表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫又と俺  作者: 青蛙
4/6

パンツ丸見え

 まるで飛行中の飛行機のドアが開き、体が気圧の違いによって飛ばされるみたいな有無を言わせぬ力で引っ張られる。

 だけどそんなっ。このままこの中に入ってしまうってことは黄泉の世界に行ってしまうってことじゃないか。

 嫌だ、そんなのっ。冗談じゃないっ。

 咄嗟に掴んだ祠の扉にしがみつく。だけどそんなには持ちそうにない。

「猫又っ! 助けてっ! 猫又っ」

 必死の叫びに今まで大人しく列を作っていた霊魂たちの様子が変わっていく。半透明のトレーシングペーパーに描かれた弱弱しい見た目だったのに、見る間に彩色されていくように実体化していく。

「手に掴れっ。片方の手をそこから放せっ」

 飛びこむように跳躍してきた猫又が手を伸ばす。その手を掴もうと思っているのに、今にも吸い込まれそうな力に俺は怖くて手が放せない。

 指が硬直したみたいに硬くなっている。

「できないっ。どうしたらいい?」

 悲鳴混じりの声に猫又は大きく舌打ちして二本の尻尾を腕のように俺の脇の下に潜らせた。

「おまえ名前なんだ?」

 今それ聞く?

「た、悠斗っ。丘野 悠斗っ」

「手を放せ、悠斗。目を閉じてこちらに跳べ」

 飛ぶ? 嘘だろ? 普通の人間はアニメの世界ほど運動神経がいいわけじゃない。映画やアニメのようなアクションをやろうとしたら百人中百人が死んでるはずだ。

「このバカ、早く跳ばんかいっ」

 容赦ない猫又の声で霊たちのざわめきが大きくなった。どんどんとたくさんの腕が伸びてくる。早くしないとこいつらに引きずり込まれる。蠢いている霊の頭を足がかりに決死の覚悟で手を放して跳び上がった。

 アニメのように。映画のように――神様、お願いっ。

 しかし当然華麗に何メートルも不安定な場所で跳び上がれるはずも無く。現実は、墜ちる寸前に猫又の腕と尻尾に助けられた。

 草の上に引きずり戻された途端に俺の言葉は途切れてしまう。

「あ、ありが……っ痛ぇっ」

「この腐れガキがっ」

 たっぷりと力ののったパンチが俺の頬に飛び、踏ん張り切れずに尻もちをついた。猫パンチってこんなだったか?

 世の中の猫耳ファンのオタクたちよ。本当の猫耳女はこんなに恐ろしいバンタム級もびっくりのパンチを打つんだと教えたい。

「ニャン」なんて可愛く言ったりしないんだぞ。

「痛え」

「当たり前だ、痛いようにやったんだからな」

 猫又のために用事をさっさと済ませて……そう思ったことは本当だけど、なんだか言い訳っぽくて話せなかった。

「ごめん」

 一人で勝手なことしたのはやっぱ俺が悪い。そう思って謝罪すると「ちっ」という大きな舌打ちが聞こえた。

「仕方ない、おまえのナス取ってきてやる。その代わり俺サマの飼い主が現れたらちゃんと声かけろよ」

「あ、ああ」

 返事をしたのはいいが猫又の飼い主ってこっちにはもう帰って無いんじゃない? よしんば帰っていたとしても顔知らないし。

「どんな人か知らないんだけど」

「俺サマの飼い主は良い奴だった。優しくて頭を触る手があったかくて。気持ちの良い声だった」

 ちょっ、ちょっと待て。

「そんなことで分るわけないだろ。知りたいのは外見だ、外見」

「外見……」

 そこで猫又が凶悪な顔で俺を見た……? いや、もしかしてこれは困っている顔? まさか……。

「おまえさ、まさか」

「顔は覚えてない」

 嘘、どうすんだよ、おい。俺の横で猫又は「くっそ」と言いながら地面を蹴りつけた。

「やっぱり外見って必要かな」

 必要に決まってるよね。

「どうやって探すんだよ」

「フィーリング?」

 言葉の最後にはてなをつけてんじゃねえよ、猫又。こいつは大変なことになったと頭を抱える俺の前でぐんと前傾姿勢になった猫又が勢いよく祠に走り込んで行く。

「猫又っ」

 眩しい光の中、たくさんの手がそれに反応して掴みかかってくる。見ていられなくて猫又の後を追った。

「来るなっ」

 吐き捨てるように猫又はそう言うとナスを掴んで開いた祠の扉を両足で蹴るとくるりと宙返りして光から逃れた。

 それはもう見事と言うしかない。あっと言う間の出来事だった。さすがは猫というべきか。しかしくるりと回った時ににパンツが丸見えになっていたことは黙っておこう。猫又に言って何されるか試すようなスリルを楽しみたいわけじゃない。

「こいつは先に家に返そう」

 そんなことしてたらいるかもしれない飼い主に会えないかもしれないじゃないか。

「だけど家まで戻ってたらさあ……」

「家まで戻るのはこいつだけだ」

 へ? 文字通り固まった俺の前で猫又はナスに話しかけていた。

「おまえ、家に帰れ」

 おいおい、何言ってんの? いくらなんでもナスビは返事しないだろ……。

 ところが、ナスビは返事をするみたいに頷くと地べたに降ろされた途端に割り箸を交互に動かしてよたよたと歩き出したではないか。

「うそ……」

 うそ――じゃないかもしれないけど、このナスビが「一緒に帰ろうぜ」って言って果たして真たちが仲良く受け入れるとは思えない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ