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人獣見聞録-猿の転生 Ⅱ・エデンの東の黄金郷  作者: 蓑谷 春泥
第2章 緋い目玉の蠍
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第18話 氷の微笑

「終わりか。あまりにも呆気ない……」

 氷柱(ひょうちゅう)に手を触れたクロウは、月光の乱反射する氷塊の中で氷漬けになった肉体を眺めて呟く。

 その瞳が、驚きに見開かれる。彼女が氷の中に見据えていたはずの俺の体が立ち消え、彼女の背後に現れる様が、氷の鏡面に映し出された。

 横薙ぎの一撃——。振り抜かれた如意宝珠の一打が横ざまにクロウを吹き飛ばす。

横腹を押さえながら、顔をしかめたクロウが、膝立ちに起き上がる。

「何をした……。完全に閉じ込めたはず……。いや、そもそも何故凍死していない」

「俺の皮膚は少々頑丈でな」俺は如意棒を肩に担いで答える。「おまけに恒温性も高いと来てる。ま、正直凍傷のダメージはかなり受けたがね」

「前者には解答無しですか……。何が起こったかは自分で確かめろと、いうことですかね」

 巨大な氷柱(つらら)の斬撃が、地面から繰り出される。不規則に突き出てくる刃を俺は宝珠で破砕しつつ、予知で無数の回避を実現する。

 鼓膜が固まる未来(おと)が聴こえた。次の瞬間、視界が透明な檻でいっぱいになる。

範囲攻撃。来ると分かっていても避けることができなければ意味はない。俺の予知の攻略法としては最善手だ。正直、狂花帯の相性は最悪と言ってもいいかもしれない。

……だが、それはこの新技(ちから)を覚える前の話だ。

視界は瞬時にクロウの横顔を映し出す。足の裏は薄氷(うすらい)ではなく確かに地面を踏みしめている。クロウの驚きに歪んだ表情に、再び宝珠の殴打が浴びせられる。

追撃は氷柱に阻まれたが、俺は後ろに飛んでカウンターを免れた。クロウは頭を押さえながら、冷たい視線でこちらを見据える。

「今、はっきりと視えました……。私の攻撃は確かにあなたを閉じ込めていた。だが次の瞬間あなたは……、氷の外に移動していた」

 クロウの五体に霜が纏わりついていく。白装束のような雪化粧は段々と厚みを増し、氷がその表面を覆いつくしていく。

「空間移動……、それがあなたの真骨頂ですか」

「どうかな。まだ能力は発展途上かもしれないぜ。だがまあ、今のが空間移動ってのは当たりだ」

 量子器官の目覚め……、人間の肉体に戻った時から、ある種の予感は感じていた。それはまさに雪解けのようだった。抑え込まれていた未熟な狂花帯が、完全な力を目指して生長していく。死の危機がそれを格段に加速させた。隠れていた空間移動(テレポート)の能力が発現し……、この死地の中で遂に意図的な発動にまで至った。

 クロウは背面に棘を作り出した。背後への移動の警戒だ。そして本人の十二単の上にも、頑健な氷の鎧が形成されている。凝縮された氷の塊だ。一撃や二撃では砕けないだろう。

「こちらも全力で迎え撃ちましょう……。どこから攻撃されるか分からないならば、どこからの攻撃にも耐えれば良い。何処へ逃げるか分からないのならば……」冷たい視線がこちらを射抜く。「全方位を攻撃すればいい」

 彼女を中心に360度、氷針の山が突き出る。俺は空を見上げテレポートで中空に飛んで叫ぶ。

「上ががら空きだぜ」

 如意宝珠の遠距離攻撃が彼女を捉える。鎧袖に触れて鋭い音を響かせた。

「伸びる棒……、紅喰いの宝珠ですか。私なら奥つ器を使うまでもない」

 彼女が腕を伸ばすと、鎧の先端が氷の剣となり、如意宝珠のように伸長した。

 『転移』で躱す。氷山の上に膝を着き、次の一撃に移ろうとした俺は、途端に眩暈を覚えた。

 激しい吐き気が遅い、氷の上を滑り落ちる。俺の嗚咽を聞きつけて彼女が足場から針を突き出した。

 回避が遅れ、脚に負傷を負う。踏ん張れないほどではないが、走力に影響は出そうだ。俺は息を吐き出し、追撃を再び『移動』で躱す。

 氷山の外に出た俺は、ひとまず茂みのなかに身を隠した。激しい車酔いのような感覚だ。テレポートでの移動に、まだ肉体が馴染んでいないのだろう。間を開けず連続使用するのは、危険そうだ。

「その能力、まだ使いこなせていないようですね」

 氷壁の中心から、彼女が呼びかける。氷壁の外に巨大な針を作り出し、手当たり次第に刺突している。

「調子に乗ったことを後悔しているところだ。やはり話し合いで解決しないか」

 斬撃が近くまで迫っている。俺は茂みから駆け出しながら叫ぶ。

彼女の声が響いてくる。

「言ったでしょう。手遅れだと」

 俺が声を出した地点の地面を、氷刃が突き破る。地面が抉れている。氷柱はどうやら、地表から遠隔で生成されているわけではないようだ。

 視界不良のデメリットを勘案したのか、氷山が崩れ溶けていく。

今だ。俺は中心部に向かって『移動』した。ダイヤモンドダストを切り裂いて、如意宝珠の素早い一撃を放つ。

手応えが無い。カウンターで再び氷が突き出てくる。俺は宝珠を手元に収縮させ、斜めに跳び退いた。

それを見越していたかのように、氷を突き破って青白い腕が這い出す。俺の腕を掴んだ掌は、ぞっとするほど冷たかった。

『無音』。それが俺の聴いた未来の音だった。俺は反射的に宝珠を自分に射出し、その勢いでどうにか手を振り払った。

肉の剥がれる音がする。俺は左腕を見た。彼女につかまれた部分の肉が抉れ、わずかながら骨さえ露出していた。氷柱から突き出た彼女の掌には、俺の腕の皮膚がへばりついていた。

 予知が聴かせた『無音』の正体に思い当って、血の気が引く。あれは死後の静寂だ。つまりあの瞬間の数秒先、俺は本当なら死んでいたということだった。

「紅喰いに感謝することですね。その奥つ器が無ければ、今頃あなたは凍死体でした」

 再び腕を鎧で覆いながら、彼女が氷柱を崩して出てくる。

「直に触れた私の凍結は、氷塊による間接的な氷結とはわけが違いますよ。あなたが多少頑丈だろうと、わけなく凍死させることができる」

「そのようだな」

 反射的に繰り出したのが如意宝珠で正解だったかもしれない。俺は考える。空間移動の有効範囲が自分だけとは限らない。能力の保有者として直感的には——何しろ初めて使う能力は直感頼みだ——、触れている人間も一緒に飛ぶだろうという予感がある。裏を返せばあの場で飛んでも、彼女は振りほどけなかったかもしれないということだ。

 とはいえ、これはあくまでも感覚から来る仮説だ。この能力……、まだまだ検証の不十分な所が多い。実践で無暗に乱発するのは危険そうだった。

 俺は腹を決めて構える。ベースはあくまでも普段の慣れた戦闘スタイル、躱しきれない範囲攻撃にのみ転移で対応する。

 追い打ちのように乱れ来る氷撃を跳び越えながら、間合いに踏み込む。こちらも如意奥つ器の伸縮の連射を浴びせかける。

抉られた腕が痛む。幸い利き腕ではないが、連打力は落ちる。だが如意宝珠で十分に補える。宝珠の射出速度は弾丸のように速く、片手でも通常の乱打をはるかに上回る密度の連撃が可能だった。

クロウも鎧から針を出して応戦するが、俺は下がるだけで攻撃の手を緩めない。宝珠の射出スピードの前には多少の距離は関係ない。一方で向こうは、中心地点である彼女から離れるほど冷気が弱まり、氷も弱まるはずである。手数・威力・間合い・スピード、どれをとってもこちらが有利……、おまけに予知で先読みまで出来る。

次第に彼女は防戦一方になって来た。だが一向に鎧は壊れる気配がない。というより、割れた側から継ぎ足し続けている感じだ。

「この連撃でも駄目か……?」

俺は手を止めることなく叫んだ。額に汗が噴き出る。このままでは出血の激しいこちらがジリ貧になる。

打撃を浴び続けていたクロウが、煩わしそうに手を一振りする。

 また氷山が突き出して来る。俺は一旦『移動』でかなり後退し、城の中に身を隠した。

 まだ少し燻っている小さな炎にその辺の刀を当てて熱し、傷口を焼く。それから転がっている兵士たち——まだ息があった——の荷から包帯を探し出して、応急処置を施した。

失血には対応できたが、どの道あの気温では長く戦い続けられない。そろそろ高火力の一撃で勝負を付けたいところだ。

 俺は火で体を温めながら、『移動』のインターバルを利用して策を練る。どうやら氷鎧を一撃で破壊するには、例えば『蛇足』で体当たりするくらい強烈な、加速と衝撃が必要そうだった。通常のスタイルでは火力不足……、あの連撃で剝がしきれないなら、宝珠でも無理だろう。やはり空間移動を活かすしか手は無さそうだ。だがこの『移動』自体に攻撃力は……。

 俺は貧血気味の頭を悩ませる。いっそこのまま逃げてしまうか。……いや、こうなった以上№2のクロウを生け捕りにするのが最も「平和的」解決策。彼女を殺めず、それでいて朝廷に対しては戦果として、夷に対しては交渉材料として提示できる。

これがベストだ。俺は覚悟を決める。夷との戦争を回避しつつ、リリに会うための功績を残すには……。

 そこまで来て、俺は目をぱちりと瞬いた。思わず手を打つ。あるじゃないか。あの緑衣の(グリーン・ゴブリン)でさえ死を覚悟した程の一撃が……。

 足元に冷たい感触がして、下を向く。いつのまにか床に伸びた薄氷が、俺の足を固定していた。

「しまった……!」

 転移に移るより速く、斬撃が背中を切り裂く。身を捻らせたが、足元が不自由な分、躱しきれなかった。

「ようやく見つけましたよ」

崩れた壁の間からクロウが顔を覗かせる。

「紅喰いの報告通り……、あなたは音で未来を知るようですね。つまり、微音の攻撃には反応できない。攻略の糸口が見えましたよ」

「そうかい。そいつはお互い様だなッ」

 俺は宝珠で足元の氷をかち割ると、そのまま伸ばした棒を兵の背に引っ掛け、クロウ目掛けて投げ飛ばした。

 針をこちらに伸ばしかけていたクロウが、即座に刃を引っ込める。

「つまらない攻撃ですね……、陽動にもなりませんよ」

 鎧で受け止め、そのまま兵を放り出す。俺は彼女の腕をそのまま掴み、素早く背負い投げた。彼女が小さく呻く。

「やっぱりか……。鎧で打撃は受け切れても、偽鬼(デモゴブリン)みたくショックを吸収できるわけじゃない。衝撃そのものはダメージになる」

「紅喰いの小槌でも奪っていましたか? 来ると分かっていれば当たりませんよ」

 彼女は素早く起き上がると、両手の鎧を解いて構えた。カウンターで直に触れ、凍死させるつもりだ。

「生憎とあの小槌は手元に無い。護身用にアテネに持たせておいた。使う機会が無いことを祈るがな」

「護衛としては賢明ですね。それとも個人的に? あなたがここまでして戦う理由は、彼女ですか」

 じりじりと円を描くように睨み合い、牽制しあう。

「俺は自分の大事なものを奪われないために戦っている。彼女もその一人だ。……だが今はそれだけじゃない。大事な人を孤独から救うために、俺は戦う」

 独房の中で独り佇むリリの姿が、脳裏に過る。

クロウは俺の言葉に一瞬だけ、険しい表情を緩めた。俺は微かに虚を突かれた。彼女の顔にはどこか清々しい、氷の微笑が浮かんでいた。

「あなたは言っていましたね、私とは仲良くなれそうだ、と。違う形で出会えていたら、良い友人になれていたかもしれませんね。……なぜなら、私たちは同じ目的を掲げ戦っている」

 それからまた凛々しい目つきに戻る。「私もあなたと同じ……、姉様を孤独にさせないために戦っている。(ヱビス)の独立……、どれほど敵が多く、どれほど味方が離れていく選択だろうと、姉様が選ぶ道なら迷わず私は付いていく。私を孤独から救ってくれた姉様を、独りにはさせない!」

 足元が再び凍り付く。だが俺は既に宙に跳び上がっていた。聴覚予知ではなく……、薄氷で来ることを推測し、反射に全神経を注いいでいたのだ。

 宙で身動きの取れない俺をクロウの(かいな)が襲う。首元にその冷えた両手が噛みつく寸前、俺は如意宝珠を壁に向かって伸ばし、反動で前方へと飛び出した。

 鎧ごとクロウの体を掴み俺は叫ぶ。

「どうも似た者同士なようだな、俺たちは。ならきっとお前の人生にも、俺の教訓は役に立つだろう」

 視界が開け、眼下に夷の全景が広がる。体を離す。クロウの驚愕に見開かれた瞳が目前に現れ、凍てついた手が虚しく空を掻く。この上空三百メートル……、凍らせる対象(もの)は何もない。

「『堕ちて生きよ』……! 生憎(あいにく)連れ合いは決めてるからな、一緒には落ちてやれないが……、下で待ってるぜ」

 俺は彼女を残し、ひとり地上に空間移動する。途端に強烈な眩暈が、意識を奪わんと襲い掛かる。

膝を着き、息を吐く。気絶の誘惑をなんとか堪える。眠るわけにはいかない。自由落下……、列車並みの加速度と衝撃で地上に到達する彼女を、せめて暖かく迎え入れたかった。

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