ぴんときたら・・・
「あのさ、これって無理あるよな」
「何で?」
「だって、こいつナスビだよ」
「俺サマが分からないと思ってんのか、ガキ」
いやもう何言っても、豪速球で投げ返すの止めて。
「このままな訳ないだろ。もう少し見てろマヌケ」
「マヌケって」
言い返そうとした目の前でナスビの姿は身知ったものに変わった。前髪が長めのちょっと猫背でベタベタ歩く癖――は、俺? いつも母親に注意されていたが、やっぱり変だ。人の意見は素直に聞いたほうがいいとちょっと反省した。
「これ俺?」
「おまえだよ」
なんで? 俺の表情を読んで、猫又は「めんどくさい」そう言いながらも説明してくれた。
「これから朝までここにいるんだろ? だったら戻って来なかったら家族が騒ぐじゃないか。だからナスビに頼んだ。それにナスビが一人で家に帰ったら大騒動だ。ナスビのままじゃ時間がかかるし。人型になれば一石二鳥なんだ。了解?」
「りょ、りょーかい」
ひょこひょこ歩いていく俺に化けたナスビのほうと皆が気が合ったりしたらへこむなあ。いや、ばれて欲しいわけじゃないけど。
「おい、何たそがれてんだ」
猫又に言われる。こいつ中々鋭い。だが、ナスビに敵愾心を持っているなんて言いたくはない。
「見つけようぜ、飼い主」
猫又がうんと返事を返して笑う。うえっ、なんだよそれ。普通の女の子みたいじゃないか。急になんだか顔が熱くなってしまう。
「おまえ、猫又のくせになんだよ今の。気色悪っ」
「うるさいっ。猫又のくせにとはなんだっ、悠斗のくせに」
「なんだとぉっ」
大声を出してみたが、悠斗のくせにとはどういう意味だ? べつに俺は悠斗なんだからいいじゃん。いや、良くない? そんなことを考えていたら後ろ頭をぽかんと猫又に叩かれた。
「これでおまえの心配ごとはなくなった。気合入れて見ろよっ」
「う、うん」
答えては見たものの、フィーリングで探せって。どうしたらいいのか途方にくれた。どんどんと行き過ぎて行く仏さんの行列の中に当たり前だがピンとくる人も、知り合いもいないまま時間だけが過ぎていく。
「なあ、おまえ飼い主探すのってどれくらいやってるわけ?」
俺の問いに猫又は「初めてだ」と応えた。
「初めて?」
なぜなんだ? もっと早くから探していたらとっくに見つかっていたかもしれないのに。
「なんだよ」
「いや、何でも」
ぶすっとした顔で猫又は小さい子がするみたいに膝を抱えている。膝がしらを持つ両手に筋が立っていて、何かに耐えているみたいに。
「言いたくなかったらいいけどさ。何か理由とかあんの?」
「別に」
「本当に?」
「しつこいっ」
いでっ! 躱す暇も無いほどの華麗な右フック。身体の回転を上手く使った良い攻撃だ。自分が標的じゃなかったら称賛するだろう。
暴力女、いや、男? どっちか分かんないけど暴力ばかの化け猫だ。
もう絶対可哀そうとか思わないからなっ。くそっ、でも俺は平和主義だから反撃なんてしない、というかできない。
それからはずっと無言だった。霊たちは音を立てない。だから聞えてくるのは虫の鳴く声や牛ガエルの低い脅すみたいな声だ。暗幕を張ったような暗闇の中、祠から漏れる光しか光源は無くて。
ここで生きているのは俺だけなんだとふと思った。あ……妖怪って生きてる? 良く分らない。妖怪になるって何かきっかけはあるんだろうか。猫だって飼い主に可愛がられて死んだのなら成仏するんだろうに。
ま、どうでもいい。あの暴力妖怪の事は。自分にそう言い聞かせて目の前の物に意識を集中しようとする。
だけど、何を見ればいいのかも分らない状態じゃ緊張感なんて続かない。草の青臭い匂いがやけに鼻につく。丑三つ時って何時のことだったろう? 人間以外の生きものや魑魅魍魎が勢いづく時間。それが今なのかもしれないとふと思う。
「なんだ、あれ……」
黒く蠢くものが霊たちの後を歩いて来る。夜の闇よりもなお黒い。夜に溶け込みそうな色のくせして、あまりの禍々しさに目を逸らせない。そんなものが……。ドキドキしながらそれを見ていると黒いものがぐぐっと体を伸ばした。
あっと思う間も無く前を進んでいた霊を飲み込んでそれは蠕動運動するみたいに上下左右に触手を動かしている。逃げなきゃやばいって。猫又にそう言おうとして横を見ると、猫又の目がきらりと光っていた。