第一章 第九話 ~旅立ち前夜……より少し前~
フォレスト・ツリーと共に蒼い月のメンバーがエラクリットに入ってから、一ヶ月が過ぎようとしていた。
エラクリットは完全に落ち着きを取り戻し、周辺の農地からの農作物の収穫や少し離れた鉱山からの鉱石の採取、各種アイテムの製作といった生産活動や、それらの取引という経済活動も『魔王降臨』の前と同じように活発に行われつつあった。フォレスト・ツリーの主要メンバーも二週間ほど前に入っており、エラクリットは名実共にこの地域における主要都市として、機能しつつあった。
一方で、ジ・アナザー全体としては、必ずしも状況が好転したとは言い難かった。
各地にメンバーが散開していた流通系・商業系の大手ギルドがそのギルドメッセージを利用して連絡役となることで、大陸規模の情報網が構築されていたが、そこから入ってくる情報は芳しくないものが多かった。
まず、プレイヤー人口の激減に伴い数百もの町が放棄され、無人の廃墟と化した。その中には地域と地域を繋ぐ交通の要所となっていた町も幾つも含まれたため、孤立した地域や町が多数生じてしまっていた。
次に、世界規模での公認ギルドの機能不全。多くのプレイヤーが強制切断されたため、ほとんどの公認ギルドが大半のメンバーを失って事実上消滅していた。日本人主体の公認ギルドでは、少なくない数のメンバーが残されたこともあり、各々の町の管理が継続され、治安も保たれていたが、ギルドマスターの(本人にとっては大変不本意だろうが)無事が確認されているのはフォレスト・ツリーのみであった。
さらには治安の悪化である。放棄されなかったプレイヤータウンでも、その多くで公認ギルドが機能せず、程度の差はあれ確実に治安が悪化していた。治安悪化を懸念したギルドやプレイヤー有志によって、秩序を取り戻した町も少なくなかったが、暴力・犯罪・独裁をモットーにしたようなギルドが町を支配してしまうケースも少数ながら後を絶たなかった。
そしてトドメとなるのが、魔物の襲撃である。エラクリットへの襲撃は、『魔王降臨』から間もないあの一回だけだったが、キングダム大陸全体では連日どこかの町が襲撃を受けていることが、分かっていた。治安が維持され防衛がしっかりしている町ですら多少の被害が出るそれは、まとめ役がいない町では甚大とも言える被害を出していた。
それらの状況を放置しておく訳にはいかない、というのが多くのプレイヤーの共通認識であった。そこでフォレスト・ツリーが本拠地をエラクリットに移した翌日、連絡網を築き上げていた幾つかの流通系・商業系の大手ギルドの連名による呼びかけによって、キングダム大陸における主要ギルドによる遠距離会合が開かれた。
連絡員を介した会合になってしまったため、議事の進行はやたら遅かったものの、暫定的な事だけは何とか合意が為された。
まずは、「各町の治安強化」が速やかに決定された。これには一部の町を支配しているギルドによる他のプレイヤーへの暴力・犯罪的行為の禁止も含まれる。が、公認ギルドがいない町では実効性に疑問符が残った点は否めない。
続いて、「孤立地域の回復」が決定された。孤立した小規模コミュニティーは、自らを維持できずに破滅してしまう可能性があり、それを見過ごすわけには行かなかった。
次に、「大陸会議の設置」と「その中心にフォレスト・ツリーを据える」ことが決定された。フォレスト・ツリーの規模は、会合に参加したギルドの中では決して大きい方ではない。しかし、「唯一ギルドマスターが健在の公認ギルド」という点が重視された。
公認ギルドの管理が放棄された町では、建物の新築はおろか、修理すら出来ないことも既に確認されていた。そのため、各地のプレイヤータウンを維持していく上で、残された公認ギルドの保護と拡大が最重要課題となったわけだが、「ギルドメンバーの参加を承認できるギルドマスター」がいなくなってしまった公認ギルドの拡大は不可能である。結果、フォレスト・ツリーのギルドマスターはジ・アナザーに残されたプレイヤーの中で一躍最重要人物となったわけである。
最後に、キングダム大陸全体での連絡を受け持つギルドの設立である。この会合の時点では、複数のギルドが連携して大陸全体の連絡網を構築していたが、1つのギルドにまとめた方が効率がよいだろうということで、新しいギルドを設立することが決定された。
この際、メトロポリス大陸やカントリー大陸との連絡も試みられたが、メトロポリスの混乱はキングダムの比ではなく、無理に組み込もうものなら人口規模の大きいあちらの混乱に巻き込まれる恐れがあったため、断念された。カントリー大陸は単純に全く連絡手段がないため、どうにもならなかった。
おまけとしては、ジ・アナザーからの脱出についても話し合いがもたれたが、そもそも魔王を倒してもリアルに戻ることが出来るという確証がない。そのため、これについては二週間後に開催される「第一回大陸会議」に先送りにされてしまっていた。
以上の決定事項は、会合に参加したギルドが管理していた全ての町で公表され、残されたプレイヤー達に、運営に代わる新しい管理体制の登場を実感させることとなった。小規模ギルドやソロプレイヤーの意見が反映されないことを問題視する向きもあったが、決定内容は無難な物であったため、大きな反発は生まれなかった。
そして、今日。
第一回大陸会議が予定通り開催され、エラクリットの広場では夕方にその内容が発表されることになっていた。
一ヶ月前にコンラッドが上った演説台の周辺には、あれからフォレスト・ツリーやエラクリットの護衛を買って出ている辺境の槍、サザビーズ、レッドハットといった戦闘系、冒険者系ギルドのメンバーが既に配置につき、広場を埋めつくさんとするプレイヤーから演説台を守っていた。
「今日もすっごい人出よね~」
「一月前より増えておらんか?」
「周辺の町からも人が流れ込んできてるからな。当然だろう」
ディアナの疑問にグランスが分かりきったことだと言わんばかりに答える。
ちなみに、この一ヶ月の間、蒼い月のメンバーが何をしていたかというと、
グランスはレック、クライスト、ディアナの3人と一緒にフォレスト・ツリーの手伝いをしていた。最初の一週間は空き家になってしまった家の確認であり、その後はディアナを外した3人で警備の仕事に回されていた。グランスだけは、頻繁に会議などに呼ばれ、意見を聞かれたりもしていたようだったが。
マージンもフォレスト・ツリーにこき使われていたが、午前は日本語教室の講師、午後は外国人部隊の指揮か、役場の窓口での外国人プレイヤーへの応対となっていた。
一応、彼らにはフォレスト・ツリーから心ばかりの給料が支払われていたので、リリーとミネアはそれを使って、蒼い月の食生活およびギルドハウスの掃除、必要な生活物資の調達に追われていた。そのおかげで二人の家事の腕前は急激に伸び、その成果は「あたしたち、もう、いつでもお嫁に行けるわ……」と疲れ果てた様子でぼやいたリリーの台詞の通りである。
今日は大陸会議が決定した内容を確実に聞き取るために、レック達は広場の中でも演説台に割と近い場所に陣取っていた。
ただし、例によってマージンはフォレスト・ツリーに捕まり、演説内容を英語に直して発表することになっている。ので、実は後からマージンに聞けば良いのだが、
「毎回お祭り騒ぎをスルーするのも勿体ない」
というクライストの台詞で、全員でぞろぞろやってきた次第である。お祭り騒ぎになるとは限らないのだが。
「今日の大陸会議って、やっぱり魔物とか魔王関連なのかな?」
「一応、それをメインにするんじゃねーか?ほっとく訳にもいかんだろーし」
確認するように言ったレックに、そうだろうと肯定するクライスト。
「しかし、どんな方針になるんだろうな。グランスは何か知ってるか?」
「一応、断片的な話くらいは耳にしているが、折角の楽しみを奪うのは野暮だろう?」
そう、ニヤリとしながら解答を拒否したグランス。
「マージンも当然知っておるのじゃろうな」
「多分な。同時通訳だと変な訳をすることもあり得るから、もう一通り目を通してるはずだな」
「そなんだ?じゃ、ギルドメッセージでちょっと訊いてみよ」
そう言って個人端末を取り出そうとしたリリーを、
「守秘義務とかで拒否されると思いますよ」
とミネアがたしなめる。
「まあ、そろそろフォレスト・ツリーの連中も来る頃だ。それまで待つんだな」
個人端末で時刻を確認したグランスも、そうリリーを宥めた。
それからしばし、レック達が天気だの今夜の食事のメニューだのの話題で時間を潰していると、広場に集まったプレイヤー達のざわめきの質が変わってきた。
「来たみたいだぜ」
背伸びして確認したクライストがざわめきの原因を口にする。
その言葉通り、少しすると演説台の上にコンラッドが上がってきた。
フォレスト・ツリーのギルドマスターら幹部達がエラクリットに移ってきた後も、彼らは他の用事が忙しく、エラクリットの町長職はコンラッドが未だにやっていた。プレイヤー達への重大案件の説明なども彼の役目である。
その横にはマージンの姿もあった。蒼い月のメンバーのはずなのだが、最近はフォレスト・ツリーのメンバーなんじゃないかと思うほどに、そちらでこき使われている。
「うわ、もうやつれてる……」
リリーの驚きに、マージンの姿を確認した仲間達もうんうんと頷いた。
連日、夜中に疲れ果てた様子でギルドハウスに帰ってくるマージンだったが、この調子だと昼前にはぐったりしてるのかも知れない。
台上に上ったコンラッドは広場に集まった群衆をいつも通り見渡すと、徐に口を開いた。
「エラクリットのプレイヤー諸君。本日ここに集まっているのは、当然、第一回大陸会議の結果を知るためだろうな。実際、俺もそれを発表するためにここに立っている」
コンラッドが一度言葉を切ると、横に立っていたマージンが英語で同じ内容を繰り返す。
日本語での日常会話で事欠くような外国人プレイヤーはほぼいなくなったものの、一方的な発表、それも普段は使わないような言葉が出てくる場面では、まだまだ万全とは言い難いプレイヤーがいるためである。
マージンの通訳が終わると、コンラッドが再び口を開いた。
「今日の会議の議題は1つだけだった。つまり、魔王討伐だ!」
予想通りの言葉に、今度は広場全体がざわめいた。
「俺たちがジ・アナザーから脱出する方法は、今のところ、魔王自身が言ったとおり、魔王を倒してみるしかない!だが、この一月はジ・アナザーで生き延びることで精一杯だった!違うか!?」
「おー!」
「その通りだ!」
今度は群衆が口々にそう叫び、しばし、コンラッドの演説は中断する羽目になった。マージンの通訳も後回しである。
マージンの通訳が終わると、今度は外国人が叫び出す……という事はなかった。どうやら、叫ばないようにと一言注意を入れていたらしい。
「結論から言おう。魔王討伐のために、大陸会議は2つの案を採用した。1つは冒険者達による小規模パーティでの活動だ。RPGの魔王討伐物を想像してくれればいい。個々に活動して貰い、強くなって魔王と戦って貰う。そのための支援策も決定された」
その言葉に、群衆の一部がどよめいた。
「もう1つの案は、強力な軍を組織し、それによる討伐を試みるというものだ。
ただ、正直、どちらの方法が有効なのかは分からない。大陸会議の方でもその点は大いに揉め、結局両方採用することになった」
これには聴衆からも、「だよなぁ」「軍だと小回りが……」「数人だけだと囲まれたら……」とか、様々な声が聞こえてきた。
今度もコンラッドは、その声が自然に止むのを待っていたようだが、いつまで経っても静まらないので、
「あー、静かにしてくれ。まだ話の続きがあるんだ」
と、声を張り上げることになった。
「大陸会議の計画では、個人あるいは小規模ギルドの冒険者に様々な支援を行う冒険者ギルドを立ち上げ、各地で起きている解決して欲しい問題や、調査して欲しいことをクエストという形で提示する。クエストの達成時には当然、報酬も出す。
それとは別に、軍への参加希望者を募り、徹底的な訓練を施す。軍は大陸会議からの命令によってのみ動いて貰うが、任務には治安が悪化しすぎた町を武力制圧するというものも含まれるだろう。
最終的には、冒険者達が集めた情報を集約して、魔王の居場所や能力が判明した後に、軍を動かす予定だ」
そこでコンラッドは一度言葉を切り、マージンが英語で通訳し終わるのを待った。
広場のプレイヤー達は、その間にも仲間同士でざわざわとなにやら話し合っていたが、再びコンラッドが口を開くとまた静かになった。
「詳細は後日、改めて発表する。何しろ、冒険者ギルド――で呼び名はいいな――も、軍も準備はこれからだ。組織や施設の準備に最短でも一週間程度かかる。一週間後に町の各所に掲示させるから、まずはそれを見てくれ。以上だ」
そう言ってコンラッドが演説台から降りて去っていっても、広場のざわめきはなかなか消えなかった。
その夜。
レック達は蒼い月のギルドハウスで今後どうするかについて、話し合っていた。
勿論この手の言い出しっぺはグランス……のはずだったが、今回はマージンが言い出したことだった。仲間達はその理由を「いい加減フォレスト・ツリーから逃げたいんだろう」と確信していたが、マージンが言い出さなくとも、そろそろどうするかを決めるべきだと全員が何となくは思っていたので、誰もマージンを追求したりはしなかった。
「要するにやな、このまんまエラクリットに住み着くか、それとも魔王を倒すための旅に出るかってことや!」
余程、フォレスト・ツリーから逃げ出したいのか、全力全開で力説するマージン。
「わいとしてはやな!わいらを閉じ込めくさったイデア社にバシーンゆうたるためにもやな!魔王をしばき倒して外に出るべきやと思うんや!」
「まあ、魔王を倒すのは誰でもいいと思うのじゃがな」
ボソッと突っ込んだディアナの台詞は敢えてスルーするつもりなのか、マージンの演説は続く。
「魔王を倒してリアルに復帰するっちゅーのは、イデア社の思うとおりに踊っとる気がするねんけどな!でも、リアルに戻らんことには始まらんのや!!」
「貯まってたんだね~……」
「ですね~……」
何がとは言わず、同情の眼差しを送るリリーとミネア。
クライストは見せ物でも見るかのように楽しんでおり、止めるつもりはないらしい。
レックとグランスも、この際、貯めてる物を全部吐きだして貰おうと、しばし放置する事に決めていた。
「どーせな、魔王なんてな、中央大陸にいるに決まっとるねん!スタートから一番遠くにラスボスがおるんは、RPGの定番や!」
日頃のストレスという薪はなかなか燃え尽きないらしく、油を注ぐまでもなく一人でヒートアップしていく……と仲間達が思っていると、
「でもな、中央大陸に渡る方法がな……あらへんねんな……」
と、とても大事な事実に気づいて、空気が抜けたゴムボールのように瞬く間に萎んでしまった。
その様子を見て、悪いと思いながらも、これで話が出来るなとやっとグランスが口を開いた。
「まあ、エラクリットに住み着いて一住人として、来るかどうかも分からない魔王が倒されるその時を待つか、自分たちから戦いに行くかだな」
「わたし達に倒せるんでしょうか?」
不安そうなミネアに、
「必ずしも私達が倒す必要はなかろう。私達が動くことで、魔王が倒されるときが少しでも早くなるなら、それで意味があるのではないのかのう?」
「それなら町にいて、戦いに出かけるプレイヤーの支援に回るのもありってことじゃない?」
「いや、それはつまんねーよ」
クライストに言われ、レックもそれもそうかと思い直す。
「でも、戦うって事は、死ぬかも知れないってことよね?」
「そうじゃな」
リリーの言葉をディアナが肯定する。
「確かに死にたくはねえな」
死ぬかも知れない。その一点は、とても重い。
特に、まだ仮想現実にいるという自覚は残っていても、感覚としてはこのジ・アナザーこそが現実であると感じつつある今は。
その重さを皆が感じたのか、しばし、沈黙が落ちる。
この場にいる全員が、死ぬことについて考えていた。
そして、グランスが口を開く。
「俺は戦いたい。戦ってリアルへ戻れる可能性を勝ち取りたい。リアルには親や弟もいるんだ。家族に心配させたまま、こんな所に閉じ込められてはいたくない。
確かに、戦えば死ぬリスクを負うことになる。でも、今こうしている俺は、リアルの家族にとっては死んでいるも同然、いやそれより酷い状態なのかも知れない。
だから、俺は戦って、リアルに帰りたい」
その言葉は、レック達にリアルにいる家族達のことを思い出させた。あるいは仲の良かった友達のことを思い出させた。
「そうじゃのう。私達はここに慣れてしまえば、平和に生きていけるかも知れんが、リアルの家族や恋人はそうもいかんからのう」
「俺も彼女を泣かせっぱなしってのは御免被るな」
「わたしも、父と母がいます。たぶん、わたしが目が覚めるのをずっと待っていてくれると思うんです」
「あたしも、妹がいるんだよね。このくらいのちっこいのが。すっごく可愛いんだよ?それにパパとママも。泣いてるのかな……泣きながらあたしが起きるのを待っていてくれてるのかな」
皆が次々とリアルの家族を、恋人を思い出す中で、レックも家族や友人を思い出していた。
「僕も、みんなと同じだよ。このままじゃ行けない。だから、待ってるだけなんて、絶対イヤだ……!」
それがレック達の気持ちだった。
「それじゃ、決まりだな。俺たちは魔王と戦う。そして、全員で生きてリアルに戻る」
それにみんなが頷いて……そこで約一名、さっきから何もしゃべってない仲間がいることを思いだした。
「そう言えば、マージン。おぬしはどうするのじゃ?」
燃え尽きたのか、単にばてたのか、テーブルに突っ伏していたマージンをつんつんと突きながら、ディアナが問いかけると、
「あー……。リアルじゃ、わい、天涯孤独やねん。やから、個人的にはリアルに戻る必要は必ずしもあらへんねんなぁ」
地雷だった。
思わず顔を見合わせる仲間達。
「それは……済まんことを訊いたのう……」
申し訳なさそうに、頭を下げるディアナ。もっとも、突っ伏したままのマージンにそれが見えるわけもないのだが、地雷を踏んだ自覚がそうさせた。
「ええて。今更気にするようなことでもあらへんしな」
そう言いながら、マージンはよっこらせと身体を起こし、
「ま、今はここがわいの居場所で、蒼い月のみんなが大事な仲間や。リアルに戻るために魔王を倒すゆうんなら、わいも力を貸すで」
そう笑って見せた。
「で、魔王を倒すゆーても、軍に入るんと冒険者として旅に出るんと2つの選択があるわけやけど、どうするんや?」
また通訳としてこき使われそうだから軍は避けたい、という言葉を飲み込んで、マージンは仲間達に訊いた。
「生存率は高そうだけどな、規律で縛られた集団っつーイメージはイヤだよな」
クライストが言うまでもなく、蒼い月のメンバー全員がそう思っていた。
「大きすぎる集団の中で、うまく溶け込めるかどうかという問題もあるしな」
「あう、すいません……」
グランスの言葉にミネアが小さくなり、
「こら!ミネアいじめたらだめでしょ!」
「いや、リリーも集団戦には向いてないと思うけど」
「うぐ……」
グランスを叱ろうとしたリリーも、レックに突っ込まれ、撃沈した。
そういうやりとりはさておき、
「選択の余地はないという事じゃな」
蒼い月は軍には参加しないことはすぐに決まった。
「となると、今後の方針だが、さすがにいきなり旅に出るのはまずいな。準備も必要だし、当面の目標も決めないとな」
グランスの提案に、
「魔王を倒すのは目標じゃないの?」
「それはゴールやろ。そのゴールまでの道のりが見えてへんかったら、迷子になるやん」
リリーにマージンが説明する。
「準備というと、やっぱ、武器防具にポーションだよな」
「それ以前に、一月も戦闘をしておらんのじゃ。鍛え直す必要もあろう」
どこかワクワクしているクライストと、いつも通り落ち着いているディアナが必要な準備を指折り数える。
それを見ていたレックはふと思ったことを言ってみる。
「鍛冶や裁縫系のスキル習得しようかな」
「あー、生産系スキルか……」
「武器や防具の修理くらいは出来た方がいいかもしれませんね」
「町から遠く離れた冒険をするなら、多少出来た方がいいかもしれん、というか必須かもしれんのう」
蒼い月のメンバーは今まで生産系スキルに手を出したことのないものの、その有用性に疑う余地はなかった。
「それ以前にさ、習得アイテム、まだ買えるの?」
「スキルを覚えているプレイヤーから習えばいいのではないかの」
リリーの疑問にはディアナが答えた。
ちなみに、ジ・アナザーのスキル習得は大きく分けて2つの方法がある。
1つめはスキルについて書かれた本を読むことで、これによって個人端末のスキル一覧に該当するスキルが追加される。もう1つはNPCかそのスキルに熟練した保管プレイヤーから習うという方法である。
ただ、ジ・アナザーにおけるスキルとは、アバターをシステムのサポートによってパターン通りに動かすためのものである。そのため、一切のシステムサポートを受けなくていいのなら、見よう見まねでスキルを扱うことも出来た。ただし、当然ながらこの場合、個人端末にコマンドとしては登録されない。コマンドからスキルを使った場合は、システムにアバターの制御を任せてしまえばどんな厄介なものでも簡単に作れるのであるが、それも出来なくなるので本格的に何かしたいときにはお勧めできなかった。
唯一これらの方法に該当しないのが、魔法系のスキルである。こればかりは凶悪なエネミーが無数に彷徨くダンジョンやら山やら森やら……兎に角、行くのも大変なところにある祭壇で祈りを捧げ、手に入れるしかないとされている。加えて、魔法の希少価値もあって、発見した祭壇を仲間以外に教えることは無かったため、普通は祭壇の場所自体知られていない。そのため、ライティング(明かり)のようにジ・アナザーのプレイ開始直後に習得できるごく一部の魔法を除けば、使えるプレイヤーはほとんどいないのであった。
「となると、いくつかの生産スキルの習得も準備に含めておいた方がいいな。訓練期間については、また考えればいいだろう」
いつの間にか取り出したメモ用紙に、グランスが準備として必要だと思われることを、次々と書き留めていく。
「で、必要だと思われる生産スキルはなんだ?」
「とりあえず鍛冶に裁縫、ポーション作成かの?」
「鉱石製錬もあった方がよくないか?」
「細工師も欲しいね」
「………………とりあえず、全部だな」
訊いては見たものの、キリがなかったので途中で書くのを止め、代わりに「全部」とメモに書き込むグランス。
そのメモを横から覗き込みながら、
「あー、この辺は一通りできるで」
マージンが爆弾を投下した。
「「「出来るのか!?」」」
「「ってゆーか、いつの間に!?」」
一斉に驚く仲間達。
「この間まで、生産スキルなんて1つも覚えてなかっただろ!?」 そのはずだった。が、マージンは自慢げに……ではなく、どちらかというとイヤそうに、
「日本語教えてやってた連中に教えてもろたんや。連中はいいやつらやねんけどな、フォレスト・ツリーにこき使われて覚えたゆうんがな……」
「それでか。……熟練度は?」
納得したグランスに同情の眼差しで訊かれ、
「さすがに覚えとるってだけやな。時間作って練習せな、役にはたたんし、教えることもでけんな」
さすがに、訓練する暇は無かったらしい。
「その辺はエラクリットを離れてからでもいいじゃろうな」
「ここにいる間は練習できないんが前提かい」
「ここにおる間はフォレスト・ツリーにこき使われるじゃろうからな」
「がふっ……」
反撃の余地無くディアナに撃沈され、再びマージンはテーブルに突っ伏した。
そんなマージンを無視して、残りのメンバーは旅に出るための計画の話を続け……
二週間後にエラクリットのギルドハウスを解約し、旅に出ることを決めた。