1 終わり無き汚染
「ここまで来たか」
目の前の光景にシナンは呆れていく。
日に日に汚染が迫ってるのは分かっていた。
今更怖がる程の事でもない。
どうせ世の中終わってるのだから。
そうは思っていても、目の前に白い大地が見えてくるとウンザリする。
大地が白く汚染されて数百年。
これによって人々は地上から生きる場所を失った。
今は都市に閉じこもり、かろうじて生き残っている。
この汚染を少しでも取り除き、生存可能な場所を確保する。
それがシナンの仕事だ。
とはいえ、危険は大きい。
建物同士を連結した都市の中ならともかく。
外は汚染がそこらに存在する。
全身を覆う防護服無しで出れば、たちまち汚染されるという。
そうなれば、人間も全身を白く染め上げて絶命する。
それだけなら良い。
恐ろしい事に、汚染された人間は凶暴化する。
知性や理性を失い、見境無く人々に襲いかかる。
場合によっては、智慧を保ったまま行動する。
人々を汚染させようとする。
同族を作るために。
これらをもたらす白い領域を押しとどめる。
侵食を出来るだけとめる。
その為に外に出て作業をする者達が必要となる。
シナンはそんな作業員の一人だった。
やりたくてやってるわけではない。
だが、割り当てが残ってるのはこの仕事くらいしかない。
都市内の仕事は有力者が牛耳っており。
そうでない者たちは外に出て作業をするしかない。
さもなければ、外に追い出される。
都市に余裕があるわけではない。
建物を通路でつないだ連結都市の空間は限られている。
無駄飯くらいをおいておく余裕はない。
邪魔にしかならないなら、強制的に外に追い出す。
空気すらもこの都市の中では貴重品なのだから。
だから働かねばならない。
汚染される可能性があるとしても。
寝床と食事と衣服を確保したいなら。
それを諦めて、都市から追放される者もいるが。
シナンはそこまで人生を諦めていない。
だから今日も外に出て、汚染地域へと向かう。
以前よりも確実に近づいてる白い汚れ。
その手前で蒸気自動車を止めて、器具を取り出す。
背中に蒸気機関を背負う。
そこから伸びた蒸気噴霧用のホースを握る。
軽く何度か蒸気を放って具合を確かめる。
しっかり動く事を確認してから、白く染まった大地へと向かう。
やる事は簡単。
蒸気噴霧器を使って蒸気をかけていく。
熱気を帯びた蒸気によって、汚染を死滅させることが出来る。
あくまで一時的な処置でしかないが、これで汚染を取り除ける。
滅菌というか殺菌というか。
見て分かりやすいくらいに、蒸気を吹きかけた部分は汚染が消える。
その下にある地面が見えてくる。
地面が見えたら、次は消毒薬を振りまいていく。
汚染が拡がらないようにするために。
ただ、この消毒薬は毒性が強い。
振りまけば大地を損なっていく。
消毒すれば確かに汚染は消える。
しかし、雑草も生えない不毛の地にもなる。
汚染を食い止めるためとはいえ、失うものは大きい。
しかも、これすらも一時的な措置にしかならない。
確かに蒸気を吹きかけるよりは効果は長く続く。
それでも永遠にとはいかない。
時間をかければ、やがて白い汚染が覆っていく。
大地を痛めつけても、結局は一時しのぎにしかならない。
それでも作業を進める。
ほんの少しでも生き延びるため。
わずかながらでも明日を迎えるため。
人類のためという大げさなお題目のため……とはさすがに言えないが。
ただ、今日も寝床と飯にありつくために。