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ジ・アナザー  作者: sularis
第十一章 戦いの日々
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第十一章 第二話 ~フォスト遠征~

 時は夕方。

 既に地平線に太陽がその姿を半ば隠し、そのために蒼い月係のギルドハウスとして借り上げている建物の二階にある食堂は、幾つものランタンによって煌々と照らし出されていた。

 今、そこに蒼い月の面々が集まり、ディアナとリリーが作った料理をつつきながら、あるものを眺めていた。

「ふ~む、これがのう……」

「紙じゃなくなったくらいしか分かんねぇけどな」

「金属っぽいが……金属でもないな」

 各自の手の中にあるのは小さなカードだった。先ほど、マージンから配られたばかりの物である。

 ちなみに、それがなんなのかを訊こうとする仲間はいなかった。それも当然で、そのカードの表面に書いてある文字さえ読めば、それが冒険者ギルドのギルドカードである事はすぐ分かったからだ。

 このカード、マージンが作った物である。勿論、ギンジロウからの許可は取ってある、というかむしろ、蒼い月のメンバーの分はマージンが作るようにと言われたくらいである。

 それはさておき、マージンはカードについての説明を始めた。

「一応、こんなんでもちょっとしたマジックアイテムやからな。偽造防止用の魔術を組み込んだら、こんな質感になったんや。まあ、偽造防止の魔術のおかげで、書き換えも出来んようになってもうたんやけどな……」

 後半、妙に声が小さくなったが、手元のカードがマジックアイテムだという事に驚いた仲間達は、そのことには気づかなかった。

「へぇー……こんなんでマジックアイテムなのか!」

「大したものじゃのう」

 感心しきりのクライストとディアナ。

 その一方で別の事が気になった仲間もいた。

「ねねね、どんな効果があるの?」

 マージンにすり寄りながらそう訊いたのは、マージンの左隣に座っていたリリーだった。

「めっちゃ地味やで。単にペンキとかで表面にものが書けへんようになっとるだけやからな」

 そのマージンの言葉に対する反応は真っ二つに分かれた。

「え~?それだけ?地味すぎない?」

「だよな。つまんねぇな」

「せめて光るくらいはして欲しかったのう……」

 がっくりと肩を落とし、恨めしげにマージンを見つめたのがリリー、クライスト、ディアナ。

「地味だが、いつの間にこんな効果も作れるようになったんだ?」

 感心したようにカードの表面を確認したのがグランスである。

 ちなみに、残るミネアはカードよりも不格好な揺りかごの中で眠る我が子の方が気にかかるらしく、会話にも参加せずに目の前の食事を済ませる事に集中していた。

 そんな仲間達の反応に晒されたマージンは、グランスの言葉にだけ答える事にした。

「祭壇の知識とあとはロイドから貰うた本のおかげやな。基本的なところだけやけど、いろんなもんが作れるだけの知識はもうあるんや。実際に作れるのはほんの一部やけどな」

「ランタンとかも作れるのか?」

「多分な。まだ挑戦してみたことはあらへんけどな」

「どうしてじゃ?火を使わぬ光源があれば、いろいろ便利じゃろう」

 たった今スルーされたばかりの事を気にした様子もなく、ディアナがそう訊いた。

「そうやねんけどな。代わりに魔力を喰うんやで?それに作るんも結構大変そうやねん。このカードの方が重要そうやったし、マジックランプの方は後回しにしたんや」

 そう言った本人はカードの開発の傍ら気分転換と称して別の魔導具を作っていたりするのだが、そのことを知らない仲間達はそんなものなのかとマージンの言葉に頷いていた。

「冒険者全員がこのカードに切り替えなのか?」

 クライストの問いにマージンは首を振った。

「今んとこ、とてもやないけど量産とか出来へんのや。やから、冒険者ギルドからの支援も優先的に受けられることになっとる冒険者に絞って配布することになっとる」

「なるほどな」

 支援目当てに有名な冒険者になりすます連中がちょくちょく出没して問題になっていると知っていたグランスが頷いた。

「このカードを盗まれたらどうするのじゃ?」

「アイテムボックスに入れとくんや。必要な時だけ取り出すようにすれば、そうそう無くさへんやろ」

「それでも万が一というのはあるじゃろう?」

 それにもマージンは自信満々に答えた。

「カードにはシリアル番号が振ってあるんや。それを確認したら紛失したカードかどうか、すぐ分かるって寸法やで」

「なるほどな。盗んだカードを使おうとしても、番号を確認されたらすぐにばれる訳か」

「そや。そんでもってそのまま犯罪者ってな」

 上手くできたシステムだなとグランスは頷きかけ、しかしそこである事に気がついた。

「……カードを無くした事はどうやって連絡するんだ?」

 カードを無くした時点で本人確認が出来ない以上、カードを無くしたという申告が本人によるものかどうか分からないのではないか。グランスの疑問はそう言う事だった。

 だが、マージンは自信満々に答えた。

「このカード、2枚重ねになっとってな。片方は紛失届用なんや」

 万が一カードを無くした場合は、それを使って紛失届を出すのだとマージンは説明した。

 そんな制度を聞かされた仲間達の次の関心は、カードに書かれている内容へと移った。

「いろいろ書かれておるのう……」

「ランクって1つじゃないんだ?」

「戦闘力に信用度……生存力ってなんだよ」

 ゲームや漫画などで出てくるギルドでは、冒険者のランクは駆け出しがFでトップクラスがAとかSとか。その程度の分類しかない事が普通である。それを想像していた仲間達は、それぞれのカードに書かれていた幾つものランクに首を捻った。

 そんな仲間達にマージンがどや顔で説明をする。

「冒険者ランクって感じで1つにまとめるとな、いろいろ不都合がありそうやったんやと。

 例えば、強いエネミーを倒せる強い冒険者でも、護衛として信用できるとは限らへん。商隊の商品をくすねるような手癖の悪いのがおるかも知れへん。そこまでいかへんでも、好き勝手動いた挙げ句に商隊を危険に晒すかも知れへん。

 あるいは商隊の護衛としては優秀やったとしてもフィールドでの野宿が下手で、採集や調査の依頼は任せられへん。そんな冒険者もおるかも知れへん。

 そんなわけで、戦闘力、信用度、生存力の3つに分けてランク付けすることにしたんやと」

 その説明になるほどと納得した仲間達だったが、それはそれで別の事が気になり始める。

「して、どうやって私たちをランク付けしたのじゃ?」

 そう言ったディアナの視線は、カードに書かれたランクを表す文字から、すすすっとマージンの上に移動した。

「もしや、お主が勝手に……」

「んなわけあらへんやろ。わいはギンジロウから指示されたとおりに書いただけや。ランクの根拠はあっちに訊いてくれへんか」

 危うく仲間達の冷たい視線に晒されかけたマージンは、慌ててそう答えた。

「しかし……高いのか低いのか分かりづらいな」

 一人、自分のランクを見ていたグランスがぽつりと漏らした。

「だな。どうやってつけたのかとか、ランクの範囲がどれくらいなのかとか気になるぜ」

「ギンジロウ達もその辺は悩んだみたいやな。なんせ、戦闘力とか生存力とか言うても、直接見た事もなければそもそも評価方法すら決まっとらんのや。やから、後から再評価して上げる事を前提にしてな、適当につけたとか言うとったで」

「だからか。上限すら決まっていないから、ランクが数字なんだな」

 マージンの説明にグランスがそう納得した。だが、その表情はグランスの心情を反映してか、微妙なものだったりする。

 他の仲間達も似たような感じだった。新しい物を貰って嬉しいのだが、その物が微妙だったせいで何とも言えない気持ちにさせられたのだ。当然と言えば当然である。

 そんな微妙な空気を壊したのは、赤ん坊の泣き声だった。

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 不意に目を覚ました赤ん坊は、母親がいない事に気づくと即座に泣き出した。

 揺りかごのすぐ側にいたミネアは慌てず騒がず我が子を抱き上げると、すぐさまあやし始める。

「はいはい……エイジ……良い子ですから、泣かないで」

 尤も、エイジと呼ばれた赤ん坊は母親の腕の中に戻ったと知るや、あっという間に泣き止んでいた。

 その微笑ましい様子を見ていた仲間達は、いつの間にか皆笑顔になっていた。

「ミネアに抱かれてすぐに泣き止むとは……現金じゃのう」

 そう言ったディアナも相好を崩していた。

「あーっ、あーっ」

 やがて赤ん坊は髪と同じ紫色の瞳をミネアに向け、何かを要求し始めた。それを見たグランスはすっくと立ち上がると、ミネアと我が子の側へと向かった。

「済まないが、全員席を外してくれ」

 ミネアとその腕に抱かれたエイジの側に凛と立ったグランス。彼に言われるまでもなく、仲間達はぞろぞろと部屋を出て行こうとしていた。

 これから授乳の時間なのだ。特にクライストとマージンは同じ部屋にいるといろいろ気まずい。

 そんな訳で仲間達に続いて最後に部屋を出たリリーは、その直前にミネアと側に立つグランス、二人の優しげな表情を見ていた。



 そして翌日。

 グランスとミネア――ついでに未だ合流できていない――を除いた蒼い月の残りのメンバー4人は、ラスベガス東の門を出て街道を馬に乗って進んでいた。

 エネミー掃討クエストのためである。


 ラスベガス近郊は、ラスベガスを拠点としている無数の冒険者グルースによって常にエネミーが退治され続けていた。そんな訳でラスベガスやそのすぐ隣の町くらいまでは比較的安全が保たれているのだが、馬を使っても日帰りが困難になる40kmを境に明らかに危険が増すのだ。これは単に冒険者たちがラスベガスという便利な町からあまり離れたがらない事に起因していた。

 似たような状況は、キングダムなどの大きな街では必ずと言って良いほど起こっていた。勿論、大陸会議や冒険者ギルドとしてはそれでは困るというわけで、いくつかの対策を打ち出していた。

 めぼしいものとしては軍による巡回が挙げられる。キングダムとラスベガスを結ぶ通称大街道をはじめとする主要な街道沿いの宿場町には軍の拠点が設けられ、一日二度の巡回を持って街道の安全を担保していた。

 あるいは時折行われる、町が存在する地域のエネミー掃討も挙げられるだろう。

 エネミーを完全に駆除するのは流石に不可能である。だが徹底的にエネミーを駆逐すれば、その地域のエネミーの数は当分の間回復しない。そのため、エネミーによる被害が増加してきた地域があると、冒険者ギルドと軍が共同して掃討を行うのである。

 今回、蒼い月の4人が参加するのがそれだった。


 今回のエネミー掃討はラスベガスの東にあるフォストという小さな宿場町近郊で行われる。

 それに参加するのか、クライスト達と同じように馬に揺られて東へ向かう冒険者達の姿が、街道の上には点在していた。

 エネミー掃討は大きな街の近くでエネミー退治をしているより報酬が大きい。クライスト達と同じように、その報酬につられてラスベガスから出てきた冒険者たちなのだろう。

 そんな彼らの姿を視界に収めながら、クライストが馬に乗って隣を進むディアナにそう訊ねた。

「こういう大規模掃討って、どれくらいの頻度でやってんだ?」

「私に訊かれてものう。グランス辺りなら知っておりそうじゃが」

 他に知ってる仲間はいないかと、クライストが後ろについてきているマージンとリリーに顔を向けたが、

「知らへんで」

「あたしも~」

「ここのところラスベガスに住み着いておるとは言え、まだ一月ちょっとじゃからのう」

「つまり、わいにとっては一月ぶりのフィールドやなー」

 マージンの言葉に、仲間達はラスベガスに滞在してから意外に経っているのだと改めて思った。

 実のところ、エイジが旅に耐えられるようになるまで年単位でラスベガスに滞在する事になるかも知れないのだが、そのことについては誰も口にしない。ここにいないとは言え、ミネアとグランスが気にしているのは知っているからだ。

 代わりに、マージンの言葉に突っ込みが入る。

「一月ぶりって……お前は引きこもりか!?」

「んなわけないやん。別の仕事があって、そっちにかかりっきりになっとっただけや」

 勿論、クライストもそのことは知っていた。だから、先ほどの台詞もあくまでも冗談に過ぎないし、マージンも軽く受け流した。

 だが、別の事が気になった仲間もいた。

「一月ぶりって……身体鈍ってたりしない?ちゃんと戦える?」

「大丈夫や。一日一回は身体動かしとったからな。さび付いたりはしてへんで」

 本人はそう言うものの、マージンはここ一月、ギルドの工房に籠もりっきりで雑魚相手の実戦すらこなしていないのも事実である。それだけに勘が鈍ってるのではないかとリリーは心配していた。

(もしマージンが大怪我とかしたら……)

 実際には治癒魔術が使えるクライストもいるのでそれほど心配は要らないはずなのだが、それはそれ。これはこれ。恋するなんとやらだった。

 尤も、そんな様子だったリリーは、端から見ていたディアナにとっては良いカモだった。

「危なければ、リリーが精霊魔術で助ければよかろうよ」

「な、何言ってるの!?」

 にやにやと笑いながら吐き出されたディアナの台詞に、リリーの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 そこに追い打ちとばかりにディアナの口が「が・ん・ば・れ」と形だけ動き、ますますリリーの顔が赤くなる。

 その様子を見ていたマージンはというと心配そうに口を開いた。

「むしろ、リリーの方が大丈夫か心配になってきたわ」

 そんな事を言われて悲しいやら嬉しいやらでリリーはすっかり俯いてしまった。

「どないした?大丈夫か?」

 マージンから声をかけられればかけられるほどに赤くなる顔に、リリーはすっかり顔を上げる事が出来なくなってしまっていた。

 その理由を察しているディアナはにやにやと笑い、クライストは温かく見守り、マージンが軽く慌てる。

 そんな風に蒼い月の4人は傍目には平和な感じで街道を進んでいった。既に夏の暑さも過ぎ去り、街道を横切っていく風は秋の匂いを漂わせていた。

 暫くは心配するマージンとそれで余計に赤くなった顔を見られまいと俯くリリーという悪循環が続いていたが、流石に見かねたクライストが間に入っていた。そうして何とか落ち着きを取り戻したリリーと、その隣では「わい、嫌われとるのかも知れへん」とがっくり凹んだマージンが馬に揺られていた。

 流石に間違えた方向で落ち込んだマージンを慰めるつもりなどディアナとクライストにはさっぱり無い。自業自得だと思っているのである。

 勿論、マージンが凹んだ原因であるところのリリーはと言うと、今度は先ほどとは逆にマージンを慰めに回っていた。

 その甲斐あってか割とあっさり立ち直ったマージンが、ふと空を見上げてぽつりと呟いた。

「……天高く、馬肥ゆる秋、やな」

「実際には馬より人の方が肥えそうだけどな」

 同じように空を見上げたクライストが、情緒もクソもなくそんな事を口にした。

 その横ではふいっとディアナが明後日の方へと視線を逸らし、マージンの横でもリリーが自分の耳を塞いでいたりする。

 空調機械など存在しないこの世界では、夏の間は少なくない人間が思いっきり食欲を無くす。そして秋になると、夏の間無くしていた食欲の分まで食べまくり、ついつい太ってしまう者が少なくなかった。

 つまるところ、ディアナとリリーもその一人だったというわけである。

 尤も、ラスベガス近郊でエネミー退治をしたり、ギルドの訓練場で鍛錬をちゃんとしていたためか、実のところぱっと見、太った感じは全くない。マージンあたりに言わせるともっと単純で、「夏の間に痩せた分が戻っただけやろ」という事になる。

 それでも体重を気にするのは、もはや女性の性ということなのだろう。

 ちなみにクライストの台詞には誰も反応しなかった。

 女性陣は言うまでもないのだが、マージンも前に迂闊に女性陣の体重について余計な事を言ってしまった時に、かなり酷い目にあった経験からその手の話題は避けるようになってしまっていたのである。

 そんな調子で4人の短い旅は過ぎていき、夕方にはフォストへと無事に着いた。



「寝るとこ確保できるのか?」

 フォストに着いた時のクライストの第一声がそれである。


 フォストは所謂宿場町として『魔王降臨』以前から存在していた町である。そして今でも宿場町として機能しているわけだが、宿場町というだけあって建物はあまり多くないのである。

 そこに一帯のエネミー掃討のために軍の部隊がいくつかと、報酬につられた冒険者たちがぞろぞろとやってきたのである。普通なら明らかに町の規模に対して集まった人間の方が多すぎる状況だった。

 ただ、さすがは宿場町と言うべきだろう。その目的上、フォストには宿として建てられた建物が多かった。建物がせいぜい百数十軒程度しかないとは言えその半分が宿となれば、軍の兵士と冒険者あわせて数百人程度なら問題なく全員が寝床を確保できるのだった。


 尤も、道の上を100人を越える冒険者たちがうろうろしている状況では、全員が素直に寝床を確保できるようには見えないのも事実である。

「まー、最悪野宿やな」

「私としてはちゃんとしたベッドで眠りたいがのう」

 馬から下りて道の上を歩きながら呑気な事を曰うマージンに対し、ディアナが顔を顰めた。その横ではディアナと同じ意見のリリーが頷いている。

 本音を言えば、マージンとしてもベッドで眠れるに超した事はない。そんなわけで、

「と言っても、どうすればええのやら」

 とマージンが呟いた時だった。

「はいはーい!冒険者のみなさんはこっちに来てくださーい!宿の割り当てはこっちですよー!」

 宿場町の真ん中に設けられた小さな広場の方から、そんな声が聞こえてきた。

「なるほど。ちゃんと面倒は見てくれるようじゃな」

 ディアナが感心していると、周りをうろうろしていた冒険者たちが手綱を引いた馬ごとぞろぞろ移動し始めた。

「俺たちも行くぞ。遅れると随分並ばないといけないだろうしな」

 クライストに言われて、マージン達も馬を連れて歩き始めた。

 が、既に遅かったらしい。正確には、広場から遠くにいたのが敗因だろう。

「もー、沢山並んでるね……」

「順番待つしかあらへんな」

 げんなりとした様子のリリーに、観念した様子のマージンが答えた。

 そんな二人の前には既に数十人の冒険者(と彼らに引かれた馬たち)がずらりと並んでいた。その先には先ほど大声を上げた本人と覚しき少年がいて、冒険者たちのギルドカードを確認している。確認が終わった冒険者は、少年の隣に立っている青年から宿の指示を受け、列から離れていっていた。

 さて、数十人も並んでいるので一人一分として一時間くらい待たされるかと思っていたクライスト達であるが、その予想を裏切って意外に速いペースで列は消化されていった。理由は、冒険者たちがパーティ単位で処理されているからだろう。

 そんなわけで、クライスト達の順番が来たのは列に並んでから20分後の事だった。既に日も落ちて、周囲は薄暗くなり始めていた。

「次の方、ギルドカードを見せてください」

 黄色い髪の職員の少年にそう言われ、クライスト達はアイテムボックスからギルドカードを取り出した。勿論、マージンの手になる新しいカードの方である。

 その様子を見た少年は、今までの冒険者たちはあらかじめカードを取り出して待っていたのに、この人たちはどうして今頃アイテムボックスから取り出すのだろうと首を傾げていた。だが、クライストから受け取ったカードを見てそんな疑問は吹き飛んだ。

「このカード……連絡は受けてましたが、本物ですか?」

「どうしたどうした?」

 少年の様子がおかしい事に気づいた職員の青年が、少年に声をかけた。ついでに言うなら周囲の冒険者たちも少年の様子に興味を引かれたのか、クライスト達は結構な視線を集めてしまっていた。

「あの、これ……」

 そう言った少年からカードを受け取り、青年の顔も驚きに染まった。

「驚いた……。紙じゃないってことは……なるほどな」

 青年はカードの表面に書かれたクラン名を確認すると、納得したように1つ頷いた。そしてクライスト達へと視線を向けると、

「あんた達が来るかもって事もこのカードの事も聞いてる。ま、よろしく頼むよ」

 そう言うと手元の紙をぱらぱらと捲り始めた。

「やっぱ、連絡きとるんやな」

「まあな。……ところであんた達、今日は何人だ?見たところ6人揃っちゃないみたいだが?」

「4人だ。ラスベガスでの留守番もいるからな」

 クライストの返事に青年は手を止めると、開いていた紙の上にさらさらっとペンを走らせると、その紙をカードと一緒にクライストへと差し出した。

「4人ならベアーズ・インかな。ここから東にちょっと行ったところに熊の看板をぶら下げた宿屋がある。そこの二階の部屋を2つ使ってくれ」

 青年はクライスト達に今夜の宿をそう指定すると、隣で突っ立ってきらきらした眼差しでクライスト達を見つめていた少年の頭をこづいた。

「ほら、仕事しろ」

「あ、はい。すいません」

 そう言って慌てて少年が次の冒険者たちからカードを受け取ったのを確認すると、青年はクライストに手をひらひらと振った。

「それじゃ、頑張ってくれよ」

 そんな青年の声に「ああ」と短く返し、クライスト達はその場を離れた。そそくさと足早になったのは、先ほどの一幕を見ていた冒険者たちから向けられる好奇の視線から逃げるためだったりする。

 幸い、広場を離れてしまえば先ほどのちょっとした一幕を知らない冒険者ばかりで、好奇の視線に晒される事もなくクライスト達は熊の看板を見つける事が出来た。

「随分と可愛げのない熊じゃのう……」

 看板にそんな感想を漏らすディアナをさておき、クライストは馬をマージンに預けると宿へと入った。

 ベアーズ・インというこの宿には食堂がないらしい。食堂がある宿だと入ってすぐにだだっ広い食堂があるのだが、ベアーズ・インは入ったところに小さなカウンターがあるだけだった。これ自体は小さい宿屋では珍しい事ではない。

 だが、受付と覚しき青年は、何故かそのカウンターの外に立っていた。彼はクライストが入ってきた事に気がつくと、ベージュの髪をランタンの明かりに照らされながら営業スマイルで声をかけてきた。

「いらっしゃい。ここに割り当てられた冒険者さんかい?」

「ああ、そうだ」

 青年の様子に妙な違和感を感じながらもクライストが頷くと、

「なら、広場でチケットを貰っただろ?見せてくれないか?」

 青年はそう、クライストへと右手を出してきた。

「これか?」

 先ほど広場で受け取った紙をクライストが差し出すと、受付の青年はそれを受け取り、内容にさっと目を通した。

「確かに」

 そして、クライストから向けられている疑問満載の視線に気づくと、首を傾げた。

「どうかしたのかい?」

「ああ、何でもない」

 確かに疑問はいくつかあったが、わざわざ訊くまでもない事ばかりだと思い、クライストはそう首を振った。

「ならいいけどね。ちなみに馬で来たんだろう?厩舎が裏にあるから、馬はそっちに連れて行ってくれ。その間に部屋の鍵を用意しておくよ」

 その言葉にクライストは頷くと、宿から一度出た。

 そして数分後。

 馬を厩舎に入れたクライスト達は受付の青年から部屋の鍵を受け取り、割り当てられた部屋の片方へと集まっていた。特に何か話さないといけない事があるわけでもないのだが、習慣というヤツである。

 それでも全員が集まれば、なにがしかの雑談が始まるわけで。

「ここの受付、なんか変じゃねぇか?」

 クライストが先ほど感じた疑問を口に出していた。

「変とは?」

「なんつーか、受付っぽくないって感じがしたんだよ」

 言われてみればと、ディアナも首を傾げた。

 尤も、こういうのは意外と大した理由ではなかったりする。例えば、

「ギルドの職員ちゃうんか?」

 そんな事を言い出したマージンは、仲間達の視線を受けて推理を披露する。

「要するに、ここの宿屋は持ち主がおらんようなって使われてへんかった。そこに今回の掃討戦で宿が足りんようなって、ギルドから受付の代理が派遣されてきたんちゃうか?」

「なるほどのう……」

 それなら説明がつくなと仲間達はあっさり納得したのだった。

 ちなみにマージンの予想は正解だった。

「ギルドから派遣されてきた職員なん?」

「そうだけど、どうかしたかい?」

 食事の時間を知らせに来たベージュの髪の青年――ラッツという名前だった――にマージンが確認したのである。

 そんな一幕を経て、クライスト達は近くの食堂へと移動した。

 普段のフォストならいざ知らず、軍の兵士やら冒険者やらが数百人も押し寄せてきている今日は、料理人の手が足りていなかった。おかげで、食べる側ではなく作る側の都合に合わせた食事スケジュールとなったのである。

 そうなると当然のように、食堂は混む。

「これで座る場所、見つかるのか?」

「4人まとめては厳しそうやな……」

 賑やかな声が漏れてくる食堂に入ってすぐ、中の様子にクライスト達は呆然とした。

 さして広くもない店内には、テーブルの数もそれに見合った数しかない。マージンが数えてみると20個だった。

 その全てが埋まっている。

 勿論、4人がけのテーブルばかりなので一人か二人分は席が空いている事もあるのだが、クライスト達が4人揃って座れる席はなかった。

 ただ、よく見ると既に食事を終えて雑談に興じている席もあったりする。

 そんな席にはギルドの職員らしき人間がいって、待っている客のために席を空けてくれるように説得しているのだろう。大抵の雑談に興じていた者たちはすぐに席を空けていた。

 尤も、素直に席を空けてくれるような人間ばかりでもない。

 ドンッ!

 ガシャーン!

 大きな音がして、食堂の喧噪が一瞬にして静まった。

 その場にいた全員の視線が集まった先では、一人の青年がテーブルを巻き添えにして倒れていた。

 そんな彼に近づく冒険者が一人。

「俺たちは客だぜ?お客様は神様って言葉、知らねぇのか?」

 倒れた青年に近寄っていった軽薄そうな淡い緑の髪をした冒険者はそんな事を言いながら、青年の頭の横の床をダンッと踏みつけた。

 その様子に周囲がざわめく。

 だが、

「あん?何見てんだよ?」

 黄色とピンク、左右で色の違う頭髪のこれまた軽薄そうな冒険者に睨み付けられ、全員が一瞬で目を逸らした。

 一方で、ギルド職員の青年に近寄っていた冒険者はペッと床に唾を吐き捨てた。それで職員への興味を失ったらしい。

「あーあ、戻って飲み直そうぜ」

 そう言いながら、周りを脅していた仲間ともう一人、テーブルに座ったまま面白そうに一部始終を見ていた女性冒険者らしき仲間を連れて、入り口へと歩いてきた。

 入り口付近にいたクライスト達は慌てて避けるが、淡い緑の髪の冒険者がリリーを見て、足を止めてへらりと笑った。

「ひっ!」

「見ろよ、可愛い子いるじゃん」

 その言葉に二色頭の男がリリーの胸を一瞥した。

「幼児体型に興味はねぇよ」

「そこがいーんだって」

 そんな事を言うと、淡い緑の髪の冒険者はリリーへと近づいてきた。

 すかさずマージンの後ろに隠れるリリー。

 淡い緑の頭の男は、それでやっとリリー以外にも目がいったらしい。

「なんだよ。邪魔だよ。どけよ」

 そう言ってマージンを突き飛ばそうと手を伸ばした。

 が、マージンは半身になってあっさりと躱した。ついでに溜息を吐きながら男の腕を捕らえ、軽く身体強化を発動させた握力でぎりぎりと締め上げる。

「あががががっ!てめ、放せよ!」

 そう言って男が殴りかかろうとするも、

「ほいさ」

 そう言ってマージンに腕を放り出すように放され、バランスを崩して仲間の方へとよろけてしまった。

 それで余計に怒り狂ったらしい男が、マージンを睨み付ける。

「てめぇぇ……!」

 そう言いながら腰の得物に手を伸ばしかけた時だった。

「騒ぎはここか!」

 大声と共に軍の兵士達が乗り込んできた。どうやら誰かが通報していたらしい。

 兵士達は腰の剣に手を伸ばしていた淡い緑の頭の男を見つけると、すかさず拘束する。

「なっ!てめぇら!放せ!放せよ!」

 男は暴れたが、4人がかりで抑え込まれてはまともな抵抗が出来るはずもない。

 罵詈雑言をまき散らしながら、あっという間に食堂の外に連れ出され、そのまま連行されていってしまった。

 ちなみに男の仲間二人はというと、兵士に同行を命じられると大人しくその後についていった。暴れすぎて兵士に殴られる仲間の二の舞はごめんだったのだろう。

 あっという間に3人が連れ出され、あっけにとられた冒険者たちの耳に、兵士達を率いて乗り込んできた小隊長の声が届いた。

「お騒がせした。我々はこれにて失礼するが、明日からは是非とも頑張って欲しい!」

 そう言い残して小隊長が出て行った食堂は、すぐにざわめきを取り戻した。

 何人かの冒険者たちは、突き飛ばされた職員を助け起こしたり、テーブルを起こしたり、割れたショックを片付けたりと手伝っていた。

 クライスト達には手伝うような事もなく、さっきの連中は何だったんだろうと言いながら食事の順番が回ってくるのを待つのだった。

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