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猫又と俺  作者: 青蛙
3/6

ナスビの救出

「おまえの家の先祖は乗り物が無くって帰るに帰れない。おまえらがお供えの、「精霊馬」(しょうりょううま)を持ち出したからな」

「しょうりょううま?」

「おまえらが三つの祠に昼間持って行ったろ、割り箸を刺したナスビやキュウリを」

 持って行ってた――けど。

「それはただのお供えじゃない。キュウリは馬だ。釜から出たときに家に帰るときに使う。早く家に帰れるようにな。だが、キュウリはもう使わない。

 今日は帰るときだから。ゆっくり帰ることができるように使うのは……」

「もしかしてナスビ?」

「もしかしなくても、ナスビだ。牛になって先祖を運ぶはずだった」

 嘘……そんな意味があるなんて。ちっとも知らなかった。ってことは俺がナスビを持って帰らなきゃ死んだ爺さんだか、婆さんだかはずっと家にいなきゃならないってことか? でも、いてても何も感じなかったわけだしわざわざ帰らなくてもよくない?

「居たらまずいかな、やっぱり」

 言った途端にスパーンと横っ面を張られた。今回も迷いの無い、張り手だ。

「このドアホ。今日中に戻れんとおまえの先祖は悪霊となっておまえの家に取り憑くんだぞ。分かったら俺サマと行くのか、行かんのかはっきりしろ」

「……じゃ行くよ」

「声が小さいっ」

「行ったろうじゃないかっ」

 もう何に対してのシュプレヒコールなのかも疑問だが、こうして俺の決死の肝試しが始まった。

 暗さにも種類がある。

 歩きながらそんなことを考えていた。懐中電灯の明かりが丸く照らす境界とそこから離れた場所。闇の中にもう一つ闇があるかのような墨一色で塗りつぶされた空間。そこは音さえも迷い子になりそうな異界だった。

 昼間に見える風景と夜に見る風景。同じ場所なのにそこはまったく違う空間のようでまるで見覚えが無い。暗く足元がおぼつかないせいで距離感までおかしくなっていた。

「あれが祠だ」

 前を行く猫又の声に向けて顔を向けると、そこに広がっていたのは信じられない光景だった。小さな木造の祠。その観音開きの扉が全開になっている。そこに向かって白い光が川のように流れ込み、いくつもの人影が次々と入って消えていく。

「おまえ、光に触れるなよ。引き込まれるぞ」

 あまりの光景にその場に突っ立っていた手が道の脇の低木の茂みにぐんと引っ張られた。

「なあ、近くにある祠は大丈夫なのか?」

 急に真や舞、正と櫂の兄弟のことが心配になってきた。

「ここら辺で蓋が開いたのはここだけだ。なあ、おまえに頼みがある」

「頼み?」

 低木の茂みにしゃがみ込んで様子を窺っていた俺の横で猫又が言いにくそうに口を開く。

「なんだよ、頼みって?」

 猫又はうんと言ったまま暫く無言だった。言うか、言うまいか。隣でそんな葛藤(かっとう)を繰り広げているらしいことが猫又の表情にありありと浮んでいる。

「言ってみろよ、俺ができることならやってやるよ」

「そ、そうか?」

 ぱっと猫又の表情が明るくなった。なんだか俺まで嬉しくなるような笑顔。そんな顔を見ちゃうと手伝いなんてお安いことだと思ってしまう。だって外見はロングのストレートヘアの女子なのだ。ただし、言葉遣いを聞くに女の子とは思えない。男なのか女装なのか判断に迷う。

「俺サマが合い図したやつを呼びとめてくれ。釜に戻ろうとする霊を呼び止めるのは人じゃないと無理なんだ」

 頼みの言葉なのに『俺サマ』と偉そうなのは気になるが、それよりそんな簡単なことを今まで悩んでいたなんて。

「いや、それ全然オッケーだけど」

 俺の返事に猫又は身を乗り出して祠に向かう人影をチェックし始めた。あんまり熱心に見ているからあんまり水は差したくない。

 だけど言わなきゃならないことがある。

「付き合うのは夜明けまでだぞ。俺だって日が昇るまでにナスビ持って帰らねえと祖母ちゃん家が化け物屋敷になっちまうんだからな」

 聞こえてるのか、いないのか。猫又ははいはいと言うように二本の尻尾を揺らしただけだった。

 初めは誰が誰だか見分けがつかない影のように見えていたのに、猫又の隣で祠に入って行く霊たちを見続けているとなんとなく顔つきが分かってくるから不思議だ。

「誰を待ってるのか、聞いてもいいか?」

「もう聞いてるじゃないか」

 まあそうなんだけどさ。

 顔は道に向けたまま、猫又が「俺サマの飼い主」ぽつりと言った。

「そ、そっか……」

 改めて猫又の横顔をまじまじと見てしまう。そうだよな、こいつは猫の妖怪だった。元は猫なんだ。

そこでちょっと疑問がわく。一体どのくらい先祖って子孫のところに帰ってくるもんだろう? ひい祖父ちゃん、祖母ちゃんくらいならわかるが原始時代とかだったらどうなるのか。祖母ちゃん家はきっと霊魂でぱんぱんだ。

 だけど、猫が妖怪になっちゃうくらいの年月が経っているんだろう。

「なあ、死んだ人はいつまでこっちに帰って来るのかな?」

「覚えてる人がいるまでに決まってるだろ。会いに来るんだ、ただ闇雲に帰ってくるわけじゃない」「じゃ、じゃあさ、猫又の飼い主って……」

 もう帰って来てないかもしれない。そう思ったけど……言えなかった。

「なんだよ、途中で止めるな」

「う、うん……」

 妖怪になるくらい飼い主を待っていた猫又の気持ちを考えると、俺はただ飼い主の姿を捜す後ろ姿を見ることしかできない。

 っていうか、そうなると日の出までここに居なくちゃいけないのか?

「それはまずい」

 祠に目を向ける。扉の内側に祭壇があってそこにはぽつんと割り箸が刺さったナスビがひっそりと置いてあった。

 手を伸ばせば、いけそうだ。ちょっとがんばればいける。こっちの用をさっさと済まして猫又にぎりぎり付き合ってやればいい。

 四つん這いのまま後ろに下がり、低木の茂みから這い出して、腰を低くしながら祠に向かう。細長い草が足にぴしぴしと当たって痒いがそんなことは言ってられない。  

 ぎりぎりまで近寄って光に触れないように慎重に手を伸ばす。もう少し、もう少しだ。紫のナスビに人差し指が触れる。あとちょっと……。

 そこにぶわっとぬるい風が頬を掠めた。

「なんだ、一体?」

 一瞬、集中が途切れてしまう。あっと思った時には腕が霊体の一つに掴まれていた。恐ろしいほどの力でおれは祠の中に引っ張られる。


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