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人獣見聞録-猿の転生 Ⅱ・エデンの東の黄金郷  作者: 蓑谷 春泥
第3章 蒼い太陽 紅い月
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第25話 乱

 クロウの耳元のリングからノイズが聴こえてきて、宮廷の回線と繋がる。

「交渉は決裂か?」

 帝の声がこちらにも聞こえた。「残念ですが」クロウが淡々と答える。

「そうか……、降伏しないのなら仕方ないな。お前には済まないが、先送りしていた処罰は……」

「お待ちください」

 クロウが帝の言葉を遮る。

「降伏を認めさせ、生け捕りにして連れてくる……、それが我々の処罰を取り下げる条件でしたね」

「ああ」

 回線の音声が答える。

「ならばまだ終わりではありません。夷の軍を退け、姉様に実力で降伏を認めさせます」

「ほう。腹を括ったか」

 帝が愉快そうに笑う。

「総大将はお前だ。好きにせよ」

「有難く。では……、私はこのまま大隊の指揮を執ります」

「! 前線で直接駒を動かすのか。だが大局はこの本部からしか俯瞰できぬぞ」

「問題ありません。海軍と空軍を撃退した以上……、残りは陸の戦闘のみ。そして陸地での戦闘の大部分は、私の指揮する大隊の動きで決まる」

「不測の事態にはどう備える?」

「海岸の私の分身(レプリカ)を、本部に転移させます」

「えっ」黙って聞いていたが、クロウの言葉に俺は思わず声を漏らす。

「待ってくれ、南洋の海岸まで何キロあると思ってる。そこまでの長距離転移はできないぞ。多分やろうとすると意識が落ちる」

「出来るはずです。事前に作戦を練る際、帝からそのように伺っています」

「いや、帝がそう言っていたからって……」

 言いかけて口をつぐむ、帝は当人の知り得ない肉体の情報を読み取ることが出来る。俺の能力がどこまで伸ばせるか、帝は知っているのかもしれない。

「ましら、翼竜の操縦に眩暈は覚えたか?」

 帝の尋ねるのが聴こえた。

「いや……、不慣れでこそあれ、気分は悪くなっていません」

「そうだろう。お前に付けさせたその緊箍(きんこ)、平衡感覚を維持させる働きを持つ。転移時の反動は空間移動による三半規管の混乱から来るものだ。それを治めた今のお前なら、連続転移も長距離移動も可能なはずだ」

「……信用しますよ」

 俺は額の(バンド)を撫でながら答えた。

「分身が抜けた穴はまず支障ないでしょうが、万一海軍の生き残りが上陸した際は、監獄の看守たちを当ててください。獄舎が海に面していると聞きました」

「動かせぬ兵も利用するか」

 帝が満足そうに認めた。

「では……」

 クロウが回線を切り、別のチャンネルに切り替える仕草をする。

「全軍に指示を出します。ライブラ隊は監視の三小隊を置いて他は北上してください。それから中央の大隊は王都から国境まで進軍、国境沿いに部隊を展開して敵の侵入を防いでください、現場では私が指揮を執ります。アクアライム隊は大隊から抜けて先行の野風隊と合流。山脈地帯で陸軍の主戦力を叩きます」

 クロウはなおも細かい指示を次々と繰り出す。文官とは思えない指揮ぶりに俺は舌を巻く。空中から隊がスムーズに動いているのが見えた。古代都市の決戦とは比べ物にならない規模の大群だ。俺はクロウの指示するポイントに降下して部隊と合流させる。本格的な戦闘が始まろうとしていた。


・・・

 

 暗がりの中に風の音だけが聴こえる。天井の隙間に時折横切るランタンの灯りが室内を明滅させていた。クラマは指先に蝋燭大の炎を灯して、周囲の兵の顔を見た。

分身(レプリカ)がやられた」

 傍らで目を瞑り精神を研ぎ澄ませていた紅喰いが目を開く。

「予想より早いかったですね……。やはり分身での戦闘には限界がある。相手はカミラタか、蛮臣(ばんしん)ドストスペクトラ、あるいは真白(ましら)(そそぎ)か……」

「クロウだ」

 紅喰いがぴくりと眉を震わせる。

「裏切りは事実であった。思っていた形とは少し違ったがの。しかし、それももはやどうでも良い事じゃ……」

「驚きましたね。クロウ殿が前線に投入されているとは」

 武官の一人が口を添える。

「ただの一兵卒ではない。おそらく奴は全軍の指揮を執っている」

「まさか」

 武官が困惑した様子で答える。

「いや、帝の力ならあり得る。以前クロウ殿に聞いた情報が本当なら、帝は他人の潜在能力を見抜くことができる。……となるとやはり、不二原を発ったのは正解でしたね。クロウ殿が総大将ならば、クラマ様の戦力無しで相手取るのは厳しい」

 クラマが肯く。武官は呑み込めぬという風に尋ねる。

「しかしお言葉ですが、クロウ殿は文官ですよ。軍師の経験すらない。この大一番に国の軍を十全に指揮するなど、とてもできるとは思えない。帝の思惑も測りかねますが、お二人は何をそんなに警戒されているのです」

「痴れ者が。わしが何故文官の椅子にクロウを押し込めていたと思う」

 クラマが鋭く言い返す。火の灯りが彼女の頬を伝う一筋の汗を照らした。

「奴が戦の天才だからじゃ。クロウ……、奴はさながら軍神(いくさがみ)。奴に近しいわしや紅喰い、そして父は奴の圧倒的な才に気付いておった。わしは奴が軍を掌握することでその才を自覚し、御することの出来ないほどの力を手に入れることを恐れたのじゃ」

「新皇様は聡いお方……、四天王という少数精鋭の私設兵をあてがうことで、クロウ殿の作戦の実行に必要な戦力を補充し、夷の部隊を動かす機会が生じないようにしておられたのだ」

「……! そのような事情が……」

 武官は緊張した面持ちで続ける。「なれば我々は勝てるのでしょうか……、そのクロウ殿に」

「案ずるな。我々の勝利条件はクロウを(たお)すことではない」

クラマが薄明かりの下でほくそ笑む。「御所を落とすことじゃ」


・・・


 部隊は破竹の勢いで進み続けた。

「ライブラ第一部隊、国境の敵軍を突破!」

「野風聯隊、敵軍の分断に成功、沿岸に逃れた部隊の対処を頼む」

「第四班、レオニア隊と合流。族長殿の尽力により、敵勢力の排除に成功!」

 各隊の勝利報告が舞い込んでくる中、クロウの分身は各地の戦況を眺めながら指示を出し続ける。

「順調そうね」

 カプリチオ族の代表が胸を撫でおろして言う。クロウの分身がいつものポーカーフェイスで答える。

「ここからです。敵の主力兵との交戦報告が無い。そろそろ夷の豪族たちとぶつかるはずです」

「なあ、ちょっと思ったんだが」

 俺は映像を見ながら尋ねる。

「夷の主力は土着の豪族たちと旧13番隊の面子なんだよな? これだけの部隊を展開しておきながら、13番隊の連中が指揮してる隊が一個もないっていうのは、どうにも不自然じゃないか?」

 クロウは俺の言葉に反応し、顎に手を添えて幻燈を見つめる。

「敵の大群はまだ底を見せていない。奥に控えている連中がそうなのかもしれん。あるいは撃破した水軍に大半が紛れ込んでいたのかもしれない」

 イタロの反論をクロウが遮る。

「いえ、水軍は地理的に北部と沿岸部の豪族たちを中心に構成されているはずです。旧13番隊の多くは内地の不二原近郊に点在していたはず。奥の部隊がそうという可能性もありますが……、前線に投入されていないのには、わけがあるのかもしれない」

 クロウはこちらに振り返って言った。

「ましら君、偵察に向かってください。目標は山脈中腹、『蛇足』の駅舎付近です」

「かまわんが、さすがに一息にそこまでは飛べないぞ。どこかを中継してインターバルを挟む必要がある」

「分かりました。では休息ついでに、カミラタさんを中央の大隊まで連れてきてください」

「人使い荒いな……」

 俺は苦笑して承諾した。

「だがカミラタはライブラ隊を仕切ってるんだろ? 動かして大丈夫か?」

「副隊長のシェクリイさんに引き継がせます。中央の大隊は今から四つに分かれます。警察隊の指揮を執れる人間が欲しい」

「それでか……。妥当な人選だな」

 俺は宝珠を掴むと、上着を肩にかけて席を立った。


「……というわけだ。今から移動できるか、カミラタ」

 カミラタの馬上で彼の肩につかまりながら、俺は確認した。

「相分かった。シェクリイ! 後の指揮を任せるぞ! ……しかし突然木の上に現れたものだから肝を冷やしたぞ、全く」

「俺も落ちそうになって焦ったよ。座標で転移するとこういう危険もあるんだな」

 目の前の木々がざわめく。突然木の根が馬の足を掬い、前方の騎兵たちが幾人か吹き飛ばされた。

「止まれ!」

 カミラタは馬にブレーキをかけて叫んだ。俺は辺りを見渡して言う。

「なんだ? 樹木が……」

「メルトグラハと同じアクアライム族の部隊だ。向こうにもいたようだな。この感じ豪族か……、かなりの使い手だぞ。……シェクリイ!」

 カミラタは後ろの騎兵に声をかける。騎兵が不服そうな調子で進み出る。何度か見たことのある顔だ。俺は思い出す。御所にいた衛兵長の男だ。

「俺とましらは中央に移動しなければならない。ここは任せていいか?」

「愚問だな。何年近衛兵の指揮を執ってきたと思ってる?」

 シェクリイはいきいきとした顔つきになって、弓を引くような構えをとった。

「瞬殺だ。お前らはとっとと行け!」

 シェクリイの傍らに巨大な雷の矢が出現する。彼が矢を放つと共に雷柱が目の前の樹林を敵兵ごと塵にした。


 飛んだ先は戦闘の真っ最中だった。カミラタが電気の膜を作って流れ弾を弾く。

「モルグ君、煙を吸い込むなよ! カプリチオの幻覚を見せられるぞ」

「はい! 隊長!」

 近くを偽鬼(デモゴブリン)(スーツ)を着たモルグと、いつか戦った滝口入道とか言う国境部隊長の馬が駆け抜けていく。

「こちらは大丈夫そうだな。総大将と合流するぞ、ましら」

「ああ。クロウと連絡をとる……」俺は輪具(リング)に手を添えようとした。カミラタが手で制す。

「必要ない。あれを見ろ」

 俺は彼の指さす先を見上げる。それから目をこする。上空に数十の敵兵を閉じ込めた、巨大な氷の塊が浮かんでいた。それが敵の別の部隊目掛けて、勢いよく落下していくところだった。

「幻覚か?」俺は目をこすって言う。そういえばさっき滝口入道が、そんなことを口走っていた気がする。

「いや、あの技は警察隊のイクテュエス族のやつだな。重力操作だよ」

 カミラタが平然と答える。「総大将の位置は分かった。輸送はここまでで十分だ。お前は目的地に飛べ」

「ああ」

俺はひらりと馬から飛び降りる。転移を使いかけて……、額を抑えた。「……っ!」

「! どうした? 痛むのか?」

 カミラタが俺の異変に気付き、肩を掴む。

「違う! (やば)い未来が見えた……!」

俺は回線をクロウに繋いで叫んだ。

「聴こえるかクロウ! 作戦は変更だ! 悪いが俺は魔境(スラム)へ向かう! 急いで近くの部隊を回してくれ!」


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