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【第3章開始!】公爵夫人は命がけ!  作者: 保谷なのめ
【第1章】婚約・結婚式編
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24話 奇妙な魔力

 リディアがキースの執務室を訪ねるのは、実にあの泥酔して大失態を犯したとき以来だった。扉の前に立った彼女は、軽く深呼吸をして、艶やかで重厚な木製のそれをノックする。


「キース様、いらっしゃいますか?」

「ああ、入ってくれ」


 中から返事が聞こえたので、リディアはそろりと扉を開けて顔を覗かせた。キースは相変わらず難しい顔で書類に囲まれているが、前回との違いは、その周りをいくつもの自動筆記の魔法がかかったペンが絶え間なく走っていることだ。


「すみません、事前のお約束もなく……」

「君はそんなこと気にしなくていい」


 かけてくれ、と促され、リディアは机の向かいの椅子に座った。前回の失態が思い出され、なんとも気まずい。キースの仕事がキリの良いところまで終わるのを待つ間、彼女は自分の開発した魔法が無事働いているかどうかをぼんやり眺める。


「……」


 この魔法は、一番最初はリディア自身の魔力を込めたものの、それ自体の継続時間は長くなく、その後は術式に自分で魔力を流し込むことになる。込める魔力の種類による動き方の違いというのは、リディアとしてもまだ検証していない部分だった。特にキースのような、自然を操れるタイプの魔術師だとどうなるのか、という部分についてはまったく予想がつかなかったが、特に不具合なく動いているようだ。ただ、リディアの魔力を込めたものより強い光を発していて、筆記の速度も速いような気がするので、魔力の量によってそのあたりが変化するのかもしれない。そのうち検討が必要そうだ。そんなことを考えていると、ようやくキースが書類から視線を上げた。


「待たせてすまないな」

「いえ。……魔法、きちんと動いているようでなによりですわ」

「ああ。ありがたく使わせてもらっているよ」


 おかげで業務がかなり軽くなった、とキースは何度目かわからない礼を言う。この業務量をひとりで、それもすべて手作業でこなすだなんて想像しただけで恐ろしい。キースに魔法が使えるということが知られてしまったのは想定外だったが、少しでも手助けできたのは良かったのだろうとリディアは思った。


「今日は窓から飛び降りないのか?」

「な……っ!」


 ふ、とキースが滅多に変わらない表情を緩ませたので、リディアは見間違いじゃないかと目をパチパチ瞬いた。キースって冗談とか言うんだ。そんな驚きと同時に、先日の失態を思い出させられ、ジワジワ恥ずかしさがこみ上げてくる。


「……あんなことはもうしませんから!」

「そうか。俺としては楽しかったんだが——」

「あ、あの! 本題に入っても?」


 キースは揶揄っているわけではなく、真面目に楽しかったと感想を述べただけだったのだが、リディアがそれを遮った。もうあの話はしたくない。酒の失敗なんて、さっさと忘れてしまいたいものなのは前世も今世も一緒だ。赤くなって慌てるリディアに、キースはふたたび表情を和らげ、「どうした?」と続きを促す。


「ええと……ちょっとしたことなので、ご報告するか迷ったんですが……」

「ああ」


 リディアは手元に、三通の手紙を用意する。あのあと、届いた手紙すべてを一度解析したところ、魔力の残滓があるのが一番最初に気が付いた手紙以外にも二通あったのだ。どれも送り主はバラバラ。感じ取れる魔力は近くで魔法を使っていたのだと言われればそれまででしかない程度だ。


「結婚式の招待状への返答を整理していて、いくつかの手紙から魔力を感じたんです」


 本当に少しなんですけど、とリディアはその三通をキースに手渡した。キースはその手紙に手をかざし、呪文を唱える。手から発されるわずかな光が当たった範囲の手紙が、抵抗するように揺れた。


「……本当だな」

「ええ。それだけ……なんですけど、解析と他いくつかの術式を組み込んだ魔術が、そこで作用しなくなって」

「というと?」

「えっと……私の作った術式は、単に〝中身を読み取る〟というものなので、他の魔法がかかっていたところで基本的には干渉しない……はずなんです」


 そう。リディアが作った術式は単に範囲を選択してコピーペーストするようなもの。そこにもし他のプログラムが走っていたとしても、基本的には出力済のものが読み取られるだけだ。解析の術式が組み込まれていたので、そこを読み取ってしまってエラーが起きる可能性も無いことはないが、だとしたらペンの止まり方はもっと違っていたはずだ。


「上手く言葉にできないんですが……とにかく違和感があるんです」

「そうか。……確かに俺の解析魔法も……何かに反発しているみたいだ」


 このままキースが強い魔術をかけつづけると、手紙自体が耐えきれないかもしれないらしい。自然を扱う魔法は他の魔法と作用の仕方が違い、強力である一方でこうして物への干渉もしやすくなってしまうのだ。キースはしばらく考えたあと、扉の外に控えていた使用人の一人を呼ぶ。


「すまないが、エドを呼んできてくれるか?」

「わかりました」


 使用人は頭を下げ、部屋から出て行く。キースは手紙に視線をやったまま、リディアに「こういうのはアイツの方が得意なんだ」と説明した。確かにエドは、リディアが温室で襲われたときも、自動筆記の魔術を完成させようとしているときも、術式を取り出すような魔法を使っていた。それにあの、曰く〝色々見える〟らしい眼は、きっとこういうときに役立つのだろう。


「……とにかく、報告してくれてありがとう。俺はエドを待つが、君は——」

「私も、ここにいても?」

「ああ、わかった」


 このまま真相がわからずじまいというのも気持ちが悪い。そうしてリディアは、キースとともにエドの到着を待つこととなったのだった。


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