35話(92話) 閉ざされた道
火を炊くのは危険だからと代わりに大きめの照明石を設置し、その周りを囲んでリディアたちは食事をとった。
「どうだ嬢ちゃん、初めての携帯食料は」
「んー……なんとも言えないわね」
ここでの携帯食料は干した肉や乾燥していてカビにくいパン、干した果物と乾燥したスープ粉末を水に溶いたものなんかだ。リディアは前世で会社員をやっていた時、繁忙期で残業が続く時期には栄養バーのようなものをしょっちゅう食べていたが、あれは甘くて食べ続けていると飽きてしまう。それと比べると、こっちの方が多少食事っぽいような気はした。アンドレアから同じように問われたミラとアリシアは、どうやら初めてではないらしい。
「私は幼い頃、路上で暮らしていたことがありましたから……その頃に比べれば、何だって美味しいですよ」
「えっ! そうなんですか!?」
「意外と過酷な生活してたんだなあ」
普通、路上で生活していたと聞けばあれこれ気になって聞きたいところなのだろうが、アンドレアとアリシアはそういうところでアッサリとしているので、特に深堀りはしなかった。
「金髪の嬢ちゃんは?」
「私は……なんというか……私も幼い頃、ちょっと大変だった時期があった、といいますか……」
「そうなの……」
アリシアの言葉は歯切れが悪い。あまり答えたくないのだろうか。作者であるリディアの知らない、アリシアの過去。そういえば彼女は攻撃の魔法を始め、かなり実用的な魔法が使えるようだが、元々の物語ではもっと回復魔法や聖女設定に寄ったものだったはずだ。それに比べ、今目の前にいるアリシアの魔法はもっと多岐にわたっている。物語の中ではキースがいるから使わなかっただけで、元々使えるのだろうか? リディアの存在自体がそうであるように、この世界には設定していない部分は存在しないというわけではないので、作者であるリディアにも知らないことは結構ある。アリシアの過去や魔法も、そのうちの一つなのかもしれない。
「あっ、あの! そういえばリディア様は、どうして冒険に出られることにしたんですか?」
アリシアが話題を逸らす。答えたくないことを無理に言わせることも無いだろう。リディアはそれに乗っかることにして、「そうね……」と口を開いた。
「私、結婚する前も、結婚した後も、あまりどこか……遠くへ行くことが無かったのよね」
両親は旅好きだったが、リディアが小さいうちはあまり出かけず、大きくなってからは二人で行ってしまうことが多かった。記憶を取り戻すまでのリディアは本当に何の変哲もない令嬢で、どちらかというとインドア派だったので、帝都に行くときやどこかのパーティに出席する以外では留守番することがほとんどだったのだ。
「もっと色々なところを見てみたいと思ったのよ。……本当なら、結婚したばかりの公爵夫人がすることじゃないんだけどね」
許してくれたキースと、着いてきてもいいと言ってくれたアンドレアには感謝しているの、と語るリディアを、アリシアはキラキラした瞳で見つめていた。
「素敵ですね……! 実は私も、本当は世界中、いろんなところを見てみたいんです!」
アリシアはそう言うと、本で読んだという世界のあちこちにある不思議な植物や大きな湖、綺麗な風景や珍しい動物の話を楽しそうに語り始めた。しかし彼女には家や父親、街の人々のことがあるから、こうして外に出られるのはなかなかないことなのだと言う。
「……だから今、こうして皆さんとここにいるのが、とっても楽しいです!」
物語の中のアリシアは、初めての煌びやかな社交界やキースとの冒険に、いつも心躍らせていた。それは彼女にとってその世界が新鮮で驚きに満ちていたから、そして何より愛する人であるキースがいるから——と書いていたが、実際の彼女はもっと好奇心に満ちていて、こうしてやりたいことだって持っているのだ。リディアの中で少しずつ、単なるキャラクターである、物語のヒロイン、アリシアから、目の前にいる一人の人間であるアリシアへと変わっていく。
「——なあ、俺の今までしてきた冒険の話、聞きてえか?」
彼女の言葉を聞いて何か思うところがあったのは、リディアだけではないらしい。アンドレアの言葉に、アリシア「え! いいんですか? 是非お聞きしたいです!」と一層目を輝かせた。
「よし、じゃあ何から話そうか……そうだな、俺が帝国の騎士団を辞めて、一番最初に出た冒険の話にしよう。特に目的もなかった俺は、どこかに楽しいことはねえかとフラフラしていたわけだが——」
そうして、アンドレアの話は食事を終えてミラが皆を治療し、眠りに就こうとリディアたちがテントに入る寸前まで続いたのだった。
***
翌朝——といっても、朝日がないので時計が合っていればの話だが——リディアたちはふたたび食事を摂り、一度設備はしまってから探索に出ることにした。
「昨日から思っていたんですが、その袋……どこかで売っている魔道具ですか?」
「ああ、これか? これは嬢ちゃんが作ったんだよ」
「え! そうなんですか!?」
驚いた顔で振り返るアリシアと目が合った。彼女はびっくりした顔のまま、アンドレアの持っている袋と自分が昨日もらった魔法石のチャームとを見比べている。
「……何かを作るのって、ちょっと得意なのよ」
リディアが誤魔化すように照れ笑いすると、アリシアは「それどころの話じゃないですよね!?」と大袈裟な反応をした。そんな会話をしながら、昨日よりさらに奥へと進む。
奥へ進むほど自然は濃くなり、壊れている扉も増えてきた。中には壁画や祭壇の跡など、何らかの宗教的な痕跡が見て取れる。徐々に水が流れてくる音も大きくなってきたようだった。と、その時。奥から何かの咆哮が聞こえてくる。
「……!」
「今のは……」
「……何かが近付いてきてる……」
「全員警戒だ!」
アンドレアが皆を背に隠して立ちふさがった。魔力の塊が近付いてきている気配がする。ミラは剣に手をかけ、アリシアも攻撃魔法の構えをしている。リディアもジリジリと後ろに下がりながら防御魔法の構えを取った。足音が近付いてくる。
「——魔物の群れだ!」
魔力の塊の正体は、凶暴化した魔物の群れだった。アンドレアは躊躇いなく大剣を振るい、その少し後ろでミラも剣を使い、魔物を退けている。リディアは防御魔法を展開して何か勝機はないかと窺っていたが、そのときふと、アリシアが攻撃を躊躇して後ずさっていることに気が付いた。心優しい彼女は魔物はあまり攻撃したくないらしい。
「アリシア! 大丈夫?」
「す、すみませんリディア様——うわっ!」
その瞬間。ふっと足元から重力が消え、リディアとアリシアのふたりは暗闇へと消えた。




