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人獣見聞録-猿の転生 Ⅱ・エデンの東の黄金郷  作者: 蓑谷 春泥
第3章 蒼い太陽 紅い月
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第27話 風前

 王都の風は乾いていた。

 先の山火事と魔境の大火が空気をひりつかせていた。加えて前線ではクロウの作り出す氷塊が空気中の水分を搾取している。

 良い気候だ。クラマは思った。今日の御所はよく燃えるだろう。

 宮廷の背面にずらりとならんだ旧13番隊が、各々の攻撃の構えに入っている。衛兵の姿は無い。何が起こったかもわからぬうちに、帝は瓦礫の一部となるだろう。

 クラマの一喝と共に、各々の最高出力の遠距離攻撃が放射される。クラマもまたそれらを呑み込むほど大きな爆炎を放つ。宮廷を真っ赤な光が覆いつくす……。

 渾然一体となった攻撃が弾け、衝撃波となって襲撃者を襲った。旧隊員たちが吹き飛ばされていく。クラマは風に抗って地面を踏みしめながら、目を細めて舌打ちした。

八咫鏡(やたのかがみ)……、既に用意しておったか。天叢雲はまだ廃都か?」

 クラマたちの目の前には、傷一つない宮廷の姿と、それを覆うように半球状に広がった半透明の結界(シールド)があった。

「お前たち、無事か?」

「痛ェ……、骨をやっちまいました」

 数メートル吹き飛ばされた隊員が呻く。クラマがからからと笑う。

「自分の技にやられていたのでは、世話ないな。まだ全員力十分じゃろ、二撃目の準備をしろ。策がある」

 クラマは懐に手を入れかけて、ふと止まった。結界の中に朧げな人影が浮かんでいる。

「……幻燈か」

 クラマは扇を広げて自らを煽ぎながら、幻影に声をかけた。

「八咫鏡を起動済みとは、随分と用意が良いですのお、殿下」

 帝の幻燈が涼し気な表情で答える。

「なに、せっかく遠路はるばる来てくれた客人だ。我が国の国宝を目にかけてやろうと思ってな」帝が冷たい眼光で付け加える。「余所者には珍しかろう」

「ふ……、我々は夷敵ということか。三種の神器……、起動に時間がかかると思っておったが、ましらが予知でも使ったか……、先を読まれていたようだの。まあ良い、すぐに我が国のものになる」

「ましらの予知も一役買ってくれたが……、お前たちの奇襲はこの者どもが教えてくれた。詰めが甘いな」

 幻燈が、帝の背後を映し出す。そこにはぼろぼろになりながらも、自分の足で立っている三人の姿があった。

「現13番隊……! 逃げおおせていたのか」

 目を見張るクラマに、ニミリの幻影が答える。「どうにかね」

 クラマは己の記憶を探る。あの時炎は確実に一帯を覆っていたはずだ。避難できる場所も無ければ、走って逃げきれる範囲でもなかった。

「あなたの部下の奥つ器が役に立ちましたよ」クラマの疑問に答えるように、メルが小槌を見せる。

「衝撃を反転させて上空へ体を打ち出し……、爆風を利用して射程外へ跳んだ。無論着地の勢いもこれで殺してね。二人とは予め蔓を繋げておいた」

「あまりスマートとは言えない方法だったけれど……、力を過信したわね、クラマ様。大雑把に強い技故に、隙も死角も大きい。それに周囲の兵を撤退させたのも悪手だったわ。その後誰にも見つかることなく、山脈を進んだ私達は、駅舎に身を潜め、明くる日の『蛇足』の車掌室に押し入った」

「……そうか、それがわしらと同じ便だったということだな? くく……、ただでさえ本数の少ない『蛇足』の減便の結果はいえ……、よくよく運のよい奴らじゃ。魔境襲撃の間に最短ルートでここまで走り抜け……、朝廷に危急を知らせたというわけか。その傷でようやる」

「その魔境(スラム)を燃やしたことについて、一言言ってやりたいところだが……、その役目は彼任せよう」

 帝は言い放ち、映像が途切れた。背後に不意に現れた気配に、新皇は気怠げに振り返った。

「よう……、まだ求婚の話は生きてるか? ここは一つ未来の旦那様の顔を立てて、丸く収めようじゃないか」

「生憎と縁談はご破算じゃ……。尻に敷かれぬ男は嫌いでな」

 クラマは値踏みするように目の前の敵を眺めた。近衛兵の一団を引き連れた真白(ましら)(そそぎ)が、宝珠を肩に乗せて首を鳴らした。


・・・


 両軍の殺気が衝突する。国内最高防衛戦力・近衛兵と、国内最高対外戦力・旧13番隊。互いに自軍の戦力にプライドがある。そして互いが最も高いパフォーマンスのとれる作戦目的、防衛と侵略のもと赴いている。両軍の士気はこれ以上ないまでに高まっていた。

「くく……、少々数が物足りないの」

 クラマが近衛兵たちを見て冷笑した。宮廷に配備された近衛兵の主力……、御所内に残ったものを含めても八十に満たない。やや数では不利になっていた。

「頼みは八咫鏡か……、それを破れぬ夷ではないぞ」

 クラマはくるりと踵を返すと、こちらに背を向けて結界に突進した。

()めろ!」

 それが合図だった。クラマを追う近衛兵とそれを阻まんとする旧13番隊、両軍が正面からぶつかり合い、空気がびりびりと振動した。

 俺はすかさずクラマの正面に「移動」する。間髪入れず放たれる炎弾を、如意棒の回転で堰き止める。俺は広げた如意宝珠をプロペラのように回転させて盾とし、空気を流すことで炎の逃げ道をつくった。

「便利じゃの」

 クラマは炎を止めて立ち止まる。「やはり先にやるべきはお前か。折角だ、フィールドは広く使おう」

 両手から出した炎の噴射で飛び上がり、クラマは御所前の庭園にまで後退した。宮廷と両軍から大きく距離をとる。

「自分から離れてくれたことはありがたいが、何を企んでる?」

 俺は走って彼女に追いつくと、噴水の脇に着地したクラマに問いかけた。

「安心しろ、罠ではない。こちらの軍の方が人数が多いでの、わしの火球の流れ弾が当たるリスクが大きいと判断したのじゃ。クロウを降したそなたを相手取るなら、全力を出せる環境でないとの」

 クラマが左手に炎を宿らせる。俺は如意棒を構える。

「戦う前に一つ聞いておきたい……。なぜ魔境(スラム)を焼いた」

「ふ……、悔恨か?」

 クラマが煽る様な口調で聞き返す。

「そなたは魔境に現れると思っていたのだがの。さすがにこちらの戦況で手一杯だったか?」

「いや、魔境には赴いた。予知で貧民街が焼け落ちる姿が見えたからな。だが俺が到着したのは、既に火球が空に放たれた後だった。俺に出来たのは老人と傷病人を避難させ、安全な所へ移送するくらいだった。助けられなかった住民もいたはずだ……」

 俺は唇を噛んで答える。

「どの道もっと早く着いていたとしても、お前に出来ることは無かったがの。あの村は燃える運命にあったのだ」

「なぜ魔境だったんだ? お前は野風にも理解があったはずだ」

 俺の問いにクラマは首を小さく傾けてみせる。

「なに、単なる戦略的判断じゃ。前線を混乱させてやろうと思っての。それにわしとしてもジパングの中枢はなるべく保存しておきたい。この国を乗っ取った後に必要だからの。そういうわけで、なるべく価値の無い土地を選んだのじゃ」

 それから彼女はくつくつと笑った。

「それにしても酷い地区じゃったな。燃やす前から焼野原のような荒れ様だった」

 俺は如意棒を強く握りしめた。静かに言葉を紡ぐ。

「……それが聞けて良かったよ。お前を、全力で叩きのめす理由が出来た」

「ふん……、戦うのにいちいち言い訳がいるのか?」

 クラマが嘲るように笑う。

 炎が視界を覆いつくした。瞬時に如意棒を回す。火炎のベールが途切れ、その裏から拳が飛んできた。

 宝珠で受け止める。如意棒がジュっと音を立てて小さな煙を上げた。凄まじい高温だ。クロウと同じ……、クラマの体も、直接接触が最も威力が高いようだ。

 金扇子の薙ぎが胴に向かう。棒で受け太刀すると刀をぶつけたような固い音が響く。鉄扇のようなものだ。ただの扇子ではなく金武器……、熱を纏わせた一振りは容易に肉を裂くだろう。

 クラマは炎の射出で素早く後退すると、人魂のような火球をいくつも作り出し、ばらばらな方角に乱れ打ちした。

 囲い込むようにカーブを描いた無数の火の球が、俺に襲い掛かる。予知で数を絞り、宝珠の乱打で撃ち落としまくる。凄まじい連撃だ。予知が無ければ捌ききれたか分からない。

 足元に炎の漣が押し寄せる。宝珠を地面に突き立て、足場を作る。クラマが九本の炎尾を突き出し、豪火の連弾を繰り出す。俺は如意宝珠を射出した勢いに乗って体を空中に押し出し、上空へ跳びあがる。。

「やっと宝珠を離したか」

 クラマがほくそ笑む。「空中では身動きとれまい!」

 クラマは扇を勢いよく払い、炎の幕を空に向かって放った。眼下が紅く染まる。俺は炎の隙間に垣間見える大きな噴水に、急いで焦点を合わせた。

 噴水の水が弾ける。俺は水を吐き出し、水の溜まりから這い出る。危ういところだった。奴も水場の存在は見逃していたようだ。

「おっと、まだ逃げ場が残っておったか。詰めを焦ったの」

 クラマが口惜しそうな目でこちらを見る。

「……などと、言うと思ったか?」

 全身に激痛が走る。反射的に転移して、如意棒の足場に逃れる。

 慌てて移動したせいで棒を掴み損ね、地面へと転げ落ちた。幸い地面を舐めるように広がっていた炎の波は、既に如意棒の下を通過した後であり、俺の身は火だるまにならずに済んだ。

 噴水に目を向けると、湧出する水が沸騰するほど煮立っている。おかげで両足に酷い火傷を負っていた。

「敢えて逃げ場を作っておけば、貴様をそこへ誘導することは容易……。まんまと嵌ったの。九尾の攻撃の直前に金扇を投げ入れておいたのじゃ。金が融解するほどの高温で、熱したやつをな。もう少し投げるタイミングが早ければ、水の沸騰も早まり、貴様の喉さえ爛れておったろうに……、残念じゃ」

「なかなか切れるじゃねえか」

「貴様よりは経験を積んでおってのぉ。炎熱使い相手に水を利用するのは常套手段じゃ。対策も立てておる。ま……、わしほどの使い手になれば、この程度の量の水は障害にならぬがの」

 クラマは噴水の下に出来た大きな水溜まりに火球を放った。火を受けた水があっという間に蒸発する。

「さて、このままちょろちょろ逃げ回られても面倒じゃ。そろそろ仕舞いにするとしよう」

 クラマが右手に炎の渦を作り出す。

 それは巨大な紅い竜巻となって放たれた。俺は突き刺さった如意棒に手を掛ける。……しかしこれだけの勢いの火流、如意棒の回転には巻き込み切れないだろう……。

 地面に転がった礫岩を掴み、瞬時に俺は行動を起こした。

クラマの背後に転移する。尾の反撃を受けるリスクよりも、確実に死角をとることを選んだ。スピード勝負、奴がこちらに気付く前に一撃で終わらせる……。

「!!!」

 俺は絶句した。

 踏み込むよりも早く、九本の炎が俺の体を焼いていた。

 口から煙を吐き出し、そのまま地面に倒れ伏す。尾を払ったクラマがこちらを振り返る。

「気づくのが早すぎる……、と思ったか?」

 クラマが藍い瞳で俺を見下す。

「熱感知……、貴様の飛んだ先を把握できるよう、最初から発動しておった。目で追わずとも、背後に立ったことが分かった」

 俺は灼けた喉から笛の音のような呼気を吐き出しながら、彼女を睨み上げた。「まだ息があるか」

 クラマが少し感心した風に呟く。

「先刻水を浴びておったことが幸いしたな。加えてその異様な肉体の頑強さ……。それも旧世界の技術とやらか? 並の人間なら黒焦げになっていた所なのだがな」

 クラマは喋りながら右手に炎を灯した。これまでの紅色のそれとは違う。……蒼い炎だ。

「まあ、死期が数秒伸びただけだ。わしの本気の火力ならその程度の肉体、燃やし尽くすのはわけない」

「お喋りだな……」俺は切れ切れに言う。「今の数秒、クロウなら寡黙に止めを刺していたぜ」

 鋭い風が巻き起こる。壁に向かって進行していた炎の竜巻から、目にも止まらぬ速さで朱い物体が飛び出してきた。クラマが反射的に振り向いた時には、既にその体は如意宝珠に吹き飛ばされていた。


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