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保冷バックシリーズ

絵図のアナタの空遠く

作者: 第六感


「人と付き合うって何かわかってない状況だから見つけられるようにがんばる」

金澤彼方はそういった。ボクは彼女がその答えを得たのかを知らない。


そもそもボクとオンライン相談ルームで出会った彼女は恋する少女だった。4月の頭からクラスメイトに恋していると相談する話が仲良くなるきっかけだったように思う。自らクラスいちの陰キャを自称して曰く「陰キャ同士がくっついて青春したい」といっていた。だからそのお相手は当然、――それを陰キャと表現するかはともかく――奥手な少年だった。好き好きアピールをしてもぜんぜん進展しないと愚痴を言っていた。

それをなだめてアプローチの作戦を練ってけしかけるのが初期の楽しみだった。やがて、ボクらの作戦は功を奏して、二人が付き合うようになる。キューピットになるのは気分がいい。


いまではお似合いのカップルだ。クリスマスデート は水族館に行ったらしい。彼らはその帰り道、駅までのバスを丁度逃した。次に来るのは30分後だ。寒空のベンチで30分。

「財布に100円しかもってないときにさ」彼方が財布を覗き込みながら聞いた。「どうやって時間つぶす?」

彼氏は自分も100円を出して停留所の自販機を指さした。「崩して一緒におはじきしよう」

二人は200円で130円の暖かい飲み物を買っておつりで遊んだ。

「もー好…。やっぱりさ、君が」彼方は好きだなと思った。「好きだなって思うよ」

「へへへ」彼氏は下にずれたマスクを引き上げて言った。「俺も」



でもこの話が純愛にならないのは、ボクが悪人だったからだ。

出会ってひと月経った頃、彼女が好きな子に恋焦がれる様子を一編の短編にした。好きな相手を熱く語る様子を描写し、相手の目に留まろうとして趣味を合わせたりお洒落したり。そして陰ながら応援する友達として、ボク自身も登場させた。実際の反応や応答を参考にして書くと、描写にリアリティがでる。彼女をこれを大変気に入ってくれた。

直接会うようになるくらいに。


親しくなって数回、彼女は無事に告白できたらしい。

そこで関係が終わったかというと、以降ボクは彼氏持ちと遊ぶようになる。


その次に仲を進展させたのは、絵である。

部屋で彼女が笑ったところを絵にかいた。実際は棒立ちの不安な目つきだったが、ダブルピースをさせておいた。服装も私が好きなパステルグリーンのフリフリしたお洋服にした。そういうボク好みを詰め込んだ絵である。大変似合っている。満足感が強い。


彼方は求めることにばかり慣れていて、自分が求められることに極端に弱かった。

7月の第二日曜日、ボクは「好きな子いるし、ファーストキスは取っておく?」と聞いた。別にファーストなのかは知らなかった。

「え? キスと身体の重要度っていうか順番おかしくない??」とかなんとか目を白黒させていた。大変愉快な様子であった。もうすでに上半身は裸だったから。はてなマークで頭バグってる子はかわいいからね。

「キスの方が大事じゃない?」ボクは大真面目な顔をしていた。

彼方はしばらく考えて言った。

「いいよ、シよ。だってさ、、。だって。その、、さ。

「君とするために、早く彼とキスしなきゃって思っちゃったから」


それからボクはまた何本か短編を書いた。自分が彼方の先輩で、学校帰りにこっそりデートする話を書いた。その文書フォルダは、日記帳になることもあれば、予定帳になることもあった。


ある日、ボクには北海道にお出掛けする予定が入った。彼方を北海道まで連れていくことはできないが、帰りがけに旅行の形をとることができる。

「夏休み、旅行に行かない?」

友達と旅行に行くことへのあこがれがボクを動かしていた。


千一郎という画家がいる。 日本のキュビズム作家である。その出身地が盛岡で、彼の最大の所蔵作品を誇る美術館がある。彼方はそれを見たがった。芸術に明るい動機がかっこよかったので、採用した。

ボクは、わんこそばと冷麺を食べたかった。


旅行の計画を立てる中、心配事があった。上記のカップルに破綻の危機が訪れていたのである。そりゃあ、うまくいっていたらボクと旅行に行ってはいない。

「こっちが好きになって、こっちが告白して付き合っちゃったからさ」

彼方は、自分が一方的に好きなのではないかと心配らしい。

「見てこの昨日のline! 『いいから黙って愛されてよ』って、私なにいってるの!?」顔面をスマホで覆って叫んだ。「なんなの!?」

要は向こうから愛されている気配がないらしい。それでもいいから付き合っていればいいのに。自然消滅が嫌だから別れるらしい。ボクは勝手にしたらいいと思った。

「しっかり考えたんなら何も言うことはないよ。思うとおりにしな、ボクは味方だから」なのでボクは心にもないことを言った。


ちなみにそれでボクを彼氏にするのかというと違った。

「一回浮気した人って二回目もするっていうじゃん?

「君のこと、彼氏持ちでも手を出す人なんだなって思うよ?

「だから付き合うのは、ちょっと」とのことである。


盛岡旅行の当日、彼女は最近整えたショートカットを揺らして待ち合わせ場所に現れた。

二人は市内をうろついた。冷麺の有名店が焼肉の高級店だったり、安宿のつもりが普通にいい宿だったり、不慣れな観光客らしい振る舞いをした。

部屋は禁煙にした。広いベッドで眠った。星は見なかった。




ここで、次の絵を見て欲しい。

男の絵だ。

正面から裸の男が描かれている。


場所は書斎のようだ。画角の右側に男の肩くらいの高さの緑色の本棚がある。左側に木製の閉じた扉がある。扉の高さは男の頭一つ高いくらいだ。壁はのっぺりとした灰色。

さて、男の年齢や人相について話を続けたいところだが、それはわからない。その人物がかろうじて男だと分かるのは、足の間に垂れ下がったブツがあるためである。両手両足の筋肉が人間の肉体を四角く描き出し身体は画面左を向き、顔は画面右を向いている。見事なシックスパックに、細い腕と細いふともも。膝を構成する四角形が一番多いのではないか、5つの小さな四角形で関節を表現している。棒立ちで立っていた。そんな男がそこにいる。

千一郎その人である。

彼は何を見ているのだろう。

何を見ている自分を描いたのだろう。

誰が見ている光景なのだろう。

絵は、誰のことを見ているのだろう。




翌朝は盛岡城の跡地を散策した。

コンビニで朝ごはんを買った。スマホゲームのウエハースを欲しがったので買ってあげた。200円くらいの奴。欲しかったキャラが当たったらしく喜んでいた。安上がりな。


――そうそう。盛岡まで来て、とは思うが、プリクラをとった。

「友達と撮ったプリをダウンロードしたくて有料会員になったから、ついでにあげるね」

「へー運がいいや」


観光バスで、今回のメインである美術館に向かった。高名な設計者の手によるハコと、キュビズムを描く画家の作品を見に行った。

「そうだ」彼女のプロットで書いてきた小説をバスの中で読ませた。「これ読んでよ」

不登校の少年が手術を控えた先輩から励まされる話を。

「じゃあ交換で、これ読んでて」彼女の小説も読んだ。

少女が駅の階段で転げ落ちる間に思い出す形式の失恋譚だった。主人公はもうすっかり死んでしまうと思っている。

だが落ちるのは2段だけ。

失恋してもうすっかりこの世の終わりのようなつもりでいる。

中学生の初めての失恋。

踏ん張る気力もない。舞台装置と物語がマッチした非常に面白い短編だった。

ラストシーンには頭を打ったのか想像の余地を残している。

「なんで、他人が書いた作品ってこんなに面白いんだろう」彼女が先に読み終わった。言いながら画面を行ったり来たりして好みの箇所を読み返した。「自分じゃ書ききれなかったと思う。ありがとう」

「ボクじゃ思いつかない設定だったからお互い様だね。これからもネタをくれたらうれしいな」彼女のスマホを返却しながら、靴のかかとを鳴らした。無意識にバスの座席の段差を探していた。「ボクも読み終わった。面白いわ」

「そろそろ、着くね」

ゆっくりと、ボクたち以外にお客さんのいない美術館をみた。

9月、よく晴れた平日のことである。




美術館から観光バスが出発するまで残り15分。これを逃せば1時間後というギリギリのタイミングで食堂に入ってしまった。

一人ならバスに間に合わせるところだが、今日は二人いる。ボクは人生で初めてタクシーを呼んだ。年下の同行者に格好を付けたい自分を発見した。


それから蚤の市にいった。

店員さんが葉大根と称する蕪を買った。

いわゆる遠野の蕪だ。料理マンガに出てくる。たしかに見た目は大根に似ている。

店員さんは、彼方に「おいしく食べてね」といった。夫婦だと思ったんだろう。

彼方は「おいしく食べてね」とボクにいった。彼女は誤解に気が付いていないと思った。

「わたしだと思って」という意味に気が付いたのは、この旅が終わってからだった。


旅の最後に、ボクは宿題を出した。彼方が今回の旅行を描写すること。文芸部の文集作成のようである。

旅から帰った彼方は長い時間をかけ、11月の終わりの頃、一本の小説を書き上げた。主人公の女の子が、蛇に誘われて美しいリンゴの絵の中に吸い込まれそうになり、そして最後に男の子のもとに帰る小説だった。



   「でも、私はそっちに行けない!」


    わたしは断りました。蛇さんが意外そうに眼を瞬かせています。「ふうん?」


   「あのね、たしかに私は与える愛がわからなかったよ。私って誰かと付き合ったりするのか」


   「わからないなと思ってたんだけど、今は彼のことが好きだなって思う」

    わたしはよく考えて一言ずつ言いました。


   「だからさ、私は一途な私になりたい。戻りたい。こうやってみんなとするのは楽しいけど


    でも『好き』って言葉に私自身が振り回されちゃう気がする。好きな人は一人がいい。


    そもそも、私普通に好きな人ができたらその人といたいという感情はあるの。


    誰でもいいから愛されたい感じじゃ、なかったんだなって」


    蛇さんが額縁の上でとぐろを巻きなおしました。「あたしはもう必要ない?」


   「うん。もう終わりにする」


    わたしは、振り返って歩き始めました。



     


    遠くにわたしの恋人がいるのが見えました。


    彼は帰りを待っていてくれたみたいです。


    わたしは手を振っている彼に向かって走り出しました。


FIN


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