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ジ・アナザー  作者: sularis
第十一章 戦いの日々
101/204

第十一章 第一話 ~プロローグ~

第十一章の始まりです。


いつも通りプロットは半分くらい、書きためはゼロでの発車です。それでも目指す週一更新!



…………3月中に終わると良いなぁ~



そーいえば、もう少し登場人物を増やす……というより超脇役の方々にも名前とか付けておいた方がいい気がしてきました。マル秘人物リスト、また伸びる予感です。



それでは、第十一章をどうぞ~

「今日も大丈夫か?」

 モニターが並ぶ部屋に入ってきたそうそう、スーツ姿の男は部屋にいた部下達にそう声をかけた。その顔はどこかやつれ気味である。

 そんな上司以上にやつれた顔をした部下の一人が、

「ええ、幸いな事に何事もなく」

 そう答えはしたが、その視線がモニターから逸れる事はなかった。

 それは上司に答えなかった他の部下達も同じである。

 そんな異様な風景に上司は何も言わない。いや、言う暇も惜しんで自分自身の席に着くと、モニターのスイッチを入れて画面上を埋め尽くすグラフとログに素早く目を通した。

「……だな」

 それでやっと一息つくと、続いて上司としての仕事に取りかかった。中でも重要なのが、部下の体調管理である。

 休憩時間すら惜しんでモニターの前に張り付いている部下達の連続勤務時間を素早く確認すると、食事も睡眠もとらずに何十時間も張り付いている部下の名前を次々と呼びつけ、休みを取るように命令する。それでも言う事を聞かない部下には魔術でもって無理矢理眠らせてしまう。

 明らかに異常な状態だが、当事者にならなかった部下達がそれを気にする様子はない。いや、眠らされなくてホッとしていると言った方がいいだろうか。だが、そんな彼らの横顔からは無理矢理にでも眠らされてしまった同僚達を妬む様子も伺えた。

 彼らがそんな複雑な状況に陥っているのにはちゃんとした理由がある。

 先日、彼らが監視を担当している結界に異常が発生した。これがただの結界なら大して気にする必要もなかったのだろうが、彼らにとっては命より大事とも言える結界。そこに発生した異常である。

 背筋に氷を放りこまれた方がマシなくらいの寒気が走った後、彼らは上を下への大騒ぎとなった。

 勿論、彼らだけではない。彼らから連絡を受けたイデア社全体が、その機能全てが麻痺しかねないほどの大騒ぎになった。彼らの監視している結界とは、それほどまでに重要なものだったのだ。

 幸いな事に数分ほどで結界の異常は消え、おかげで見かけ上、イデア社は落ち着きを取り戻した。

 だが、あれからまだ一週間ほどしか経っていないためか、未だにイデア社全体にその時の恐怖が、また異常が起きるかも知れないという不安が、その先にあるものへの絶望が蔓延しているのだった。

 こんな異常事態が起きたというのにイデア社が寄って立っているある人物から連絡が入らないというのも、その空気の蔓延に一役買っていた。

 そのことを気にしている部下が、モニターを睨み始めた上司へと声をかけた。

「あの方は何も言ってこないんですか?」

「……何も聞いてないな」

 上司の男は少し遅れてから、気もそぞろに部下に答える。

「上が隠してるって事はないんですか?」

「ないと思うが?」

「とんでもない内容で話せないとかってことは?」

 その言葉に、上司の男はもしそうだとしたらどういう状況だろうかと考えかけて、そこで首を振った。

「それだったら、今頃お偉方が全員首を吊ってるさ。ホントに来てないんだろうよ」

 その言葉に、それもそうかと部下も頷いた。

 正直、今でも気が弱い人間なら首を吊りかねないほどの恐怖という名のストレスに晒されているのだ。これ以上ともなれば、上司の男が言った事態が現実のものとなってもおかしくない。それどころか、現実のものとならない方がおかしいとすら思えたのだった。


 ちなみに彼らの言うあの方とやらがイデア社を訪れ、彼らが気にしていた異常は大した問題ではないと明言したのはこの数日後の事になる。



 また別の場所では。

「確認が取れたのですか」

 エルトラータが険しい顔をして、軍の連絡員から報告を受けていた。組んだ両手の上に顎を載せ、両肘は机の上についている。

「はい。報告通り、住人全員が殺されていると」

 そう報告した連絡員もエルトラータに負けず劣らず険しい。

 キングダムの大陸会議の会議場にいる他の議員達も、エルトラータへの報告を横から聞いて、険しい顔になっていた。


 事の起こりは2週間ほど前の事になる。

 キングダムから馬を駆って1週間くらいのところ、つまりは300kmほど離れたところに小さな町が1つあるのだが、そこからの日に一度の定期連絡が途絶えたのである。

 至急、周辺にいた商隊に冒険者の護衛をくっつけて様子を見に行かせたところ、町は何者かに襲われたらしく荒れ果てていた。勿論、誰一人生存者は見かけなかったという。

 その時点で危険を感じた商隊は急ぎその町を離脱したために、詳しい情報は得られなかったが、そのこと自体はやむを得ないと考えられた。

 ただ、大陸会議としては何が起きたのか把握する必要があった。そのため、急遽軍の精鋭部隊100名を調査隊として派遣する事になったのである。ワイバーンすら圧殺できる戦力だと、総司令官自ら彼らを率いていったレインは太鼓判を押していた。

 そして先ほど、彼らがその町に入り調査を開始した。その初期報告がたった今届いたというわけだった。


「……分かりました。くれぐれも気をつけるように伝えてください」

 エルトラータはそう言うと、連絡員を部屋の隅に下がらせた。本来なら会議に余計なメンバーなど同席させないのだが、そうも言ってはいられない。現地で何かあればすぐにでも軍のクランチャットで連絡が取れるようにと、連絡員は議場にいさせておく必要があった。

 そうして会議のメンバー達の方へと向き直ったエルトラータを迎えたのは、いずれも厳しい表情を浮かべた顔だった。

「……何が起きたんだ?」

 最初に沈黙を破ったのはパンカスだった。いつでも堂々としている彼ですら、困惑を隠し切れていない。

「分かりません。ただ、件の町の人々は既に全員死んでいるようです」

「魔物の襲撃か?」

「その可能性が一番高いと思いますが……」

 しかしエルトラータは断言できなかった。

 確かに魔物の襲撃は不定期に発生し、その都度被害も出ている。だが、あくまでもその被害は多くても死者が10人を越えた事はない。大体それくらいの被害が出ると、魔物達が自発的に去っていくのだ。

 その事実を考慮すると、魔物の襲撃を疑いにくかった。

 事実、

「にしては、違和感が拭えませんね」

 などと、出産のショックから立ち直ったピーコがエルトラータの隣の席で首を傾げた。

 それに対してケイが疑問を投げかけた。

「そうだね。でも、何者かの襲撃を受けたのは確かなんだろ?魔物以外にそんなことするのがいるのかい?」

「無法者と化したプレイヤーの可能性も考えるべきではないでしょうか?」

「今更そんな連中が出てくるもんかねぇ」

 そのままピーコとケイはあーだのこーだのと意見をぶつけ合うが、情報が足りないままではまともな推測すら立てられるわけがなく、すぐに静かになってしまった。

 そんなタイミングを見計らったかのように、議場の隅で大人しくしていた連絡員に、レインから報告が届いた。

「すいません。連絡が来ました」

 全員の視線が連絡員に集まる中、エルトラータが報告するように促した。

「簡単に見て回れる範囲ではやはり生存者無し。いずれの死体も大きく損壊しているそうです。建物の被害もかなり出ているそうです」

 その言葉に、プレイヤーの仕業である可能性が消えたかと、会議のメンバー達はぼそぼそ話し合っていた。

「なお、今のところ脅威となるような何かもまだ発見できていないとの事です。以上です」

 特にあちらに送るべき指示もないエルトラータ達は、連絡員に礼を述べると再び話し合いを再開した。

 だが、やはり魔物の仕業だろうというところで議論は止まってしまう。かといって場が場だけに、誰も雑談をする気になどなれない。時折レインから入ってくる報告を聞きながら、各自が自説を披露するだけの時間が過ぎていった。



 一方、壊滅した町の調査を行っているレイン達はというと。

「精鋭部隊と言っても、酷いものだな」

 吐けるものを全て吐きだして、それでもなお吐き気に襲われている部下達を見ながら、レインはそうぼやいた。

 だが、部下達を責める気にはなれない。レイン自身、総司令官だとか調査隊の隊長だとかいう立場がなければ、目の前の部下達に混じって一緒に吐いていたかも知れないのだ。大陸会議に報告こそしなかったが、それだけのものを彼らは見て嗅ぐ羽目になっていた。

「……そんなに酷いんですか?」

 それを見ていない部下の一人が、吐き気に襲われている仲間達を介護しながらレインに訊いた。

 レインはそれに一つ頷くと、壁が崩れ落ち大きな穴が開いた建物の群れへと視線を遣り、そしてすぐに視線を逸らした。

「……人間の腐乱死体なんか、見るもんじゃない」

 再び襲ってきた吐き気を堪えつつ、レインは何とかそう答えた。

 思い出すのもイヤになる。

 壁が崩れて風通しが良くなっていたとはいえ、屋外に比べれば随分と空気は淀みやすい。そんなところに、ばらばらになった死体が転がっていればどうなるか。まして、夏の盛りこそ過ぎたがまだまだ暑い季節なのだ。

 要するに、建物という建物の中にウジの湧いた腐乱死体が転がっていたのである。町の広場や通りにもあちらこちらに死体は転がっていたが、そちらは暑さ故か既に乾燥しきっていて酷い臭いはなかったのである。それで油断して覗き込んだ調査隊の心境たるや、説明するまでもないだろう。

 だが、

「でも、放置するわけにもいきませんよね?」

 そんな部下の言葉に、レインは顔を顰めた。

 確かに、死体を放置するというのは、元日本人の感覚からして受け入れがたい。だが、いくら心の準備をしていたところで、あの場面を見て平気でいろというのは些か以上に酷だった。

「……落ち着いてから考える事にしよう」

 とりあえず、それについては決定を先延ばしにする。他にもやらなくてはならない事がある以上、それを先に済ませてからでも(ばち)は当たらないはずだった。

 代わりにすぐに出来そうな事から、まだ無事な部下達に指示を出す。

「建物の中は建物の近くによって異臭がしなければ調査しろ。異臭がしたら後回しでいい。今はこれ以上人手を減らしたくないからな。中は決して覗くな」

 既に半数近い部下が吐き気のせいでまともに動けなくなっているのである。これ以上動けない部下が増えると、何かに襲われた時にまともに戦う事も出来ない。

 その指示に従って、30名ほどの部下が5人組のチームを組んで散っていった。真っ先に死体が片付けられていた町の広場には、吐き気のせいで使い物にならなくなった部下と、彼らを看護している部下とだけが残された。

 それでも暫くすると、一部の特に状態が悪かった兵士を除き、レインの部下は大半が動けるようになっていた。

 そもそも精鋭部隊は人間の死体とて見た事がある者ばかりなのである。実際、広場に拠点を構えるにあたり広場に転がっていた死体を淡々と埋葬したのも、彼ら自身であった。腐乱死体の凄まじい異臭と見た目が問題なのだ。

 そんなわけで意外と早く部下達が復活したこともあり、屋外の調査は比較的すぐ終わった。

 問題は屋内である。

 死体のない建物ばかりならいいのだが、実際には死体の転がっている建物の方が多い。

 幸い、腐乱死体に対して耐性のあった部下が何人かいたため、レインは彼らを1つのチームにまとめて探索に当たらせることにした。

 が、所詮は1チームだけである。くわえて、いくら耐性があると言ってもこまめに休憩を取らせないとすぐに使い物にならなくなる。そんな訳で、なかなか屋内の調査は進まなかった。

「暗くなるまでには終わらないな」

 日がだいぶ傾いてきた事に気づき、レインはぽつりと零した。

 調査に当たっているチームを除いたメンバーのうち、約半数は死体がなかった建物の1つに拠点を築く作業を行っていた。調査が終わったところで他にもやるべき事があるために、どこかで一夜を明かす必要がある事は明白だったためである。

 ちなみに残りのメンバーは調査チームの護衛に当たったり、周囲の状況確認を行ったりしている。司令塔であるレインとその護衛達だけが、一見暇そうにしている状況だった。

 そんな状態である。気を抜いてはいけないと頭で理解していても、そう感じていなければどこか気が抜けてくるもので、レインの周囲はどこか緊張が解けつつあった。

 そんな部下達を注意するためにレインが口を開こうとした時の事である。レインは一人の兵士がこちらに向かって走ってくるのに気がついた。

 周囲の部下達もすぐに彼に気づき、何か起きたかと一瞬で緊張を取り戻した。

 走って戻ってきた兵士はレインの前にまで来ると、息を切らしながら報告した。

「総司令、怪しい建物を見つけました」

「怪しい?」

 彼の顔色の悪さを気にしつつ、レインは聞き返した。

「はい。私は中に入っていないので分かりませんが、広い地下室がある建物がありまして、その地下に相当な数の死体があったそうです。その脇には血で書かれたと覚しき魔方陣もあったと」

「魔方陣?」

 その言葉にレインは首を捻った。

 彼の知る限り、ジ・アナザーにおける魔法に魔方陣を必要とするようなものはない。呪文を唱えて印を切ってとそれだけである。

 だから、

「見間違いじゃないのか?」

 とレインが聞き返してしまったのも無理はないだろう。

「分かりません。私は司令官にそう伝えるようにと言われただけで、建物には入っていませんので」

 確かに、報告を伝えに来た兵士は先ほど腐乱死体のせいで一時潰れていた部下の一人だった。なら、建物に入っていないのは当然だった。

 そのことに気づいたからというわけでもないが、レインは嫌々ながらも直接自分の目で確かめる事にした。

「直接見た方が早そうだな。案内を頼む」

「はっ!」

 そして報告を伝えに来た兵士に連れられてレインとその護衛達がやってきたのは、町外れに近い一軒の建物の前だった。

「うっ……」

「なんだ、この臭い!」

 一見何の変哲もない建物の入り口に近づいただけで、レインの護衛達が顔を顰めた。その臭いに覚えのある部下に至っては、顔色すら悪くなっている。

 レイン自身、部下の手前平静を装ってはいるが、それがなければ顔を思いっきり顰めていただろう。

「これは……相当酷いな?」

 レインは建物の入り口に出てきて待機していた調査チームのメンバーに声をかけた。

「はっ。正直私たちも長居は出来ないほどです」

 調査チームの一人が答えた。その後ろでは他の建物では平気そうだった兵士の一人がはっきりと分かるほど青ざめて、仲間達に介抱されていた。

 それを見たレインは流石に一瞬腰が退けた。だが、調査隊を率いる者として、一度くらいは見ておく必要がある。

「一度見ておきたい。案内を頼めるか?」

 レインのその言葉に、レインの正面に立つその兵士は一瞬ものすごくイヤそうな顔を浮かべかけ、慌てて顔を引き締めた。

「はっ。ただ、他の建物とは比べものにならないほどの悪臭です。布をしっかりと口に当てておいてください」

 レインはその忠告に従い、アイテムボックスにいざというときの包帯代わりに入れておいた布を取り出した。

 そして、護衛の者たちには外で待っておくようにと指示を出し、調査チームの兵士に案内され建物へと入っていく。

 建物に入った瞬間、レインは一瞬気が抜けそうになった。空気が淀んでいる屋内の方が悪臭が強いと予想していたのだが、意外にそんな事はなかったからだ。

「思ったより臭くないな」

 拍子抜けしたレインがそう言うと、先を行く兵士は首を振った。

「それはこの先で壁が大破していて、そこから臭いの大半が出て行っているからです。地下への階段の辺りから洒落にならないくらい酷くなりますよ」

 その兵士の言葉通り、建物の廊下を進むとすぐに壁が大破しているのが見えた。無数のがれきが建物の周囲に飛び散っているその側に、地下への階段が顔を覗かせている。

 そして、そこに近づくにつれ、レインの顔は徐々に青くなっていった。

 階段の前で、建物の前とは比べものにならないほどの異臭にレインは一瞬咳き込みそうになった。が、かろうじて耐える。咳き込んだりして息を大きく吸い込む羽目にはなりたくない。

「布があっても役に立っている気がしないな」

「無ければもっと酷いです……降りますよ」

 レインのぼやきに兵士がそうぼそぼそと答え、アイテムボックスからランタンを取り出して階段を下り始めた。

 目にしみるのではないかと思うほどのどぎつい異臭の中、レインと兵士は階段を下りていく。既に口など開けたくもなくなっている中、二人とも無言で地下室へと辿り着いた。

 既にあまりの異臭の強さに意識が半ば無いまま、レインは木っ端微塵になった扉の残骸を踏みつけ、部屋へと入った。

(……なるほど、魔方陣っぽいな)

 ランタンの明かりでは室内の様子を見て取るには不十分だったので、レインは息を止めた上で身体強化を使い視力を強化した。

 そして床の上に確かに魔方陣と呼ぶしかないような模様が描かれているのを確認した。魔方陣の外周に等間隔に6箇所、人間大の何かがあったがそれを確認する気にはならない。

 そんなレインの様子を見ていた案内役の兵士が地下室の奥の壁、そこにある扉を指さした。

「奥の部屋にも死体が山積みされています」

 短い説明で兵士が指さした先へと視線を移したレインは、その言葉通りこれは無事な扉の向こうに何かが積み上げられているのを確認し、

「……すぅ……はぁ……」

 身体強化を解除し、呼吸を再開した。途端に異臭が肺へと殺到し、思わず吐き気を感じた。

「……十分だ、戻るぞ」

 十分だからと言うより限界を迎えたと言った方が正しいのだが、司令官の見栄というものもあり、レインはそう言って早足で地上へと戻った。

 建物の外へと出たレインは真っ先に何度も深呼吸を繰り返した。それでもまだ肺の中に死臭が淀んでいるような気がしたが、とりあえずそれは置いておく。

 代わりにこの建物を発見した調査チームの兵士達に質問を投げかけた。

「お前達はあれをどう見る?」

「そうですね。他の死体はエネミーにでも襲われた感じですが、ここのだけは違います」

 ここの建物を見つけた調査チームはレインよりあの地下室に長く滞在し、ある程度様子を確認したのだろう。レインが上がってくるまでにだいぶ調子を取り戻していた兵士の一人が、そう答えた。

 その言葉にレインは地下室の様子を思い出し、確かにここの死体はばらばらにはなっておらず、人の形を維持したままだったと頷いた。

「エネミーでないなら……プレイヤーの仕業か」

 消去法でそう結論づけ、レインは顔を顰めた。

 地下室で見た死体の数は一桁では済まない。数十人分はあった。つまりそれだけのプレイヤーを殺した殺人鬼がいるという事なのだ。――この町の惨状ではその殺人鬼も生きているかどうか怪しいが。

 思った以上に厄介な事件だと思いつつ、レインは速やかに指示を出す。

 当分この町に滞在し、死体の片付けと平行して何があったか詳細に調べる必要がある。地下室で大量の死体が発見された建物の調査も――大変だろうが――やらねばならない。

「全く……何が起きてるってんだ」

 戦力を分散させる事を嫌ったレインは、全員を引き連れて拠点とする建物へと戻りながら、部下には聞こえないようにそう一人ごちた。



 そして場面はまた変わる。

 そこは道もない森の中だった。いや、西から来ればこの森の奥へと進む道はあるはずなのだが、東から進んできたレックの前には道らしきものなどどこにも見えなかった。

「場所は大体あってるはずなんだけど……」

 自信なさげにレックが呟くと、その足下をてくてくと歩いていたグリフォンの子供が「ピィ」と鳴いた。


 サビエルが死んでから既に3ヶ月近く経っていた。

 その時間のおかげか、あるいはサビエルから受け取った知識と記憶のショックのせいか。レックは既にサビエルの死というショックから完全に立ち直っているように見えた。勿論それには、今レックの足下を歩いているグリフォンの子供の存在も一役買っているのは間違いない。

 どうやらグリフォンの巣だったらしいあの洞窟で拾ってきた真っ白なグリフォンの子供はこの3ヶ月の間に真っ白なまま随分と育ち、柴犬ほどの大きさから人間の大人ほどの大きさにまでなっていた。

 だが、レックとしては大変悩ましい事に未だに飛ぶ気配がない。そもそも、背中の両の翼は未だに柔らかそうな綿毛に包まれたままで、しっかりした風切り羽はようやく少し生えてきたばかりなのだ。明らかに飛べる状態にはなってなかった。

 そんなグリフォンの子供を連れていたおかげで、思っていた以上にここまで戻ってくるのに時間がかかったわけである。

 レックが身体強化をフルに使えば毎日100kmどころか400kmも500kmも進めたはずで、それなら10日もあればここまで戻ってこれたはずなのだ。

 しかしグリフォンの子供を連れたままで時速数十kmという速度を出すわけにもいかず、結局3ヶ月もかかってしまったというわけである。

 おかげで途中で食料は切れるわ、洗えない服や修理できない装備が限りなく汚くなるわで、今のレックの格好はお世辞にもまともとは言い難かった。

 動きを妨げないように面積を抑えられた防具は固定用の皮ひもが切れて、アイテムボックスの中に入ったため影も形もない。服も戦ったエネミーやら狩った獲物の血や泥で汚れ、まだら模様である。破れてないだけマシといったところだろう。

 そんなレックのみすぼらしさは、足下を歩く真っ白なグリフォンの子供のせいで余計に強調されていた。


 そんな格好であろうと、森に住む魔獣達には全く関係ない。

「ピィピィ!」

 グリフォンの子供が何かに警戒するように鳴くと、レックは慌てず騒がず周囲の気配を探り、遠くに虫の羽音を耳に捕らえた。

「近づいてきてるね」

 レックが足下のグリフォンにそう言うと、

「ピィ!」

 そうだよと言わんばかりにグリフォンの子供が鳴いた。その様子はどこか嬉しそうだったりする。

 そんな一人と一頭はしかし、身を隠したりする様子もなく森の中を歩き続ける。そして一分と経たないうちに、羽音の主である巨大なコガネムシの群れがレック達の前に現れた。

 当然のごとくレック達に襲いかかるコガネムシたち。

 それに対峙するレックは素手のままである。アイテムボックスから剣を取り出す様子もない。

 だが、それでも問題ないらしい。

 レックが襲いかかってくるコガネムシを殴りつけると、それだけで鉄よりも固い甲殻を持つはずのコガネムシは爆発するように砕け散る。

 あるいはコガネムシを鷲掴みにして別のコガネムシへとぶち当てる。

 高い魔力を持つレックならではの身体強化任せの戦闘は、そんな感じで一分とかからずに終わった。何の危なげもない。足下のグリフォンの子供もレックの邪魔にならないように適当に逃げ回っていただけのためか、怪我1つ負っていなかった。

 あまりにいつも通りの戦闘だったため、何の感想もなくレックはグリフォンを連れて歩き出した。

 そして一時間と経たないうちに立ち止まった。

「ああ、これが結界なんだ」

 レックの目の前には何の変哲もない森が広がっていた。そう見えた。

 だが、レックはその知識から今目の前に広がる希薄な魔力の膜の存在に気づいた。

 初めて見るそれに興味をそそられながらも、しかしその結界についての知識をほぼ完全な形で持っていたレックは、結界の観察はまたの機会ということにして歩き出した。そして僅か数歩で結界を踏み越えた。グリフォンの子供もその後に続く。

 そしてそれから一時間後。レックの目の前には懐かしいシャックレールの町並みと、これまた懐かしいレイゲンフォルテの面々が並んでいた。

 その中から一人、褐色の肌に緑の髪を持つ少年が進み出た。

「やっぱり君でしたか。にしても、キングダムへ向かったはずなのに何故東から?それより、サビエルはどうしたのです?」

 そう赤い瞳でレックを見つめながら、エミリオは訊いた。

「エネミーに襲われてサビエルは死んだよ」

「死んだ?」

 レックの答えにエミリオを始めとしたレイゲンフォルテの面々は警戒心を露わにする。

 だが、レックは全く動じなかった。

 今の自分の力なら、彼らから怪我一つ負わずに逃げ切れる。そんな自信があったからである。

 実のところ、レックの力ならレイゲンフォルテの面々を圧倒して無力化する事も不可能ではない。だが、レックは人を無闇に傷つけるのを無意識のうちに忌避していた。サビエルあたりに言わせれば甘ちゃんだななどと確実に言われそうであるが、そのサビエルは既にいない。

 尤も、レックとしてはレイゲンフォルテの面々と戦うつもりはなかった。

 彼らが今までどのような事をしてきたのか――時として自らの興味のために何人もの人間を死に至らしめた事もあると知っていた。

 一方で、魔術師集団である彼らの力は役に立つとも知っていた。そして幸か不幸か、彼らとレックの目的が――少なくとも当面は――同じものであるとも。

 だから、ここに戻ってくるまでにレックは決めていた。だから、レイゲンフォルテの敵にならないためにもまずは説明をする。そして、その上で感情に寄らない自らの決定を告げるのだった。

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