47話(104話) 縮まらない距離
「止まった!」
コンパクトに表示されていたアリシアの位置を示す光点が動きを止める。しばらく動く様子はなく、どうやら彼女を連れ去った魔物の目的地はそこらしい。
「目指すべきはそこか……」
「そうみたいね……」
リディアたちは、分かれ道の前に立っていた。ここまで一本だった道が、三つに分かれている。右、左、そしてまっすぐ。それぞれがどこに繋がっているのか、どれが一番早くアリシアに辿り着けるかは不明。すべてが同じところに繋がっているかもしれないし、外れかもしれない。
「単純に考えればまっすぐ進むのが正解だが……」
アリシアの位置を示す光点は、今リディアたちのいるところからまっすぐ進んだ先にある。であれば、アンドレアの言う通りまっすぐに進むのが可能性としては一番あり得る。
「この先がまっすぐ繋がっているとも限りませんからね……」
ミラがリディアの考えていたことを指摘し、アンドレアもそれに同意した。しかし、今は迷っている暇はない。振り返ってリディアを見た二人に、彼女は「迷ってる暇は無いわ」と
告げた。
「幸い、アリシアとの距離は測れる。道が違いそうなら引き返しましょう」
リディアはそう言って、まっすぐ繋がる道へと足を踏み入れた。
***
「……」
「照明石が……」
「新しいの、まだあるぞ」
「ありがとうございます」
これまでよりぐっと細くなった道には、これまで設置されていた照明石や光る植物たちがなく、ひっそりとしている。左右の扉の数も随分少なくなった。狭くなった影響か、カツカツと靴の音がよく響く。魔力探知を使ったが、近くに魔物がいる気配はない。
——なんだろう、この違和感。
この道に入り、歩き始めてから結構な時間が経っている。これまで道を照らしてくれていたアリシアがいないので使っている照明石も、既に二つ程使い切ってしまったというのに、全然道が終わる気配がない。
「嬢ちゃん。どうだ、近付いてるか?」
「ええ、さっき見た時は——」
リディアがコンパクトを開く。さっき確認した時は、リディアたちの位置を示す光点はアリシアの方へと近づいていた——はずなのだが。
「……え?」
消えている。リディアたちを示す光点が。リディアの声に、アンドレアとミラもコンパクトを覗き込んだ。何か誤作動が起きている? それとも何かから干渉を受けている? 一刻も早くアリシアを見つけないといけないのに。バクバクとうるさい心臓と、震えそうになる手を押さえつけ、リディアは深呼吸をした。
「……エディット」
誤作動が起きているのだとしたら、エディットで修正できるかもしれない。そう考えたリディアはコンパクトに向かってそう唱えた。
〝魔法石と連動し、魔法陣が展開された際にその座標を示す。連動できる魔法石の数は最大五つまで。〟
現れた文章はそれだけ。特に誤作動や故障といった記述はない。リディアの背を冷たい汗が伝う。
「……」
「……リディア様」
心配そうに声をかけてきたミラに、リディアは静かに首を振った。
「アリシアの位置はわかるんだけど……」
「故障か?」
「そうじゃないみたいで……」
「となると——」
アンドレアはそう呟いて、壁に触れた。
「何かが起こってる、ってことだな」
リディアも感じていた違和感。それがこの魔法に干渉していると考えるのが妥当だろう。リディアも壁に触れてみたが、特別何かを感じるわけではない。エディットの能力を使って見てみても、ただ壁であるということが書かれているだけだった。
「うーん……」
「引き返してみますか?」
「でももう相当歩いたわよね……ここから引き返したら一体どのくらいかかるか……」
「……」
話し合うリディアとミラを他所に、壁に触れていたアンドレアがポケットから取り出した照明石を床に置く。
「嬢ちゃん」
「なに?」
「最初は目的地に近付いてたんだよな?」
「ええ……」
突然の問いに、不思議に思いつつリディアが答えると、アンドレアは「だったら、とりあえず前に進もうぜ」と提案した。それももっともだ。何が起こっているかわからない今、手がかり無しの状況でジッとしているよりは、引き返すか進むかした方が良い。ここまでかなり歩いてきた。だとすれば、あと少しだと信じて前へ進んだ方が可能性は高いと、冒険者としての経験があるアンドレアが考えるのは当然だ。リディアはその提案に乗ることにして、三人はふたたび前へと進み始めた。
それからさらにしばらくして、暗く狭い道を歩き続けたリディアたちの視界に、淡い光が飛び込んできた。それはこれまでで初めてのことだ。久しぶりの変化に喜んだリディアは、その光のもとまで駆け寄った。そこにあったのは——
「やっぱりか……」
リディアの後ろから、アンドレアが覗き込む。落ちていたのは小さな照明石だった。
「これ……」
「ああ。俺が置いてきた」
それは、つまり。
「この道、ループしてる……?」
リディアの問いに、アンドレアはゆっくりと頷いた。




