48話(105話) ループの条件
「この道、ループしてる……?」
そんな単純なことに、これまでずっと気が付かなかっただなんて。いくらアリシアがいなくなったとはいえ、動揺しすぎだ。リディアは深いため息を吐いた。
「問題はいつ、どういう条件でループが起こるかだな」
「そうですね……これまで一体、何回ループしたんでしょうか」
「確かめてみるしかねえだろうな」
エディットを使ってみても無駄だということはさっき実証済みだ。であればアンドレアの言う通り、地道に何度かループを繰り返して条件を探っていくしかないだろう。
「そうね……そしたらとりあえず、一定区間ごとに目印をつけていきましょうか」
数メートル間隔に番号を彫った照明石を置く。そうしてループ点を見つけるという作戦だ。長い間ループしていることに気が付かなかったということは、魔力の揺らぎなどはない。それはわかっているが、念のために意識して魔力を感知しておくことにした。
「まだ残ってる?」
「ああ。目印になればいいから、いくつかは光らなくなった奴にしよう」
「そうね」
一つ、二つ、三つ……順番に置く。ループの開始時点がわからないので、すでにループが起こっていたとしても、最初に置いた石が見えるまではそれがわからない。石はミラとアンドレアが置き、リディアは集中して魔力の揺らぎがないかを探った。
「あ、あれ、最初に置いた石じゃないですか?」
「おお、本当だ。どこかでループしたみたいだな」
わかったか? と聞かれ、リディアは首を振る。残念ながら、リディアが感知できる魔力の揺らぎはなかった。一行はふたたび歩き出す。今歩けている限りの道には、すべてに一定間隔で目印を置いた。これで条件を特定するための準備が整ったはず。一行はふたたび歩き出す。
「一……二……」
「三つ……四つ……」
石の数を数えながら、ゆっくりと前へと進んだ。
「五……あ、」
——目印でできた道が突如途切れた。リディアとアンドレア、ミラは足を止め、石の方へと近付く。確かめてみると、確かにそれは五番目に置いた照明石だった。
「ここがループ箇所ね」
リディアたちの今いる場所から一つ先に一つ置かれたあと、照明石はどこにも置かれていない。つまり、さっきループしたのはそこの場所である可能性が高い。リディアは目を瞑り、魔力を探った。
「どうだ?」
「うーん……特に何も無いみたいだけど……」
揺らぎや術式の気配は、特に感じられない。不思議に思っていると、「あっ」とミラが声を上げた。リディアはあわてて目を開く。そこには、平然と歩き出すアンドレアの背中があった。
「——アンドレア!」
リディアとミラが、慌てて追いかける——が。リディアは違和感に気付いて、足を止めた。
「……」
「気付いたか」
アンドレアの問いに、リディアは頷く。
リディアたちは、目印の置いていない道にいた——つまり、ループはまだ起きていなかった。リディアが考えている間に、アンドレアは新しくナンバリングした石を置く。
「……ループはまだ、起きていない?」
「ああ。……まだ確実じゃねえが、ループは一定の距離で起こるわけじゃねえみたいだな」
距離以外の条件が何かあり、それを満たしたタイミングでループが発生するのだろう、とアンドレアは推測した。つまり、その条件さえ特定できれば、ループせずに道を進めるのだ。
「嬢ちゃんは魔力探知を続けてくれ。ループする瞬間がつかめれば、手がかりになるだろう」
「わかったわ」
頷いたものの、リディアには自信がなかった。これまでも何度もループしていながら、一度も気が付かなかった。このループは、魔力探知に引っかからない形で起こっていると考えるのが自然だ。
「……エドがいればなあ……」
リディアはポツリと呟いた。彼の〝真実を見抜く眼〟は、こういうとき大いに役に立つだろうと思っての発言だったのだが、それを聞いたミラが「あ、」と何かを思い出したような声をあげた。彼女は袋の中を探る。
「……あった」
そう言って取り出したのは、小さなモノクルだった。よく磨かれているが年季の入った雰囲気のそれは、ミラの手の中で鈍く光っている。
「……それは?」
「この旅に出る前、あの方から渡されたんです」
「あの方って、エド?」
リディアの問いに、ミラは「はい」と頷いた。ミラとエドは気が合うのか合わないのか、リディアが見る限りではかなりよく言い合いをしていて、ミラはエドの名前を呼びたがらない。
「どうやらこのモノクルを通すと、〝本当の姿〟が見える、というものらしいです」
「さすがはアイツだな」
「まあ、本当に効果があるかは怪しいようですが——」
使いますか、とミラがリディアに尋ねる。その問いの答えは当然イエスだ。何の手がかりもない今、藁にだって縋りたい。使えるものは使っておかないと。リディアが頷くと、ミラはそっとそれを覗き込んだ。
「どう?」
「うーん……まだよくわかりません。〝本当の姿〟と言ったって、一体何がどう見えるのか……」
ミラはモノクルを覗いたまま、リディアとアンドレアで石の数を数えてゆっくりと歩く。少しの兆しも見逃さないように。と、その時。ミラが「止まってください!」とリディアとアンドレアを引き留めた。
「何か見えた?」
「はい……そこに、何かの術式——紋章でしょうか? とにかく、そんなものが」
「俺たちには見えねえな」
リディアたちには見えない、ということは恐らくそれがループのトリガーなのだろう。ともかく、情報を集める必要がある。リディアはミラに場所を確認し、その紋章が描かれているという場所に触れて、エディットの力を使った。
〝石造りの床。一見苔むした古い岩盤だが、転移術の一種の原型である祈りがかけられている。通常の魔力探知では感知不可。侵入者が不浄であると判断されると、特定の地点まで転送される。〟
「不浄、か……」
そのワードに、リディアはある可能性を思い付く。ミラを呼ぼうと振り返ると、モノクルを覗いて驚いた表情をしている彼女と目が合った。
「どうしたの?」
リディアがそう聞くより早く、ミラの顔はいつもの無表情に戻っていた。「いえ、なんでもありません」と何事もなかったかのようにサッと寄って来た彼女を、リディアは不思議に思いつつも指示を出す。
「えっと……私とアンドレアに、浄化の魔法をかけながら歩くことって、できる?」
「浄化の魔法ですか?」
「ええ。多分、かなり弱いものでも大丈夫だとおもうんだけど——」
「……わかりました。やってみます」
祈りのかけられた床は、恐らくあちこちにある。ループは条件を満たしたからではなく、条件を満たさなかったから発生するのだ。どういうタイミングで判定が行われているかは不明だが、条件がわかってしまえばもうこちらのものだ。リディアとアンドレアはミラに浄化の魔法をかけてもらい、そのまま前へ進んだ。置いてきた目印のない道が続く。そして——
「……扉……」
リディアたちの前に、これまでで初めて扉が現れた。ここが道の終わりだと考えて良いだろう。またおかしな何かに引っかかりたくないのでミラにモノクルを覗いてもらったが、特に変わったものは見えないようだった。
「よし……開けるぞ」
「ええ……」
アンドレアが扉に手をかける。キイ、という蝶番の音が鳴り、扉は拍子抜けするほどあっさりと開いた。
「やっと抜け出せた……」
ようやく終わりを告げた長い長い道のりに、リディアたちは深く息を吐くのだった。
すみません……! 進行の都合により、今週末は1日1話更新とさせていただきます……!