45話(102話) 求めるもの
集会の内容は、以前エドが参加した市民たちのものより少し会議に近い内容だった。最近の布教状況や信徒の増減。これから信徒を増やすためにはどうすれば良いのかといった話し合い。それらの情報はエドにとっては非常に役に立つものだった。
「——最近、国が警戒しつつあるようだ。布教活動などをする際は十分注意するように」
さすがに貴族がメンバーにいるとなると、国の動きも漏れてくるらしい。帝国や皇室と近しい高位貴族が組織にいるということかもしれないので、キースに警戒を促しておこう。
「さて——今日は皆に提案がある」
そう言ったのは、最初から集会を仕切っている男だ。彼がパチンと指を鳴らすと、どこからか出てきた数人が、なにやら衰弱しきった男を連れてきた。
——何が始まろうとしてる?
異様な光景に警戒したのはエドだけではなく、あらかじめ聞いていなかったであろうほとんどの人間は動揺し、ざわめいている。
「〝神の器〟計画——皆、一度は聞いたことがあるだろう」
神の器、そのワードに一層ざわめきが広がる。しかしその後の〝計画〟というのには馴染みがない。男がふたたび話し出す。
「かの御方のため、教団上層部は〝神の器〟をお探しだというのは周知の事実。そこで——我々で協力し、それを作り出そうではないか!」
——作り出す?
その言葉について深く考えるより前に、腕を捕まえられた男が連れられてきた。正気を疑いたくなる様子に、部屋の中をわずかな恐怖が伝播していく。
「〝神の器〟を作り出すために必要なのは、魔力に対して適性があり、かつ、体内の魔力が空の人間だと言われてる」
ゴトリと置かれたのは箱のような形をした呪物。衰弱した男の手がその上に乗せられ、従者であろうローブの二人組が呪文を唱え始めた。暗い色の光が徐々に広がり、男が苦しみ出す。聞いたことのないその呪文はやはり呪術の一種で、衰弱した男の体内にある魔力を箱の中に吸い取っているようだ。ざわめきから一転、静かになった部屋には男の苦しそうな悲鳴だけが響いていた。
「——と、このように! この〝空なる匣〟を使うことによって、魔力を空にすることができる」
この吸い取った魔力についても同じく納めるように、と締めくくられた。神の器が結局何であるのか、それはどうやらここにいる中で一番偉いであろう人間にも詳しくは知らされていないようだ。彼らの頭にあるのは、ただその〝空の人間〟と〝魔力に満ちた箱〟を献上する必要があるということと、そしてそれが〝神の器〟計画の一端であるということのみだった。
そうしてその会は、箱についての説明がされて終了となった。今回の主な目的は恐らくそれであったのだろう。魔力を吸いとるために推奨される人間の特徴なども伝えられ、参加した信徒たちは献金と引き換えに箱を受け取っていく。エドはあくまで神父の連れであるため、彼がどうするのか様子を窺っていた。神父は内心では〝神の器〟に関して他を出し抜くことができないことがわかって嫌そうにしていたものの、外面を作るのは一流で、少しもそれを出さずににこやかに集会を仕切っていた人物の方へと近付いていく。エドもその少し後ろに着いていった。
「皆さん。本日はお招きいただきありがとうございます」
「ルーカス神父」
神父という職業の特殊性からだろうか。他に対するより少し物珍しそうな目線が向けられている。
「実はですね、本日私、少々皆さんの探し物の力になれそうなものを持ってまいりました」
「ほう……」
神父がエドの方にチラリと見た。その視線から、「神の器以外に彼らが欲しているものを見つけろ」という意図が、心を読まずとも伝わってくる。言われなくてもそうするつもりだが。エドはにこやかに彼らに挨拶をした。
「君は?」
「僕は旅の商人です。今は神父のもとで少しお手伝いを」
「商人?」
「はい。僕の取り扱っている商品は少し変わっておりまして——」
エドはそこで、以前神父にしたような占いや未来を見ることの説明をした。反応は面白がるようなものと疑いの半々。これも以前と同じだ。
「たとえば——〝神の器〟。その計画に必要なものを、知りたいとは思いませんか?」
そこへ、神父が余計な口を出した。知らないものはエドにも見えない。上手いこと言いくるめようと思っていたのに——と舌打ちしかけたが。
「……おや?」
〝神の器〟計画。その言葉を聞いた彼らの頭の中に浮かんだのは、別のことだった。
——古代の神器?
彼らの頭の中に一様に現れた、詳細不明の単語。それぞれ別で伝えられたのだろうか、表向きには〝神の器〟を探していると言いながらも、本当に献上しようとしているのは〝神器〟と呼ばれるものらしい。
「……本当にお探しのものは、他におありのようですね」
かまをかけてみると、反応は分かれた。黙れというように睨みつけてくるものと、浮足立つような反応を見せるもの。浮足立つような反応を見せたものは「場所がわかるのか」と尋ねてくるが、注目すべきはもう片方だ。彼らは「これ以上情報を探られたくない」のである。
——ちょっと探らせてもらうよ。
眼の出力を上げ、頭の中を探る。その神器とやらがある場所は——
「——ッ」
その場所が視えた瞬間、思わずエドは言葉を失った。そんな、嘘だろ。こんな偶然ありかよ。……いや、これは偶然なのか? 早くキースに伝えなければ。場所を聞いてくる貴族たちには「抽象的な予言しかできない」と告げ、信用を保ちつつ何も知らなければヒントにもならないようなことだけを教えた。焦っていることがバレないように。幸い神父とも利害が一致していたために、エドを他に盗られたくない彼が引き上げようとするのに乗っかる形で、エドは彼らの前をあとにした。
***
「——で、どうやら近々何人かが踏み込む予定だってことがわかった」
「……そうか」
「お嬢さんたち、いつ帰ってくるか決まってないんだよな?」
「ああ……」
エドの潜入はまだ続いている。今はどうにか言い訳をつけて、あとを追われていないか入念に確認した上でこっそりと帰ってきたのだ。
「……お前が行くより、俺とかジークとかが行った方が良いとは思うが——」
「俺が行く」
「だろうな」
わかってたよ。とエドは呆れ笑いをした。家のことや今後を考えるのであれば、公爵本人が家を空けて危険にさらされるというのは望ましくない。
「まあお前なら大丈夫だろうけど——気を付けろよ」
「ああ。ありがとな」
キースはエドが知る魔法使いの中でももっとも強い魔法使いだ。助言なんて必要ないかもしれないが、それでも友達として。大々的に行けば怪しまれて余計に手間を増やすことになるからと一人馬に乗って出発するキースを、エドは残された従者たちと共に見送る。遠ざかる馬の蹄の音を聞きながら、エドは妙な胸騒ぎを誤魔化すように、拳を握り締めた。
朝になってしまいました……遅くなってすみません…!