33話(90話) ヒロインの矜持
石像を倒して開いた扉の先は、さっきまでの遺跡のような空間とは少し異なっていた。
「わあ……」
石造りの壁や床には劣化からか亀裂が走り、天井から滴り落ちた水のミネラル質が固まって一部が鍾乳石のようになっていた。水分が多い環境だからだろう。あちこちに苔やキノコ、蔦が生えている場所もある。
「あ!」
小さく声を上げたアリシアの視線の先には小型の魔物が数体、ゆったりと歩き回っていた。このエリアは巣としての役割も果たしているのだろう。見たことのない植物もたくさんあり、いかにも〝未知の空間〟といった雰囲気だった。
「一体どこまで続いているんでしょうか……」
「先は……見えねえな」
壁にはいくつか扉なんかもあるようだが、そもそもこの空間自体がかなり広い。耳を澄ますと水の流れる音がした。川か何かがあるのだろうか。
「……! 今のは……」
何かに気が付いたらしいアリシアがぴくりと肩を揺らし、「聞こえました?」と問いかけてきた。皆でふたたび耳を澄ましてみるが、リディアには何も聞こえない。ミラにもわかっていないようだったが、アンドレアだけは「本当だ」と反応した。
「何か聞こえた?」
「ああ……ありゃ何かの咆哮だな」
「苦しんでる感じ……では、なさそうなんですけど……」
アンドレアは、とにかくこの先には大型の魔物も生息している可能性が高いから注意しろと皆に告げた。
「ひとまずどこか、拠点にできるところを探さねえとな」
「そうですね。一度皆さんの治療も、きちんとさせていただきたいですし」
中に入ってからどれくらいの時間が経っただろう。陽の光が入らない空間では時間経過が曖昧になっていくが、一度大きな戦闘をしただけに、それなりに疲労も溜まってきている。幸い、さっきの空間はほとんど真っ暗闇だったがこの空間には定期的に照明石が埋まっているほか、光を放つ植物たちがあるおかげで明るく、視界は悪くない。どこかにトラップが突然現れるかもしれないので警戒を怠ることはできないが、ここから先の旅のことを考えてもどこかで休息をとるための算段をつけたほうが良いだろう。
一行は、最深部を目指しつつ、拠点にできそうなできるだけ安全かつ見晴らしの良い場所を探すことになった。
「行きましょう、リディア様」
「そうね。……ねえ、アリシア」
「どうしました?」
きょとんと見つめてくるアリシアは、ついさっきまで毒矢で死の淵にいただなんてとても信じられないほど元気だ。確かにミラの回復魔法は出自も考えれば一級品だが、魔法を使える者にとっては生命エネルギーの役割も果たしている魔力が元々高いからこそ、この回復力なのだろう。
「さっきは守ってくれて、本当にありがとう」
リディアは深々と頭を下げた。あの瞬間、毒矢が刺さっていたのがもし自分だったら。アリシアが守ってくれたから、今こうして無事でいられる。不用意に近付いて彼女を命の危機に晒したのは自分だ。そういう気持ちを込めての感謝だった。アリシアは「えっ、そんな!」とアワアワしている。
「当たり前のことをしただけですよ……!」
——ああ、私の生み出したヒロインはなんて良い子なんだろうか。
しみじみそう感じるが、ただ呑気にそうとも言っていられない。これから先、危険なことはたくさんあるだろう。そういうとき、守られているだけではダメなのだ。リディアは懐から予備として持ってきていたあるものを取り出した。
「これ、受け取ってほしいの」
「これは……」
リディアがアリシアに渡したのは、以前職人に頼んで作ってもらった防御魔法のかかった魔法石のお守りだった。全部で五個作ってもらったうち、四つはミラ、アンドレア、キース、エドに渡していて、あと一つが残っていた。これはきっと、アリシアに渡す運命だったのだ。
「これ、私が防御魔法をかけたお守り……みたいなものなんだけど」
「お守り……」
アリシアは不思議そうにチャームを眺めている。キースの瞳と同じ、淡いブルーの石は明るいブロンドと青い瞳のアリシアには予想通りよく似合っていた。
「そう。一定以上のダメージを受けると自動で防御魔法が展開して——これ! このコンパクトにね、居場所が表示されるの」
コンパクトを出したリディアの説明を聞きながら、アリシアは「へえ~」と珍しげに頷く。リディアはそこでふと、あることに気が付いた。
——そうだ、位置情報が表示されるんだ、これ。
前世でも散々話題になっていた。カップル間や友達間の位置情報共有の是非。これまでの皆が受け取ってくれたから気付かずにいたけれど、プライバシーを守りたかったら、これってすごく迷惑かもしれない。慌ててリディアは弁解を始める。
「ち、違うのよ、あのね、別に常に居場所が表示されるってわけじゃなくて、あくまで作動したときにだけ表示されるようになってて……ああ、もう……ごめんなさい、嫌だったら全然、受け取らなくても——」
「いります! あ! いや、その、いただきたいです!」
しどろもどろで説明しようとするリディアの言葉をアリシアが遮り、チャームを胸に抱くような仕草をした。本当にいいのかと何度か意思を確かめたが、彼女は「本当にほしいんです」と頷く。
「実は……あまりこうして、誰かから贈り物をいただくようなことって、少なくて」
「あら、そうなの?」
それは少し意外な台詞だった。愛されヒロインであるアリシアにとって、贈り物なんて日常茶飯事だと考えていたからなのだが、確かによく考えると彼女は作中でもキースからの贈り物を人一倍喜んでいる。没落寸前の男爵家令嬢としての生活は、作中で描いた以上に大変なものなのかもしれない。
「——とにかく、リディアさまからいただいたものですから! 大切に身に着けます!」
そう言ってとびきりの笑顔を浮かべるアリシアはヒロインの名に相違ない可愛らしさだ。本当に非の打ち所がないヒロインだ。キースと並んだらきっと完璧なふたりに違いない。作者としてこんなに嬉しいことはないはずなのに。なぜだか感じるわずかな胸の痛みから目を逸らし、リディアはアリシアに微笑み返した。
個別にもお返事させていただきましたが、誤字報告本当に助かります。ありがとうございます。
本日は夜も更新予定ですので、よろしくお願いします!




