33話 夜の訪問
「リディア様、そろそろお休みになられてはいかがですか」
「うーん……あとちょっとなのよね……」
ミラの助言も聞かず、リディアは魔導書とにらめっこをして防御魔法を完成させようと必死に取り組んでいた。
先日見たジークの魔法陣。あの遠隔での条件付き起動の仕組みを応用すれば、今リディアの作りたいものを作れそうな気がしたのだが、あと一歩何かが足りず、術式は失敗を繰り返している。
「あー! これもだめ、あれもだめ……一体何が足りないのよ……!」
「リディア様……」
部屋は失敗した術式を書いた紙だらけ。過程でかなり毒にも薬にもならないような未完成品の魔法を生み出し、それらは一体何に使えるのかもわからない。リディアは椅子の背に思い切りもたれかかり、豪奢な作りの天井を見つめた。
「ジークに魔法陣について詳しく聞いておけばよかった……」
ジークは今、エドの不在でいつにも増して大忙しだ。こんな個人的なことに協力してもらう暇なんてない。
「風、炎、水、氷……」
どれもゼロからイチを生み出す特別な魔法。風は動力を、炎はエネルギーを生み出し、水と氷は逆にエネルギーを吸収する、という特性を持ち、単体で作用するから他のものとは仕組みが違っている。ということは、キースが魔力を込めた、あの装置に使った魔法陣はそれ専用のものってことなのかもしれない。
「だとしたら……」
いくつか心当たる術式の中の文字を書き換えてみる。魔導書の魔法陣のページはもう隅々まで読み込んだ。あとは試すしか手が無いのだ。
「ここと……ここ。あとはこれをこっちに繋げて……よし」
リディアは立ち上がり、軽く姿勢を整えてから呪文を唱え、魔力を吹き込む。
——お願い、上手くいって……!
ギュッと瞑っていた目を開けると、魔法陣が光を放っていた。上手くいった! そうリディアが喜んだのも束の間、起動の条件である防御魔法の展開を指示してみるとどうも上手く働かない。起動まではできたので、本当にあと一歩というところなのに。
「あー! もう!」
リディアはその場に座り、倒れ込んだ。慌ててミラが駆け寄ってくるのを大丈夫だと制する。やっぱりアドバイス通り、今日は終わりにした方が良いんだろうか。はしたないと分かりつつもふかふかのカーペットに沈んでいると、コンコンと扉をノックする音がした。
「リディア様、いかがなされます?」
「……出てちょうだい」
「かしこまりました」
ミラが代わりに応対している間、起き上がって軽く髪を整える。もう夜だというのに、一体誰が来たのだろうか。
「誰?」
「リディア」
「——キース、様」
ミラの向こう側にいたのはキースだった。キースがリディアの私室を訪れるのは初めてだったので、つい驚いて言葉が詰まる。ミラが様子を窺ってくる視線を感じつつすう、と息を整え、動揺を押し込める。
「どうされたんですか?」
リディアの問いに、キースは扉の隙間から見える私室の中にチラリと視線をやり、「今、時間はあるか?」と聞いた。
「えーっと……」
どう返答するべきか悩む。ちょうど行き詰まったところだし、時間がないわけではない。ただ、まだ気まずい空気が完全に解消されない中で、安易に頷いてしまって良いものなのかがわからなかった。
「どういったご用件でしょう?」
リディアが言い淀んでいると、またしても代わりに答えたのはミラだった。ミラの鋭い視線を向けられ、一瞬たじろいだキースは、すぐに姿勢を直してリディアに向き直る。
「あー……少し、付き合って欲しいところがあるんだ。あまり遠くに行くわけじゃない」
後半はまるで保護者のような姿勢を見せるミラに向けたものだった。付き合って欲しいところ? キースが、リディアに? 心当たるものは何もない。結婚式に関する何かだろうか。でも、だとしたら昼に来るはずだ。リディアが「今はちょっと、」と言いかけた瞬間、強く背中を押された。
「わ、ちょ、ミラ!」
「構いません。リディア様は今ちょうどご休憩なさっていたところですので」
「ちょっと!」
リディアの抗議にもミラは涼しい顔だ。「ずっと籠っていては思いつくものも思いつきませんよ」というのが彼女の主張らしい。
「そうか。……リディア、俺と一緒に来てくれるか」
キースに澄んだ目でまっすぐ見つめられ、リディアはもう首を横に振るわけにはいかなかった。ミラの方を振り返るが、行けと言わんばかりに頷かれるばかり。
「あの、夜は危ないんじゃ……」
「大丈夫だ、俺が守るから」
「——ッ」
作中でも最強の魔法使いであるキースにそんなことを言われてしまっては、もう何も言えない。そうしてリディアは、差し出された手をそっととったのだった。
明日も投稿予定です。(時間未定/20時~22時頃)




