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【第2章開始!】公爵夫人は命がけ!  作者: 保谷なのめ
【第2章】迷宮と少女編
107/110

50話(107話) 不完全な器

 幼い頃、彼女の家にはたくさんの知らない人が出入りしていた。彼らは皆、虚ろな目をして熱心に何かを唱え、助けを求めていた。それが一体誰なのか、兄や姉に聞いても教えてはもらえず、冷たくあしらわれるばかり。母は貼り付けたような笑顔を浮かべているかと思えば、その数秒後には厳しく叱りつけ、少しでも不出来なところがあれば〝お仕置き〟が待っていた。

 気を失っている間、アリシアはそんな昔のことを思い出していた。


「んん……」


 自由に出入りすることが許されていたのは、書庫と自室だけ。アリシアはそこにあった本を片っ端から読み、まだ見ぬ世界に思いを馳せた。

 彼女は幼い頃から、不思議と生き物に好かれていた。父親以外の家族との交流が希薄であった分、その生き物たちとの触れ合いが心の支えだった。特に、窓から部屋にやってくる鳥たち。彼らは自由に空を飛び、アリシアのもとを訪れる。彼女はそれがとても羨ましかった。


「自由って言うのは恐ろしいものなんだよ。お母さんはね、あなたのことを守りたいの」


 アリシアの母は、いつもそう言った。外に出さないのは彼女を守るためだと。実際、自由には危険が伴うのだろう。アリシアのもとを訪れる鳥たちは時折怪我をしていた。しかし、アリシアに使えるのはほんの初歩の回復魔法だけ。それでもどうにか、治してあげたかった。だから彼女は、書庫にある医学書をこっそり持ち出した。そこに載っている薬草や薬を家の中から探し出し、少しずつ部屋に集めて、包帯と薬で治療した。幸い、少しだけ使える回復魔法は生物が持つ治癒力を増幅させる程度の助けにはなった。

 本来、神の器は治癒系統の魔法を完璧に使えなければいけないらしい。それなのに、アリシアは攻撃や光を操る魔法ばかりが得意で、何かを治す魔法を使えなかった。


「アンタは壊すばっかりね」


 そう言ったのは二番目の姉。そのあとすぐ母に連れて行かれた時の、恨めしそうな表情をアリシアは今でも覚えている。もし自分に完璧な力があれば、病気がちな父だって元気にできるのに。アリシアは何度も、自分の不完全な力を呪った。


 怪我をした生き物。病弱な父。家に出入りする、苦しんでいる人々。彼女はずっと、ただ誰かを、何かを助けたいだけだった。


 だから、凶暴化した魔物が自分の足元で正気を取り戻した時、彼女はとても嬉しかったのだ。自分にも、何かを救うことができる。苦しんでいる魔物を、助けられる。


 そう、思ったのに。


「——ッ!」


 アリシアは背中の上で目を覚ました。強烈な瘴気とすえた匂い。肉体は既に腐敗が始まっているのだろう。通常、魔物は肉体が保てなくなった時点でコアだけを残し消失するため、腐敗することはないはずなのに。


——どこへ向かってるの?


 リーダーであろう大きな体の魔物は、怪我をした足を引きずって、どこかへ向かっている。急に突進されて気を失っていたが、アリシアの体には目立った怪我やダメージは無いようだ。リディアからもらった魔法石のチャームが点滅して、防御のための魔法陣を展開している。これがアリシアのことを守ってくれたのだろう。気を失っていたのは恐らく、瘴気を取り込みすぎたせいだ。自分の体に回復魔法をかける。これでしばらくはマシになるだろう。


「ねえ……怪我してるんじゃないの?」


 語り掛けてみるが、その魔物から返答のような意思は感じられなかった。どこかを目指して、とにかく進んでいるだけだ。アリシアは辺りを見回す。さっきまでいた場所とは、随分様相が違っていた。瘴気と腐敗臭で確実とはいえないが、大きな魔力の気配がする。入ったときからずっと感じている神聖さのようなものが、一段とレベルを上げたような気がした。生えている植物の種類も変わっている。外から侵入してきた蔦や木の根、キノコなどが中心だったものが、芝のような背の低い草や小さな花などに変化している。人為的に育てられた庭園のような雰囲気まであった。


「きゃっ」


 草むらの上をしばらく走ったところで、魔物が止まり、アリシアは乱暴に地面に振り落とされる。そこは、大きな木の根元だった。巣穴のようなものが見えるから、ここはその魔物のねぐらなのだろう。洞窟内に大きな木が生えている光景というのはなかなか不思議だった。


「……」


 魔物はしばらく、ジッとアリシアを見つめて周りをウロウロと歩き回った。魔物の言いたいことや意思はなんとなくわかるはずなのに、この魔物のことは何も読み取れない。一体何をしてほしいのか。


「……撫でさせてくれる?」


 そう尋ねてみても、魔物には通じていない様子だった。凶暴化してしまった魔物をどうやって治すのか、具体的な方法はわからない。ただ撫でていたら治っていたのだ。だから今もそうさせてほしいだけなのに。魔物はグルル、と喉を鳴らし、時折苦しそうにしている。大けがをしているから当然だ。


——もしかして、防御魔法越しだから?


 防御魔法を警戒してしまっているのかもしれない。それに、直接触れられなければ治すこともできないし、意思の疎通もこれが障壁になっているのかも。そう考えたアリシアは、リディアからもらったお守りをそっと離し、隠すように木の根元へ置いた、その瞬間。


「——えっ」


 突如としてふたたび暴れ始めた魔物が、アリシアへと向かって来た。どうしよう。彼女の頭は真っ白になる。アリシアの防御魔法は、すぐ発動できるほどの練度がない。攻撃ができればそう困ることもなかったのだ。でも、魔物を傷つけるのは不本意だ。そんな一瞬の迷いが、魔物とアリシアとの距離を縮める。


——ああ、ここで死ぬのかも。


 諦めたアリシアは、ギュッと目を瞑った。ドン! と大きな音がして、もう駄目だと諦めた——のだが。


「……あれ?」


 アリシアの体に、痛みはなかった。そっと目を開くと、視界にキラキラしたものが舞っている。その中に立つ、人影。それは幻か、それとも——。


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