第9話 紅喰い
「知り合いか?」
アテネを地面に降ろしながら、俺はメルに尋ねる。唯一駆けださなかったアテネの山羊がアテネを守るように寄り添った。メルは自分の山羊に振り落とされた体を忌々し気に起こしながら答える。
「東国近郊で暴れ回ってた野盗の首魁……。捕縛に赴いた警察隊を次々と返り討ちにし、その武器を戦利品と言わんばかりに蒐集していた、いけ好かない野郎だ」
彼女は頬を叩きながら言う。
「顔に浴びた返り血を拭いもせず戦い続ける狂気的な形相に、ついた綽名が『紅喰い』。あまりにも王都に近づきすぎたため、カミラタ隊長が直々に赴いて山脈の奥地まで追いやったが、結局勝負は付かなかった。近頃鳴りを潜めてると思ったが、不二原くんだりまで降りてきてるとはな」
「随分な言い草だな。人を町に下りてきた熊みたいに言うじゃねえか」
紅喰いは薙刀を地面について豪快に笑った。グラムシを思わせる巨体は、彼の肉に蓄えられた強大な膂力をうかがわせるに十分だった。醸し出す空気がカミラタやスペクトラと同じ強者特有の緊張感を湛えている。
「紅喰い……。噂は聞いてるよ。魔境の野風で知らない者はいない。10年ほど前に突如として現れ、城下に轟くほどの悪名を瞬く間に手に入れた猛者。同じ武具使いとして、一度手合わせしてみたかったんだ」
「ほう。武器使いの色眼鏡の野風……。そういう貴様は西面のニニギニミリだな。手練れと聞いている。だが見た所、この五人の頭はお前じゃない……」
紅喰いは俺たちの顔を品定めするように眺めると、俺の顔に薙刀を向けた。
「お前が隊長だな。感じるぞ……、強者の匂い。それもその辺の猛者共とは違う。あの女を思い出すな……。お前こそが俺の求めている『器』かもしれん」
「お前は俺の求めてる相手とは、違うようだがな。俺たちは都からの使者だ。そこを退かなければ王都も夷も敵に回すことになるぞ」
俺は橋の上に一歩進み出て言った。紅喰いは動じずに答える。
「身なりを見るに、そこの小娘が公使だろう? なら付き添いの護衛たちは殺してかまわないよな。お偉方を守って死ぬのが仕事なんだから」
紅喰いは口の端を歪め、ぱちりと指を鳴らす。橋の下からぞろぞろと野風たちが這い出てきて、アテネたちを囲んだ。俺は思わず足を止める。
「雑魚は任せろ、ましらクン。君はそいつに集中してくれ」
どこに隠していたのか、腰から二振りの刀を抜いてニミリが叫ぶ。
「気を付けろ、ましら。ただの賊じゃないぞ」
アテネを後ろ手に守りながら、メルは鞭をしならせた。俺は肯き、再び紅喰いに向き直った……。
目の前に、金属の塊が飛び込んでくる。
俺は紅喰いの投擲した鎖の先端を躱し、そのまま正面から突っこんだ。背後で欄干に鎖の巻き付く音がする。紅喰いは薙刀を片手に、もう片方の腕に巻き付けた鎖を勢いよく引きつけ、己の身体を欄干へ引き寄せた。
弾丸のように飛び込んでくる紅喰いの薙刀を俺はひらりと回避した。鉄製の手すりに金色の切っ先がめり込み突き刺さる。鉄以上の硬度……、恐らく不二原の冶金技術で作られた金武器だろう。鎖の錘も色からして同様だ。
紅喰いは薙刀を手放すと素早く背後に手を回し、抜き出した黒い小槌をそのまま振り下ろした。
横ざまに身を躱した俺はそのまま倒れ込む姿勢で低く足蹴を放つ。甲冑の隙間、膝裏に命中し紅喰いが姿勢を崩す。追撃を加えようと欄干に手を掛けた俺の頭に『顔の肉の裂ける音が聴こえる』。
危険な『未来の音』を予知した俺は咄嗟に手すりの下に顔を滑り込ませる。目の前の鉄棒に金の鎌が振り下ろされ、欄干に皹を入れる。「鎖鎌か……!」
続く『頭蓋骨の潰れる音』を予知した俺は両手で欄干を力いっぱい押し出し、反動で橋の中央までスライディングした。さっきまで俺のいた場所の手すりが、振り下ろされた槌の衝撃を受けた鎌によって寸断される。
「ただの槌じゃないな」俺は橋の上に素早く身を起こし、防御姿勢をとる。「膂力以上の破壊力だ」
「『討天小槌』……、カルキノス製の『奥つ器』だ。衝撃を反復させ何重にもして伝える。以前殺した警察隊から奪ったものだ」
紅喰いは刃の欠けた鎌を放り出し、長槍を抜きがら続けた。
「貴様こそただのヒトではないな。異常な先読みの力……、人間離れした身体能力。混血か何かか」
「真白雪は改造人間である、ってな。その辺の人間と一緒にしない方が良いぜ」
俺は間合いを詰めるため、橋げたを踏み出す。しかし敵の連撃もさるもの、長槍の突きの連続に近寄る隙が無い。仮に刃を潜り抜けたとして、黒槌の一撃につかまれば終わりだ。
「リーチが足りない、か……」
俺は目の端で欄干に突き刺さった薙刀を捉える。フェイントで隙を作り、奴の背後に回り込む。
「薙刀を奪うつもりか。させん!」
俺の向かう先を素早く見抜いた紅喰いは槍を水平に振り抜き、薙刀の柄の上を滑らせた。
「そっちじゃないんだな、これがっ」低く身を落として刃を躱した俺は、突き刺さった薙刀の柄を足の裏で蹴り出す。押し出された薙刀の刃が欄干の手すりを貫き、両端を破壊された手すりの鉄棒が宙にプロペラの様に回転する。
素早く身を翻し鉄棒を掴んだ俺は、捻り回った肉体の勢いそのままに、鋼鉄の塊を奴の首に叩きつけた。




