初めての森
目を覚ますと外はまだ薄暗かった。
今日はヴェストルの休日でシアが初めて森に行く日なのだが、少し早く起きてしまったらしい。
「うーん。もう1回寝よ。」
シアは2度寝しようとしてみるが興奮していて目が冴えてしまっている。
しばらく横になっていたが落ち着かなくなってしまった。
仕方なく身体を起こしてみると横ではエレナとヴェストルがぐっすりと寝ているのが見えた。
せっかくのヴェストルの休日だ。
2児の親といえど2人はまだまだ若い。きっと夜遅くまでお楽しみだったのだろう。
もっとも3歳のシアには知る由もないのだが、起きる気配のない両親を見てこのままではしばらく待ちぼうけを食らうのを察した。
シアは布団を出て、両親が普段使っている水差しに昨日煮沸消毒した水を注いでベッドの近くの小さな机に置く。
その後、シアは一人で排泄物を溜める蓋付きの容器が設置された台車を押して村の堆肥場に行く。
水道のないこの世界では排泄物を村でまとめて肥料にするのだ。
今日は一人で来て偉いねと大人に褒められてシアはにんまりとしながら家に戻ったが、まだ気持ちよさそうに眠る両親の寝顔を見てつい2度寝してしまった。
朝の鐘が鳴るとヴェストルとエレナがのっそりと起きた。
顔を洗いに行ったヴェストルは空になっている排泄物を入れる容器を見て、エレナは昨晩は空だったはずの水差しを見てシアが明け方に起きていたことに気付く。
気持ち良さそうにぐっすりと眠る娘を見て2人はもう少し寝かせてあげようと、静かに寝室を出て朝食の準備をするのであった。
「シア、そろそろ起きなさい。」
エレナの声でシアは目覚める。
すでに外は明るい。
うっかり寝過ごしてしまったと思ったシアは急いで弁明する。
「ごめんなさい!すぐに朝ご飯のお手伝いを…」
「朝ご飯ならもうできてるわ。一緒に食べましょう。」
やってしまった、とシアは思った。
ただでさえエレナは朝の麦酒作りと朝食作りのための火起こし、リリのお世話がある。
シアは毎朝忙しいエレナのお手伝いをしているのだ。
それがどれだけ大変かはもう身に染みて分かっている。
寝坊してしまうくらいなら2度寝せずに起きておけば良かったと後悔しながら、シアはエレナに謝る。
「お母さん、本当にごめんなさい…。明日からはちゃんと起きます。」
エレナはそんなシアを見て申し訳なさそうにする。
「シア、気にしなくていいのよ。私達が寝ている間にシアはお水を用意して堆肥場にも行ってくれたのでしょう?」
「え…?」
何でもお見通しのエレナの言葉にシアは驚いて言葉が出なくなる。
「お水、美味しかったわ。それに今日は私達も寝坊しちゃったしね。シアがやってくれたんでしょう?」
「うん…。お母さんたち、寝てたから…。」
「起きた時にシアがやってくれたのに気が付いたから、もう少し寝かせてあげようと思ったの。」
「お母さん…。」
エレナは優しくシアを撫でる。
シアはその仕草に母親が怒っていないことが分かりほっとする。
「さあ、お母さんお腹空いちゃった。シア、一緒に食べましょう。」
「うん!」
エレナと一緒に寝室を出るとヴェストルが装備の準備をしているのが目に入った。
「お父さん、おはようございます。」
ヴェストルは微笑んで挨拶を返す。
「おはよう、シア。まだ朝の鐘が鳴ってそんなに経っていない。時間はあるからゆっくり食べなさい。」
朝の鐘は8時ごろの合図だ。まだ1日は始まったばかりである。
ヴェストルはシアを子供用の椅子に座らせて一緒に席に着いてお祈りする。
「人の神の祝福と月の神のお恵みに感謝を。」
エレナはリリに離乳食を与えている。
「あなた、ついでにシアに山菜についても教えてあげてちょうだい。」
「それは構わないが、シアはそんなにたくさん運べないだろう?」
「腰の巾着袋くらいなら負担にはならないでしょう?途中でお腹が空いたときなんかに山菜を知っていると紛らわせるじゃない。」
「まあ知っているに越した事はないからな。」
そんな訳でシアは山菜の勉強もすることになった。
「ご馳走様でした。」
「シアはこれに着替えてくれ。」
ヴェストルはシアに服を渡す。
受け取ったシアは服を広げて聞く。
「これって?」
「村の子供が森に行くくらいになると渡すんだ。動きやすいし皆これを着て森に行ったり畑に行ったりしている。」
ヴェストルはシアの着ている服を見る。
シアが今着ているのは貫頭衣を腰紐で縛っただけで寝間着のようなものだ。
裏の林に行くくらいならいいが、動き回るのには効率が悪い。
「身体が大きくなったら村長に返して次の大きさの服を借りるんだ。」
村では子供用の服は村長が管理して貸し出すのだ。
各家庭では汚れたら洗い、ほつれたら直し、成長したら村長に返してその服は次の子供に貸し出される。
成人くらいまで身体が大きくなると自分で稼いだお金で服を買う。そうして一人前になっていくのだ。
シアが借りた服は元は生成り色だったのだろうが、ずっと使われてきたのだろう。
薄くまだらな茶色の長袖のトップスとミニスカートの付いた膝くらいまでのレギンスだ。
シアは一度寝室に行き服を着替える。
所々直した形跡があり生地も多少痛んでいるがまだ着られる。
「お父さん、着替えたよ。…それはなあに?」
ダイニングに戻ったシアはヴェストルが手に何かを持っているのを見つける。
「これは肘当てと膝当てだよ。付けてあげるからこっちに来なさい。」
シアの問いに答えたヴェストルはシアに肘当てと膝当てを装着する。
「これがあれば膝をついて仕事をしても痛くないし、突差に転んでも大丈夫だからな。」
シアは試しにその場に膝をついてみる。膝当ては確かに丈夫なようで痛みはほとんどない。
しょっちゅう転んで膝を擦り剥くシアにとってはありがたい物だ。
最後に腰に麦の藁で編んだ巾着袋と子供用の小さなナイフを括り付けて、シアは子供用のかごを背負う。
「サイズも大丈夫そうだな。それじゃあ森に行こうか。」
「うん。お母さん、行ってきます。」
「いってらっしゃい。あなた、シアをお願いするわね。」
「ああ。行ってくる。」
リリのお世話をしているエレナに声を掛けてヴェストルとシアは家を出る。
ヴェストルは服こそいつもの衛兵が身に付ける革鎧だが背中には大人用のかごを背負っている。
隣の家の庭ではディートリヒトが剣の素振りをしている。
シアとヴェストルは挨拶するとディートリヒトは手を止めてやって来る。
「こんにちは、ディートリヒト叔父さん。見て見て、新しい服を着たの。」
新品の服ではないのだが、シアにとっては新しい服である。
くるっと回ってディートリヒトに見せる。
「こんにちは、シアちゃん。似合ってるね。エレナの子供のころにそっくりだ。」
「そうなの?」
シアはヴェストルの顔を伺う。
「ああ。よく似ているよ。でも、眼は俺とそっくりだがな。」
「はいはい、親馬鹿はそこまで。シアちゃん、森まで気を付けて行くんだよ。」
ディートリヒトは話が長くなると察して呆れ顔をする。
「うん!」
「ヴェストル、シアちゃんを頼む。」
「俺が付いているんだ。大丈夫さ。」
ディートリヒトと別れると村の中心部までやってくる。
中心部には井戸といくつかの小屋がある。
小屋は今はほとんどもぬけのからだ。
ここでは収穫物を保管し、秋の収穫祭で税として文官に納めたり、商人と取引をする。その後は冬の手仕事で作った物を保管し、春の祈祷式で文官に納めたり、離れた街に村の代表者が持って行って売る。
また小屋の一つは炊事場でもあり収穫祭や祈祷式の宴の食事もここで作られている。
今は祈祷式の直後だから何も無い状態なのだ。
井戸の近くには洗濯用の桶がいくつもあり、既に何人かの村の女が洗濯している。
「おや、ヴェストルじゃないかい!…その子がシアちゃんかい?エレナに似て美人だねぇ!」
豪快な話し方の赤に近い茶髪に緋色の瞳の女性が近づいてくる。
ヴェストルよりも年上に見え、しかも身長までヴェストルより高い。
「やあ、メリッタ。今日はシアを森まで連れて行くんだ。」
ヴェストルはメリッタと呼ばれた女性をシアに紹介する。
「はじめまして。こんにちは。シアです。」
「ちゃんと挨拶できて偉いねぇ!それに比べてウチの子は…。ほれ、あんたも挨拶なさい!」
メリッタの陰から母親譲りの赤茶色の髪に父親譲りと思われる黒い瞳小さい男の子が出てくる。
背はシアよりも少し高く、顔立ちははっきりとしている。
凛々しい印象に見えた男の子は緊張しているのか、少しオドオドしながら挨拶する。
「は、はじめまして。アレンです。」
「その子がアレンかー。シア、同い年の子だから仲良くしなさい。」
「シアです。アレン、よろしくね。」
シアも挨拶を返す。リリ以外の同世代の子供と接した事がないシアは、ヴェストルに言われるまでもなくアレンと仲良くなりたいと思ったのである。
「それにしてもヴェストルのとこは女の子が2人なんだって?華やかでいいねぇ!」
「メリッタこそ男の子が4人だろう?賑やかでいいじゃないか。」
「賑やかというよりうるさいけどね!ご飯を取り合って兄弟喧嘩もしょっちゅうさ。」
自分の家では喧嘩どころか姉として背伸びするシアが微笑ましくて和やかな雰囲気に包まれている。
ヴェストルは日常の喧騒が想像できなくて苦笑いした。
「そうだ。森まで行くんならアレンも連れて行っておくれよ。上の子たちはさっさと行っちまってね。この子を1人で行かせる訳にもいかないし。」
「なんだ、そういうことなら構わないぞ。」
「森まで一緒に行こう、アレン。」
「うん!」
シアが誘うとアレンはすぐに頷いた。
最初こそ緊張していたようだがアレンもシアと仲良くなりたいようだ。
「それじゃあ気を付けるんだよ!アレン、男の子なんだからシアちゃんを守ってやりなさい。」
「わかったよ、母ちゃん!行ってくる。」
「ヴェストル、森の手前の方に上の子たちがいるから行けばすぐ分かるよ。アレンのこと頼んだよ!」
「ああ。夕方に帰る時は送っていこう。」
メリッタと別れを済ませ、3人は森へ向かう。
先頭をヴェストルが歩き、その後ろをシアとアレンが並んで歩く。
井戸の向こう側から先にシアは行った事がない。
似たような村の風景でもなんとなく新鮮に感じる。
「アレンのお家はどのあたりなの?」
シアは早速アレンと仲良くなるために話してみる。
「そこを曲がったところだよ。…見えた、あの家だよ。」
「へぇー。うちとあんまり変わらないね。」
「村の家なんてみんな似てるだろう?」
「んー。そうだね。」
当たり前だろ?というようなアレンの言葉に、それもそうかとシアも納得する。
「ちょっと待ってて。かごを取ってくる。」
アレンは自分の家にかごを取りに行ってすぐに戻ってくる。
「お待たせ。行こう。」
合流した3人はまた歩き出す。
「シアの家は何人で住んでるんだ?」
「4人だよ。お父さんとお母さんと私と妹のリリ。」
「妹がいるのか。いくつなんだ?」
「2歳だよ。リリね、最近走れるようになってお世話が大変!」
「そうなんだ!でも俺には弟も妹もいないからよくわからないや。」
「それにだんだん喋れるようになってきたんだよ。」
「喋るのってすごいのか?」
「もちろん!」
いやぁぁやぁぁとか、まんまぁと声を出していたのに比べるとちゃんと成長しているのをなんとなくシアは理解している。
それからシアはアレンの兄弟について聞いてみた。
「アレンは4人兄弟なの?」
「うん。兄ちゃんが3人いて俺は1番下さ。」
「お兄ちゃんってどんな感じ?」
「どうって…。いつも俺のご飯を取ろうとしてくる。」
「え?」
シアの家では叔父夫婦が助けてくれるが、アレンの家にはそういう人がいなくてご飯がたくさん食べられないのかも知れない。そう思ったシアは少し気まずくなる。
「父ちゃんと母ちゃんは男はいっぱい食べるって言ってた。ご飯がテーブルに乗りきらないんだぜ。」
シアの家では大人が4人いてもそんなことにはならない。
貧しくて食料が足りない訳ではなく、単純に男の子はたくさん食べるんだとシアは考えた。
「うちもお父さんとディートリヒト叔父さんはたくさん食べてる。」
「ご飯を取り合ったりはしないのか?」
「2人とも大人だから喧嘩しないよ。」
ヴェストルとディートリヒトが喧嘩しているところなどシアは見たことがない。
「そっか。大人の男は喧嘩しないんだ。」
アレンはなんだかよく分かっていないようだが取り敢えず納得した。
ヴェストルは前を歩きながら笑いを堪える。シアとアレンには気付かれていないようだ。
しばらく歩くと家がまばらになり、村の柵と門がある境界線まで来る。
門番に挨拶をして村を出ると1面の畑と向こう側に森、さらに遠くには山脈が見える。
「うわぁ。」
「あの山の向こうには別の国があるらしい。」
ヴェストルは森に向かって歩きながら2人に教える。
「お父さんは行ったことあるの?」
「いいや、無いな。山脈には怖くて強い魔物がたくさん住んでる。2人とも成人するまでは近づくんじゃないぞ。」
「はーい。」「はい!」
シアとアレンはそれぞれ返事をする。
魔物なんて怖い物にシアは近づきたくはない。その前に魔物は父親が倒してくれると信じている。
歩いているとヴェストルが立ち止まる。
どうしたのかとシアとアレンが気になっていると、ヴェストルは道端に生えている草を指して言う。
「お、これはウドだな、この先っぽの柔らかいところが食べれるぞ。」
その言葉にシアとアレンは顔を見合わせる。
お手本を見せるようにヴェストルはウドの先を千切って食べる。
そして2人は真似をして同じように近くに生えているウドの先を千切って食べた。少し苦味があるが、独特な甘みもある。
「この下の白い部分は煮れば食べられるぞ。水が苦くなるからスープじゃなくて水を捨てて食べるんだ。」
「お父さん、なんで知ってるの?」
ヴェストルは家では料理をしない。なのに知識があることにシアは驚く。
「衛兵は魔物が出て倒すのに時間が掛かると家には帰れない。村の外で自分達で食事を用意する。だから衛兵は野草や山菜の勉強をするんだ。」
ヴェストルは仕事に行ったまま、たまに夜帰って来ない日がある。シアはなんとなく理解した。
お母さんはこれが食べられるって知ってるのかな、教えてあげたら喜んでくれるのかな。
知らなかった父親の一面を知ってシアはなんだか得をした気分になる。
「ヴェストルさん、俺にもっと食べられる物を教えてください!」
アレンは今の話だけでヴェストルに尊敬の眼差しを見せる。男ばかりの家族では少しでも食べ物が多い方がいいのは簡単に想像がつく。
気分を良くしたヴェストルは嬉しそうに答える。
「いいぞ。でも今は森に案内するのが先だ。」
それこそここで道草を喰っていると村に戻るのが遅くなってしまう。
アレンは嬉しそうにしながらヴェストルに付いて歩く。
そうして食べられる野草を教えてもらいながら3人は森に着いた。
「着いたぞ。ここが森の入り口だ。滅多に見かけないがたまに魔物も出る。注意するように。それから迷子にならないように目印を付けて進むように。子供だけで絶対に森の奥には行かないこと。」
ヴェストルは森での注意点を教える。
シアもアレンも周りに心配を掛けたくはない。2人とも真面目に聞く。
「今日は落ちている枝を拾うだけだから大丈夫だ。でも食料や薬の材料を探しにくる時は少し中の方まで入らないといけない。きちんと調べて準備してから入るように。」
「「はい!」」
2人は元気良く答える。
「よろしい。じゃあ枝を拾っていこう。俺はあの倒れた木を切っているから絶対に見えないところまで行くなよ。」
ヴェストルは比較的新しい倒木を見つけて運べる大きさに切っていく。
そこから見える範囲にも枝はたくさん落ちている。
2人は枝を拾い集める。
「アレン、そんなにいっぱいにして持てるの?」
シアは少し不安そうにアレンに聞く。
シアのかごは枝が落ちないように8分目くらいだが、アレンのかごは枝がてんこ盛りだ。
「ん?ああ、これくらいいつも持っているから大丈夫。それにウチは家族が多くて水もたくさん沸かさないといけないからな。」
「アレンは力持ちなんだね!」
「そうかなぁ。兄ちゃん達にはたまに負けるからよくわからないや。」
アレンはこの春に4歳になったばかりだ。長男は8歳で背もアレンより高いがあまり負けない。
確かに同い年の子供達の中ならかなり力強い方だろう。
枝を集め終えた2人はヴェストルの元に行くと、ヴェストルもかごを薪でいっぱいにして待っていた。
「2人はここにいなさい。アレンのお兄ちゃん達を探してこよう。」
そう言ってヴェストルは森の入り口に生えていたノビルという食べられる野草を2人に教えてから森の中に入っていく。
10分ほどで3人の子供を連れたヴェストルが森の入り口まで戻ってくる。
赤茶色の子供が2人と金髪の子が1人だ。
「アレンじゃん、ほんとに来てたのかよ。」
「知らない子もいるぞ。」
「なんか食べてる。」
3人の男の子は口々に言った。
「これはノビルっていって葉っぱの部分はそのまま食べれるって。根っこのとこは洗って土を落としたら食べれるみたい。」
アレンが先ほどヴェストルに教わったことをそのまま伝えると3人は目を輝かせた。
「食えるのか!取っていこうぜ。」
「これも持って帰ろう。」
「母ちゃん喜ぶぜ。」
ノビルを探そうとする子供達をヴェストルが制止する。
「駄目だ。一旦村に戻って昼食を取るんだ。ノビルを取るのは午後にしなさい。」
「「「ええー!」」」
子供達からブーイングが出る。
「昼食に遅れたらメリッタが怒るんじゃないのか?」
「たしかに母ちゃん怒りそう。」
「ご飯片付けられそう。」
「後でにする…。」
メリッタの名前を出した途端に子供達は大人しくなる。
どうやらメリッタは子供達に強き母として接し、肝っ玉母ちゃんをやっているらしい。
帰り道は大人1人と子供が5人だ。
ヴェストルの山菜の知識に惹かれた4兄弟の上から3人はヴェストルを質問責めにしている。
シアとアレンはその少し後ろを歩く。
「シア、重くない?足疲れてないか?」
「平気だよ。ありがとう、アレン。」
アレンは自分よりも背が小さくて力の弱そうなシアを心配してくれる。
「それよりアレンのお兄ちゃん達を紹介してよ。」
「そうだな。1番背が高くて髪が赤くて目が青いのが1番上の兄ちゃんのギース。その次の金髪で目が青いお調子者が2番目のエイン。髪も目も赤くて母ちゃんに似てるのが3番目のマルコだよ。」
どうやらアレンの父親は金髪に青い瞳らしい。
あれ?でもアレンの瞳は…。
シアが難しいことを考えているうちに一同はどんどん歩いていく。
置いてかれまいとシアも余計なことを考えないで歩いた。
村に着く頃、正午の鐘が聞こえる。
「やっべ。昼メシの時間だ!」
「急いで帰らなきゃ。」
「おーい、アレン!早くしないと昼メシ全部取られるぞ。」
「待ってよ!俺も行く!」
村に着いた途端に4兄弟が走り出す。
「昼食を済ませたらまた門で集合だぞ!ちゃんと待っとけよ!じゃないと山菜のことを教えないぞ!」
「「「「はーい!」」」」
ヴェストルがそう言うと4兄弟は揃って返事する。
「シア、また後で!」
「うん。また後で。」
アレンはシアに大声で挨拶をすると、シアもアレンに挨拶を返す。
あっという間に4兄弟は走って行ってしまった。
ヴェストルはシアの歩くスピードに合わせながら一緒に村の中を進む。
「元気な4兄弟だな。」
「いっつもご飯の取り合いなんだって。」
「メリッタも大変だな。」
そんなことを話しているうちに家に到着する。
「おかえりなさい。お昼ご飯できてるわよ。」
「おねーちゃん、おかえり。」
エレナとリリが迎えてくれる。
シア達はかごを降ろして、家族4人揃ってお祈りをして昼食を取る。
食べながらシアはヴェストルに教わった山菜や野草のことをエレナに教える。
「ふふ。私も子供のころにシアのお祖父さんに教わったのよ。」
「そうなの?」
「ええ。懐かしいわね。」
エレナは嬉しそうに言う。
シアはエレナに自慢できなくて少し膨れっ面だが、こうして親から子へ生きる術が伝わっていくのだ。
昼食を済ませたら森までもう1往復する。
森までは距離がある。大人や男の子ならなんでもなくても、小さなシアの脚は既に結構疲れが溜まっている。
それでも両親の役に立ちたい、お手伝いをしたいという気持ちがシアを奮い立たせる。
「それじゃあまた森に行こうか。」
「うん!」
「2人とも気を付けてね。夕の鐘までには帰ってきてね。」
「分かってるさ。行ってきます。」
「お母さん、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
2人は家を出て村の門まで来ると、既に4兄弟が待っていた。
「やっと来た!」
「眠くなるところだったぜ。」
「早く山菜のことを教えてよ!」
ギース達は矢継ぎ早に言ってヴェストルに駆け寄る。
アレンはシアのところに来る。
「シア、ヴェストルさんに聞いたことを母ちゃんに話したら喜んでたぜ。父ちゃんも衛兵だから知ってるはずなんだけど聞いたことなかったって。」
本来は獣の日は休日でアレン達の父親も家に居るはずだが、それでも衛兵が誰も門にいないという訳には行かない。衛兵は交代で休日も働いているのだ。
きっと仕事から帰ったらメリッタから質問と嫌味を聞かされるのが気の毒である。
「うちのお母さんは知ってたみたい。お母さんのお父さんから聞いたんだって。」
「そうなんだ。シアの家は山菜に詳しいんだな。」
少なくともシアは山菜に詳しくないし、なぜそうなるのか分からないが、シアもどう説明したらいいのか分からないのでそういうことにしておく。
それから一同はまた森に向かう。
「えっと、シアだっけ。お前身体が小さいのに頑張るなぁ。」
ギースがシアを見てそう言った。
「あんまり無理するなよ。疲れて歩けなくなっても知らないからな。」
「母ちゃんから聞いたけどアレンの同い年には見えないよな。」
エインとマルコも口を開く。
言葉は丁寧ではないが3人ともシアを心配して、そして褒めているのは伝わってくる。
ヴェストルも特に口を出すことはしない。
「私、お父さんとお母さんの役に立ちたいの。」
「母ちゃんが聞いたら泣いちゃうかもなぁ。」
「真面目なやつだなぁ。」
「アレン、同い年なんだからしっかり面倒見てやれよ!」
「わかってるって!」
兄弟の中では面倒を見るのは1番年上ではなく、午前中から一緒にいたアレンということになっているらしい。
アレンも今までギース達に置いてけぼりにされていて、仲良くなれる友達が出来たのが嬉しいのか、嫌そうにはしていない。
ヴェストルが野草や山菜のことを教え、皆がそれを聞きながら歩く。
森に着いた一同はまた倒木を切るヴェストルとその側で枝を集めるシアとアレン、森に入って木の実や山菜を取る4兄弟の上3人の2組に別れる。
「あんまり遠くに行くなよ。」
「「「はーい!」」」
ヴェストルの忠告にギース達は元気に返事をして森に入っていく。
「じゃあ俺達はまた枝を拾おうか。」
「うん。」「はい!」
その言葉を合図にそれぞれが仕事に取り組む。
シアは枝を拾っていくがその脚はもう限界に近かった。
明らかに歩みの遅いシアを見てアレンも気が付く。
「シア、もう疲れてるんじゃないか?いっぱい歩いたもんな。」
「うん…。でもお手伝いしないと…お母さんはリリのお世話で大変だから。」
「まだ夕の鐘まで時間はあるから少し休憩してて。俺がシアの分も拾うよ。」
「そんな、アレンたくさん拾わないといけないよ?」
「俺はまだ疲れてないから平気。シアは座ってて。」
シアを無理矢理座らせてアレンは枝を拾う。
2人分のかごに枝を入れたアレンはシアの手を引いてヴェストルの所へ戻る。
「アレン、シアの分も拾ってくれたんだな。ありがとう。シア、歩けるか?」
「…頑張る。」
「そうか。帰りはゆっくり歩こう。」
ヴェストルはちゃんと2人を見ていたのだ。
2人を休ませつつ、しばらくしてヴェストルが森の中に入って行き、ギース達を探しに行く。
合流した一同はまた村に向かう。
ギース達もシアが疲れているのを察したのか、今度は皆がシアのスピードに合わせてくれる。
シアは申し訳ないと思いつつも重い足を一歩一歩踏み出したが、森と村の半ばほどでついに座り込んでしまう。
ここが限界だと悟ったヴェストルは自分の背負っているかごを前にまわしてシアをおんぶする。
「お父さん、ごめんなさい…。」
「シアは頑張ったじゃないか。偉いぞ。」
それでも褒めてくれる父の言葉にシアは涙を浮かべる。
午後は森まで歩いただけで、枝を拾ったのはアレンで帰り道はヴェストルに背負ってもらった。シアはほとんど何もできていない。
これではお手伝いをできたなんて言えない。
お姉ちゃん失格だ…。
シアはヴェストルに気付かれないように静かに泣いた。
村に着くころには日の入りが近かった。もうすぐ夕の鐘が鳴る。
ヴェストルは4兄弟を家まで送り届け、別れの挨拶をする。
「今度からは自分達で山菜取れるな?」
「ありがとう、ヴェストルさん!」
「今日はお腹いっぱい食べれるぞ。」
「また教えてください!」
「シア、大丈夫?」
ギース達が感謝する中、アレンだけはシアの心配をする。
「ああ。今日は初めて森に行ったからな。アレン、これからもシアのことを頼む。」
「はい!ちゃんと見ます!」
「ありがとう。…メリッタ、遅くなってすまないな。」
「いいってことよ!それよりこれ、今日のお礼に持って行きなさいな!」
メリッタはヴェストルに包みを渡す。中身は卵のようだ。アレンの家では鶏を飼っているのだ。
「いいのか?」
大事な食料を渡すなんて信じられない!というような顔をしているギース達を横目に見ながらヴェストルはメリッタから包みを受け取る。
「いいのよ。卵なんて明日にはまた産んでるし。それに今日は山菜がたくさん取れたのでしょう?」
メリッタは子供達を見る。
「そ、そうだぜ!今日はご馳走なんだ!」
「た、卵くらいどうってことないさ。」
「いっぱい集めたもんな!」
ギース達は卵から目を逸らして答える。
「シア、また明日。」
「アレン、今日はありがとう。また明日。」
その横でシアとアレンは挨拶を済ませる。
シアはせめて最後くらいは自分の足で歩きたいと言い、ヴェストルと手を繋いでゆっくりと帰った。
家に着いた時にはすでに日は沈んでいた。
「あなた、シア、おかえりなさい。遅いから心配したわ。」
「ただいま、エレナ。心配かけて済まなかった。」
「お母さん、ただいま。」
シアの雰囲気が暗いのを見てエレナは何かあったのかと察する。
「メリッタの子供達に何か言われたの?」
怪我をしている様子はない。ならば酷いことを言われたのかとエレナは勘繰る。
「いや、違うんだ。俺の前で酷いことは言わせないさ。」
「じゃあ一体なにが…。」
「シアは疲れて途中で歩けなくなったんだ。それで俺がおんぶして帰ってきたんだが…。」
ヴェストルとエレナは心配そうにシアを見つめる。
「お父さん、お母さん。ごめんなさい。私迷惑かけちゃった。一人でお手伝いできなかった…。」
「仕方ないわ。今日初めて森に行ったのだもの。それにシアはまだ3歳だからたくさんは歩けないわ。」
「でもアレンは同い年なのに全然元気だった。私は役に立たなかったの。私、いらない子になっちゃう?」
泣きながら答える。
シアは思い詰めていた。
ヴェストルとエレナは首を振って語り掛ける。
「アレンは男の子だし力持ちだからシアは気にしなくていいんだ。シアはリリのお世話もしてくれるし、いらない子にはならないよ。」
「そうよ。シアにはいつも助けてもらって私はとっても嬉しいのよ。」
「…ほんと?」
「ええ。いつもありがとうね、シア。」
「シアは俺の自慢の娘だ。」
両親の言葉でシアはやっと安堵する。
「それじゃあ夜ご飯にしましょう。」
「あ、メリッタに卵をもらったんだ、今日のお礼にって。エレナ、焼いてくれないか?」
包みを開けると卵が5個も入っていた。
「あらこんなに!今日頑張ってくれたシアは2個にしましょう。」
「ありがとう、お母さん。」
シアはこんなにも優しくしてくれる両親に感謝しつつ、いつかは立派になるんだと心に誓うのであった。