表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第3章開始!】公爵夫人は命がけ!  作者: 保谷なのめ
【第1章】婚約・結婚式編
57/156

【第1章最終話】57話 再会

 ミラと二人で馬車に揺られながら、リディアは外の景色を眺めていた。ここからローゼンブルク領まではそう遠くないらしい。今が偶然ポータルが近くにある時期でよかったとミラが言っていた。


「……ねえ、ミラ」

「はい」


 ミラはすっかりいつも通りの調子に戻って、綺麗な姿勢でリディアの傍に控えている。昨日明かされた聖女候補だったという話を、リディアはまだ飲み込み切れていない。本当に侍女としてこんなところにいていいのだろうか? そんな疑問がふつふつと湧いてくる。


「本当によかったの? その……帰らないって、言いきってしまって……」


 昨日の夜、ミラから聖女候補だったことの他に、教会から出た理由についても詳しくというほどではないが聞かされていた。それでもリディアの目には、昨日出会った修道女たちが皆彼女が言うような人間ではないように思えたし、家族のようにミラを扱っているように見えた。そもそも、ミラのことを本当に聖女候補としてしか見ていないのだとしたら、姿を現したら二度と外には出してもらえないはずだ。でも今、彼女はこうして選択を尊重され、リディアと一緒にいる。

 聖女は基本的に、同じ世代には一人しか誕生しないものであるらしい。つまり先代の聖女が高齢である今、それを引き継げるのはミラしかいないはずだということだ。そんな貴重な人材である彼女を、こう簡単に自由にしてしまう彼女たちが、本当に絶縁するほどの悪い人だとは思えないのだ。ミラは少し考え込むように黙ったあと、静かに口を開く。


「……すべてが嫌な思い出……というわけでは……ないんです」


 ミラは言葉を選ぶように少しずつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「育ててもらったことに感謝しているのは本当ですし」と懐かしむように言う彼女の表情は心なしか柔らかい。リディアは胸がキュっと締め付けられるような感覚を覚えた。


「……確かに彼女たちは、悪い人ではありません。……信仰を重んじる、敬虔な信徒というだけで……」


 ミラの表情が曇る。一瞬の沈黙のあと、彼女はいつもの表情に戻り、リディアを見つめた。


「でももう、決めたんです。私は……聖女ではなく、リディア様の侍女として生きると。戻ると、決心が揺らいでしまうので」

「そう……」


 その強い瞳は、もう揺らがないだろうとリディアにもわかった。これ以上何か言うわけにもいくまい。どうしてそんなに不自然なほど強く、リディアの侍女でいることを願うのだろうか? その理由はリディアにはわからなかった。馬車が森に突入し、ガタガタと馬車が揺れ始める。


「……彼女たちの信じる〝神さま〟が……そんなに良い存在だとは限らないですからね」


 そう呟いたミラの言葉は、車輪の音にかき消され、リディアには届かなかった。


 ***


「——様、リディア様、着きましたよ」

「ううん……」


 ミラに揺すられて目が覚める。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。今回は襲撃されることも、馬車が大破するようなこともなかったらしい。眠い目を擦って伸びをすると、扉が開いた。待機していた騎士の手を掴んで外に出る。


「帰ってきた……」


 そこは懐かしい家の前だった。

 たった一日離れていただけなのに、命の危機に瀕していたせいか、すごく懐かしく感じる。


「リディア様!」


 ぼんやり家を眺めているリディアの前に、彼女の帰還に気が付いた従者たちが集まり始める。庭師にメイド、執事、騎士、皆馴染みの顔だ。一様に安心した表情の——もしくは泣いている彼らに「ただいま」とリディアはやわらかく微笑み、先に進んでいるエドについて屋敷の中に足を踏み入れる。またしても従者たちがリディアのもとに集まってきて、玄関は大騒ぎになった。


「リディア様、本当にご無事でよかった……!」

「本当にどうしようかと……」


 こうして心配してもらえるのは、リディアがこれまでこの屋敷の中で彼らと上手くやってきた実績である。遠くからやってきたメイド長のイザベラと目が合ってリディアが困ったように笑うと、彼女もホッとした表情を見せた。

 と、そこへ、靴音が響く。従者たちが一気に姿勢を正した。遠くからでもわかるこの気配は——


「……キース」


 階段の上から現れたキースは、何も言わずまっすぐリディアの元へと早足で歩いてきた。リディアの周りを囲んでいた従者たちがザッと道を空ける。何が起こるのか戸惑っていると、頭の処理が追い付かないうちに、あたたかい体温がリディアを包んだ。


「リディア……無事でよかった……」


 抱きしめられている。そのことに気が付いたのは、数秒経ったあとだった。氷の貴公子だなんて呼ばれていたのも聞いたことがあったけれどキースの体は温かく、リディアはやっと帰ってきたのだと安心して、少しずつ緊張がほどけていくような気がした。


「……心配かけて、ごめんなさい」

「いや……悪いのは君を守れなかった俺だ」


 抱きしめる力が強くなる。キースの顔はひどく疲れていて、目の下のクマからも、昨夜は一睡もしなかったであろうことが察せられた。リディアがその背を抱きしめ返そうとすると、背後から咳払いが聞こえてハッとした。従者たちはリディアたちのことを見つめたり、あるいは気まずそうに目を逸らしている。そうだ、ここは玄関だった。パッと離れて顔を赤くするキースに、咳払いの主であるエドが声をかける。


「キース、お前はちょっと休んで来いよ。……怪しいやつは絞ってあんだろ? あとは俺がやるから」

「あ、ああ……」


 エドはキースの背中を叩き、リディアにウインクした。キースがそれを睨んでリディアの前に立つ。同時に、執事長のウィリアムとメイド長のイザベラがリディアたちを囲んでいた従者たちを持ち場に戻らせた。


「こちらは大丈夫ですから。坊ちゃ——旦那様も奥様も、ごゆっくりなさってください」

「え、今——」


 奥様と呼ばれたのは初めてだ。そうだ。昨日結婚したんだ。奥様という響きにまだ慣れず、驚いているリディアの背中を、「行った行った!」と少し照れた顔のイザベラが押した。同じようにウィリアムに背中を押されているキースの手をとって、とりあえずもう少し落ち着けるところへ場所を移すことになった。


 ***


 リディアがいない間に、キースは屋敷を隅から隅まで確認し安全を確保すると共に、ゲストたちをかたっぱしから取り調べたらしい。あまりめぼしい成果は得られなかったが、これから改めてエドが尋問するようだ。「アイツにはあまりそういうことをさせたくないんだが……」と言っていたが、どうやら本人がやる気らしい。


「掴まっててくれ」

「ええ」


 庭園へ行きたいと提案したのはリディアだった。ローゼンブルク家の屋敷にも慣れてきて、私室や書斎も安心できる場所だが、庭園には別種の安心感がある。キースの母、カミリアの面影が色濃く残るそこは、温かさで満ちた心地よい空間だった。


「あっちにベンチがある」


 座るか? というキースの問いかけに、リディアは首を振った。それより花と、街を見て安心したい。帰ってきたんだという実感が欲しかった。


「……他の人には? ……私以外に、被害はなかった?」

「ローゼンブルク家の者も、領民も無事だ」


 その言葉に、リディアはホッと胸を撫でおろす。誰かを巻き込まなくてよかった。十分心配はかけたし、混乱もさせただろうけれど、犠牲が出るよりはずっとマシだ。リディアはよく晴れた空と、領地を眺めた。今日も活気に溢れ、人々が生き生きと活動している。


——帰ってこられた……。


 その実感が、ジワジワと胸の奥を熱くする。思わず震える唇を、リディアは強く噛んだ。


「……リディア」


 キースがリディアの手を取り、ハッとした。それはリディアの手が氷のように冷え切っていたからだ。キースはもう一度、さっきより優しくリディアを抱きしめる。


「……怖かっただろう」


 そう言われて、リディアはようやく、自分がずっと怖かったのだということを自覚した。

 死ぬ運命がわかっていたとしても。万全に対策をしたとしても。それでも、死へ向かって全速力で突っ走るトロッコに乗っているのはやっぱりどうしても怖いのだ。覚悟を決めたと思っていたけれど、抑えきれない感情はある。リディアは体を震わせた。キースの肩口が濡れる。


「……おかえり、リディア」

「……ただいま、キース」


 リディアは震える手をキースの背に回し、涙を溜めて微笑んだ。植物たちが祝福するように、サラサラと揺れる。二人の距離が近付いて、鼻先がそっと触れた。ドキドキと心臓が高鳴る。ああきっと、このまま——そして二人の影が重なる寸前、キースがピタリと止まった。


「……え?」


 戸惑いの表情で見上げるリディアに、キースは困ったように眉尻を下げ彼女の涙を拭うと、そっと額に口づけた。


「……震えてる」

「あ……」


 その言葉でやっと、リディアは自分が震えていることに気が付いた。リディアはキースから一歩距離を取り、俯く。どうしても先のことを考えてしまうのだ。確かに結婚はしたが、リディアはキースとずっと一緒にいられるわけではない。いつか現れる本物のヒロイン——アリシアにとってかわられる存在だという事実が、頭から離れなかった。


「……ごめんなさい」


 謝るリディアに、キースは気にするなと微笑んだ。


「いつか……君の気持ちが固まったら。その時は、君から教えてくれ」


 約束だ、と差し出された小指に、リディアは自分の小指を重ねる。やわらかな風が吹き、二人は微笑みを交わした。


 この約束が二人の——そして物語の運命を大きく揺るがす試練の始まりになることを、リディアはまだ知らなかった。


これにて第1章、婚約・結婚式編完結です! ありがとうございました!

ところで皆さんは、どのお話がお好きでしたか? もし好きな話がありましたら、今後の参考にさせていただきたいので、教えていただけると嬉しいです。


慌ただしいですが、このまま間を空けず第2章へと突入します! 

第2章は『迷宮と謎の少女』編! 1話は明日朝更新です! よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ