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【第2章開始!】公爵夫人は命がけ!  作者: 保谷なのめ
【第2章】迷宮と少女編
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53話(110話) 愛情と代償

「……キース」


 トントン、とリディアは自分を抱きしめている腕を軽く叩いた。放してほしいということを伝えたかったのだが、キースには上手く伝わらず、彼はリディアを抱きしめたまま「どうした?」と聞いた。なんとも切り出しにくいが、いつまでもこうしてはいられない。リディアは小さくため息を吐いた。


「あの……私……アリシアの様子を、見に行かないと」


 リディアがそう言うとようやく意図が伝わったようで、キースはハッとして「すまない……」と彼女を解放し、照れたように視線を逸らす。


「心配だったんだ、すごく……」

「ええ、わかってる。来てくれて……アリシアを助けてくれて、ありがとう」


 キースがいなかったら間に合わなかったかもしれない。リディアはアンドレアとミラに付き添われて魔物の横に座り込んでいるアリシアを見つめた。キースも、リディアの視線の先を追って彼女を見やる。


「アリシア……彼女か」

「え、」


 リディアは驚いてキースの方へ振り向いた。視線に気づいて同じく振り返ったキースは何故リディアがそんな表情をしているかわからないという様子で首を傾げている。


「……挨拶はまだ、してないの?」

「ああ……まあ、そうだな。さっき会ったばかりだし」


 平然とそう答える、この物語のヒーロー。彼女が運命の相手だなんて微塵も思っていないような、ケロリとした態度だ。


——運命の出会いをかなり邪魔しちゃったみたいね……。


 アリシアが、彼女こそがこの物語のヒロインで、()()()相手。あなたが初めての恋に落ちるはずの女の子。そうキースに伝えるわけにもいかず、リディアは唇を噛んだ。深呼吸をしてざわつく心を鎮め、歩き出しながらふたたび口を開く。


「あー……彼女、私たちの結婚式にも来ていたらしいの。ブランシュ男爵家のご令嬢よ」


 リディアの言葉に、キースは「そうだったのか」と僅かに驚いたような表情を浮かべた。長らく社交界に出ていなかった影響で、キースは他人の顔を覚えるのが苦手だ。もちろん、公爵家の代表として関わることの多い国の重要人物なんかは忘れてはいないが。そもそもリディアは前世でキースのことを〝他人の容姿に関してあまり関心のないキャラクター〟として設定した。それ故、物語の中でアリシアを虐める容姿端麗なライバルキャラより、心の綺麗なアリシアを愛するのだ。そのあたりが反映されているのかもしれない。


「ミラから聞いたわ。彼女、ゲストの皆さんの避難に協力したんですって」

「ああ、そういえば……そうだったかもしれないな……すまない、あのときは俺も、かなり動揺していたから……」


 なにしろ、リディアが攫われた直後のことだ。現場は相当混乱していただろうし、公爵家のトップとしてキースにはかなりのプレッシャーがかかっていたに違いない。リディアはキースの肩に手を置いて微笑んだ。


「大変だったわよね……大丈夫。彼女はとっても——素敵な子よ」


 一体何に対して「大丈夫」と言っているのか、自分でもよくわからなかった。でも、アリシアが素敵な子なのは事実だ。彼女が物語のヒロインに相応しい優しさと勇敢さ、強さ、綺麗な心を持っているということは、彼女を描き、ここまで一緒に冒険をしてきたリディアが一番知っている。


——私なんか、比べ物にならないくらい。


 キースの隣にいるべきなのは、きっとアリシアだ。キースだけじゃなく、あの家と街と、たくさんの人から愛されて笑う彼女はきっととびきり美しいに違いない。否応なしにそんなことを考えてしまって苦しくなった。これまでアリシアと共に時間を過ごしてきて、そういうことが脳裏を過らなかったわけではないが、あまり考えないようにしていた。それでもやっぱり、実際隣にいるところを見てしまったら考えざるを得ないのだ。


「アリシア」

「……リディア、さま……」


 消えゆく魔物に寄り添っていたアリシアは、リディアの声を聞いてゆっくりと顔を上げた。リディアを視界に捉えた彼女の美しく零れ落ちそうな目に、涙が浮かぶ。考えるより早く体が動いた。リディアは膝をつき、ギュッとアリシアを抱きしめる。小さく華奢な体にある確かな温もりに、ようやく遅れて安堵がやってきた。


「無事でよかった……」

「うう……っ、リ、リディアさま……! わたし、わたし……!」


 しゃくり上げるアリシアをリディアはしっかりと抱きしめ、震える背を撫でる。彼女は何度も「救えなかった」と繰り返した。宥めるようにゆっくりと撫でながら、リディアは語りかける。


「アリシア……アリシア、聞いて。あなたはなにも、悪くないのよ」

「でも……でも……っ! わたしには、力があって……! それで救えた……はずなのに……!」


 アリシアの中の何らかのトラウマが、彼女をここまで動揺させているのだろう。これまで関わってきて、本来の彼女はもっと冷静な人物であるはずだということはわかっている。そんな彼女をここまでさせる〝何か〟の存在に、リディアの胸が痛んだ。


「……アリシア、あのね……あの魔物は——」


 ふと、消えかけている魔物を観察しているキースと目が合った。彼はゆっくりと首を振る。あの魔物は既に助からない域だった、彼の目はそう告げていた。


「——救えなかったの。あなたでも……誰でも」


 コアはとっくに、汚染されきっていたのだ。少しずつ消えていく魔物の体の中、今までより特段大きなコアは、キースに倒された影響か、ほとんど空だった。


「アリシア……あなたは本当に、よく頑張ったわ」


——本当に、どこまでも優しい子。


 いっそ嫌いになれれば良かったのに。アリシアを抱きしめながら、リディアは考えた。

 共に過ごし、その眩しい彼女自身を知るほどに、どんどん彼女のことを好きになる。アリシアが幸せになるためには——彼女を含めた、今リディアが守りたい、大切なものたちのためには。自分はさっさと消えなければいけない、ということが突きつけられる。物語が予定通りに進めば、皆幸せになるのだから。

 腕の中の泣き声が止むまで、リディアはアリシアの、大きすぎる荷を背負った小さな背中を撫で続けた。


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