが差し出した紙には、蒼い月のスケジュールが書き込まれていた。
それを見たディアナとリリーが思わずぼやく。
「風呂無し生活じゃのう……」
「ギルドって、あたし達になんか恨みでもあるわけ?」
「単に、実力で割り振られただけやろな」
マージンが正論を口にするが、ディアナとリリーの機嫌がそれで良くなるわけもない。
が、機嫌を損ねたままでも良い事など何もないわけで、
「ま、その分報酬も少し多めなんだし、よしとしようぜ」
そんなクライストのフォローに、とりあえずディアナとリリーは不満を飲み込んだのだった。
そんなクライスト達――正確にはマージンとリリーを遠くから睨み付けている者がいた。
淡いエメラルドグリーンの髪をした軽薄そうな冒険者である。その後ろには彼の仲間の男女が、彼の行動を面白そうに眺めていた。
昨日兵士達に連行された彼らだが、エネミー掃討戦の戦力である事には代わりがないこと、大した被害がなかった事、連行された後は割と素直だった事などから、長々とした説教の後、日付が変わる前には解放されていた。
だが、解放を決めた軍の担当者が今の彼らを見れば、自分の判断を取り消したくなる事だろう。淡いエメラルドグリーンの髪の冒険者がマージンとリリーを見つめる目には、悪意しか浮かんでいなかったのだ。
とは言え、そんな彼らに気づく者もいない。正確には、広場の隅にいる彼らを気にする者は――その格好から割と目立ってはいるのだが、昨日の事を知っている者も多く、触らぬ神に祟りなしという事だろう。表面上は誰も彼らの事を気にしてはいなかった。
加えて、淡いエメラルドグリーンの髪の男の視線から漏れる悪意を、その仲間二人が上手く誤魔化していることもあって、誰も彼らの事を、派手な外見、態度が悪い以上には気にしていなかった。
その彼らの視線の先では、割り当てを確認し終わったクライスト達が広場から出ていこうとしていた。
「クラッシュ、そろそろ俺たちも行こうぜ」
二色頭の男が、淡いエメラルドグリーンの髪の男にそう声をかけた。が、クラッシュと呼ばれた男は、
「ああ、そうだな」
とおざなりな返事をしたっきりである。
その様子に二色頭の男――スピードはやれやれと肩をすくめると、手元に残った紙に首を傾げているギルド職員の所へと向かったのだった。
「意外にエネミーおらんもんやなー」
「まあ、町の近くは流石に少ないですよ」
「ですね。町の近くや街道沿いは定期的に我々が駆逐していますからね」
森の中を歩きながらぽつりと零したマージンの言葉に、濃い青色の髪をした少年兵と金髪碧眼の少年兵がそう答えた。
ニックとランクルと名乗った彼らは、その格好のとおりに軍の兵士だった。初めて掃討戦に参加した蒼い月に、掃討戦の手順やらルールやらを教えるためにつけられたのだ。
「なるほどな。でも、それならなんで初日は町の近く限定なんだ?狩る獲物がいないんじゃ、掃討の意味がねぇだろ?」
「準備運動のようなものだと聞いてます。その地域に出現するエネミーに慣れるためらしいですよ」
ニックがそう答えた。が、先ほどのマージンへの態度よりどこか素っ気ない。その理由を既に知っているクライストは、特に気にもしなかったが。
「それにしても、ホント、おっきな剣ですねー。町に戻ったら、一回触らせてもらえませんか?」
町の門を出てからニックがマージンにばかりまとわりついている理由、それはマージンの剣にあった。
ニックには到底扱う事も出来そうにない巨大な剣――いつものツーハンドソードではなく、それよりかなり刃が厚い――と、それを扱うマージンへの憧れというヤツである。
マージンの剣に対してクライストはナックル、ディアナはシンプルな槍、リリーに至っては地味な棒である。要するに彼らの武器はニックには魅力的に映らなかったのだった。
「まあ、実年齢を考えたらあんなもんだよな」
「高校生ならもうちょっと落ち着きがあっても良い気がするがのう……」
ニックにまとわりつかれて迷惑そうにしながらも、好意むき出しの相手を邪険にするのは難しいのか、時折マージンがニックの扱いに苦慮しているのが見て取れる。そんな光景を、クライストとディアナは生暖かく見守っていた。
一方、マージンにニックがまとわりついているのを面白く思わないメンバーもいた。リリーである。だが、リリーはリリーでマージンの事ばかり気にしている余裕もなかった。
「リリーさんは、魔法が使えるんですよね?すごいですね!」
同じ金髪碧眼のよしみ――というより、単に年齢が近そうな異性だからだろう。横に並んだランクルが何かにつけて話しかけてくるのだ。
蒼い月の仲間達なら特に気にならないし、ましてやマージンだと嬉しいくらいなのだが……初対面の異性にやられるのはストレスだった。
かといって、正面切ってイヤだと言えない日本人の性質のせいか、上手く振り払う事も出来ない。そのことに気づいたディアナがさりげなくランクルとリリーの間に入ってくれたりもするのだが、その辺りの事にまったく気づいていないランクルには効果が薄かった。
(う~、マージンの馬鹿馬鹿馬鹿っ!)
リリーは少し先を歩くマージンの背中を睨み付けながら、何で気づいてくれないのかと心の中で怒りをぶつけた。が、勿論、マージンが気づく気配はない。
「いっその事、マージンの腕にしがみついてはどうじゃ?」
先ほどディアナがこっそり耳打ちしてくれた作戦が頭の中でよみがえるも、流石に理由もなくそんな事が出来る勇気はリリーにはなかった。
そんな感じで約二名が微妙にストレスを貯めながら歩いて行く中、不意に正面右の茂みががさがさと揺れた。
「っ!!」
一瞬で全員が警戒態勢になる。
ニックとランクルもそのちゃんと武器に手をやっているあたり、最低限の訓練は受けている事が見て取れた。――クライスト達からの評価は微妙に下がっているので、それ以上の評価はもらえなかったが。
だが、茂みから飛び出していったものを見て、全員が一斉に息を吐いた。
「鹿やな」
その言葉と共に、頭から2対の角を生やした鹿が駆けていく後ろ姿を見ながら、全員が武器に掛けていた手を離した。
「マージンではないが、エネミーにほとんど遭わぬのう」
「ま、今日はこれくらいの方がいいんじゃねぇか?」
つまらなさげに言ったディアナに、クライストがそう答える。
「どうしてじゃ?」
そう訊きかけたディアナは、クライストの視線の先を追って何となく言いたい事を察した。
(確かに、実力が分からぬ者が二人も混じっておってはのう)
間もなく昼過ぎになるくらいの時刻だが、朝から歩き回ってエネミーを探してもまだ2度しか遭遇していない。その両方がホーンラビット、つまりは雑魚だった。戦闘などあっという間に終わってしまい、ニックとランクルの実力を見る事は出来なかったのである。
あらかじめフォスト周辺に出没するエネミーの種類については調べてあるし、特に問題ない事も確認している。だが、足手まといがいた場合どうなるかまでは分からなかった。
そう考えると、今日しか同行しないニックとランクルがいる間は退屈な方が良いのかも知れなかった。
尤も、ニックとランクルという少年兵二人はそうでもないらしい。
「僕としてはマージンさんが戦うところ、もっと見てみたいです!」
ニックはそう言い切った。
ランクルも何も言わないが、リリーに良いところを見せるためにもエネミーに出てきて欲しい。そう考えているのがディアナやクライストにはよく分かった。実力が十分にあるのであればそれでもいいが、実力を上回るエネミーが襲ってきた時に良いところを見せようなどとされては敵わない。
そんな危惧をディアナとクライストが抱いているとは知らず、ことあるごとにランクルはリリーに話しかけていた。
「んー、そろそろ昼にせえへんか?」
やがて、先頭を歩いていたマージンがそんな事を言い出した。
言われてみればお腹もほどよく空いているわけで、満場一致で昼食を摂る事になった。
そうと決まった後のディアナの行動は早かった。
さっさとマージンを座らせ、続いてリリーを引っ張ってくる。
そして、
「リリーはここじゃな」
そう言いながらマージンの左横に座らせ、自分はその反対側に陣取った。ついでに自分の左にはクライストを座らせておく。
10秒とかけない早業である。マージンもリリーも何が起きたのかよく分かっていない様子だったが、ディアナは気にしなかった。
「えっと?」
やっと状況を理解したのか、ランクルが残念そうな顔でぽつりと言った。
が、流石にリリーの左右に座るマージンやディアナを押しのけるだけの図太さは持ってなかったらしい。――それでもリリーの正面に陣取って腰を下ろしたあたり、流石としか言い様がなかったが。
その様子を見ていたディアナは、ランクルが図太すぎなかった事に安堵しつつも、
(この図太さはレックにも見習わせたいのう……)
と心の片隅で思っていた。
リリーはやっとランクルから距離を取れた事にホッとする一方、マージンの隣に座らされた事で少しばかり浮かれていた。
「ねーねー、午後は横歩いても良い?」
「まぁ、大したエネミー出てきてへんけど……」
一方のマージンの反応はあまりよろしくない。蒼い月の実力から見れば大したエネミーはいないはずだが、万が一を考えると身体強化が使えないリリーに先頭を歩かせたくないのである。
だが、そんなマージンの態度はランクルの目には好機と映ったらしい。
「そうですよ。先頭を歩くのは近接職の役目です。魔法使いや弓使いはパーティの真ん中にいるべきです!」
が、リリーも諦めない。
「水出しとけば、身体強化より強いよ?」
その言葉に改めてマージンは唸った。
詠唱が要らないリリーの魔術なら、近接戦に持ち込まれてもそう簡単には負けないのは確かなのだ。初動の遅さも最初から精霊魔術を行使しっぱなしにしておけば問題ない。発動させっぱなしというのは結構魔力消費が激しいのだが、漂わせている程度でリリーが疲れたりしないのは夏の間によく分かっていたりする。
それでも首を縦に振らないマージンだったが、
「まあ、良いのではないかのう。何かあったら、マージンが守れば済む話じゃろう」
ディアナによるリリーへの援護に、「ま、ええか」と最後には首を縦に振った。
それでリリーは喜んだが、面白くない者もいた。
「なら、僕も前に出ます!前衛は多い方が良いですよね!」
ランクルが案の定そう言いだした。微妙にリリーの眉が歪んだ事にも気づいていない。
「前衛は2人で十分じゃろう」
「そうだな。3人もいると真ん中が動きづらいもんな」
マージンが余計な事を言い出す前に、ディアナがランクルを封じ込めにかかった。クライストも阿吽の呼吸で援護する。
「距離を空ければ大丈夫です!任せてください!」
しかし諦めないランクルの様子に、ディアナは作戦を変える事にした。
「なら、左右どちらからエネミーが来てもサポートしやすいように、マージンが真ん中じゃな」
「いや、それふがっ」
流石にそれはおかしいと口を挟もうとしたマージン。だが、いつの間にかその後ろに忍び寄っていたクライストがその口を封じ込めてしまった。
あまりの事にニックの目が点になる。
ランクルはまだ何か言いたそうだったが、流石にこのパーティの主導権を握っているのがディアナ達である事は分かっていた。当然、どちらかというと自分たちがディアナ達の戦い方に合わせるべきである事も、である。
なので、多少の違和感を覚えながらも、とりあえず開きかけた口を閉じたのだった。
「とりあえず、あれは近寄りたぁないわ……」
食事の後エネミーの探索を再開したクライスト達。その彼らの目の前に現れた一匹のエネミーを見て、マージンが僅かに引いていた。
ちなみに、リリーはどん引きで、クライストも顔が引きつっている。ニックとランクルは軽く青ざめていた。ディアナは不思議と平気そうだったりする。
一応全員武器を構えてはいるのだが、10mほど先を歩いているそれに、出来れば立ち向かいたくないという空気がプンプン漂っているのだった。
とは言っても、今回はエネミーの掃討が目的である以上、ホーンラビットのような小物ならいざ知らず、少し離れたところを歩いて行く体長5m近くあるオオムカデを無視するわけにはいかなかった。
30cm以上もある触角を揺らしながら、ついでに頭を大きく左右に振り振りオオムカデは歩いて行く。身体の両脇から生えている黄色い無数の足がもぞもぞと動く様は、はっきり言って、見ていて気持ちの良いものではなかった。
ただ、それでもまっすぐ進んでくれているならまだ良かった。慣れるにしろ、作戦を立てるにしろ時間が稼げるからである。だが、オオムカデの進行方向は必ずしもまっすぐではなく、
「なんか、こっちに曲がってきてない……?」
マージンの後ろに隠れたリリーの言葉通り、進路が徐々に一行の方にずれてきていた。
「気づかれたのかのう?」
「気づいたんなら、まっすぐ来そうなもんだし……たまたまだろ」
そう言いつつ、全員そろそろと左へと移動し、オオムカデの進路上から待避する。
「いや、逃げちゃまずいですよ」
「そう言うニックも逃げとるやん」
そんな具合に腰が退けまくった一行であるが、いつまでもそういうわけにもいかない。
「倒すなら気づかれる前の方が楽だぜ、絶対」
「言うてもなぁ。出来れば少し離れたところから仕留めたいんやけど……」
クライストの言葉にマージンがリリーを見るも、
「あれは無理っ!絶対無理っ!」
リリーは全力で拒否した。マージンのお願いなら喜んで叶えたいのだが、やはり出来る事と出来ない事がある。
だが、そのことが理解できない者もいた。
「魔法だから、直接触らなくて良いんじゃないんですか?」
「あたしの魔術は水が触れた物の感触が伝わってくるのっ!」
その答えに、なるほどとニックは引き下がった。見るだけでもイヤな物に触るのはもっとイヤという感覚は十分に理解できるからだ。
「そうなると……」
次にマージンとクライストの視線が向かったのはディアナだった。だが、ディアナもやはり首を振った。
「詠唱に時間がかかり過ぎるからのう」
10mも離れていないところで頭を振り振り歩き回っているオオムカデはどうやら視力はよろしくないらしく、未だにクライスト達に気づいた様子は見られない。だが、いつ気づいてもおかしくない距離でもあるのだ。
「……しゃあない。わいがやるしかあらへんか」
一撃で仕留められるだけの破壊力とそれなりのリーチを兼ね備えた武器を持っているのは自分しかいないと、マージンは諦めた。
「マージンさん!頑張ってください!」
それで目を輝かせたのはニックで、
「待ってください!なら僕がやります!」
とマージンを制したのがランクルだった。
「言うても、足、震えとるやん」
「これは武者震いです!」
ランクルはそう言い張ったが、マージンは全く取り合わなかった。
「んー、やっぱ、わいがやるべきやろ。済まんけど、彼、抑えといて」
そう言ってニックにランクルを抑えさせると、背中の大剣を抜き放った。
「待ってください!俺にも出来ます!」
「無理だって!ここは素直に任せようよ!」
そしてランクル達が騒ぐのを背に、オオムカデの方へと一歩踏み出した時だった。
先ほどまで一行がいた辺りにさしかかったオオムカデの触角が、急に激しく動き出した。
「?……!!」
一瞬の疑問の後、一行の間に緊張が走った。オオムカデが急に方向を転換し、間違いなく一行目掛けて突進してきたのだ。
「地面の臭いでばれたんか!?」
叫びながらマージンは右に跳んだ。
仲間達も散開し、オオムカデを迎え撃とうとした時、
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
リリーの叫び声と共にオオムカデ目掛けて幾筋もの水の鞭が走った。
「あ」
そんな間の抜けた声が誰かの口から漏れ、次の瞬間、勢いを失ったオオムカデの身体の前半分がばらばらになっていた。
「あー……見事にばらばらやな」
「そうじゃのう……」
呆然とした一行の目の前には、数十センチ単位にばらされたオオムカデの死体が転がっていた。だが、これほどのサイズになっても虫は虫らしい。
「なんてえか、このサイズでこれは不気味以外の何物でもねぇな……うわっと」
頭部自体は真っ二つになっているせいか既に動きを止めているのだが、上半身を失ったオオムカデの身体がまだ元気に走り回っていた。
「あー、しっかりばらしといた方が止さそうやなぁ……」
既に危険なものではなくなっているとは言え、あまり触りたくない様子でマージンが剣を振るい、オオムカデの下半身をばらばらにしていく。
その様子を見て、未だ呆然としていたニックがやっと動き出した。
「マージンさん、僕も手伝います」
そう言って剣を抜き、マージンと一緒にオオムカデの下半身をぶつ切りにし始めた。
ちなみにオオムカデの頭部をばらばらにしたリリーはというと、ディアナにがっしりと抱きついてぶるぶると震えていた。
やがてマージンとニックによる作業も終わった。
が、問題はまだ残っていた。
「討伐証明を誰が持って行くか、やな」
「……恨みっこなしで決めるしかねぇな」
オオムカデに限らず、虫系のエネミーの討伐証明となるのは触角である。
その触角をどちらが切り取ってアイテムボックスに入れるか。それを決めるべく、マージンとクライストが睨み合う。
二人揃って右手を腰に引き寄せ、固くこぶしを握った。
その横を、リリーを引きはがしたディアナがすたすたと歩いてオオムカデの頭部へと向かった。そして、全員の視線が集まる中、真っ二つになったオオムカデの頭部それぞれから触角を造作もなく切り取って、自分のアイテムボックスへと放り込んだ。
「へ?」
「マジか」
ちょっと引いたようなマージンとクライスト。ディアナはその二人に向き直り、にやりと笑った。
「全く、男なのにだらしがないのう」
その言葉にマージンもクライストも言い返せない。
リリーはというと、そんなディアナの行動に思いっきり引いていた。そしてささささっとマージンの元に駆け寄ると、その服の裾をがっちりと掴んだ。
その様子を見てランクルがあからさまに肩を落とした。
そんな彼らの様子を見ていたニックは困ったように笑いながら、
「ここから離れませんか?」
と提案した。
そして数分後。
オオムカデの死体から十分離れた場所で、一行は足を止めていた。気になる事があるとディアナが言い出したためである。
「何が気になるんだ?」
「うむ。先ほどのムカデのことじゃ。確かにこの地域にあれが出るとは聞いておったが……ここまで町に近いところで出るようなエネミーだったかのう?」
「言われてみれば……あれが出るのはもっと山に近い所のはずです」
今回の掃討戦にあたり、軍で一帯のエネミーについての知識を大雑把に叩き込まれてきたニックがそう答えた。
ディアナの疑問に真剣に考え込み始めたニックとは別に、ランクルの方は大して気にしなかったらしい。
「って言っても一匹だけですし、何かの拍子に流れてきただけじゃないですか?」
「ふむ……。まあ、そう考えるのが一番妥当かのう……」
そうは言ったものの、ディアナとしては完全に納得できたわけではなかった。厳密に言うならば、油断したくなかったと言うべきだろう。
そのディアナの懸念は勿論クライストやマージン、リリーも感じていた。しかし、ランクルやニックには伝わらなかった。
「この辺りは山の方からゴブリンやコボルトもよく流れてきますし、きっとランクルの言うとおりですよ」
ランクルの言葉にすっかり納得してしまったニックは、明るくそう言った。勿論、ランクル本人はすっかりそうだと思っているようだった。
その様子に、説明しても簡単には納得しないだろうとディアナは考えていた。一方で、どうするべきかもしっかりと考えていた。
そして再び歩き始めて、暫くした頃。
ニックとランクルの目を盗むように、クライストにひそひそと話しかけた。
「今日はこれ以上町から離れぬ方が良いと思うが……どうじゃ?」
「……なるほどな。良い案だと思うぜ。何かあってからじゃ遅えけど、あの二人、『魔王降臨』の後は冒険者なんてやってねぇ感じだしな」
ディアナと同じ懸念を抱いていたクライストは、一も二もなくディアナの意見に賛成した。
だが、ニックは兎に角、ランクルはクライスト達がそうする事に反対するだろう。何となくそんな予感がクライストとディアナにはあった。
クライストは少し考えると、個人端末を取り出した。そしてクランチャットでマージンとリリーにディアナの意見をメッセージで送る。
「ん?」
すぐにそれに気づいたマージンは、メッセージの送り主の名前を見て軽く首を傾げた。だが、クライストがわざわざクランチャットを使ったのにも理由がある事までは察したらしい。
「誰からですか?」
マージン達がクランチャットでメッセージを受け取った事に気づいたニックに訊かれ、「ラスベガスにおる仲間からや」と平然と返していた。
そんな彼らは自分たちに注がれる視線に全く気づいていなかった。
だが、それも当然かも知れない。
ギルドは全ての冒険者パーティに別々の地域を割り振った。つまり、本来なら他の冒険者とばったり遭遇する事などまず無いはずなのだ。
だが、その冒険者たちはギルドから担当するように指示された地域を放り出し、クライスト達の後を付けていたのだ。
「ちっ……軍のガキ共が邪魔だぜ。ったく」
望遠鏡でクライスト達の様子を窺っていたクラッシュはそう吐き捨てた。
森の中なので木々に邪魔されて望遠鏡でもクライスト達の様子を観察するのは難しい。一方、その木々のおかげで、音さえ立てなければかなり近くまで近づいてもあっちに気づかれる心配も無かった。
そんなわけで、100mも離れているかどうかという距離で、クラッシュ達はクライスト達の後を付けていた。
ちなみに彼らには軍の兵士は付いていない。掃討戦の経験がある彼らに説明役を付ける必要はないとの軍やギルドの判断だったのだが、おかげでクラッシュ達は持ち場を放り出すことが出来たのだった。
「今日は諦めたらどうだ?流石に6人もいちゃ、面倒どころか失敗して足が付くぜ?」
「この辺、なすりつけるようなエネミーも少ないもんね」
「分ーってるよ」
スピードとピンク頭の女性――ビビアンの言葉に、不機嫌そうながらもクラッシュは素直に頷いた。
気に入らない相手はチャンスがあればきっちり潰す。それがクラッシュのモットーである。
とは言え、犯罪者として追われる事もご免だった。おかげで現実世界にいる時は、気に入らない相手でも潰す事が出来ない事が多かった。下手な事をすれば簡単にばれてしまうからだ。
だが、この世界は違う。
大陸会議という統治組織が出来たのは予想外だったが、それでも彼らの目が届かない場所などいくらでもある。目撃者がいなければ証拠など残らないに等しい。つまり、町の中でも場所さえ選べば何でも出来る。まして町から離れてしまえばやりたい放題だった。
「……掃討戦は一週間。明日からが楽しみだぜ」
クラッシュはそう言うと、にやりと笑ったのだった。




