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魔法使いになりたくて

作者: 四枚琴
掲載日:2025/11/07

 魔法とは、奇跡を呼ぶ特別な力のこと。


 空を飛ぶ。風を操る。光を纏う。

 古来より人は、そんな人智の外側、輝かしき超常の力を空想していた。

 誰しもが思うだろう。もしも使えたら、と。


 そんな魔法を使えるようになれたなら。


 私はそんな世界で生まれ育って、

 誰よりも地べたを這いずって生きてきた。


           ◇


「ただいま」

 部屋の明かりをつける。当然誰もいない。

 今つぶやいた言葉も、空虚に吸い込まれて消えていた。

 自嘲はしない。そんなことをしても意味がないから。

 いつもと変わらず退屈で無情で何もなかった今日という一日も、もう終わる。

 肩から鞄を滑り落とし、上着を脱ぎ捨てる。

「疲れた…」


 シャワーと一緒にクレンジングをする。鏡に写るのはひどく疲れ切った顔の金髪ショートの女。その顔面に乗った、なんの意味があるのかわからないメイクを落とす。スキンケアも面倒だけど、肌トラブルが起きる方がもっと面倒だからしておく。

 やっと楽な姿になったら食事。お米を温めて、丼に移す。適当な作り置きも温めたら適当に乗せて、これで雑丼のできあがり。楽したい時の手抜き飯。丼を使っているだけまだ褒めて欲しいくらいだ。


 無心で貪るように食べて、食器も綺麗にし終わったら、死ぬようにベッドに倒れ込む。

 うつ伏せ寝はむくみの原因だけど、正直なんか全部どうでもよくなってきている。

 もう体力の限界。まだ水曜日なのが信じられない。

「すまほ…」

 呻くように呟いて、這う虫の手足のような動きでスマホを探す。けどベッドの上にそれはない。

 ああそうだ、テーブルの上に投げ捨てていたっけ。

 ベッドのすぐ横、起き上がればすぐに手が届く。だけど一度横になってしまったためにもう、起き上がる気力は秒単位で消し去られていっている。

 だから私は横着する。

 人差し指を軽く振る。するとスマホはまるで糸で引かれるかのように、私の手元までひとりでに浮遊し、吸い寄せられてくる。

 手に収めて、すぐに開くのはネットの海。特に何を見るわけでもないけど、ぼうっとタイムラインを眺める。


 星崎(ほしざき)真緒(まお)、21歳。大学生。元魔法使い。


           ◇


 木曜日。図書室。

 私は空きコマを活用して、授業の課題であるレポートの作成に来ていた。

 昨日バイトでろくに進まなかったせいで、今日明日で急いで始末しなければならない。魔法でどうにかならないかなとか、柄にもなく考えてしまう。まあそんなこと、本当は決してしてはならないんだけど。

 なんて思いながら作っている途中、また別の文献にあたらなければならないことに気づいた。ややこしいテーマにしやがって…AIに聞いてもいいかな、もう。そう心の中で愚痴を吐きながら席を立つ。

 確か以前に役立ちそうな本を立ち読みした記憶がある。その時は特に気にも留めなかったけど、なんでも行動してみるものだ。

 さてそれがある書架はこの奥だったはずだけど…

 残念、先客がいる。

 私の求めていた本を読んでいる学生が一人。身長と顔立ち的に四つくらい下に見えるけど、ここにいるならうちの学生だろう。

 仕方ない、似たような本を探すか、最悪もう人類の叡智に頼むとしよう。


 かくして私のレポートは、無事に人類の叡智(生成AI)の力によって討伐されたのでした。

 時刻は夕刻。まだ日はあるものの、そろそろ沈むかといった時間だ。

 あの日が落ちれば夜。星と月の時間。

 けど私は星が嫌いだ。嫌な思い出ばかりが詰まっているから。だから科学の光にかき消されて、そのままじっとしていて欲しい。それで十分。


 歩いていると、子どもの姿が目についた。そうか、そういえばこの時間は子どもたちの下校時間に近いのか。普段はこの時間はまだ授業中だから気づかなかった。休講様々だ。

 ああいう無邪気な時期も自分にあったっけ。今はもうだいぶすれてしまったものだ。

 と、ぼんやりと思っていた時だった。

 子どもが何かの弾みに車道に飛び出した。危ないな、なんて呑気に思ったのも束の間、子どもに気づかないのか、トラックが速度そのままに迫っている。

 気づくや否や、私は思考も逡巡も飛び越えて、鞄を投げ捨て駆け出していた。

 なぜ。なんのため。そんな理性も全て置き去りにして、焦りと共に駆ける。

 だが直感は残酷に告げる。

「っ…!」

 ()()()()()()

 手遅れになる。このままではどうにも…


「“ステッラ・ネブラ・マクラ”…!」

 気づけば思考は刹那の間に巡り巡って、瞬きを凌駕して判断が降着した。

 それは私が最も忌み嫌うもの。二度と使うまいと思っていた、世界の理を超越するための――


「“コメーテース”!」


 ―――詠唱。


 直後踏み込んだ足は光を纏い、私の体は人智を超えた速度を叩き出す。

 それはまさしく彗星の如き速さで、子どもを抱き抱え、反対側まで一足飛びで走り去った。

 誰もいなくなった空間を、トラックは何食わぬ顔で過ぎ去っていく。後に残るのは、緊張の残り香で沈黙する空気だけ。

 胸がうるさい。逸る鼓動が体の奥底で喧しく騒ぎ立てる。

 だがそれが、生きているという証でもあった。

 ゆえに息を整えて、とりあえずやらなければならないことをやっておく。

「おいガキ」

 呼びかけると子どもは一瞬身を震わせた。そんなに怖い風にはしていないはずだが。

「危ないだろ。もう車道に飛び出しちゃダメだぞ」

「は、はい…」

 震えた声で子どもは言った。

 なんにせよ返事が聞けてよし。次はあっちの集団だ。

「あんたらも!ちゃんと周り気ぃ付けて歩け!」

 そう声を張り上げるが、子どもたちは呆気に取られていたのか何も返さない。

「返事!」

「は、はい!」

 急かしてやっと返事がきた。

「よし。じゃああっちに横断歩道があるはずだから、そこから向こうと合流しな」

 促すと子どもはこくこくと怯えた顔で頷いた。死の恐怖の余韻からまだ抜け出せていないみたいだ。無理もない。

 ひとまず見送って、私はようやく息をつく。正直不満はたらたらだが、あまり言っても仕方ない。それに身に染みて恐怖がわかったことだろう。しばらくは注意してくれるだろう。

 しかしまあ、もう一生使わないと思っていたのに、まさかこんな形で使うことになるとは。世の中わからないものだ。

「あ、あの!」

 だなどと物思いに耽る間もなく、背後から私にかけられる声が一つ。

 向くとそこには少女が一人。高校生だろうか。おさげの黒い髪にでかいメガネ。背丈は私より頭一つ小さい。まあ私が平均より少し大きいのもあるんだが。

 しかしどこか見覚えがあるのだが、いまいち思い出せない。

「私ですか?」

「はい!あの…あなた、魔法使いなんですか!?」

「…は?」

 間抜けな声を出してしまった。唐突に何を言い出すかと思えば、何をそんな…

「あの、さっきの、見てました!見てたんです!わたし固まって呆然と見てるしかできなかったですけど…でもあなたは急に光ったと思ったら、すごいスピードで助けてました…!あの子を!ぎゅんって!すごかったです!」

 しまった、見られていたか。

 これはまずい。非常に良くない。

「…残念だけど、私は魔法使いじゃありません。ただ単に足が早かっただけ。光ったのも見間違いでしょう。もういいですか?」

 彼女を押し除けて鞄を取りに行く。長く付き合ってはボロが出そうだから。

「待ってください!あの!」

 止める声を無視して、私は鞄を回収した。そしていつもとは違う道に入っていく。


 下手なことはするもんじゃない。そう深く自戒している。

 久しぶりに魔法を使ったら、変な女に絡まれた。昔から魔法に関したことはろくなことがない。それがまさか、こっちに来てまでそうだとは思いもしなかった。いや、人前で使ってはいけないから思いもしなかったのは当然だ。

 しかしいざ今はこのザマ。ため息が出る。

 迂闊だった。放っておけばよかったか、あのガキ…

「…それはそれで寝覚が悪いな」

 つまりこうなる運命だった、ということか。

 とんとままならない。


           ◇


 金曜日。

 一限は飛んだ。出席しなくてもいい授業だったし、昨日の一件でかなり疲れていたから。

 なので悠々自適に二限から来ているわけだ。

「あ!昨日の!」

 しまった、二限も飛ぶべきだったか。

 講義室に入るや否や、昨日のあのうざったい女が見えた。挙句には声さえかけてきた。

「…あんた、うちの学生だったのかよ」

「はい!奇遇でしたね!」

 本当に奇遇だ。できればあって欲しくなかった奇遇だが。

 そこでようやく思い出した。どこか見覚えがあるとは思っていたが、こいつ、昨日図書室にいた先客だ。

「この授業取ってるってことは、魔法使いさんも一年生だったんですね」

「私は二年。去年取ってなかったから今取ってんの…ってか、魔法使いって呼ぶな!私は魔法使いじゃない!」

「でもわたし、先輩のお名前わかりません」

 こいつ、意外と食い下がってくる…見た目はいかにも文学少女って感じのくせに。

「わたし、倉地花奏(くらちかなで)っていいます!先輩はなんていうんですか?」

 期待の目を受けるが、私は視線を無理やりに外す。

「あんたに教える義理はない。呼びたきゃ先輩って呼んだらいい」

 そう冷たく言い放ち、鞄を肩にかけ直して後ろの席に向かう。あいつとそんなご丁寧に付き合う義理も暇も私にはない。

 全く誤算だった。まさかうちの学生だったなんて。もう二度と会わない相手ならまだしも、この学生生活中ならどこかで鉢合わせる可能性は十分にある。その度に絡まれるとなれば、たまったものじゃない。

 しかし学年が違うのは好都合だった。この授業くらいでしかおそらく顔を合わせることはない。あいつからの興味が消えるまで上手く逃げ隠れしてやる。ある程度邪険にすれば、あいつもいよいよと離れていくだろう。

 とりあえずはこの授業が終わった後、とっとと講義室から出て適当なところに隠れる。そのあとは上手く立ち回っていくとしよう。





「先輩!」

「先輩!」

「魔法先輩!」

「先輩!」




 なんっだあいつ!?

 カフェテリア、図書室、隅の方の空き教室、キャンパス裏。どこにいても現れやがった。開放的なところならさておき、あんな誰も来ないようなところにまで現れるなんて、あいつの方こそ探知魔法でも使えるんじゃないの?

 今こうして体育館裏にいるけど、それでもあいつが来るんじゃないかとヒヤヒヤしている。

 というか途中であいつ魔法先輩とか呼びやがったな。一瞬名前がバレたのかと思って焦ったじゃない。

 さすがに辟易してくる。どこにいてもあの顔がある一日、いよいよ瞼の裏にあいつの顔が焼きついてさえきている。これでは息が詰まるというもの、せめてこうして一人で目を閉じている間くらいは安堵させて欲しい。どこにいてもどこに行っても出てくるのはあの顔。目を開けても閉じても同じあの顔…


 …開けても、閉じても?

「先輩っ」

 最悪だ。厄日か、今日は。

「…あんた、授業ないの?」

「今日はあの授業だけで終わりなんです」

 なるほど、だから私がどこにいても出てきたのか。いつでもどこでも出てきたのは納得した。エスパーみたいな探知能力はさておくとして。

「魔法先輩こそ、今日の授業は大丈夫なんですか?」

「いいの私は。あと魔法先輩って呼ぶな」

「じゃあお名前教えてください。ちゃんと呼びたいです」

 この女、見た目以上に押しが強いとは思っていたが、想像を絶している。一体何がこいつをそうさせる。

「…じゃああんたが今日一日付き纏ってた理由、教えてくれたら教えてあげる」

「本当ですか!?」

 彼女の顔が、まるで花開いたように明るくなる。きらきらと輝く瞳が期待の表れとしてよく見える。

「ではではずばり言いますとですね、先輩がもう一度魔法を使うところを見たかったからです!」

 自信満々に彼女は言った。

 なるほど、どうやら底抜けのアホらしい。

「…っくく、はっははは!」

 失笑してしまった。あまりのおかしさに耐えきれなかった。

「なっ、なんで笑うんですか!」

「ごめん。いや、おかしくって…」

「わ…わたしは真剣なんですよ!」

 おそらく今彼女は怒っているんだろう。だが怒り慣れていない人のそれなせいで、余計に笑いが込み上げてくる。

 ひとしきり笑った後に、一度ため息をついた。息を整えて切り替えるためのため息だ。

「もう、ひどいですよ…」

「ごめんごめん…星崎真緒」

「えっ、それって…」

 唐突なことに処理の滞った脳。それがよく見てとれたから、私は重ねて口にする。

「名前。星崎真緒。満足?」

 先ほどよりもより聞き取りやすく、はっきりとゆっくりと言うと、彼女はじわじわと感嘆の表情を示していった。それが極限に達しただろう瞬間、

「真緒先輩!」

 唐突に、彼女が私に飛びついてきた。あまりの勢いに後ずさってしまう。

「ちょっ、離れろ!おい!」

 引き剥がそうとしてもすごい力で抱きついてきているせいで、まるで剥がれない。この体のどこからこんな力が出てくるのか。

「真緒先輩!真緒先輩!まさに魔法先輩って感じのお名前で素敵です!」

「だから魔法先輩って呼ぶなっての!」

「わたしもわたしも!花奏って!花奏って呼んでください!」

 なんてテンション。圧倒される。

「呼ばない!離れろ!」

「まーおせーんぱーい!」


「真緒先輩はいつから魔法使いだったんですか?」

 ひとしきり暴れ回って落ち着いた頃、やっと離れた彼女は私にそう問いかけてきた。

「だから、魔法使いじゃないって言ってんでしょ」

「嘘です。あれは絶対に魔法でした」

 食い下がる彼女の目は、私の意思に反して真剣そのもの。確信があるが如く真っ直ぐだった。

「じゃあ仮に私が魔法使いだったとして、あんたはどうして欲しいわけ?」

「どうとかは別にないんですけど、嬉しいなって思います。魔法使いが本当にいたんだって!」

 魔法使いが…そんなにか…?いや、そうか。普通の人、魔法が使えない人にとっては、魔法使いは尊敬や羨望の対象になるのか。環境の違いとは恐ろしい。

「あとまあ、強いて言えばわたしのサークルに入って欲しいなぁ、くらい…」

 サークル。何を言い出すかと思えば、またトンチキなことを口にする。

 そんなことを思っていたら、彼女はバッグからビラを一枚出して、私に差し出してきた。

 手に取ったそれをまじまじと見る。

「なに、これ…魔法学サークル?」

「そうです!まだ人がわたししかいなくて非公認なんですけど…いつか公認にしたいなって思ってて…」

 まるで階段を駆け上がるが如く、次から次に私の想像の上を行く。もうどれだけ超えてきたかわからない。

 そこに書かれていたのはおそらく活動内容と思しきもの。魔法に関する勉強、実践を交えた演習、その他諸々。

「それで、本職を入れようと思ったってこと?」

「そうです!是非知恵を拝借したくって!」

 真面目に言っているんだろうが、一から十まで頭がおかしいことに変わりはない。

「あんた、なんでそんなに魔法使いに躍起なわけ?」

 私からすれば…いや、誰から見ても疑問だ。よほどの理由がない限り、こんなにも打ち込めるはずがない。

「実は、昔から憧れで…」

「魔法使いが?」

「はい…小さい頃に何度も読んでた絵本があって、魔法使いが出てくるんですけど、その魔法使いは色んな魔法で人々の困り事を解決していく…とても、とっても優しい魔法使いさんでした。わたし、その絵本が大好きで、わたしもいつかそんな魔法使いになれたらなって思って…」


 つまり、子どもの頃の憧憬をいまだに引きずっているってことか。

 この子は本気だ。だから今の今までその心を持っていて、こんなトンチキにしか思えないようなサークルまで立ち上げようとしている。ただの冗談でできる行動じゃない。

 その心を否定はしない。それは無垢で素敵だ。穢れがなくて美しい。


 だからこそ、私はこの子に寄り添ってはならない。

「そう。じゃ、せいぜい頑張って」

 私はビラを突き返す。彼女の小さな胸に押し付けて。

「待ってください!真緒先輩は…!」

「しつこいよ。私は違う。私は…」

 言いかけて、私はその言葉を飲み込んだ。

 言ったらきっと、全てが瓦解するから。

「…じゃ、立ち上げられるといいね」

 彼女を残してその場を後にする。声も言葉ももう聞こえないふりして。


 私は、あなたの理想じゃない。

 飲み込んだ言葉を反芻して、勝手に苦しくなっている。

 そんな私がひどく醜く思えて、また自分を責め立てる。


           ◇


 私は元魔法使い。

 魔法使いであった人。

 魔法使いであることを捨てた人。


 この世界とは異なるもう一つの魔法の世界、マジック・ワールド。

 私は高校まで、そこで魔法使いの学校に行っていた。

 魔法使いの家系に生まれた私は、当然のように魔法使いとして学び、偉大な魔法使いになるために努力していた。

 まして私は数多いる魔法使いの中でも数少ない“星の魔法使い”の原石。期待も大きかった。私も親に、妹に、周りの人に期待を返せるようにと思っていた。


 だが現実は非情だった。


 魔法使いの資質は先天的に持つ才能に大きく作用される。

 足の長さが走る速さに繋がるように。

 腕の長さが拾える範囲に繋がるように。

 顔の美醜が人の人気に繋がるように。

 生まれ持ったものが大きく能力に繋がる。

 そしてそれは、他の何よりも強力に、残酷に。


 私は要領は悪くない方だった。だから座学はできた。

 けど座学ができても実践ができなければ、魔法使いとしては意味がない。私にはその才能がなかった。

 基本の魔法ならまだなんとかなってはいたものの、それ以外は全くもってからっきし。落第生といっても過言じゃなかった。事実、学内の成績は最下位だった。

 そんな様子だから最初は受けていた期待も、だんだん嘲笑に変わっていった。親も気にしていない風、応援している風を装いながら、次第に妹の方に期待を寄せるようになっていくのを感じた。


 大きな原石を持ちながらその原石を腐らせた。

 輝かない新星。

 堕ちた星。


 そんな言葉ばかりが聞こえてきた。


 そんな環境に耐えられなくなった私は、親の反対を押し切ってこっちの世界に来た。

 もう魔法使いとして生きていたくなかった。できないことをしなければならない息苦しさは、あそこにいる誰もわからない。


 こっちの世界に魔法使いはいない。

 だからもう魔法使いとは無縁でいられる。

 そう思っていたのに……


 …気づくと目の前には、真っ白な天井が広がっていた。何度も見飽きた自分の家の天井だ。やらかした、電気つけっぱなしで寝ていたなんて。来月の電気代が怖い。

 いや、それよりもだ。あいつのせいで懐かしい夢を見た。昔の自分の夢。相変わらず何度思い出しても、辛酸と苦渋に塗れた過去だ。だから思い出さないようにしていたのに、あいつが喧しく騒ぎ立ててきたせいでこんなことに。最悪の目覚めとはまさにこのことだ。寝ていたというのに余計に疲れた気さえする。

 とはいえ今日は土曜日。授業はない。バイトのシフトも奇跡的にない。この疲れをとるため、静養させてもらおう。そう決めて、私はまたテーブルの上のスマホを引き寄せ…

「っ…」

 いや、やめた。

 体を起こして、自分の手でスマホを取る。開くとそこには通知が一件来ていた。

「メール…珍しい…」

 差出人を確認する。

 そこにあったのは私の悩みの種の名前。見ただけで頭痛がしてきそうな、あの名前。

 学内アドレスから送られてきているから、別に来ていることそのものに驚きはしないが、それはそれとして煩わしくは思う。

 無視すればいいとは思う。けど、私はそれを読み始めた。理由は自分でもわからない。

 一字一字読み進めて、私は無意識に眉を顰めた。

「こいつ…」

 つくづく腹が立つ女だ。私のことをなんだと思っている。全く構っていられない。

 スマホを閉じ、ベッドに寝転ぶ。重力に押し負ける体は、この数分によってできた疲労でさらに動くことを拒む。


 目を閉じて浮かぶのは、あの厄介女の顔。私に期待を寄せるあの顔。

 やめろ。そんな顔をするな。私にはそれは…重い。


           ◇


 冷たい風が頬を撫でる。

 月曜日は誰しもにとって憂鬱だ。私とて例外じゃない。

 しかし今日の私はいつもよりも、より鬱屈としていた。


「来ていただけたんですね、先輩」

 よりによって、こいつと顔を合わせなきゃならない。

 体育館裏。あの日、私とあいつとの歯車が回ってしまった日、その場所。他には誰もいない。

「あんな風でしたから、正直来ていただけないんじゃないかって、不安でした」

「そんなことどうでもいい。あんなメールを送りつけてきて、どういうつもり?」


 あの日、私に届いたメール。

 そこに書かれていたのは、あのうざったい態度の謝罪と、それでもまだ私が魔法使いだと思っていること。だからそれを確かめるために今日の昼に会ってほしいという旨。


「私は魔法使いじゃない。もういいでしょ。これ以上私に付き纏わないで」

「真緒先輩!」

 踵を返そうとしたとき、彼女は声を張り上げた。

「なんなの」

 怒気を孕ませた声で、彼女の制止に相対する。

「わたしには先輩が魔法使いじゃないなんて思えません」

「だから…何度も言わせないでよ」

「じゃあ先輩!なんで…なんであの時…わたしにビラを突き返したあの時、悲しい顔をしていたんですか」

 思ってもいなかった言葉に、私の脳は私の意思を無視して記憶を辿っていった。

 あの時、言葉を飲み込んだあの瞬間、私はそういえばどんな顔をしていた…?

 もしそれが、この子が言う通りなのだとしたら…

「何度も何度もお尋ねして、気分を害してしまっていることは謝罪いたします。けれどもわたしにはあの日の、あの時のお顔が頭から離れないのです」

 もしこの子の言う通りの顔だったなら、私は未だに抱いていることになる。

 浅ましい、子どもっぽい、未練を。

「先輩。先輩は本当に魔法使いじゃないんですか。魔法と本当に無関係なんですか?」

「わた…しは…」

 動揺が言葉を詰まらせる。伏せた顔で目が泳ぐ。

 私は違う。

 私は魔法使いじゃない。

 私は魔法使いになれなかった。

 そう言うだけなのに、なぜこんなに言葉が重たい。

 …違う、違う違う違う。魔法使いになれなかった?そんなことを言えば、それは真正に認めることではないだろうか。

 魔法使いであろうとした自分がいたことを。

「真緒先輩」

 呼ばれて顔を上げた。そこにあったのは、慈悲と心配の混在した顔だった。

「そう…なんですね?」

 それはまるでとどめを刺すように、あるいは溺れる体を掬うように投げかけられた言葉。

 もはやこれまでだ。私にはもう、それを否定できない。


「…()()…私は魔法使いじゃ…ない」

「真緒先輩…!」

「違うんだよ!」

 震える声をぶつける。激情を一切隠さずに。

「私は魔法使いじゃ…あなたが思っているような魔法使いじゃない!」

 ああ、しまった。言ってしまった。もう、止まらない。

「私には才能がない。魔法なんて使えない…使えなかった。誰よりも努力したのに!誰にも勝てなかった!底辺だった…!あんたに!この悔しさがわかるか!?」

 彼女の顔が曇っていく。無理もない。

 けど私にはもう、それを見てどうこうできるような心の余裕はない。だからせめてこれ以上傷つけないよう、この場を去るだけ。

「だからもう、私に関わらないで…!私じゃあなたに応えられない…」

 踵を返して、強く告げた。確かな決別の言葉を。

「真緒先輩!」

 呼び止められようと、私は無視してその場を後にする。これ以上ここにいてはならない。

「わたしには関係ありません!底辺だとかなんだとか、そんなこと!わたしにとって魔法使いは真緒先輩だけなんですから!!」

 そう言われて、私は足を止めそうになった。しかし、無理矢理に足を動かしていく。ここに留まることこそ、真に危惧すべきこと。

 穏やかならぬ今の胸中で、ここにいてはならない。


 ふざけるな…ふざけるな!

 なにが、なにが関係ない、だ…なにが。

 比べられてきたこともないくせに。

 これこそが生きる意味だと、生きる価値だと思っていたもので比べられ、敗北を味わったことなんて…敗北しか経験してこなかったことなんてないくせに。

 矜持を折られ、捻じられ、ゴミのようにぞんざいにされたことなどないくせに!

 軽々しく関係ないだなんて吐き捨てるな。

 何も知らないやつが、そんなこと…!


 その後の授業は飛んだ。こんな心じゃ呑気に受けてなんていられない。


 私は魔法使いに…なりたかった。

 魔法使いになりたかった。

 でも、なれなかった。

 どれだけ努力しても届かなかった。どれだけ苦心してもこぼれ落ちた。

 私の手にはなにも残らなかった。

 その空の手を認められなくて、こっちに飛び出してきた。だのに私は、まだ魔法使いであろうとしていた。

 なぜ私は魔法を使える。

 なぜ私は魔法を使った。

 捨てたものだというのに、なぜ。

 魔法使いになりたいだなんて思いを、まだ持っている。


 あれ、そういえば。

 そもそもなんで、魔法使いになりたかったんだっけ――――。


 目を開いた。

 暗い空き講義室。私は机に突っ伏していた。

 そのせいか目が腫れぼったい。いや、頬に乾燥を感じる。泣きながら寝ていたのか。

 変な夢を見た。あいつのせいだ。ここ最近ずっとこの調子だ。いよいよ具合が悪くなってくる。

 けど、思い返せばずいぶん強く当たってしまった。感情を抑えられないままに。惨めったらしいたらない。

 ああ、これは渦だ。自己嫌悪と自己否定の渦。深みにはまって、落ちていくだけの、黒い渦…

 …帰ろう。ここにいる理由はもうない。なんならとっとと帰っておけばよかった。なんで面倒くさがったんだ。

 講義室を出ると、なんだか慌ただしい集団を見かけた。何事かと訝しんでいると、あることを思い出した。

 学祭だ。そういえばそろそろだったか、うちの大学祭は。つまるところあの集団は学祭に出る団体というところか。

 合点がいったところで、何をするわけでもないから、横目にして帰路につく。


 それからあんなに騒がしかったあの女からのアプローチは、水を打ったようにとんと止まった。

 同じ授業のときでさえ、あいつが私のところに来ることはなかった。

 静かになってよかった。清々すらしている。

 願わくばそのまま私のことなど忘れて欲しい。


 それから数日して、大学祭の日がやってきた。


 キャンパスは普段と装いを変え、真面目な雰囲気はどこへやら、全体が賑やかな空気に包まれていた。

 祭りは好きだ。日常とは異なる空気感、誰も彼もが楽しみに溢れている様は、見ているこちらさえ楽しくなる。お祭り価格の食べ物はまあ少しきついけど、それも醍醐味ではある。

 並ぶ屋台も見ものだ。特に大学祭はサークル独特の出し物もあるから、普通の祭りとは一風変わったものもある。

 射的、実験教室、筋トレ焼きそば…いやなんだそれ。マジックアイテムショップ、モクデルバー…

 …マジックアイテムショップ?

「いらっしゃいませーどうぞー!」

 見過ごせなかった看板の屋台の方角から、すっかり聞き馴染みができてしまった声がひとつ。

 そこにあったのはいかにも怪しげな屋台と、ノリノリで魔女のコスチュームに身を包んだ、あの女。あいつ…出店側だったのか…アプローチが止まったのもあのせいか?

 名目はマジックアイテムショップだが、見たところどちらかといえばアクセサリーショップ…準えるならマジックアイテム風アクセサリーショップといった具合か。

 よくやるものだと感心する。種類もそこそこあるのだから、一体いつの間に用意したものやらと思う。熱意だけはやはり本物か。

 ただ見ていても客足は乏しい…いや、ほとんどいない気もする。せいぜいが脇見されて終わりだ。

 熱量に見合っていなさそうなことは容易にわかる。見ていてなんともいたたまれない。

 それで気づいたときには、私は店前にまだ来ていた。

「あれ、真緒先輩!?」

 来るとは思っていなかったのだろう、驚かれた。私とて、なぜ来てしまったのかわからない。

「や、久しぶり…」

 うん、しまった、少し気まずいぞ。

「えーと、その…なんつーか…ごめん、この前は。ちょっと…取り乱してた、から…」

「いえいえ!こちらこそすみませんでした!その…一人ではしゃいじゃってました…先輩の気持ちとか全く考えないで…本当にごめんなさい!」

「まあ、いい…よ、別に」

 そう返して、沈黙が挟まった。

 しまった、相当に気まずいぞ。

「これ、売り物?」

 耐えられなくなり、話を無理矢理に変える。

「あ、はい!そうです!色んなパーツを組み合わせて作った、マジックアイテムアクセサリーです!とはいっても、本当に魔法が使えるようになるわけではないんですけどね」

 驚いた。ハンドメイドか。

 授業で一度魔道具を作ったことがあったが、用意されたパーツを組み合わせるだけでもかなり大変だった。

 だというのにこの子は一からアイデアを出して、パーツを揃えて作ったわけだ。感服だ。

「すごいね…大変だったでしょ」

「ええ、まあ…あとは売れてくれれば嬉しいんですけど、全然なんですよね…ここまででも二人くらいしか買ってくれてません。少しでも魔法学サークルの宣伝ができればなぁ、なんて思ってたんですけど、これでもダメみたいですね」

 そう言って、彼女は困ったような笑みを浮かべた。

 まあ怪しい見た目に怪しい売り物。近寄り難くはあるし、値段設定もハンドメイドということを加味すれば安いものだが、それでもまあまあだ。無理もない。

「すみません。愚痴みたいになっちゃって」

「いいよ、全然。んーじゃあ、私とりあえずなんか買ってってあげるよ」

「え!?ありがとうございます!どれがいいですか?」

 一通り全体を見渡して、一つの指輪が目に留まった。

 見た目としてもそんなに派手じゃなくて、ちょっとおしゃれで普段使いしやすそうなものだ。

「うん、この指輪にしようかな」

「お目が高いですね!その指輪はですね、この石に雷の魔法属性が付与されてまして…」

「あーいい、いい。そういう設定みたいなのいいから」

 こっちは散々ガチのそういうの勉強してきたし。

 代金をトレイに置いて、話をさくっと遮る。

「あ、すみません…ではどうぞ!」

 もらって、早速つけてみる。うん、悪くない。

「あとこれ、もしよろしければ…先輩はいらないかもしれませんけど、一応買っていただいた方には差し上げてますので」

 そう言って彼女は申し訳なさそうに一枚のビラを添えてきた。

 それは以前私が突き返したもの。魔法学サークルの広告のビラだった。なるほど、なぜ出店側にと思ったが、このサークルの宣伝も兼ねているわけか。よく考えられている。

「ま、もらっておこうかな。ありがと」

「いえ!こちらこそありがとうございます!」

 感謝を背に、私は店を後にする。

 左手の中指で輝くのは、少し太めのシルバーのリングベースに、ゴールドのラメを内包したイエローのレジン。改めて見返すとやや派手に思えるが、まあ妥協点だろう。


 “誰よりも努力したのに!誰にも勝てなかった!”

 “この悔しさがわかるか!?”


 あんなことを言ったが、あの子もあの子なりに努力していた。そしてそれが報われていなくもあった。

 どんな形であれ、あの子も似たような経験をしていた。それも知らないで、私は独りよがりに怒号をぶつけていた。

 …私の古傷は、きっと一生消えない。

 けど、多分…少しは改めるべきなのか。


「いやぁぁあああ!?」

 直後のこと、悲鳴が響き渡る。

 反射が私の首を振り向かせる。

 そこにあった光景は、先のアクセサリーの中の一つが浮遊し、闇のように鈍く黒いオーラが溢れ出す、異様な光景だった。

「なに…あれ…!?」

 そのオーラはますます勢いを増し、奔流となって辺りを侵食し始める。どよめき立つ周囲の人間と裏腹に、あの子はその場にへたり込んでいた。

 …間違いない。あのオーラは()()だ。

 しかしあそこにあったのは全て偽のマジックアイテム。こんなことが起こり得るはずが…

 いや、まさか…

「“()()”か…!?」

 魔道具にはごく稀に“漂流”という、様々な条件が重なることによって時間、空間を超越して異世界に転移してしまう現象が発生する。

 あの子は色んなパーツを組み合わせて作ったと言った。もしその中に知らず知らずのうちに、漂流した魔道具の部品が入ってしまっていたとしたのなら…あり得る話だ。

 原因は推定できた。だがどうする。あれをどうやって止める。

 自然に鎮静するのを待つか。いや、この未曾有の事態にこの人数、何が起こるか、どれだけの被害が出るかなんてわからない。

 なら…止めるしかないのか、私が。

 いや、不可能だ。私にはあれは止められない。暴走した魔道具の制御も習ったが、止められた試しはついぞなかった。ましてあの魔力の質と量は、授業でも見たことがない。

 つまりは詰みだ。私にはどうすることも…


「…けて…」


 か細い声。


「助けて…誰か…」


 震える、泣きそうな声。

 助けを求める、あの子の声。


「もう大丈夫。私に任せて」

 バカバカバカバカバカ!なんで来た!なんで!

 私にはできない。私には無理だ!なのになんで体が動いた!?

 手が震える。心が恐怖に打ち負けそうだ。今にも逃げ出したい。

「せん…ぱ…」

 背中から聞こえる、掻き消えそうなか弱い声。


 ―――“わたしにとって魔法使いは真緒先輩だけなんですから”


 脳裏に反響する、あの時の言葉。


 …そうだ。折れるな。

 あれを知っているのは私しかいない。

 あれに対処できるのは私しかいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 深呼吸して、背後の彼女に告げる。

「お願い。私が合図したら、なんでもいい、それっぽい呪文をひたすら叫んで」

 彼女は震えながらもこくこくと頷いた。ありがたい。それなら誤魔化せる。あなたの声はとても通るから。

「やってやる…やってやる…!」

 自己暗示するかのように呟いて、目の前の魔道具を見据える。

 形状は見えにくいが、おそらく指輪か。狙うはオーラの中央、そこにあれはある。


 準備なんて全然。勇気なんて全くない。けど、

「私だって…!」

 覚悟だけは、決まった。

「私だって!」

 右手を勢いよくあの悍ましい暗黒の中へと潜り込ませる。

「っづぅ…!」

 途端、指先から流れ込む痛み。神経が焼かれるような痛みが、私の右腕を蝕む。

 しかしここで怯んでは全てが水の泡となる。このまま一気に核に進む。

 肘上まで呑まれようかというところで、指先に感じた確かな感触。

「あった…!」

 それを握り込んで、後ろの彼女に目線を送る。

「お願い…!早く!」

 呆気に取られていた彼女は、私のその声で気を取り直した。そして立ち上がり、困惑のままに叫ぶ。

「あ…アブラカダブラ!」

 あまりのステレオな呪文に、余裕なんてないのに笑ってしまいそうになる。

「ビビデバビデ、エタヤラホンニャラ…!」

 何を言っているのかもうわからない。なんでもいいとは言ったが、自由すぎる。

 しかしここが正念場だ。向こうが勇気を出した。私も応えねばならない。

 彼女の意味不明な呪文の中で、小さく、しかし確かに口にする。

「“ステッラ”…!」

 刹那、時が止まったかのように、精神は無の如く澄み切り、音は私の言葉のみが残響する。

 響くそれは、決してもう使わないと唾棄したもの。

 しかし、今この場において、なによりも求めているもの。

「“ネブラ・マクラ”…!」

 詠唱。


 続けて黒のオーラを私の手から吸収する。

 瞬間、体が焼けるような熱に犯される。内側から焦がされるかの如き熱。視界も歪に揺らぐ。膨大な魔力を際限なく取り込んでいるせいだ。

 しかし構わない。むしろ好都合。この魔力を一気に魔法の動力として叩き込む。


 私にはこいつは止められない。残念ながらどう抗っても不可能だ。

 だが魔道具はその性質上、内包する魔力は有限だ。そいつを空にしてやれば、残るのはただの道具そのもの。

 だからこいつの魔力を私が別のものに変換して浪費し続け、魔力を使い潰す。


「“ウーニウェルスム”…!」


 無威力、指向性ゼロ、制御度外視。魔法としてはまるで無意味。まさに底辺の魔法。

 それでも今だけは、最高の魔法。


 ああ、そうだ。なんで魔法使いになりたかったのか、思い出した。

 星の原石とか、周りに認められたいとか、そんなんじゃない。


「マオ!」

「“スーペルノーヴァ”!」


 ただ、みんなを笑顔にしたくて、魔法使いになろうと思ったんだ。


 瞬間、溢れ出るは星屑の如き輝き。

 辺り一面を覆い尽くすように、眩い光球が舞い踊る。

 禍々しい黒と対比するかの如き光の数々は、まさしく銀河の星々の煌めき。

 宇宙(そら)に燦ざめく星の瞬き。


 その輝きの最後の一つが空に溶けたとき、最早そこに闇はなかった。

 あるのはただ、嵐の後の静寂。息を呑む音だけが一瞬聞こえるのみ。

 張り詰める緊張のまま、私は手中のそれを確認する。赤の石の嵌め込まれた指輪。魔力はもう、感じない。

 確認して、私は彼女に目配せする。おそらく今回最大の功労者に。

 肝心の向こうは尻餅ついて呆然としていた。格好がつかないったらない。

 手を差し伸べて彼女を立たせると、私は集まった人々に向けて胸を張った。

「以上!魔法学サークルによるマジックショーでした!ありがとうございました!」

 私が頭を下げると、つられて慌てて彼女も頭を下げた。

 途端、まばらな拍手が起こる。ぱらぱらと小雨のような拍手。

 それは次々に波及していき、拍手が拍手を呼び…やがて嵐のような大喝采が巻き起こった。

 その中心にいるのは、他の誰でもない、私たちだ。

 頭を上げて周りを見れば感嘆の笑顔ばかり。

 …ああ、そうだ、これが見たかったんだ。

「よかったね、花奏」

 労いと祝福の言葉をかける。すると花奏はぱっと私を向いて、感極まったような顔になった。

「先輩…!今、名前…!」

「えっ…?あっ、いや、これは…」

 なんとか弁明をしようとするが、疲労で思考が鈍って言い訳が出てこない。

 あれこれと考えている隙に、花奏が勢いよく飛びついてくる。

「真緒先輩っ!」

 私はその衝撃に耐えきれず、押し倒されて背中を打ってしまった。久しぶりに全開で魔法を使ったせいか、体に力が入らなかった。

「いっ!」

「わわっ!大丈夫ですか!?」

「くっそ、誰のせいだと…」

 相変わらず喧しい女だ。本当に腹が立つ。

 けど、なんでだろうな。不思議と今は…嫌な気分じゃない。

「真緒先輩」

 体を起こすと同時に、花奏が私の名前を呼んだ。爛々とした目だった。

「…なに」

 私が応えると、花奏はすっと息を吸い込んだ。そして屈託のない、無邪気な笑顔を咲かせた。

「やっぱり真緒先輩は、わたしの憧れの魔法使いですっ!」

 臆面もなく真正面から花奏は言った。

 私にあんなに言われたというのに、それでも。

 どこまでも図太く、どこまでも押しが強く…どこまでも、真っ直ぐだ。

「…はっ…もー…好きにしろ」

「やったぁ!真緒先輩!」

「だからくっつくな!おい!」

 花奏が勢いよく腕を絡ませてくる。

 引き剥がそうとする私の手には、誇らしく指輪が輝いていた。


           ◇


「言っとくけど、私は別にあんたを許したわけじゃない」

「はいっ!」

「魔法使いだってことも、別に認めた覚えはない」

「…はいっ」

「あんたのその態度もまだ気に食わない」

「はいっ!…え?は、はいっ!」

 しまった、吹き出しそうになった。

「まあうん。えーっと…それでも、まだ入って欲しい?」

「はいっ!真緒先輩にぜひ、入って欲しいです!」

 なんて真剣な目。見ていて思う、つくづくこいつは真面目バカだ。

「ちょっ、なんでそんな呆れた顔を!?」

「いや、本当あんたってやつは…」

 ため息が出る。けどだからこそ私は、そう決めたんだろう。

 魔法から目を逸らして、逃げて、顔を伏せてきた自分。でももう一度、あと一歩だけでも…進んでみようと。

「…わかったよ」

 逃げずに真っ直ぐと花奏の顔を見て、私は告げる。

「魔法学サークル入るよ、花奏」

 途端、花奏の目が潤んだように輝き、口をぱくぱくさせ出した。

「ちょ、どうし…」

「ぃやったぁーーーーっ!!」

 飛び跳ねて、全身で歓喜を表現する花奏。

 嬉しいという気持ちが身体中から溢れ、笑う声は弾んでいる。

 初めてだった。魔法のことでこんなにも必要とされ、喜ばれたことなんて。

 まあ、それはそれとして…

「いくらなんでも喜びすぎだろ…」

「そんなことないですよ!真緒せんぱーーいっ!!」

 あー、やっぱりこうなるか。

 全体重を預けてくる花奏を、体で受け止める。

 心底呆れながらも、私はこの腕を振り解きはしなかった。


 星崎真緒、21歳。大学生。

 元魔法使い―――改め、魔法使い。

人物紹介


・星崎真緒

 魔法使いの方。21歳なのに二年生なのは生活基盤を整えるために一浪したから。金髪は実は地毛。魔力属性によって色が変わった。ダウナーなのかオラオラなのか書いてる私もようわからん。


・倉地花奏

 魔法使いじゃない方。見た目のイメージは暗○教室の奥○さんとかウ○娘のゼンノ○ブロイとかだったんだけど、ムーブはなんか押しの強い倉本○奈みたいになっちゃった。


・ガキ

 こういうやつがいるのでかもしれない運転を心がけましょう


・作者

 なろうでははじめまして。飲みの夜に友達の家泊まって寝てた時に見た夢を元にして書きました。見てた夢では花奏がちゃんとおどおどしてたし、最後の魔法を使うところももっと楽しげだったんですけど、書いてるうちになんか逸れていきました。物書きあるあるですね。

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