プロローグ
改行少なめ、文章長め。ご注意ください。
筆者はチキンハートのため、誤字脱字、表現の誤用の指摘以外の感想はお手柔らかにお願いします。
その一瞬、確かに世界が軋んだ。
自分の気のせいかと思ったレックは、周りの仲間にそれを訊こうとして、
「ちょっと、今のなんだよ?」
しかしその前に、やはり気のせいではなかったことを知った。
「あ、そっちも?」
「気のせい、じゃなかったんだな」
「何だったんじゃ、一体」
「あたしに訊かないでよ」
一緒に狩りに来ていたパーティの仲間達が頭を軽く振りながら、口々に騒ぎ始める。
しかし、
「で、結局何だったんだ?」
その問いに答えられるメンバーは誰もいなかった。
しかし、今の軋みこそが彼らが知っていた現実の終焉を告げる狼煙であったことは、彼らが拠点としていた町に戻った後に、知ることとなる。
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西暦2037年。
医学と情報技術の発達は、コンピュータを扱う者達にとって究極の目標とも言えるある発明を成し遂げていた。ブレインプロキシ。通称BP。脳とコンピュータの電子回路を直結する装置である。
開発当初はラグビー選手顔負けの巨大なヘルメットだったそれは、あらゆる組織からの研究への莫大な投資により、5年と経たないうちに手のひらサイズにまで小型化された。それと同時に、電極埋め込み型と電極貼り付け型の2種類が開発されていた。当初は安全性やつけ直しが難しいことを理由に敬遠されていた電極埋め込みがBPは、すぐにメインストリームとなり、電極貼り付け型BPを駆逐していった。もっとも、子供に電極を埋め込むと、成長時に電極がずれることがあるため、電極貼り付け型BPは子供用に特化していったというのが正確なところであるが。
兎に角、BPの普及は人類の生活を一変……させるとまでは行かなかったものの、大きな影響を与えたことは否めない。
まず、コンピュータの入出力機器がほぼ全滅した。
BPは人間の表層思考を読み取るだけではなく、運動神経や感覚系にまでアクセスする機能を持つ。そのため、キーボードや旧世代のマウスの代わりに発達していたアクティブセンサーが不要となった。更に、視覚に介入することで、装着者の視覚に直接各種情報を表示することが可能となった。無論、音声案内も直接聴覚に送り込まれる。これにより、ディスプレイもスピーカーも原則不要となった。同様の機能に依存していたテレビなども事実上壊滅したため、影響が小さかった……とはとても言えまい。
次に、VR……仮想現実と呼ばれる技術が大いに発展した。仮想世界を構築する……には至らなかったものの、標識や看板が路上から姿を消した。それらの代わりに、通行人のBPに広告情報を送信するアンテナが目立たぬように設置され、標識や看板はBPによって通行人の視覚に仮想的ながらも自然な形で表示されるようになった。無論、看板の類は見たくなければ消すことも出来た。
また、VRを利用したスポーツやゲームも発達した。射撃場などは真っ先にVRを取り入れ、仮想の的を仮想の弾(弾はもともと見えないが)で客に撃たせるようになった。
その流れはとどまることを知らず、すぐに身体を完全にBPに委ねるゲームが出現した。広大な仮想世界を構築することは出来なくとも、サーバー上に構築された限られた広さの仮想空間に入り込んで遊ぶのがはやった。実際に現実の身体を動かすわけではないので、身体を作らなくてはいけない成長期の子供が入り浸って運動した気になるのは問題であり、VRにおけるスポーツは全面禁止するべきだ、という過激な意見も噴出した。しかし、VRゲームの急拡大という流れを止めるには至らなかった。
やがて、サーバーとなるコンピュータの処理速度の増大に伴い、徐々に広い仮想空間が用意されるようになり、その収容人数も着実に増えていった。それに伴い仮想空間で提供されるサービスも向上していった。テニスコートからサッカースタジアムへ。小さな公園から大きな植物園へ。
そして、2048年。
小さなイデアというベンチャー企業が魔法と科学、中世と近代が共存する世界をコンセプトにVRMMOジ・アナザーを発表した。
ジ・アナザーは、それまではせいぜい数キロ四方の小さな村を格納するのが限界とされていた仮想空間の常識をぶち破り、地球そのものに匹敵する広さの仮想空間を実現したと発表された。無論、そのことには大いに疑問の声が投げかけられたものの、βテストに招待された100名が、テスト後に「ジ・アナザーの広さは想像以上だ。行けども行けども果てが見えない」と証言し、地球ほどではなくともとてつもなく広いのは確からしい……ということを世間も認め、広大な仮想空間での冒険を待ち望んでいたゲーマー達は熱烈に歓迎した。
だが、ジ・アナザーにはもう1つ、今までの仮想空間の限界を超えた特徴があった。
時間の流れ方が現実空間よりも早いのである。
仮想空間と言えども、それを認識するのは現実の人間の脳である。従って、仮想空間の時間経過は現実のそれと常に合致していなくてはならない……というのが、一般常識であった。
しかし、ジ・アナザーはその常識を覆した。
方法は秘密とされたものの、ジ・アナザー内部では現実の二倍の早さで時間が流れていた。つまり、ジ・アナザーで2日過ごしても現実では1日しか経っていないのである。これは単に仮想空間に用意されていた時計の進みを早めただけ……ではなかった。プレイヤー自身の体感時間が加速されるのである。言ってしまえば、一ヶ月の夏休みもジ・アナザーで過ごせば二ヶ月になる。……食事などのことを考えると、ログインしっぱなしは不可能だったが。
兎に角、このことは、世界中を巻き込んだいくつもの議論を巻き起こした。どうやって実現したのか、とか、それによる脳へのダメージはないのか、とか。
結局、メカニズムは明かされなかったものの、脳へのダメージは存在しないとう調査結果をある科学者グループが発表した。そして、害がないということで世間の関心はその利用へと一気に傾いた。
受験勉強に使えば人の二倍の勉強が出来る。事務仕事も同様だった。それを後押しするかのように、ジ・アナザーに現実のデータを持ち込む手段も用意されており、まずはデータ漏洩を気にしなくていい受験生が流れ込んでいった。まもなく、各自のBPによって持ち込んだデータがジ・アナザーのサーバーに送られることはないと確認され、世界中の多くのビジネスマンもジ・アナザーへとなだれ込んでいった。
そして、仮想空間とはいえ多くの人間が活動する場所には、その他の社会活動も自ずと発生する。そうして、ジ・アナザーはその名の通り、もう1つの世界として世間に受け入れられ、着実にその人口を増やしていった。