31話 デモンストレーション
警備システムの試作機が出来たのでデモンストレーションを見てほしい、とジークに呼ばれたのは、キースとのダンスの練習から一週間ほどが経ったときのことだった。
「リディア様。お忙しいところすみません」
「いえ、いいのよ」
リディアの後ろには、万が一に備えてミラも控えている。ここ一週間、リディアはこの試作機に関するあれこれや招待客のリスト作り、会場の設営に関すること、ドレスにあわせた小物選びなんかで今までにも増して大忙しだった。それに加えて相変わらず一歩間違えれば命を落としてしまうようなハプニングも起こる。それをいなす必要があるので、ひとつひとつのことをこなすのに他人より長い時間がかかるのだ。そのせいでいくつかの予定は延期する羽目になったりもした。
「もう少ししたら公爵様もいらっしゃいますので」
「えっ」
嘘。キースも来るの? 口から出かかったその言葉をリディアは慌てて飲み込んだ。よく考えれば当然だ。警備に関して、キースが関与しないわけがない。リディアは「どうされました?」と聞いてくるジークに「なんでもないわ」と答えながら、内心かなり落ち着かない気分だった。
一週間前のダンスの練習以来、リディアはどういう顔をしてキースと会えばいいのかわからず、なんとなく避けるような形になっていた。ダンスの練習を延期したのは図らずのことだったが、朝食や夕食も、忙しさにかまけて時間をずらしたりしていたのだ。
「ミラ、そういえば私——」
「……いつまでも避けているわけにはいきませんよ」
「うっ……そうよね」
リディアが逃げようとしている気配を察知して、ミラがこそっと囁く。最近はミラの方も時々フラッと席を外すことが多く、それもあってリディアはずっとソワソワと落ち着かない気持ちを抱えていた。
「前回のように暴走することはないと思うのですが、念のために防御の陣を書いておいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、わかったわ。手伝いましょうか?」
「いえ。こちらでやらせていただきますので大丈夫ですよ」
忙しい合間を縫って、リディアは色々なことを忘れるように魔法の練習に没頭した。魔術書を読み漁り、あれこれ術式を試しては失敗を繰り返す。そうしているうちに、基本的な防御魔法のバリエーションも増えたし、レベルも大分上がってきた。ジークがリディアとミラの周りに大きな魔法陣を書いていくのを、リディアはおさらいのような気持ちで眺める。
「そこ、そっちと結ぶのね」
「はい。ここと三か所で結ぶと強度が上がるので」
「へえ」
ジークもまた、エドやキースほどではないがかなり熟練した魔法使いだ。特にこういう魔法陣なんかの扱いを得意としているらしい。魔術書には載っていない、実戦から得た情報に、リディアは感心して心の中に書き留める。
魔法陣は全てを書き終わり、最後のブランクを埋めて魔力を込めることで完成となる。着々と書き上がっていくそれを見ていると、部屋の扉が開いた。
「公爵様」
「遅くなってすまない」
「いえ」
部屋に入ってきたキースは、リディアを見て一瞬固まったが、すぐ元の表情に戻って近付いてくる。ジークの「公爵様も陣の中に」という勧めを、「大丈夫だ」と断った。キースほどの実力があれば、大体のことは自分で対処できる。
「そうですか。では完成させてしまいますね」
「ああ」
ジークが最後のブランクを埋め、起動のための呪文を読み上げると、魔法陣が光って、リディアたちの周りを一瞬薄い青色の膜のようなものが覆った。すぐに不可視化したそれが防御壁となり、中にいるリディアたちはほとんどのものから守られることとなる。ジークは陣が無事作動したのを確認し、他の団員たちを連れてくるためにリディアたちの元から去った。
「……」
「……」
気まずい沈黙がリディアとキースの間に漂う。一瞬すれ違う以外で、顔を合わせたのはダンスの練習以来だ。今までって、何を話してたっけ。リディアは必死に頭を回転させるが、脳みそは空回りするばっかりで上手く働かなかった。
「……あー……その、大丈夫か?」
意外にも、先に口を開いたのはキースだった。前を向いているので横顔しか見えないが、気を遣ってくれているのだろう。キースがリディアのことをそう気にしているとは思っていなかったが、心当たりも無いのに急に避けられたらそれなりに困ったり、不快に思ったりするだろう。ここはできるだけ普通に接するべきだ。
「……大丈夫、とは……?」
「いや……忙しくしていると聞いていたから……」
「あ、はい……そうですね、それなりに……」
会話が終わる。気まずい空気は拭えないままだ。何と答えるのが正解だったのだろう。でも、全然忙しくなんてないと答えるわけにもいかないし。リディアは適切な言葉を見つけることができず、ただ沈黙に身を任せていた。すると、そんなリディアをジッと見つめていたミラが急に口を挟む。
「リディア様は最近、本当にお忙しくされています」
「そ、そうか……」
「招待客リスト作りに当日の会場の設営計画、楽曲の選定に、他の貴族の皆様とのお手紙も欠かしておりません」
「ミラ、ちょっと……!」
いつも口数の少ないミラがスラスラと喋るその様子にリディアは驚きつつ、服の裾を引いて止めにかかるが、彼女は止まらない。
「空き時間は魔法の勉強をされていて、今も忙しい合間を縫ってここへ来ているんです」
「ミラ!」
慌ててミラの口を塞ぎ、キースに「ごめんなさい」と謝ると、キースは「どうして謝るんだ」と不思議そうな顔をリディアに向けた。
「本当に忙しかったんだな。きちんと食事はとれているか?」
「あ、え? はい……」
「そうか。最近食事の場に来ないから、心配していたんだ」
ちゃんととれているならいい、とキースはリディアをまっすぐ見つめたまま言った。そうまっすぐ心配されると、気まずいだなんて子どもっぽいことを気にしていたことが急に申し訳なくなってくる。
「あの、ごめんなさい。その……避けていたわけじゃ、なくて……本当に忙しかったの」
リディアの言葉に少し目を見開き、
「それならよかった」
と言ったキースがやわらかく、少し微笑んでいるように見えたのは、きっと見間違いではない。そう思うのは自意識過剰だろうか? リディアはギュッとなる心臓を鎮めるように、そっぽを向いて俯いた。
次話更新は22時頃です。




