世界を敵に回しても
世界を敵に回しても、私は自由に生きたかった――。
はい、どなたでしょう?
まあ! 王女様と騎士様と神官様。
勇者となったあいつと一緒に魔王退治をなさった聖女であられる王女様と騎士様と神官様ですね。
まさか勇者の故郷とはいえ、こんな田舎の村に、魔王を倒した英雄である皆様が訪ねにいらしてくるとは、想像もしていませんでしたわ。
玄関で立ち話など失礼いたしました。
ここでよろしいのですか?
ただ私に伝えたい事があってきただけですのね。
そうですね。村一番の規模と設備を誇る勇者の家ですが、王女様や貴族でもある騎士様と神官様には、あばら家に等しい家ですわね。あまり長居はしたくないでしょうね。私も正直、持て成すのが面倒だし。失礼しました。つい、本音が。
それで、お話というのは?
え? 申し訳ありません。もう一度、仰っていただけますか?
勇者と王女様の結婚が決まった。だから、勇者と結婚の約束をしていたようだが、諦めてほしい?
聞き間違いではなかったようですね。
あの、本当の、本当に、王女様は、あいつと、勇者と結婚するのですか?
本当の本当に結婚するから、勇者の事は諦めてほしい?
そんな、そんな事。
う、う、う。
うふふ! あーははは!
やった! やった!
やっと! ようやく! あいつから解放されるのね!
安心してください!
諦めるも何も、あいつの事は、全然、まるっきり、全く、好きじゃありませんから!
むしろ、大嫌いですね!
だから、あいつを引き受けてくれて、心の底から感謝しますわ!
どうして、という顔をされていますが、周囲が勝手に私を勇者と相愛の恋人だと思い込んでいただけで、私自身は好きじゃない。むしろ、大嫌いだったんですよ。
私が勇者と周囲に、どれだけ、あいつが嫌いだと訴えても、全く聞いてもらえない。なぜか、照れ隠しなんだろう、素直になれよと、言われて、どれだけ嫌な思いをしてきたか。
まず、顔が嫌。超絶美形だとは私も思いますが、私は整いすぎた顔より、平凡顔のほうが見ていて心が安らぐんです。
顔以上に性格が嫌。人の話を聞かない。どれだけ嫌だと言っても、勝手にあちこち引っ張り回して、挙句、こっちが風邪を引く羽目になっても、お前が気を付けていなかったからだと、原因になったあいつではなく、私が責められる理不尽な目に遭ってきた。
魔王退治で、あいつが村を出る際、放っておいてくれればいいのに、心配だからとか何とか言って、私をこの家に閉じ込めてくれた。あいつが張った結界のせいで、それ以来、私は、この家から出る事ができなくなった。食料その他の生活必需品は勇者に頼まれた村の人達が運んでくるから支障はないけど、今の私は籠の鳥と同じ。ただ生きているだけだわ。
それで、どうして好きになれると?
王女様があいつを引き受けてくれて、本当に感謝しますわ。
これでようやく、私は自由になれる。
勇者が本当に、そんな事を?
信じられないのは分かります。あいつ、外面はいいですからね。
魔王退治のメンバーに選ばれるほどの魔力の持ち主なら、この家に張られた結界に気づきませんか?
それは、あくまでも勇者が自宅を守るためだと思っていたですか?
それもあるでしょうけど、第一は私を逃がさないためですよ。
まあ、それも、勇者が王女様と結婚すれば、私を閉じ込める必要もないから、この結界を解除して、私を自由にしてくれるでしょう。というか、自由にしてくれないと私が困る。
ああ、勇者が帰ってきましたね。
お帰りなさい、勇者。
あら? どうしたの? 血まみれになっているけど。
国王や貴族達が王女との結婚を強要して、うっとうしいから殺してきた?
はあ、王女様との結婚が決まったというのは、あんたの意思ではなく周囲が強要したせいだったのね。
当たり前だ? 僕が愛しているのは、君だけだ?
何度も何度も何度も何度も何度も言うけど、私は、あんたを愛してない。むしろ、大嫌い。死んでほしいくらいなんだけど。
またそんな強がりを言って?
はあ、ほんとに話が通じないわね。
国王や貴族達を殺したって、どういう事だ⁉
そう言って勇者に詰め寄っている王女様と騎士様と神官様、お話を中断させて申し訳ありませんが、まず私の用件を済ませてからにしてください。すぐ済みますので。
騎士様のお腰の剣を貸していただきますわね。
ザシュッ!
ああ、騎士様、あなたの剣を汚して、ごめんなさい。
でも、この邸は勇者の魔力のせいで、高い所から飛び降りても、刃物を使っても、私は無傷で死ぬ事ができなかった。自死するには、勇者の魔力を帯びてない他人の剣を使うしかなかった。
信じられないという顔をしているわね、勇者。
何度も何度も何度も何度も何度も言っているでしょう。
私は、あんたが大嫌い。このままずっと、あんたに閉じ込められて生きるくらいなら死んだほうが何倍もマシだわ。
ああ、これでようやく、私は自由になれる。
自由になれたはずだった。
けれど、勇者の魔力で私の魂は王女の体に移されてしまった。
魔力は、その精神に宿る。体に残滓として幾ばくか魔力が残っていたとしても、その体の本来の持ち主が消えた以上、使えないはずなのだ。
だが、どういう訳か、私は王女の体に残っていた聖女としての魔力を使えた。
私自身に魔力はなかった。そのはずだったのだが、王女の体に入った(入らされた)事で、潜在的に備わっていた魔力が使えるようになったらしい。「成り代わった人間の魔力を増幅させて使える」という魔力が。
その魔力で、私は勇者を殺した。
あれだけ完膚なきまでに拒絶したというのに、勇者は以前と同じく王女となった私を閉じ込めようとしたのだ。
私が王女の聖女としての魔力を使えるのも、私がそんな行動に出るのも想定外だっただろう。油断しきっていた勇者を殺すのは簡単だった。
勇者は最期まで信じられないと言う顔をしていた。
魔王を倒し、世界を救った勇者にしては、何とも情けない最期だ。
誰もその場面を見なかった事は、勇者にとっては幸運だっただろう。勿論、私にとってもだが。
私の魂を王女に移す際、勇者は王女を守ろうとした騎士と神官を殺した。共に魔王を倒した仲間だったのに、勇者にとっては、何の親愛も信頼も芽生えなかったようだ。
勇者を殺す事に、ためらいはなかった。
自死しても駄目なら、もうこの方法しかないだろう。
魔王を倒した勇者だろうと、私にとっては私の人生と自由を阻害し、尊厳を踏みにじろうとする忌むべきモノでしかない。
私が我慢しろと言われるのかもしれない。今まで、ずっとそうだった。
私の意思よりも、皆、世界の英雄である勇者を優先してきた。
私の意思など考えてくれた事などなかった。
だから、私ももう、私以外の事は考えない。
勇者を殺した私を世界は許さないだろう。
だが、たとえ、世界を敵に回しても、私は自由に生きたかった。
王女の体に私の魂を入れたのは勇者であっても、王女の体で生きる事を選択したのは、私自身だ。
一度生きる事を放棄した私が、他人の体を奪って生きるのも、他人を殺して生きるのも、許されない事だろう。
だが、それでも――。
今はまだ、この王女の体の寿命が尽きるその日まで、自由に生きる事を許してほしい。
いつか必ず因果応報の報いを受けるから。
その日が来るまで、私が私らしく自由に生きる事を許してほしい。
読んでくださり、ありがとうございました!