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緋の剣士に捧ぐ交響曲【第一番】  作者: 真北理奈
第三楽章:Dans la craie, et la noyade
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第十四節:Et la tristesse et la joie

「起きろ、授業が始まる。さっさと準備しろ」

 ハイブライトの紋章をちらつかせて怒鳴るのは一人の警備員である。

 その対応にカイン・ノアシェランはどうにかして平常心を保ちつつも内心では憎しみを燃やしていた。

 隣にいる呑気なラルク・トールスも流石に気分が悪いのか、難しい顔をしつつも従った。

「手を煩わせるな」

 幼い彼らの心情など気にも留めていないだろう。

 追い立てるように物を言う。

「カイン・ノアシェラン、貴様はイリア様をお迎えしろ。ラルク、こいつが不審な行動をしないよう見張っておけ」

「……畏まりました」

 ラルクは繕うように笑ってカインを外へ連れ出す。

 急激に心が冷めていく、熱を失ったように。

 兄がこの場所を選び、好んでいることに対する嫌悪感が止まらない。

 大切だったはずなのに、兄弟なのに、身内なのに、どうして簡単に嫌えるのだろう。

 なるべく考えないようにして歩くと二人を見かけて走ってくるイリア・ハーバードの姿が見えた。

「イリア様、お部屋の近くまで行きますのに」

 中級生に与えられる部屋の棟からイリアの部屋までは遠い。本館の造りも複雑なので余計だ。

 それにアルディに寵愛される彼女の身にいつ何が起こるかもしれない。

 当の本人はあまり気にしている様子はないようだが。

「大丈夫よ、二人とも。それに、私、カインに早く会いたかったのよ」

「い、イリア様……!」

 いきなりの彼女の素直な言葉に戸惑うカインを見てラルクはすかさず茶々を入れた。

「ヒューヒュー、モテる男はつらいねえ。でもイリア様、気を付けてくださいよ。入れ違いにでもなったら困るんですから」

「それもそっか、ごめんね、カイン」

 一時の感情で行動したことを反省したところで三人は学び舎に向かって歩き出した。

 こうして歩いている間にもイリアの話は止まらない。

「ねえ、席は自由なの? それとも決まっていたりするの?」

「いえ、自由ですけど……」

 席自体は自由だが暗黙の了解で男女がはっきりと分かれて座るよう何となく促されてきた。

 そのくらい異性との関わりを禁忌とされていたのだ。

「じゃあ、カインの隣に行ってもいいかしら?」

 素直で幼い少女にはそのような禁忌など、分かり兼ねるわけであるが。

「しょうがないなあ、俺が、まあ、立場上監視する役割を担っているらしいので俺が後ろにいるってのはどうでしょう」

「まあ、ラルクって気が利くのね! ありがとう」

 花のような笑顔を見せる彼女はどこまでも正直で綺麗だ。

 こんなにも穢れのない透明な気持ちを表現するイリアにカインもつられて笑い、二人の距離は気がつけば縮まっていた。

「お似合いじゃないですか」

「も、もう、ちょっとからかい過ぎよ!」

「おやおや、満更でもないですよ。カイン、お前まで照れてどうするんだ……」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 自覚はないようだが彼もイリアに絆されているのが傍から見ればよく分かる。

 ふと、イリアが泣いた夜を思い出し、振り返ってみた。

「ねえ、カイン。この後、時間ある?」

「ええ、ありますよ。セイシェル様のところですか?」

「そうそう、一緒に行きましょうよ」

「俺でよければ是非」

「うふふ、やったあ。嬉しいわ、ありがとう!」

 途切れることなく明るい声が響いてきて、終始笑顔を絶やすことのない彼女。

 ラルクには恋がどんなものかは全然分からないが、夜に見せた涙がどこを見ても跡形もなくなっている様子から幸せを想像する。

 人が喜ぶ姿を見るのはいつだって楽しい。

 我ながらとても単純だとラルクは笑う。

「ちょっと」

 彼の笑顔を見たイリアがラルクを睨む。

「何でしょう」

「何がおかしいのかなって」

「いーえ、何にも」

「……イリア様、放っておきましょう」

 いつまでも収まらない言い争いにカインが半ば呆れながら終わらせるとラルクはムッとして「それどういうことだよ」と言い返す。

「そのままだよ」

 あまりにも分かりやすいラルクにおかしくなって笑うカインと今度はイリアが呆れる番だった。

 こんな他愛のない日常がずっと続いてほしい。

 ずっと、このままで、いたい。

 心から三人は願っただろう。


****


「はーい、今日は授業はお休みだけど日頃の予習復習が大切だからこの本を読んでしっかり勉強に励むのよー?」

 調子の良い声を掛けながら本を配って回るのはアンナ・オールコットであった。

 普段なら監視役のエレザ・クラヴィアの役目だが彼女が無茶を言ってエレザと交代してもらったのだ。

 勿論、下級生とそれほど関わる機会のないアンナ一人では不安なので、警備隊として一人の男――アーサー・トールスが補佐を務めていた。

 下級生から上級生の全てを管理する権限を与えられた警備隊の中でも優秀で規律に厳しい彼が困惑しながらアンナの間に入る。

「アンナ様、私の仕事ですし……」

「いいのよ、アーサー。貴方もエレザもずうっとここばかりでしょ? 偶には私に任せてお休みなさいよ。大丈夫、ちゃんとやるわ」

 彼女はエレザとティアの母であり、心の支えでもある。

 持前の気のいい返事と朗らかな笑顔で彼を気遣っていたが、どうしてもアーサーに介入されては困る案件もあったのだ。

(何としても、シャール・レイモンドに会わなきゃいけないのよ)

 そう、下級生であり唯一人此処に残された少年、シャール・レイモンドに会うためだ。

 彼に会うための口実を作って何としても早いところ外に出さなければならない。

 それがジェイソン・キースと交わした約束でもあり、代理の務めでもあり、何より彼女自身の願いでもあった。

『――幼い子を、炎の中に置いてはおけない』

 本当ならエレザもティアもそうしてやりたかったのだが、上級生には彼女の力が及ばないのが悔しかった。

 そして、先ほどからさり気なくアーサーの動向を伺うが彼が離れる様子は一向に見せない。

 それどころか、紳士的な笑みを浮かべてこんなことを言って来たのだ。

「アンナ様、今日はどうしたのですか?」

「今日はって? 何か変かしら?」

 ――時間が、一瞬だけ、止まったように思えた。

「私の単なる思い過ごしなら何よりですが、酷く焦っておいでだ。そのように映るのですが、どうかしたのですか?」

 アンナを見つめるアーサーの瞳は本当に心配そうに細めている、いるのだが。

 どこか読めない男だ、こちらの心を探ろうとしているようにも思える。

「心配掛けてごめんなさいね、私ってせっかちだからいつもこんな感じなの。ティアにも怒られるのよね」

 考えうる全ての回避の言葉を連ねてアーサーに返す。

「なら良いのですけど、何かありましたら遠慮なく係りの者に言い付けてください。直ぐ私が対応いたします」

「お気遣い、ありがとうね」

 それ以上、アーサーは此方の領域に踏み込むことはせず黙って退いていったのである。

 こんなにもすんなりと退く彼を見て、アンナはかえって不安感に苛まされることとなったのだ。

 ――もしかしたら、既に知られているのかもしれない。

 安心できないままシャール・レイモンドの部屋まで来ると深呼吸をして扉を軽く三回叩いた。

「……はい」

 向こうはきっと役員の一人だと思っているのだろう。

 警戒心を露にした声だったので彼女は努めて明るい調子で「ちょっと渡したいものがあるの」と言った。

 あとは彼が扉を開けるのを待つだけだ。

「わかりました」

 思いの外、すんなりと扉を開いてくれたシャールに一息つきつつも、まだ油断はできないと部屋に入らずに彼に本を渡す。

「今日、授業がないからこれを読むようにというお達しがあったわ。渡しておくね」

「……はい」

 あまりうまく話せなかった。本来なら、もっと詳しく彼に話したいのだが、どうやらそう言うわけにもいかないようである。

 一方のシャールはと言えば突然の来訪者に驚きつつも何かを感じ取ったらしく、素直に本を受け取った。

 あとは、彼を信じようとアンナはお辞儀だけしてその場を後にしたのである。

「一体何だろう」

 別にハイブライトの内容に興味はないが、レディシアがいないこともあり何故か本の中身が気になったのだ。

 疾しいこともしていないのだが胸騒ぎを覚えた彼は即座に部屋の奥に行き、本をバサバサとしてみる。

「……手紙?」

 白い紙が三つ折りにされた手紙である。

 急いで中身を開くと、それはシャールが今も忘れる事の出来ない母――イザベラからの短いメッセージだった。

「母さん……」

 アエタイトで別れて以来、何のやり取りもできていないのだがいつでも会いたくて仕方なかった。

 今まで、慌ただしく日々が過ぎたけれども。

 それはイザベラも同じようで短いながらも近況と今後のこととシャールを案じる思いやりが詰まっていた。

『シャール、元気? 私はうまくやっているわ。近所の人も相変わらず助けてくれて。あまり詳しくは書けないのだけど近いうちにシャールを迎えに来る。それまで待っててね』

「……迎えに来る?」

 最後の一言が気になるが一先ず懐に仕舞い、本を開いた。

 此処で変に取り乱しては監視役などに察されるかもしれない。

 レディシアのことはジェイソンがうまく誤魔化しているだろう。

 今、自分が出来ることは二人の身を案じて日常を送るだけだった。


****


 授業も終わり、訓練もないと言うことでカイン、ラルク、イリアの三人は学び舎の通路を歩き、それぞれの部屋を目指そうとしている時だった。

「カイン、イリア」

「セイシェル様!?」

 二人を探していたのか、息を切らしてやってきたセイシェル・ハイブライトに二人は驚き、ラルクも慌てて礼をする。

「ラルク君も、いきなり来てすまないな」

 飛び上るように驚く三人を見てセイシェルも申し訳なく思ったのか謝った。

「いえいえ、大丈夫ですよ。二人に用ですか?」

「ら、ラルクって……」

 いきなりの、それもハイブライトの長男ともあれば誰もが大なり小なり取り乱すのだが、元来が呑気なラルクは直ぐにいつもの調子で問い返した。

「ラルク君には敵わないな。ああ、ちょっと長くなるんだが話がしたい。もし、取り込み中ならまた次にするが……」

「いえいえ、全然大丈夫ですとも! あ、リデル……様って、います?」

 ポカンとする二人を余所に話を進めるラルクにセイシェルは苦笑しながら頷いた。

「勿論。外を適当にうろついているから中庭でも探せば見つかると思う」

「ありがとうございます! じゃ、俺はこれで」

 手を振り、さっさと走り去ったラルクに二人は呆れながらも笑いを禁じ得なかった。

 何度もこんな調子を見てきたから余計だ。

「元気な子だな」

 とても眩しい。

 確かにリデル・オージリアス・マクレーンの言う通り、彼をハイブライトに留まらせておくのは聊か勿体ない。

 もっと広く自由で可能性のある世界へ連れ出したいという彼の思いが分からないわけでもない。

 どこかいとおしげに無邪気な後ろ姿を見つめながらも、セイシェルは本題を切り出すために二人の方を向いた。

「今日から明日、確認したら休暇だったらしいから時間があるし、三人で出かけようかと思ってな」

「……出かける?」

「ああ、勿論、カインも一緒に」

「……え」

 思ってもみない誘いにカインは驚き半分、嬉しさも半分あった。

 会えただけでも嬉しいのにこのような誘いが来たからだ。

「今、ほら、花とか、見頃だから、どうだろうと思ってな……偶には外に出たい、だろ」

 不器用ながらも二人を誘う彼の姿が何だか可愛く映ったのかイリアは笑いながら頷いた。

「お兄様、お顔真っ赤よ」

「……う、うるさいぞ」

「あ、益々照れてる。これなかなか見れないわよ!」

「……っ、ど、どうなんだ」

 普段あまりからかわれたことなんてない。

 イリアに終始翻弄され、困り果てるセイシェルを見て一先ずやめることにした。

「勿論行くわ。カインも行きたがってるし」

「えっと……」

「行きたくないの?」

 本人は未だ現実味がなく意識がどこか遠くへ飛んだままだったがハッと気づいて我に返ったようで大きく頷いた。

「い、いえ、そのようなことは! 私も是非お供させて下さい!」

「よかった、今から行くところはロンカだから……少し歩くが」

「大丈夫よ、楽しみだわ」

「なら、行こうか。イリア、着替えてきたらどうだ?」

「ええ!」

 嬉しそうに返事をすると彼女は一目散に部屋まで走っていった。

「……待たせるといけないから私たちも行くか」

 少しでも遅れたら頬を膨らませる様が目に浮かぶ。

 カインも頷き、彼女を気遣うように、それでいて待たせないような微妙な速さでイリアの部屋の前まで歩くことにした。


****


 リデルに会いに中庭へ来てみたらなかなか見つからず軽く疲れたラルクは足を止めて休憩した。

 そう言えば明後日まで休暇だったかと、中庭を寄り添って歩く恋人や親子を見て漸く思い出したのだ。

「そういやあ、何か色々あったんだよなあ」

 ぼんやりと、ハイブライトに来てからのことを次々思い出して来て、しみじみと呟いた。

「色々あったのか?」

「ああ、色々あった……って、ええっ!?」

 なかなか素っ頓狂な声を上げてバッと振り返ると眠たそうな顔のリデルがそこにいた。

「驚かせるなよー……」

「悪い悪い、やっぱりお前、面白いな」

「どういうことだよ……まあ、いいけど」

 そうだ、いつものことだ。

 こうしてリデルが意地悪く声をかけるのも、自分がムッとしながら返すのも。

 全てありとあらゆる「いつも」が重ねられた日常だった。

「でもリデル、何かまずいものでも食べたような顔してるぜ」

「お前にはそんな風に見えるのか」

「伊達に毎日会ってねえよ」

「それも、ああ、そうだな。だってお前の阿呆面を毎日のように見てるからな」

「失礼だぞ、心配してやってるのに」

「どうも」

 くくく……と、喉から絞り出すように笑ってラルクの隣に並んで立つ彼の目はどこか憂いを帯びていて。

「お前に大事な話がある」

 切り出したのはそんな言葉だった。

「どうせあれこれ語った挙句に物を取ってこいっていう話だろ?」

 リデルの常套手段だ。

 一生のお願いがあるとか、今しかないなどの深刻な出だし文句を使ってあれこれ並べた挙句に走らされるのだ。

 今回もきっとこういう流れになると斜め上から身構えていたわけだが。

「信用がないな」

「お、よく分かってるじゃん」

「……ラルクには敵わん」

 はは、と、快活に笑った後、また深い影を落とす。

 流石にここまで来ると心配になったのか、ラルクはリデルをよく見えるように顔を向けたら、リデルがラルクの顔を見て、頭をわしゃわしゃと撫でる。

「おいおい、何するんだよー」

 弱い抵抗など意に介していないのか、ラルクの癖毛の髪を摘まんで遊ぶ。

 癖毛だが、どこか柔らかい感触が手に馴染むのか。

 それに、リデルが自分を見る瞳はどこか優しい。

「……リデル?」

 こんなにも優しい目をしたリデルを自分は知らない。

 少なくとも、自分の記憶の中では。

 どちらかと言えば誰もかもを見下し、嘲笑うような目と口が特徴的だった。

「相変わらずだな、早く行くぞ」

「あ、ああ」

 今度は人差し指で頬を突かれ困ったように笑う。

 温かく少年らしい柔らかな頬の温かさが心地いい。

 かけがえのないもので手放したくなくなるような、庇護したくなるような掻き毟りたくなるような相反する感情を同時に持たせる。

「ほら、ラルク」

 手を出してやると彼は「何の風の吹き回しだよ」と言いながらも手を繋ぎ返した。

 そうだ、手放したくない。

 できるなら手元に置いてあらゆるものから守ってやりたいと思う。

 少しでも長い時間、繋がっていたくて。

 寂しげに笑いながら握った手に力を込めると彼も反応するように力を込める。

 ラルクからすればリデルの手を離したらどこか遠くへいってしまいそうで、それはいけないと心から思うのだ。

 数時間前の決意と覚悟をラルクに話すと堅く決めたのに揺らいでしまう。

 ――離れていかないで。


****


「今日も晴れてるなー眩しいー……」

 天に向かって勢いよく両手を上げて空気を大きく吸い込んだ。

「あ、そうだ、俺もさ、リデルに聞きたいことがあるんだ」

 リデルの顔を見たら再び、イリアの涙を思い出した。

 血の繋がった弟という絶対的な事実を超えた感情を聞かされた時は度肝を抜かれたわけだが、後々考えると単なる事実に過ぎないとも考え始めていた。

 もし、彼らが姉弟として一緒の空間にいるなら何が何でも止めようとするだろう。

 姉弟という記録がある限り、幸せにはなれないし汚らわしいと思ってしまうからだ。

 だが、二人はどうだろう。

 事実はあるかもしれないが、姉弟として暮らした記憶も記録もない。

 あくまでも事実があるだけだ。

 だがら、二人を見ても姉弟とは思えないでいる。

(このような考えはやっぱり間違っているのかなあ……)

 そもそも恋が何なのかも知らない自分には手に余す事だ。

 だから、正でも誤でもない答えを出すリデルなら今の自分の未熟な背中を押してくれる新しい何かをくれるかもしれないと淡い期待を抱いているわけだが。

 ラルクが必死にもがいている様子はリデルにも伝わるのか「お前も大変だな」と口だけで笑う。

(やっぱり彼には超能力でもあるんだろうか)

 何でもお見通しらしい。

 緩い会話を続け、隣にある温もりを感じながら遠く中にある、正しくハイブライトの中庭の象徴である噴水を見つめていた。

「……山ほどではないけど、外はやっぱりいいよな」

「……そうだな」

「ロンカやウィラーに行った時、そう思ったろ?」

「まあな」

 無理やり切り出した世間話は分単位にも及ばずラルクは頭を掻きながら苦笑する。

「何かさ、悪いな。俺ばかり一方的にリデルに話しかけてるな」

 何文字かを指折りで数えられるほどリデルは言葉を発していない。

 自分ばかり話していると、いつもは気にしないのに今日はとても気になって落ち着かないでいると「イリア様から何か相談されたのか」とリデルが問いかけたのである。

「やっぱり超能力者じゃないか」

「お前、おかしいな」

 核心を突かれたラルクは子供みたいなことを言って笑う。

 幼い表現にリデルもつられて笑ったが、お互い一向に本題を話し出せないでいる。

 この居心地の良い空間が、自分たちの話によっては二度と戻ってこないかもしれないという不安が頑なにさせる。

 話せない苦しみと居心地の良さを手放したくない願いで息詰まりそうになる中、それでも勇気を振り絞ってラルクは切り出した。

「血の繋がった人間に恋するっておかしいこと、なんだろうな」

 彼なりの精いっぱいの形だった。

 哲学に持っていけるような曖昧な表現だが、これが限界だった。

 それでもリデルには十分で百に近い形で伝わっていたようだ。

「所詮は男と女だ、意識しようと思えば誰でもできるんじゃないか? 繋がりがあるから一線を超えないようにしているだけだ……繋がっていると言う意識が染みついているから。

だけど、染みついていなかったら、確たる記憶がなかったら、或いは大分経ってから知った事実ならどうなんだろうな。多分、ぼんやりとしか考えないし人の認識は簡単には変わらん。

お前がもし、人の思いに芯から触れたと言うなら心を大事にしろ」

 事実は図ではっきりと、誰にでも証明できるものであるが、真実は誰がどう言おうとその人以外では表現できない領域が大小問わず存在するもの。

「お前は、真実に従え」

 人が抱える、逆らうことのできない真実を見たと言うなら。

 リデルがラルクに出せる精一杯の答えだった。

「真実……」

 重大な意味を持つ単語を刻む込むように発する。

 ――あの時、イリアは泣いていた。

『カインが好き』だと言って。

『アルディは嫌』だと言って。

 カインは知らないかもしれないがあの二人も血の繋がりがある。

 密会で出来た子だという噂さえ、今でもある。

 ソフィアの面影を持つと言われるイリアをアルディはどうしても手に入れたいし、ハイブライトの人々もアルディの傍にいることが当然だと信じて疑わない。

「俺、怖いよ」

「何が」

 本当は彼が何を恐れているのかなんて痛いくらいによく分かる。

 自分が最も恐れていることでもあるからだ。

 だが、その言葉をラルクに言わせる自分はつくづく卑しい人間だとリデルは自己嫌悪に陥る。

「色んな人を、俺は傷つける」

 間違いない。

 二人の仲を引き裂こうとする者も、倫理を以て説き伏せようとする者も。

 自分が傷つき、他人を傷つける。

 真っすぐで活気のある瞳が迷いを見せて泳いている。

 支えたい、けれど、怖い。

 対照的な思いが一気に押し寄せて苦悩し続けていた。

(そうか、まだ幼いよな)

 青春真っ盛りな年頃だ。

「一人なら怖くても」

 それなのに自分は。

「二人なら」

 とても酷いことを少年にする。

「どうにか出来ないか?」

 とんでもない道に引きずり込もうとしているのだから。

「……でも」

 間があったのは一瞬だけでラルクは直ぐに口を開いた。

 彼の声にリデルは支離滅裂な心のまま振り向くと、悲しげに笑う少年の姿が隣にあったままで。

「リデルも同じだよな」

 リデルにも見通していたように、ラルクも彼の苦しみを見通していたのかもしれない。

「俺、気付いていたよ。リデルがハイブライトを憎んでいたこと」

 そして、その憎しみが行動を起こす切欠であることも。

 リデルの過去はチラリとしか聞いていないが虐げられていたという理由一つで十分だ。

「後悔するもんな、見捨てたら」

 イリアはどうにもならないと泣いて、最後に自分を頼ったとラルクは思う。

 例え、勝手な独りよがりなものであろうと。

「ラルク」

「ん?」

 リデルがラルクを真っすぐと捉え、目を見つめる。

 水晶のように透明に煌めいてどこにも傷がない。

 傷つけて価値を下げてしまうのは勿体ない。

 ずっと綺麗なままでいてほしい。

「俺も一緒に頑張るからさ」

 改めて手を差し出すとリデルはいつものように笑顔を見せて握り返した。

 心の中にあった最後の迷いが晴れていく。

 誰にも許されないけれど、もう後には退けない。

 二人は何気ないいつもの日常を過ごすべく中庭を歩いた。

 ――まるで、破滅への道を歩くように、ゆっくりと。


****


「あ、お兄様、カイン。待ちくたびれたわ」

「あーあ、すまない」

 適当に返事すると拗ねたような瞳を向けてくるので肩を竦め、赤茶系のシンプルで動きやすいワンピースに着替えたイリアに言ってやる。

「薄緑だと泥や砂埃が目立つからいいんじゃないか?」

「そう? カインはどうかな、似合う?」

「えっと、俺は専門外ですけど」

「ええー、どっちか答えてよー」

「とても、似合いますよ」

「やったー!」

 心から喜び跳ね回るイリアを見てセイシェルは呆れるが、喜んでいる彼女を見たら些細な悩みなどどうでもよくなってくる。

 隣にいたカインもブーツを履いて走り回るイリアに見惚れていた。

「さて、行くか」

 どうやらイリアは待ちきれないらしいので、さっさと出発することにしてハイブライトの本館を慣れた様子で歩いていく。

「ちょっと、もう少し何か言ってくれてもいいじゃない」

「私も専門外だ」

「えー、素気ないわ。まあいいか、カイン、行きましょう」

 最後までカインは振り回されたまま、イリアは開放感を抑えきれず扉を豪快に開いて走り出す。

「カイン、大丈夫か?」

「い、いえ、大丈夫ですよ。何か、嬉しいです」

「それならよかった」

 振り回されるカインを気遣うように声を掛けると彼は満更でもない表情で返してきた。

 ――彼は気付いていないだろう。

(イリアを見つめる瞳に)

 自覚なく笑っていることも。

 きっと自分では分からない。

「ちょっと、二人だけで内緒の話するなんてずるいわ」

 振り返って隣通しで歩いているセイシェルとカインを見たイリアが戻ってきて頬を膨らませる。

「私も入れて」

 そう言いながら割り込むように真ん中に入り、二人の手を取って嬉しそうに笑うと進んでいく。

「これもいいんですけど、俺が真ん中に入りたいような」

「勘弁してくれ」

「つれないですねえ」

 たまにカインはこんなことも言い出すから困る一方だ。

 でも、もう二度と。

「ロンカまで長いぞ、準備はいいか?」

 やってくることはないだろう。

「もちろん!」

 意気揚々と声を上げる三人は小休暇を楽しむ為にハイブライトを飛び出した。


****


 本館を歩き、門から飛び出すと大聖堂に巡礼に来た人々の集団に圧倒された。

 ハイブライトから外に出る機会など滅多になく、大聖堂自体巡礼することも少ないためカインとイリアは驚きと感激の声を上げたが、セイシェルは何の関心も示さず歩いていく。

 母性を尊うハイブライトの特性なのかどうなのかは知らないがここにも女神を模した銅像が安置されたり、礼拝堂も規模が大きい。

 永遠の安らぎを説く信者も多数のこの場所はセイシェルにとって苦痛でしかない。

 上層部は男性が多いのに対し、大聖堂に勤める人は殆どが女性である。

 もしかしたら、それも苦痛を増幅させる原因の一つなのかもしれないがどれもこれも吐き気を催す要素でしかない。

 それでも洗練された装飾品の数々にイリアやカインはつられて見とれることもあったが値段が値段だけに取ることもかなわない。

「……セイシェル?」

 先ほどから憮然とした様子で走り抜けようとするセイシェルを心配したが、一方で物珍しい風景への好奇心は抑え切れないのか。

 漸く反応を示すと二人が心配そうに見つめていたので彼は笑って「見てくるといい」と一言伝えた。

 折角の機会なのだ。

 気兼ねなく見て回った方がいいだろう。

「ありがとうお兄様。ねえ、私礼拝堂に行きたいわ」

「ここにある礼拝堂の規模は大きいようです、行きましょう」

 カインも気になっていたのか、二人の距離は再び大聖堂へと戻っていく。

 礼拝堂は死の祈りを唱える小さな建物でもあるが同時に婚約を結ぶ場としても有名である。

 やや人気のない道を行くと十字架が屋根の上に立っているのが見えてきた。

「ここがそうなのね」

 遠くから見てもすぐに分かるほど何かオーラを放っている建物である。

「中に入りますか?」

「うん!」

 カインの問いかけにイリアは直ぐに頷いた。

(ここで好きな人と結ばれたら……)

 少女らしい、当たり前で眩しい、それでいて儚い憧れを抱きながら扉を開ける。

「……結婚式みたいね」

 今は当然蝋燭も灯っていないわけだがシスターのステンドグラスが窓に施され、祭壇には女神像と天使が寄り添うような巨大な銅像があった。

 夢でも許されない。

 彼はきっと知らないだろうけど、自分たちは紛れもなく姉弟だ。

「イリア様、どうかしましたか?」

「えっ」

 隣にいるカインに聞かれ、イリアはハッとして彼の方を見ると優しい眼差しがあった。

「ごめんね、考え事してた」

 また迷惑かけたと落ち込むと彼は首を横に振る。

「いえ、何も。ただ」

「うん」

「――泣きそうな顔をしていましたから」

 一瞬間を置いて、言おうかどうか迷って、答えたのだ。

「そ、そうなの?」

「ええ、でもよかった」

 一瞬で笑顔を見せたイリアにカインは安堵の言葉を吐いた。

「どうして?」

 期待してもいいのだろうか。

 いや、彼は護衛だから心配してくれているだけだろう。

 理性と感情が複雑に絡み合う中、彼は朗らかな笑顔で彼女に伝えた。

「泣いているのを見ると、困るんです。何となく」

 彼自身もよく分からない。

 ただ、イリアには泣いてほしくない、胸が痛くなるから。

「……カイン、イリア」

「お、お兄様!?」

 いきなり名前を呼ばれ振り返ると、息を切らして走ってきたセイシェルがそこにいた。

 先ほどまで大聖堂を抜ける手前のところにいた筈なのに。

「時間がかかりそうだからな」

 そう言うと彼は歩いて祭壇の前に行く。

「……夢だけでも見たらいいじゃないか」

 意味深な言葉を二人に残し、祭壇の隅にあった本を開いた。

 ――今は夢の中。

 夢の中だけなら、素直になれる。

 現実へ飛び出すその前に。

「カインは気が進まなそうだが」

 祭壇の前へ立ったセイシェルが隣にいるカインをからかうように声を発する。

「そ、そんなことはありません!」

「分かった分かった、そうムキになるな」

 あまりにも大声なのでやり過ぎたかと謝罪の言葉を述べると本を開き、一文を読む。

『二つに分けた魂が惹かれ、この場で一つになる時がやってきた。我々は一つになろうとする魂に祝福と慈悲を送り、ゆっくりと育む使命がある。

そして、やがて一つになった魂は大きくなり、新たな命を産む。魂が一つであり続けるには如何なる試練にも立ち向かい、二人で乗り越えねばならない。

我々は愛を唄う二人を祝福する義務があり、歓びを分かち合う信念がある』

 そこまで言うと本を閉じ、寄り添う二人を見つめた。

 誰にも入ることが出来ない神聖な空気がそこにはあった。


****


 礼拝堂を出て目的地への移動を再開した三人はこの話題で持ち切りだった。

 そしてもう一つ。

 二人の関係が目に見えて変化し始めている。

「あれ、父上に教えてもらった。どうも好きらしい。ああいう場に出るのが」

「そうなの。でも凄かったわよ。私、結婚する時はお兄様に司祭役をさせようかしら」

「なら、相手はカインだな」

「えっ」

「そうね! カインがいいわ!」

 突然自分の名前を、例え話でもイリアの結婚の相手役に出され、驚きの余り何も言えなくなる。

「カイン、どうしたの、いやなの?」

 言葉が何も出てこないまま硬直するカインにイリアがクスリと笑って問うと彼は棒立ちのまま首を横に振る。

「そんなに緊張しないでよ。まあそこが可愛いんだけどね」

 ポンポンと肩を叩いて先を行こうとするイリアの後ろ姿を見つめたままだったが、カインは小さく口を開いた。

「……リア」

 確かに、彼はそう言った。

「……カイン?」

 人ごみにかき消されそうなほど小さな声だったはずなのにイリアは聞き逃さず、もう一度カインの傍にやってくる。

「何か大切なことを聞いたような気がするんだけど」

「な、何も」

「そっか」

 今、彼は自分のことを『イリア』と呼んだ気がするのだが、それは聞き間違いだろうか。

 あまりにも夢を見過ぎて現実と混ざっているのではないのだろうか。

 落ち込んでいると先をどんどん行くセイシェルを追いかけようとカインが振り返った。

「早く行くよ――イリア」

「……うん!」

 また一つ、関係が先に進んだ。

 遅いが確実に育まれる絆に喜ぶ人がいる一方で、紛れもない幸せに心を痛めている存在があろうとは知る由もない。


****


 大聖堂を抜けて少し歩くと古代遺跡や歴史研究を進める人々が住むロンカの駅に着いた。

 どうやら大分歩いたようだが大聖堂にいる時と勢いが全く変わらないようでセイシェルは自分が年をとったことを思い知る。

 ロンカからほかの地域へ行くには駅を利用しなければならない。

 大都市アエタイトやウィラーのように蒸気機関が走っているわけでもないのでロンカを見て回ることはできなかった。

「お兄様はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」

「そうだな、まだまだ列車を乗り継ぎしないといけないが」

「へえ、かなり遠いのね。楽しみだわ! ねえ、カインも楽しみじゃない?」

「え、うん、楽しみだよ、アエタイトの下民地区と、本当にたまにロンカに行く位で精一杯だったんだ」

「カイン、どうしたんだ……?」

 カインのイリアに対する口調ががらりと変わったことにセイシェルが目を見開いて経緯を尋ねる。

「あ、す、すみません……!」

「もう、お兄様ったら! せっかくカインともっと親しくなれると思ったのに」

 せっかく彼に自分の名前を気軽に呼んでもらおうとしたのにと、この時ばかりはセイシェルを恨んだ。

 彼もすぐにイリアの意図に気づき慌てて弁解してカインにも言っておく。

「いや、二人がいいなら、別に。それに私のこともセイシェルって呼んでもらっていい。様付けはアイシアで十分だ」

「あ、えっと、セイシェル」

「そうそう」

 一瞬、また後退するかと思ったらセイシェルからも許しをもらったことでカインは自信を得たのかラルクと話すような形で喋っていた。

「イリアはロンカに行ったことがあるの?」

「ううん、ないわ。どちらかというとずうっと北の……アシーエルになら毎日のように行ってたけど」

「北か、行ってみたい」

「時間が足りないわ、カイン」

 他愛のない会話を進めていたところへ目的地へ運ぶ列車が到着した。

 ――ラサーニャ・ハイブライトと早朝から行った山。

(今でも忘れられない)

 頂上から見下ろす風景はまるで世界が自分のものになったような気分で、自分が神になった錯覚さえ受ける。

 それでもなお胸の痛みが収まらないのは、今の二人を見ているからだろう。

 絶対に幸せになれない二人。

「あ、来た来た、これでしょ?」

「ああ、それに乗ったら辿り着く」

「どこへ行くのかしら、楽しみだわ、お兄様」

 無邪気に呟くイリアに心を痛めたまま、苦しんだまま。

 ――いつまで経っても解放される気配はない。


****


 列車に乗り込み窓越しから空を見上げると太陽は頂点に登り、沈もうとしていた。

 ガラス越しに差し込む茜色が時間がたつほど色濃く列車を染め上げていく。

 この時間は遠くへ出稼ぎに来た人が帰る時間または旅を楽しむものが乗る時間であったが、今日はもう人気はほとんどなく三人がこの列車の一帯を独占していたようなものである。

 心地よい揺れに身を任せ、目を瞑る。

 列車は好きだ、気持ちいい。

 別に会話はなくていい、この静かで和やかな空気が好きで身を任せていたいから。

 一日中大聖堂を走り回った疲れから殆ど話せなかった三人だが、列車が目的地に着くのは意外に早く降りる時は目が虚ろになっていた。

 ハイブライトでは見せない自然な姿にセイシェルはどうしてもシリウスと母の姿を重ねてしまう。

 彼らがそれぞれシリウスと母の面影を表現できる形で持ってしまったからなのか。

 この便はたまたまアグナルへ真っすぐ走る列車だったらしくイリアに至っては殆どカインに支えてもらった状態でしばらく歩いていた。

 アグナルと言えば小さなお店が並ぶ場で此処に絶景を望める山があることはあまり知られていない。

 店を一通り見ながら記憶の中にある雑木林を探していると、すぐ近くまで見えた。

「ちょっとここから道が険しくなるぞ」

 警告を入れるとイリアは気合を込めた笑みで聞き返す。

「ほんのすこしだけ見えるんだけどあの山に登るの?」

 白い手が空を指さすと、確かにシルエットだけ薄らと浮かび上がっている。

「そう」

「じゃあしっかりしないとね!」

 セイシェルを先頭に雑木林へ入り、自然で作られた僅かな幅の道を歩いていく。

 最初はなだらかな傾斜も登れば登るほど険しくなり、時間が経てば経つほど辺りは暗くなる一方だ。

 それでもセイシェルは先頭を歩くことを彼は止めない。

「お兄様、大丈夫?」

「……いや、大丈夫、だ」

 明らかに息を切らしているように見える彼だが未だに誰も頼ろうとしない。

 闇雲に一人で先に進もうとしている。

 少し彼が何か言うのを待っていたが一向に口を開く様子はなく、イリアは強引にセイシェルの手をとった。

「お兄様、大丈夫じゃないわ。ほら、一緒に行くわよ」

「セイシェル、しっかりね」

 イリアが右を、カインが左についてセイシェルを支える形で砂と岩場の道をどんどん登っていく。

 ――こんなにも自分は弱かっただろうか、こんなにも誰かに頼らなければ何も出来ないのだろうか……。

 まだ日が昇らない夜にハイブライトに抗うことを心に決めたのに。

「無茶し過ぎよ、お兄様」

 二人の優しさに甘えてしまった。

「……慣れていないだけだ」

 本当はそれだけではないことをセイシェルは知っている。

 だから、ここに来たのに。

 彼に合わせて山を登り、ゆっくりと視界が明るくなっていくのが分かる。

「お兄様! やっと登りきったわ!」

 小さい山かもしれないけれど、いざ頂点に着いたら達成感がある。

「凄いわね、ハイブライトが小さく見えるわ」

 巨大な白亜の城。

 絶対的な象徴。

 けれども彼らの目の前に広がる景色の中にある白亜の城はとても小さくて気分がよくなる。

 目標を持つことは攻撃的な気持ちを増幅させる力があるのかもしれないと彼はぼんやりと考えながら二度目に訪れた景色を見下ろす。

「セイシェル」

 最初に口を開いたのはカイン。

 憎んでいたはずの、自分の片割れ。

「何だ?」

 聞いてはいけなかったのに。

「この景色が見れて良かった」

 ――何より大切にしたかった笑顔を見てはいけなかったのに。

 進んでいく時間を戻すことはできない。

 愛を知ったら次は目的を果たすために利用しなければならない。

 ――もう二度と、こんな時間は来ない。

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