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人獣見聞録-猿の転生 Ⅱ・エデンの東の黄金郷  作者: 蓑谷 春泥
第2章 緋い目玉の蠍
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第14話 雪月花

 目を覚ますと眼帯がこちらを覗き込んでいた。

「……何分経った?」

 俺はがばりと身を起こして尋ねる。「15分くらいだ」メルが紫の髪をかき上げて答える。15分……、どうも俺は少し気絶していたらしい。

「止血は済ませた。傷は浅いが、毒の方が厄介だったな。山での移動に備えて用意していた薬草が、役に立ったぞ。……誰にやられた?」

 メルが真剣な表情で問う。やはり、さっきのは夢ではなかったのだ。となると、いつの間にか舎に行きついていたのは……?

頭痛がしてきそうだ。俺は頭を押さえて答える。

「分からない……。一瞬の出来事だった。……、そうだ、イスカリオテを見てないか? 彼女もやられたかもしれない……」

「残念だが」

 彼女は首を振る。

「お前が闇討ちに遭うとはな……。予知で分からなかったのか?」

 俺は記憶を辿り、整理を付けながら答える。

「何も聴こえなかった。山賊山羊も無反応で完全に虚を突かれたよ……。改造体にも感謝しないとな」

頑丈な肉体のお陰で、刃が深く刺さらずに済んだ。生身の肉体であれば、白刃は心臓に達していただろう。

俺は深呼吸し、混乱の残る頭を整理した。俺が死んで得をする人物……、夷の人間か? だが和睦の決まったタイミングで揉め事は避けたいはず……。なら夷内の反乱分子……、いや、だとしても狙うなら護衛の俺たちでなく貴族のアテネだ。それにあの不可解な状況、……、考えられるのは……。

 突然、『脳裏を花火のような轟音が駆け抜けていく』。俺は反射的に窓の外を振り向いた。

外が明るく光り、爆音が続いて響く。

「次から次へと何だ?」

メルが窓に駆け寄る。その先に、崩れた堂城の一画から上がる煙が見えた。

「あれは……御殿の方か? 新皇の寝所じゃないだろうな!」

 俺は体を引きずるようにして窓枠に近づき、メルの隣から覗き込んだ。金色殿の天守の辺りが崩れ、もうもうと黒煙が立ち昇っている。

「おい、無理をするな。まだ完全には毒は抜けていないぞ」

 外へ駆け出そうとする俺を見てアテネが忠告した。

「大丈夫だ。この身体だ……すぐに回復する。それに……、敵の狙いが分かった」

「待て! 敵の目星がついてるのか?」

 メルの問いに、俺は口早にその名を告げた。

「今の爆撃で確信した。メルはここでアテネとニミリを待ってくれ。合流次第、王都に向かって発つんだ。『蛇足』はまだ走ってるか?」

「一時間後に最後の便が出る。不二原の停留場ならそう遠くない。……イスカリオテはどうする?」

「彼女は俺に任せろ。……必ず連れて帰る」


・・・


 どこをどう走ったか分からない。気付けば拍子抜けするほどあっという間に堂城に辿り着いていた。二十分はかかるはずの道のりだったが、体感では五分と経っていない。だがそれで良いのだという不思議な確信が俺にはあった。それは未来予知の力を知らず開花させていた時の感覚に似ていた。

 人間の肉体を取り戻したことで、狂花帯の本来のポテンシャルが解放されつつあるようだった。

 俺は扉を蹴破り、天守の崩れた金色殿に入り込んだ。一階の広間、今日通された広間のふすまの奥をくまなく探す。

探索を済ませると、爆破された最上階を確認しに向かう。

上階は爆破の名残の炎が僅かにくすぶっていた。金の性質上炎上はほとんど免れていたが、異様なまでの緊迫した物々しい空気が漂っていた。

俺は身震いした。

 はっと気づく。微かとはいえ炎の残る爆破現場、その中心で寒気を感じるなど異常でしかない。この異様な空気の正体……。俺は天守の襖を勢いよく開く。凍てつくような冷たい風が流れ込んでくる。冷気だ。

「やはり来ましたか……」

 俺は目の前に広がる地獄絵図に目を見張った。死屍累々、数十人の武装した兵たちが霜の降りた青紫に変色した肉塊となって折り重なっている。人形の山の上に胡坐をかいたクロウが片膝を立て、こちらを射抜くように見つめる。「文官なら倒せると思いましたか?」

「あんたがやったのか? 一人で?」

 俺は傍らに倒れている兵の腕をとりながら尋ねた。……微かだが脈はある。しかし肉体のいたるところが凍傷を起こしていた。

「私が真っ先に駆け付けることを見越していたのでしょう。待ち伏せとはベタなやり口ですね」

 彼女は冷酷にも見える朱色の瞳でこちらを見据える。

「姉様は御無事ですよ。武器庫の火薬程度で傷つくタマではありません」

「そうか。それは良かった。……こいつらはどこの兵なんだ? 宴の席で見た顔も混じっているが……」

 俺は部屋の四隅に氷漬けにされた兵たちを見て尋ねた。

「白々しい……。それとも、自分の捨て駒の所属などいちいち覚えてもいない、というわけですか」

「……? どういうことだ」

 俺は嫌な予感に顔を強張らせ問い返す。彼女は小さく溜息をつき、懐から折りたたまれた紙を取り出して見せた。「これは私が今下敷きにしている男……彼らのリーダーらしき兵が携帯していたものです。ここには真白(ましら)(そそぎ)を隊長とする13番隊による(ヱビス)上層部の暗殺計画と……、それに連動しこれを幇助すべしという旨の指示が記されている。署名はイタロ=ヴァルゴー……、元老院の人間です」

「……! イタロ……、次善の策を打っていたか」

 こいつらは大方夷内部の反乱分子といったところだろう。俺を選任する以前から交渉を行っていたのかどうかは分からないが、やはり朝廷は、俺が失敗したり寝返ったりした場合の善後策を講じていたのだ。

「聞いてくれ、クロウ殿……。彼らの存在は俺たちの預かり知らぬことだ。俺たち13番隊はこの件には無関係だ」

「なら、再び盃の前で宣誓できますか? 暗殺の計画は嘘だったと」

 俺は唇を噛んで黙する。

クロウは腰を上げて敗残兵たちの山から降り立つ。

「まあ良いです。どの道ヴァルゴー族の代表者と繋がっていたのなら……、盃を誤魔化す方法さえ仕込まれているかもしれません。あの時の和睦の宣誓がそうだったように」

「待ってくれ! あれは正真正銘の本心だ。盃の判定を潜り抜ける方法など知らないし、有りもしないだろう。盃は元老院会議ですら使用されているんだ。そんな抜け道が罷り通るとは思えない」

「もはやどちらでも良いことです。あなたの言は既に信頼を失った……。真相はあなた方五人の身体に聞くとしましょう」

 クロウがすいと手を伸ばす。冷気が濃くなり、彼女の脚元に広がった氷から、数本の巨大な氷柱が生えてくる。

「紅蓮地獄という言葉をご存知ですか。旧世代で信じられていた死後の世界の一つだそうですね。あまりの温度の低さに皮膚がめくれ、血を帯びた肉の花が咲く。姉様の命に指を伸ばした罪は、死よりも重い。あなた方の生血(いきち)を、紅蓮華に変えて差し上げますよ」

 凄まじい勢いで氷柱(ひょうちゅう)が伸びる。俺は袂から弾き出した如意宝珠を伸ばし、氷の切っ先を防いだ。

「聞いてくれクロウ殿! 俺たちが争う必要はない! 俺は本気で和議を通そうとしてるんだ。そのためにはあんたの協力が必要だ!」

「もう遅い!」

 部屋中から鍾乳洞のように氷柱が生え襲う。俺は如意宝珠をバトンのように高速回転させて振り回し、全方位の氷の刃を破壊する。

 氷は無限に湧き出てくる。予知で無数の攻撃を回避し続ける。狭い室内は地の利を与えることになる……。

部屋埋め尽くす巨大な氷柱が突き出してきた。俺は襖を突き破って天守から城の外へ吹き飛ばされた。

 俺は石畳の上に着地した。尖端は紅棒で防いだ。屋外戦ならむしろ歓迎だ。

「驚異的な回避能力……、紅喰いの報告通りですね」

 氷で坂を作り、屋上と地上を繋げてクロウは滑り降りた。彼女は袂から発煙筒らしき筒を取り出して着火し、背後に放り投げた。緑の煙が一筋、天に昇っていく。

「狼煙か。増援でも呼ぶつもりか?」

「ただの合図です。私の直轄の配下四人……、内、離席していた紅喰いを除いた三人に、指示を出しておきました。緑の狼煙はましら13番隊が敵方と判明した証。合図を確認次第速やかに捕縛せよ、と」

俺は眉を顰める。やはりこうなった。「敵」の狙いは上層部と13番隊の共倒れ……。夷に追われる身になる可能性を考慮し、逃げるようメルに出した指示は間違いではなかった。

彼女は背後の氷の坂をがらがらと崩した。

「やっぱ文官だな……。自分から利の薄い屋外に場所を移した」

「利が薄い?」

 彼女は薄ら笑いを浮かべた。俺は聴こえてくる予知と冷気に肌が泡立つのを感じた。

 俺の立つ地面を抉りながら、城よりも巨大な氷塊が突き出す。視界が一瞬で真っ白になる。息をする間もなく、俺の体は閉じ込めた。

 屈折する氷の景色の中で、クロウの口が動く。

「認識の相違ですね。私の立つ場所全てが私の領域(テリトリー)……」

 冷たい微笑みを浮かべて、彼女は告げた。

「勘違いしているようだから教えて差し上げましょう。この(くに)で私を倒せるのは姉様だけ。私たち二人は、この(ヱビス)で最も強い」


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