21話(78話) 紋章の謎
石の壁に大きく彫られた奇妙な紋章。リディアは記憶を掘り返してみるが、思い当たるものは特にない。異様なほどの静けさが辺りには広がっていた。
「……皆、この紋章に覚えはある?」
リディアの問いに、アンドレアとミラは首を振る。唯一アリシアだけは首を傾げてジッとそれを眺めていた。
「アリシア。見たことあるの?」
「うーん……どこかで見たような気がするんですけど……」
どこだっただろう、とアリシアは顔を横に向けてみたり、遠ざかったり近付いたりを繰り返す。前世で、ダンジョンはまだ〝これから登場させよう〟という構想段階であり、きちんと描写をしていたわけではない。あったのはただ〝アリシアとキースがその中に迷い込み、世界の危機に関わる重要なアイテムを手に入れる〟ということと、魔物からドロップするコアでライバルキャラを強化するというアイデアだけ。だからリディアも中のことは詳しく知らないのだ。アリシアが考え込んでいる間、リディアはアンドレアに問う。
「……この紋章のこと、迷い込んだっていう人たちからは何も聞いてない?」
「ああ、そのはずだ」
この旅に出る前、アンドレアが言っていた迷い込んだという人たちからの情報。棲み処の中はかなりの広さで、探索に数日はかかるだろうと聞いたはずだ。しかし、この紋章のある石の壁で行き止まりで、左右にも道はない。
「確か、かなり広いって言っていたのよね?」
「そうなんだよなあ。数日はかかりそうな広さだと報告されているんだが……どこかで伝達ミスでも起きたか?」
「……その迷った人たち、魔物は見たって言ってた?」
「あ? いや、そういや怪我の一つも負わなかったらしいな」
石の壁の奥に消えていった魔物。そしてこの石の壁に向かって、リディアたちが歩いてきた道は徐々に細くなっている。リディアの頭の中には、一つの考えが浮かんでいた。
——きっとこれは、扉の類ね……。
鍵が何だか、そしてその迷い込んだ人々が言っていた広い空間の謎はまだわからないが、とにかくこの奥に空間がありそうだとリディアは考えた。紋章の彫られたその壁は、意識してみればピリリと肌を撫でるような特殊な魔力を発している。微かに吹く冷たい風と、鉄っぽい匂い。異様な雰囲気に緊張しながらリディアはそっとその紋章に触れた。と、その時。ふたたびあの奇妙な文字が浮かび、リディアの視界に飛び込んできた。
「——ッ」
突然のことに一瞬たじろいだが、リディアはすぐにその文字を読む。
〝材質は石灰岩。表面に古代式の術式が刻まれている。通常時はただの壁として機能し、通行は不可能。出現条件は一定量以上の光の魔法の使用。条件を満たさない場合、迷わせるための別のルートが提示される。〟
——光の魔法。
これはまず間違いなく、アリシアの魔法のことだ。つまりこれは、彼女の魔力に呼応して出現した、いわば〝真ルート〟ということになる。
リディアはその先も読み進めた。
〝この紋章により封印された入口は、光の魔法による詠唱で開く。一定時間経過、または術式の解除により閉鎖処理が行われる。〟
条件がわかった。しかし肝心の、光の魔法による詠唱が具体的に何を指すのかわからない。
——確か、前に袋にこの文字が現れた時は……。
文字を書き換えられたはず。そう考え、リディアは〝光の魔法による詠唱で開く〟という文言に触れてみる——が。
「ダメか……」
文字はゆらゆらとゆらめくだけで変わらない。何か条件があるのか、それともただリディアの力が足りないだけか。まだ明確に意識したのは二回目で、うまく使いこなせているとは言い難い。何度も試してみたが、結局その文言が書き換わることはなかった。
——結局、ここを開けられるのはきっと……。
リディアは、体を傾けて目を凝らしているアリシアの方へと視線をやった。ヒロインたる天真爛漫さ、神に愛されたような容姿と中身。見る人すべてを虜にする魅力。選ばれし者の力の前に、自分は無力だ。そう自覚し、じわりと焦りが暗く広がる一方でリディアもまた、ヒロインであるアリシアの魅力に圧倒される人間のうちの一人だった。アリシアが現れ、物語が加速する。運命に導かれて進む少女。今リディアは、物語の作者として目の前でそれを体感し、とてもワクワクしている。
「どうされました?」
突然壁に手をやり、アリシアの方を妙な表情で見つめるリディアを、アンドレアとミラが心配そうな目で見つめている。リディアは彼女たちに、以前袋に見えた文字が今ここでも見えていることを説明した。
「それってあの、書き換えられるっていう……」
「ええ……」
未知の能力を、どれだけ他人に知られても良いのかまだわからない。リディアたちは後ろに下がってまだ考え込んでいるアリシアに聞こえないよう、小声で話した。
「でも、ダメみたいなのよね……」
そうリディアが諦めのため息を吐いたちょうどその時、アリシアが声をあげた。
「ああっ! そうだ! 思い出した!」




