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【第2章開始!】公爵夫人は命がけ!  作者: 保谷なのめ
【第1章】婚約・結婚式編
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2話 残された二年

 里奈の書いていた小説は、没落しかけている貴族の令嬢として生まれたアリシアを主人公とするものだった。

 一応貴族ではあるものの、ほとんど平民と同じように暮らしてきた心優しい彼女が、街で怪我を負っていたキースを助けるところから話は始まる。それからふたりはお互いの身分なんかを知らないまま、街でデートをしたり、共に時間を過ごして惹かれあう。そして、周囲からの邪魔やさまざまな障壁を乗り越えて結ばれるという定番のシンデレラストーリー。大まかに言うとそんな話だった。主人公ではないとすると、ライバルか? とも一瞬思ったが、ふたりの邪魔をするいわゆるライバルキャラクターはレベッカという名前で、リディアではない。

 キースは幼い頃に母親を亡くし、人付き合いが苦手な父に育てられて社交界には出ていない。頼れる相手もおらず、ひとりで生きてきた。そのせいでなかなか人に心を開かず、悪い噂をたてられたりもするけれど、心優しいアリシアに出会って徐々に変わっていく。そんな設定にしたはずだけど——


「あ、」


 そうか、そういえばそうだった。キースの設定をまとめて書いていたノートのある一文が思い浮かんだ。あれ、ってことは——


「おはようございます、リディア様」


 部屋の扉が開き、メイドのミラが遠慮なく中に踏み込んでくる。カーテンを開けに窓に向かう途中、リディアが起きているのを見て一瞬足を止めたが、それを表情に出すことはせずに「起きてらしたんですね」と変わらないトーンで言った。


「えぇ……」


 ミラの言葉などろくに耳に入っていないリディアは、上の空で返事を返し、頭の中で計算をする。その様子に何かを察したミラは、開きっぱなしの入り口にいた、身支度や掃除の道具を持ったローゼンブルク家のメイドたちに声をかけ、道具だけを受け取って帰らせる。バタン、と重たい音を立てて扉が閉まった。それを確認し、リディアが口を開く。


「ミラ」

「はい」

 

 リディアには確認したいことがあった。この世界にはスマホがない。それどころかこの部屋には時計も、カレンダーもない。現代の暮らしを思い出したリディアにとっては不便極まりなかったが、こういう生活をしている貴族は、時間や日付を自分で確認する必要もないのだ。従者に聞けば良い。そのせいか、暮らしていても大まかに季節や日の進みを感じるだけで、前世のように今日が何曜日というような感覚がほとんど消え去ってしまっていた。


「今、何年だったかしら」

「997年ですね」

「997年……」


 ミラは突然の質問の意図が掴めなかったが、すぐに今の年を答えた。結婚にあたって何か必要なのだろうか。きっとそうだろうとミラは自らを納得させようとした。

 しかし、今が997年であると聞いたリディアは難しい顔をして何か考え込んでいる様子だ。ミラは思わず「どうかされたんですか」と問いかける。


「私……死ぬかもしれないわ」

「……は?」


 リディアは大真面目な顔でそう言って、ミラの目を見た。いつもポーカーフェイスで動揺や感情を見せないミラでも、さすがにこれには僅かに表情を動かした。リディアの頭の中に浮かんだ設定。


 キースには前妻がいた。 


 アリシアに出会った時点で、キースには死別した妻がいたのだ。確か、キースが恋に落ちるのはアリシアとが初めてだということにしたから、前妻——つまりリディアとは義務的な婚姻だったということになるだろう。まあそれは置いておくとして。

 物語の始まりである二人の出会いは、エレミヤ歴1000年を記念して行われる祭り、百年祭でのことだ。百年ごとに行われているというその祭りは数か月間に渡って開催され、本祭は年の終わり。第一祭は秋頃に始まる。

 もしリディアが名前もつけていなかったキースの前妻なのだとしたら——。


「あと2年……」


 リディアに残された時間は、長く見積もってもあと2年しかないということだ。リディアは「元の妻と死別した設定でも入れておくか」と深く考えずに設定を追加した前世の自分を呪った。親しい人を失ったことがある、という属性を入れれば物語に深みが出るという安易な考えだった。しかし、物語の中の人間にも人生はあるのだ。名前を決めなかった前妻にもリディアという名前があり、家族があり、友人がいて、人生があった。実際にリディアとして生きてみて、初めて気が付いた。

 前世で作った、自分ではないリディアに心の中で謝った。あなたのことを勝手に殺してしまってごめんなさい。

 リディアについて、里奈は本当に「死別した妻である」ということ以外の設定をほとんど考えておらず、どうやって死別したかということについても特に決めていなかった。それはつまり、物語の始まる2年後までのいつ、そしてどうやって死が訪れるかわからないということだ。誰かに殺されるかもしれないし、はたまた事故かもしれない。病気かもしれない。それらが一切わからない状態で、ただある日までに確実に死ぬ、ということだけがわかっているのはかなり憂鬱だった。


「……あと2年? 何を……」

「今さら結婚しないってのは、無しよね?」


 珍しく心配そうな顔を見せるミラの問いかけに答えず、リディアはへらっと笑ってそう聞いた。ミラの顔がスッと無表情に戻り、「それはできませんね」といつもの調子で答えた。

 キースと結婚さえしなければ、死なずに済むと思ったんだけどなあ。

 リディアはもう一度、ふかふかのベッドに倒れ込む。


——こうなったら、自力で死亡フラグを回避するしかない。


 自分で作った物語だけれど、勝手な都合に振り回されて死ぬなんて御免だ。

 こうしてリディアの、2年間の死なないための生活が幕を開けたのだった。


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