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人獣見聞録-猿の転生 Ⅱ・エデンの東の黄金郷  作者: 蓑谷 春泥
第3章 蒼い太陽 紅い月
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第28話 太陽の黄金(きん)の鈴燈(りんどう)

 超高速で伸びた宝珠が、クラマの肉体を石垣に突き刺した。有り余る衝撃に煉瓦の壁が弾け、崩れる。

 俺はふらつく足で立ち上がり、地面から伸びた如意棒を掴んで縮小させた。掌に宝珠が収まる。クラマが腹を押さえ胃液を吐き出す。

「鍛えているとは言っても……、肉体の強度は人のそれだ。野風や改造人間と違って防御力は薄い」

 俺は如意棒を杖にして体を支えながら言う。

「加えてお前の火の防御(ガード)はクロウと違って物理的な硬さを持たない。生身では触れられないが、不燃性の武器なら通る。それを補う超攻撃的なスタイルと熱感知だったようだが……、それに頼りすぎたな。俺も策が外れた場合に備え、二段構えで攻撃していた」

 うずくまり体を震わせるクラマに、俺は宝珠を掲げる。「敢えて宝珠を地面から抜かず……、角度だけを調整した。そして置き去りにして体だけ転移……、こちらの石礫か、宝珠の遠隔起動で仕留めるつもりだった。ここまでのカウンターを食らうことは、予想外だったがな」

「お喋りはお互い様じゃの……」

 クラマは殺気の籠った目で呟き、崩れた石垣を掴んでどうにか立ち上がった。

「たかが一撃食らっただけ……。夷の棟梁はこの程度で沈むほど温くない」

「……そうこなくちゃな」

 俺は笑みを浮かべて如意棒を構える。虚勢を張っていはみせたが、こちらもそれなりにキている。全身に浴びた炎のダメージは深い。足も思うように動かない。

「ただの一発でこのダメージ……。認めよう、おぬしは強い……。神器のために温存しておくつもりじゃったが……、こちらも伝家の宝刀を、抜かざるを得ないようじゃ」

 クラマは懐から、黄金に輝く赤銅色の鈴を取り出した。

「奥つ器……、笹鈴燈(ささりんどう)……! 物質の性質を変化させるジェミナイア族……、我が母の形見にして彼女そのもの……。父が私のために残してくれた家宝じゃ、朝廷を潰やすためのな!」

 彼女は叫び、鈴を鳴らす。同時に鼻垂れる火炎の放射に、俺は宝珠を構える……、が、未来の音を聴いて咄嗟に転移した。

「よく避けた……、正解じゃ」

 クラマが目を細めて言う。炎は俺の居た場所を通り過ぎ……、再び水の湧き出していた石造りの噴水にぶち当たった。

 俺は目を見張った。噴水のオブジェの石が……、いや湧き出る水そのものが、火をかけた油のように燃え盛っている。

「試し撃ちは上々じゃの。見て分かったじゃろう。笹鈴燈は、鈴の音が伝播する範囲の物体に可燃性を付与する! 今のわしに燃やし尽くせぬものは無い。たとえそれが水だろうと金属だろうと……、不可侵の結界であろうとな!」

 クラマは再び火炎の波を地面に這わせ、放射状に放った。俺は街灯の上に飛び乗る。先刻との違いは、波が通り過ぎた後も火が消えないことだ。地面が焼け、燃え上がっている。周囲の石垣も鉄の門も、何もかもが炎に呑み込まれ焼き崩れていく。

 この足場も長くは持たない。すぐに支柱に火が移り、根元から燃やされるだろう。

「さあどうする真白(ましら)(そそぎ)! このまま逃げるか? それとも帝と元老院を連れてどこかへ飛ぶか? それも良い。もぬけの殻となった宮廷を焼き討ちし、八咫鏡を頂くとしよう。御所が陥落し、三種の神器も奪われたとあっては……、朝廷の権威は地に堕ちたも同然。西国の援軍も我々の軍門に降るだろう。そうなれば天下はわしのものじゃ」

「知らない単語ばかりで何が何やらだが、ここが瀬戸際ということははっきりと分かったよ」

 俺は如意宝珠を伸ばし、一番近く高い塀に突き刺す。棒の先端に飛び乗り、高速で自分の体を押し出す。

「またそれか! 芸の無い……!」

 クラマは九本の尾を重ね合わせた。混じり合い、一本の巨大な火柱となった爆炎が俺を迎え撃つ。「来い! どこへ飛ぼうがその瞬間に焼き殺してやる」

 火柱が俺の影を焼き、宝珠をも包み込んだ。

 

「消えた……。逃げたか」

 数秒の放射の後、クラマは退屈そうに炎を止めた。「所詮、その程度の覚悟……」

 炎に包まれた拳が、彼女の顔面を捕えた。

 クラマの体が宙を舞い、煙立つ地面を転がる。

「……! 貴様どこから……!」

 喘ぎながら首だけをやっとのことで持ち上げたクラマが、俺の姿を見て瞠目する。「まさか……」

「そのまさかだ……」

 俺は朦朧とする意識の中で、呟くように答える。酸素も無く熱と痛みで既に限界寸前だ。

「この一撃のため……、熱感知を誤魔化すためだけに、あえて炎をかぶってから転移したというのか? 正気の沙汰ではない……、わしの炎は全てを焼き尽くすのだぞ」

 クラマはふらふらと身を起こす。新たに炎を射出しようと右手を挙げたが、既に俺は間合いの内側に転移していた。

「それは……、燃え尽きる前に倒せなければの話だ」燃える拳の乱打(ラッシュ)を浴びせながら、俺は譫言のように呟く。「お前をここで打ち取る。俺の役目は……、それで終いだ」

 最後の一撃打ち抜く。クラマの(くずお)れる手応えを感じ、俺は地面に向かって頭から倒れた。


・・・


「クク……、わしを討ち取るじゃと……?」

 燃え盛る地面を這い、御所に向かって前進しながら……、クラマは喉の潰れたような笑いを漏らした。

「愚か者が……、勝つのは生き残った者じゃ。父もましらも……下らぬ戯言を吐いて消えて言ったが……、結局は死者の戯言じゃ。……敗北者めが! 生き残るのはわしじゃ。帝でもクロウでもない! このわしじゃ!」

 一本の白銀の矢が、彼女の手を貫いた。

 白銀の矢は纏う水滴ごと燃え盛りながら、彼女の手を貫通し、握りしめた鈴を砕いていた。

「これは……、氷の矢ッ!……クロォオ!!!」

 笹竜胆の効果を失い、地面を焼いていた炎が消えていく。掌に突き刺さった氷の矢が、彼女の怒りの熱でみるみる溶けていった。

「命中ゥ。良い矢だね。炎の幕を突き抜けた。……魔境(スラム)の借りを返せたよ」

「あなたこそ良い腕ですよ、ニミリさん。ましらに感謝しなければなりませんね……。姉様が弱っていなければ、皮膚を貫く前に溶けていたでしょう」

 クロウは頬に浮かんだ分身の聖痕をなぞりながら、遠くに伏せる姉を見下ろした。

「終わりです姉様……。私がここまで出てきたことでお判りでしょう。旧13番隊は半壊。こちらも相当数の被害を出しましたが……、宮廷は死守しています。まだ戦いは続いていますが……、これ以上は無益です。笹竜胆が破壊された時点で、あなた方の勝利は無くなった」

「ふ……。こちらだのあなた方だの……、いつから貴様は朝廷の人間になった? 姉に手を上げ、母の墓標を穿つとは、随分遅い反抗期じゃないか」

 クラマは唸り声を上げて半身を起こし、四つん這いになった。クロウが哀し気に目を伏せる。

「投降してください……、姉様。帝との契約は生きています。今ならまだ流罪で済む」

「姉を売るか、クロウ……。たしかに夷の勝利は無くなった。だがな、愚かなる妹よ……! その言葉は、必ずしも敗北を意味しない!!」

 周囲の炎が、一斉にクラマの肉体に吸い込まれていく。飛び出した九本の炎尾がクラマの体に巻き付き、クラマの肉体が、青白く輝きだした。

「! まずい!」

 クロウが坂の下に飛び出す。「ニミリ殿、いますぐ近衛兵を連れて撤退してください! 結界の内側へ!」

「! どういうことだ?」

 ニミリが叫び返す。

「姉様はここを道連れに死ぬつもりです! リミッターを解除した命の灯……、効果範囲は王都全域を優に超えてくる! 八咫鏡の出力を最大に引き上げるよう帝へお伝えを!!」

 クロウは氷塊を作り出しながら、焦げ付いた大地を駆け降りていく。「姉様!!!」

 クラマがかっと口を開いて叫ぶ。

「愚妹がァ!! わしを見下ろすな!!!」

 白熱した姉の肉体から、妹の御髪(みぐし)ように蒼く、鮮やかな炎が、迸った。


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