37話 魔法陣、完成
単純な話だったのだ。リディアはなんで思いつかなかったんだろうかと自問自答を繰り返す。
「これをこっちに書き換えて……」
無事魔法陣を書き換え、魔力を込めてみる。さっきと同じく、それ自体は上手くいった。リディアは軽く深呼吸をして、魔法陣の起動条件である、外からの攻撃を加え、防御魔法を展開させた。
「お願い、上手くいって……!」
魔法陣が光り、防御魔法が展開される。ここからが重要。もう一つ、連携させた魔法陣をジッと眺めた。一秒、二秒。数秒の時間が経過すると同時に、そちらもパッと光を放つ。そして——
「やった!」
魔法陣の上に、座標が表示された。
リディアの作りたかった防御魔法は、〝対象が攻撃を受けた場合、防御魔法が展開すると同時にその位置を離れたところにいる者に伝える〟というものだったのだ。
「成功ですか?」
「そうよミラ! 成功!」
リディアは覗き込んできたミラの手をとって喜んだ。通常、魔法は遠隔から操作すること自体はそう問題なくできる。だから、条件付きの魔法陣を書いて遠隔で防御魔法を展開させるということ自体はそこまで難しいことではなかった。リディアが苦労したのはその先。以前ジークがやったように、連携させた魔法陣を使う場合、通常は条件付き魔法陣を起動させるためにもう一つの方を使う。魔法陣間の魔法の向きは通常、一方通行。それに対してリディアがやろうとしていたことは、普通とは作動する機序が逆。そのせいでずっと上手くいかなかった。
「単純な話だったのよ」
聞かれてもいないのに嬉々として語るリディアの言葉を、ミラはただ黙って聞いてくれた。
「魔法陣に書き込む術式って、こう……時計回りで書く決まりなんだけど」
「はい」
「それを逆向きに書くって、それだけだったの」
本当に拍子抜けするほど単純なことに、リディアはずっと気が付かなかった。術式を書き換えることはしても、当然のように決められているルールのようなものを壊そうだなんて考えつかなかったのだ。
「……変えられないと思ってるルールも、変えてみるものね」
しみじみと呟くリディアを、ミラは複雑な顔で見ていた。
***
それからさらに改良を進め、リディアは一つの魔法陣と、最大で五つの条件付き魔法陣を接続することに成功した。それぞれに名前を入れることで、誰が今どこにいるのか、というのを表示することができる。攻撃されたときにだけ発動するGPSのようなものだ。
リディアはそれを、例の職人のところへと持って行った。以前リディアの防御用ブレスレットと、転移魔法のかかったペンダントを作ってくれた老人だ。そしてそこで、キースからもらったネックレスを着けられるよう、ペンダントを持ち運びのしやすいお守りの形に変えてもらうのと一緒に、魔法陣を刻めるものがないかを尋ねた。
「ほお……面白い魔法だ。どこでこれを?」
「自分で考えたのよ」
それを聞いて、職人は驚いたように目を見開いた後、ずっと険しかった表情を崩し、豪快に笑った。
「例の監視装置を提案したのもお前さんだと聞いていたが、こんなのも作れるとはなあ!」
彼はしばらくそうして笑ったのち、ニヤリと口角を上げると「俺の弟子になる気はないかい」とリディアに言った。もちろん冗談だし、リディアも頷くことはなかったが、実際離婚が無事成立すれば、腕のいいこの職人の弟子になるというのはリディアが魔道具を作って生計を立てていくことを考えた時にはかなり良いルートだ。その日がくるまで、職人が今の発言を覚えていてくれることを願おう。
「あー……で? そうか。これを刻めるもの……魔法石だな。このペンダントトップと似たやつで、丁度良さそうなのがある。ちょっと前に街に来たやつが売って行ったんだ」
それでリディアが持つのと同じようなチャームを作り、ペンダントやブレスレットなど、好きに身につけられるようにしてくれると言う。ついでに、リディアが持つ、位置情報が表示される方の魔法陣は巻物だと持ち運びがしにくく耐久性も低いので、コンパクトの形にしてくれるらしい。
「最近お前さんのおかげで、この歳でいろんな新しいことができて嬉しいんだ、俺は」
職人は目にワクワクとした輝きを湛えて、嬉々としてそれらを引き受けてくれた。ゆくゆくはリディアも自分でそういう道具を作れるようになりたいが、いかんせん素材を手に入れる手段が少ない。
「あの、質問なんだけれど」
「なんだ」
「そういう魔法石とか……道具を作るための素材って、どこで手に入れているの?」
リディアのその質問に、職人は難しい顔で「そりゃあ企業秘密ってやつだ」と答えつつ、色々教えてくれた。
「こういうのは一般の市場には流通してないからな……いろんな伝手から手に入れてるが、一番は冒険者たちだ」
冒険者。アンドレアのような人間たちのことだろう。彼の他にもそういう人たちは一定数いるようだ。職人は、彼らがどこでそういう素材を手に入れているか、というところまでは知らないらしい。
「深入りしないタチでな」
彼はそう言った。だからこそ助かっている人も大勢いるのだろう。リディアもそのうちの一人だ。
「詳しいことを知りたきゃ、そいつらに聞くと良い」
そう教えてくれた職人に礼を言って、リディアはひとまず魔法陣の完成を待つこととなった。
明日は2話更新の予定です。