将来の夢
「おーい!アレン、早くしないと昼メシ全部無くなるぞ!」
「わかってるって。今行くよ!」
アレンは兄のマルコに言われて駆け出した。
午前中の薪拾いの仕事もすっかり慣れてアレンは野草や山菜も沢山取って1度家に戻る。
アレンは4兄弟の末っ子だ。兄弟全員が男の子なだけあって、ご飯時はいつも取り合いになる。殴り合いにならないのは母親のおかげだ。
「あんたら!喧嘩すんなら外でやりなさい!ご飯は捨てとくからね!」
「ご、ごめんよ、母ちゃん。」
「大人しく食べるから。」
「捨てないでよ。」
「ごめんなさい。」
メリッタの一喝で騒がしくしていた4兄弟は大人しくご飯を食べる。昼食を済ませるといつものようにまた森へ向った。
シアが村長の元へ行ってからもう10日程経った。アレンは今は兄弟と共に森へ行っている。
「そういえば聞いたか?シアのやつ、夢視になったって?」
「確か、いつもアレンと一緒にいた奴だろ?」
「ヴェストルさんの子供だよな?そういや、アレン最近俺達といるじゃん。あれほんとなのか?」
「あ、ああ。シアは夢視になったんだ。」
兄達の質問にアレンは答える。
「へぇ。母ちゃんが言ってたのは本当だったのか。」
「夢視って夢を視るだけでメシが食えるんだろ?いいな~。」
「アレンはどんな夢を視たのか聞いてないのか?」
「詳しくは…。でも目が痛くて仕事が出来ない程だって言ってた。きっと夢視の仕事も大変なんだと思う。」
「ほんとかあ?」
「仕事が嫌でサボりたかっただけとか?」
「いつも歩くのも遅かったもんな。」
「おい!シアは女の子で身体も小さいんだ、仕方ないだろ。それに村長にバレたら怒られるぞ!」
アレンは軽口を叩く兄弟に怒る。いつも調子のいい事ばかり言うのだ。
「わわっ、アレンが怒った!」
「お前いつも手加減しないんだからよぉ!」
「冗談だって、落ち着けよ。」
ギース達はそんな事を言って逃げ出す。
元々アレンは力持ちな方だったが、最近は自分より身体の大きい筈の兄達よりも喧嘩が強くなってしまったのだ。
「だって、ギース達が!」
「悪かったって!」
「アレンはシアが大好きだもんなー。」
「離れ離れになって寂しいんだろ?」
「そんなんじゃ…!」
アレンは否定したがそれは嘘だった。ふとした時にシアの姿を探してしまう。気が付いたらシアの家に足を向けてしまう。翡翠の瞳が淡く金色に輝いていたあの顔が脳裏から離れない。
それでもアレンにはどうすることも出来なかった。
それから数日が経ち、休日になると早々に仕事を終わらせてシアの家に向かった。実際にはディートリヒトの家なのだが、アレンにとってはどちらもシアの家だった。目的はシアではなく妹のリリの方だ。
リリは姉に比べると力も強くて活発だ。父親のヴェストルに顔付きが似ているせいか、男の子みたいに感じる事もある。
「アレン来た。あそぼー!」
リリはアレンを見つけると駆け寄っていく。
「あら。今日もありがとうね。アレン。」
「いえ、エレナさん。シアとも約束していましたから。」
「アレン…。」
シアの事を話すとエレナ達は物凄く悲しそうな顔をする。それはこの2週間で嫌というほど分かった。この人達を悲しませない様にアレンはあまりシアの事を口にはしない。
しかしこの家族の前でシアの事を無かった事にはしたくはなかった。リリの事が嫌いな訳では無い。シアに頼まれた事がアレンにとっては誇りなのだ。
「リリ、エレナさん達の邪魔をしちゃいけないから、あっちで遊ぼう。」
「うん。あっちで衛兵さんごっこするー。」
そうしてアレンはリリと枝を使って衛兵と魔物の役をして戦いごっこの遊びをした。
夕暮れになるとヴェストルやディートリヒトが帰ってくる。
「今日も来てたのか。ありがとうな、アレン。」
「ヴェストルさん、ディートリヒトさん。おかえりなさい。」
「ただいま。今日もリリちゃんと遊んでたのかい?」
「はい。」
ヴェストルとディートリヒトは腹が減ったと言わんばかりに夕飯の乗ったテーブルに着く。
「今日はアレンも食ってけ。飯を食ったら家まで送ろう。」
「いいんですか?」
「ああ。メリッタには言っておいた。」
大人達はいつの間にか決めていたらしい。だが実家だといつもご飯の取り合いになるのが面倒なアレンは有り難くご馳走になる事にする。
「リリは身体を動かすのが好きみたいだからな。そのうちアレンもついていけなくなるんじゃないか?」
「さすがにリリには負けませんよ!」
「ヴェストル、アレンも最近じゃ兄弟の中で1番強いそうだぞ。メリッタから聞いた。」
「へぇ。アレンがなあ。それなら、将来はやっぱり冒険者か?」
「まだ、わかりません…。」
「…そうか。」
アレンはまだ将来の事を決めかねていた。まだ5歳の子供とはいえ、将来の目標があるなら準備を始めるのが早いのに越した事はない。
衛兵や冒険者になりたいなら身体作りや訓練を、商人や職人になりたいなら勉強を。子供の内にそういった環境に触れて、10歳頃から見習いとしてお手伝いを始めるのだ。
アレンが考え込んでいるとディートリヒトが少し悩んで話しかけた。
「…なあ、アレン。お前の親父さんにはまだ言ってないんだが、俺の元で剣を学ばないか?」
「え?」
「おい、ディートリヒト!何を言ってる!?」
ヴェストルが慌てるのも無理はない。子供を導くのは親自身か、親から頼まれた者だ。アレンの親に何も言わずに伝えるなど親の顔に泥を塗るのに等しい。
それにアレンの父はディートリヒトと同じ衛兵なのだ。その父が後継を長男のギースに決めた以上、衛兵の教えを他の兄弟に授けるのは父親の決定に赤の他人が異議を唱える事になる。
「ヴェストル、分かってるさ。アレンの親父さんにも後できちんと説明するって。それよりも、本人の気持ちの方が大事なんだ。」
「ディートリヒト、お前一体何を…。」
ヴェストルの問いにははっきりと答えず、ディートリヒトはアレンの方を向く。
「アレン。君は村を出て騎士になるんだ。」
「…え?騎士様に?」
騎士とは貴族の護衛の事だ。村に来る文官にも護衛騎士が付いている事をアレンは知っている。そして騎士もまた貴族に含まれるという事も。
アレンはいきなりそんな事を言われて更に分からなくなる。
「あの、騎士様も貴族様なんですよね?俺にはなれないんじゃ…。」
「普通ならそうだ。騎士もまた騎士の家系で育つ。でも例外はある。」
「例外…ですか?」
「ああ。優れた冒険者や傭兵の中には騎士の誓いを立てて、主人に仕える事を認められれば騎士に、貴族になれるんだ。」
しかしそこまでいけるのは簡単な事ではない。生半可な実力ならば他の騎士で済むし、主人にしっかりと忠誠心を見せなければ騎士の誓いを受け取ってはくれない。
「おい、ディートリヒト。村を出た事がない俺には分からんが簡単になれるもんじゃないってのは確かなんだろう?こんな小さな子供に叶いっこない夢を見させるのは…。」
ヴェストルはアレンを心配してくれている。自分の家族以外にこんなに親身になってくれる人はいない。アレンはそれに嬉しく思いつつも、ある事に感づいていた。
「ヴェストル、アレンは同世代の子の中で1番の力持ちだ。この間アレンの親父さんとギースの訓練を少し見たがそこまで悪くなかった。だがアレンは5歳で既にそのギースに勝てるんだ。アレンなら俺達の想像よりも遥かに強くなれるはずだ。」
「だがしかし、こんなこと…。」
ヴェストルは言葉を濁す。アレンがディートリヒトに師事するのはきっとあまり褒められた事ではないのだろう。それでも…。
「俺に…できるんでしょうか?俺なら、シアの騎士になれるんでしょうか?」
その言葉にヴェストルはハッとなる。どうやらディートリヒトの目的はこれだったようだ。
「ああ。シアちゃんは貴族様になる。貴族様の護衛に騎士は必須だ。アレンは歳も同じだし訓練すれば同年代では1番強くなれる。騎士の誓いだってシアちゃんなら受け取ってくれる。アレンなら、なれる!」
その言葉でアレンの意思は固まった。
「ディートリヒトさん!俺に剣を教えて下さい!俺、シアの騎士になります!」
「ああ。俺が剣と村の外での生き方を教えてやろう。でも、まずは君の親父さんに許可を取らないとね。」
ヴェストルが止める暇も無くアレンの師匠が決まってしまった。
「本当に大丈夫なのか?俺も付いて行った方が…。」
「あなた、ディートリヒトが教えると言っているのだから任せればいいじゃない。あなたが行くと余計に面倒な事になるわ。」
「そ、それはそうなんだが…。」
夕飯を終えるとディートリヒトはアレンを送りに行ってしまい、ヴェストルは家に取り残された。
「何もなければいいが…。」
ヴェストルの心配を他所にディートリヒト達はアレンの家に着く。
「なんだ?今日はヴェストルじゃないのか。」
「やあ、ダンテさん。ちょっと話したい事があってね。外でいいかい?」
ディートリヒトはアレンの父親を外に連れ出す。このダンテと呼ばれた男性がアレンの父親だ。
「話っていうのはなんだ?アレンの事か?」
「はい。実はアレンの将来の事を相談したくて。」
「将来の事?アレン、お前何かやりたい事でもあるのか?」
ダンテがアレンに聞く。ダンテは普段は寡黙な父で家の事には口を出さない。跡取りであるギースはまだしも、他の兄弟にはあれこれしろと言わず、自分のやりたい事は自分で叶えろという姿勢だった。
「あの、父ちゃん。俺、騎士様になりたいんだ。」
アレンの言った事にダンテは固まる。
「騎士様だと?何をふざけた事を…。」
何を言い出すかと思えば平民である息子が貴族様になりたいなどと。ダンテはアレンを睨み付ける。
「ダンテさん。俺はアレンならなれると思っています。俺にアレンの教育係をやらせて下さい。」
「お前まで何を言い出す…。こんな田舎の村の者が騎士様なんぞになれる訳なかろう。」
「いいえ。なれます。俺はその方法を知っています。もちろん簡単な事ではありません。でもアレンなら、それが出来る才能と根性を持っていると思います。」
ダンテは今度はディートリヒトを睨み付ける。幼い娘がいるのに他人の息子に構っている場合かと叱り飛ばしてやりたい。しかし、今まで何かをやりたいと自分の意思では言って来なかったアレンが初めてそれを言ったのだ。
「どうしてディートリヒトがその方法を知っている?それに剣を教えるなら別にお前でなくてもいいだろう。」
出来る事なら叶えてやりたいとダンテは思うが何故ディートリヒトなのか。剣を教えるなら自分だって出来る。
「俺は子供の頃に親父に連れられて領主街まで行きました。領主街では武勲をあげて注目された者は騎士になれます。そして、その為の剣を教えるのは俺でなければダメなんですよ、ダンテさん。」
「それは何故だ?」
「この村で正統流派の剣術を教えられるのは俺だけだからです。」
「正統流派だと?」
ダンテは驚いている。まるで自分が代々受け継いできた剣術が紛い物かの様に。アレンもそんなものがあるとは知らなかった。
「はい。この村の衛兵が受け継いできた剣術も、元は正統流派である聖剣流です。しかし聖剣流は騎士が護衛対象を守る為の剣術であって、衛兵が村の外の魔物を狩る剣術ではありません。長い年月をかけて必要の無い部分が削ぎ落とされ少しずつこの村独自に変化したものです。」
「必要が無い部分なら教えなくてもいいだろう。」
「この村で衛兵をするなら、です。衛兵に必要な技術と心構えと、騎士に必要な技術と心構えは少し違います。俺は何方も身近でそれを見てきましたから分かります。そして何より、貴族様は村独自の我流剣術よりも正統流派の剣術を好みます。」
衛兵は普通すぐ近くに護衛対象はいない。村を守る為という大義はあるが、守るのは村の門や柵であり、人を守りながら戦うのには慣れていない。それに心構えが違えば咄嗟の判断や行動が変わってくる。何の為に戦うのか、何の為にその行動を取るのか、全てに意味があるからだ。
「だからお前が教えると?」
「はい。」
「アレンもそれで良いのだな?」
「うん。もう決めたんだ。」
「…分かった。ディートリヒトにアレンを任せよう。」
ダンテはディートリヒトの提案を呑んだようだ。
「だがアレン。条件がある。」
「な、何?父ちゃん。」
「ディートリヒトに預ける以上、お前はディートリヒトの所で暮らせ。勝手に帰ってくる事は許さん。」
再びダンテはアレンを睨み付ける。
「え?な、何で!?」
アレンはどうしてそうなるのか分からない。
「子供を他人に任せるというのはそういう事だ。」
「え?え?父ちゃん、わからないよ!」
「アレン、普通仕事を教えてもらうならその人の家に行くもんなんだ。」
勉強をさせてもらう代わりに授業料として住み込みでその家の手伝いをする。でなければ教える側が損をしてしまう。豪商や貴族ならお金を払って教師を雇う事もできるが、通貨が余り浸透していない村や貧乏な町民はそういった習慣があるのだ。
ディートリヒトがダンテの返答に説明を足す。
「それに教えるのは聖剣流だけじゃない。村の外の事や文字の読み書きや算術もだ。住み込みじゃないと時間が足りないよ。」
「そ、そうなんですか…。わかりました。あの、いつから行けばいいですか?」
「そうだね…。準備も必要だから3日後に来てもらおうか。」
こうしてアレンの弟子入りが決まった。3日間の内にアレンは荷物をまとめて、ディートリヒトは受け入れの準備をする。
事の次第を知ったギース達は1人だけずるいと騒いだが、ダンテがひと睨みするとすぐに大人しくなった。しかし翌日森へ行く道中には大人は居ない。今しかないとばかりにアレンに嫌味を言うのだった。
「良いよなー、アレンは。」
「父ちゃんにも母ちゃんにももう怒られないんだもんな。」
「ディートリヒトさんって子供1人だけだろ?飯もたくさん食べれるんだろうなぁ。」
「俺が居なくなるんだからそっちだって食べられる分は増えるだろ!それに家の仕事を手伝って訓練に勉強まであるんだぞ?」
アレンは全てを上手くこなせるか不安だった。シアが読み書きや算術の勉強をしていたのを見た事があるが、アレンにはさっぱり分からなかったし、そもそも自分には必要無い物だと思っていたのだ。
「なぁマルコは母ちゃんに算術教わってたよな?どうだった?」
アレンは三男のマルコが商人を目指してメリッタに算術を習っていたのを思い出した。
「算術?アレンも教わるのか?難しいぞ、あれは。特に掛け算がな。」
「やっぱそうなのか…。シアがやってるのを見ても全然わかんなかった。それに文字の読み書きもやるんだよ。」
「そうなのか!?読み書きも出来るようになったら俺にも教えてくれよ。アレンが出来るなら俺にだって出来るだろ。」
「よ、読み書きなんて俺達には必要ねぇもんな!」
「ああ、そうだ。アレンとマルコは頑張れよ!」
アレンの話を聞いてギースとエインはうげぇと苦い顔をしているがマルコは食いついてきた。ダンテは読み書きも算術も出来ずメリッタは辛うじて算術が出来る程度で、マルコは他に読み書きを教わる人がいなかったのだ。
「読み書きの授業料はご飯1年分だからな!」
「そりゃないぜ、アレン!」
「もう勉強の話はいいだろ!1年分のご飯よりも今日の夜メシだ!」
「1番に森に着いたヤツがスープ大盛りな!」
「おい、待って!」
アレンは駆け出した兄達を追って走り出す。シアは1ヶ月で読み書きと算術を覚えたのだ。自分でも数ヶ月あれば出来る様になるだろうと淡い期待を抱いて。
3ヶ月後、そこには自分の学力の無さに絶望するアレンの姿があった。
「はぁ〜。こんなに難しいとは…。」
アレンは基本文字自体は覚えられたが、それを繋げて単語にするところで躓いていた。算術も一の位なら分かるが十の位になる部分で繰り上がりが分からなかった。
「まあ、普通はこうなるよな。シアちゃんが天才だっただけなんだ。」
ディートリヒトはまるで自分に言い聞かせる様に呟いた。
そもそもシアやアレンはまだ5歳で、日本人で例えるなら小学生にも満たない。それなのにすらすらと出来てしまうシアの方がおかしいのだ。
「よし、読み書きは今日はここまでにして、武術の知識のおさらいをしようか。」
「は、はい。」
ディートリヒトはすっかり煮詰まってしまったアレンを見かねて勉強を切り替える。
「武術、所謂貴族様が認めている武器を使った戦闘術だね。それらの種類は何だい?」
「えっと、剣術、槍術、斧術、弓術…です。」
「そう。他にも棍や槌、鎌なんかを武器にする事は出来るけれど、そういった戦闘術は武術とは認められていない。」
騎士にとって武術は魔物や敵と戦いで身を守る為のものだが、貴族全体で見るとそうではない。互いに型を舞って披露したり、教養としての側面が強い。
「そして武器毎に幾つかの流派がある。剣術なら聖剣流や剛剣流、双剣流といった具合にね。」
「俺が習っているのも聖剣流なんですよね?」
「そうだ。聖剣流は片手剣と盾を持って戦う。騎馬戦も出来るし誰かを守りながら戦いやすい流派で、騎士様も聖剣流が多いらしい。」
護衛対象を守る任務に就く騎士には、咄嗟に防御姿勢を取れる聖剣流が人気なようだ。
「剛剣流とか双剣流とかはどう違うんですか?」
「剛剣流は盾を持たずに片手では扱えない様な大きな両手剣を使うんだ。双剣流は2本の片手剣を持って素早く戦う。守りの聖剣、力の剛剣、手数の双剣、だね。」
「俺は力持ちだから剛剣流の方が合ってるんじゃないですか?」
アレンは疑問に思った事を質問した。同年代の他の子よりも力があるのなら、剛剣流は自分に向いているのではないか。だがディートリヒトは首を振った。
「確かにアレンなら重い両手剣も扱えるかもしれない。けれど盾を持つ聖剣流と違って、剛剣流は相手の攻撃を全て自分の剣で弾かないといけない。それはとても集中力と鍛錬が必要な事だよ?常に君の後ろには守るべき人がいると考えなさい。」
「は、はい!」
もし相手が手数の多い双剣流なら、もし飛び道具や弓を使ってきたら、盾が無ければ防衛難度は格段に上がるだろう。誰かを守る為に騎士になるなら、聖剣流はとても理に叶っているのだ。
「他の武器の流派はどんなのがあるんですか?」
「そうだね…、槍術なら聖槍流と長槍流、斧術なら聖斧流と魔斧流、弓術は聖弓流だね。」
聖槍流は大きな盾と槍を持ち、聖剣流よりも防御力重視だそうだ。長槍流は盾を持たず素早く槍を振り回す。聖斧流は盾と戦斧を持つパワータイプ。魔斧流は数が少なく分からないらしい。聖弓流は文字通り弓を扱う遠距離型だ。
「たくさんあるんですね…。ディートリヒトさんは聖剣流以外には何か使えるんですか?」
「いや、俺が使えるのは聖剣流だけだ。」
「そうなんですか…。」
流派だけで8つもあるなら多彩な相手との戦闘が想定される。アレンの知りうる限り村の衛兵は全員が剣を使う。ディートリヒトも聖剣流だけなら村を出るまで他の流派の戦い方が分からない。
「まあ、基礎があればある程度は対応できるさ。この村に帰ってくる途中で盗賊に襲われた事もあったが、初めて見る戦い方でもじっくり観察してしっかり対応すればちゃんと勝てる。聖剣流はその防御力が強さだからね。」
「な、なるほど!その話、聞きたいです!」
訓練をやり始めたアレンだが今はまだ型を習っていて模擬戦すらしていない。ディートリヒトの実戦の話には興味が湧いた。
「その話はまた今度な。まだ勉強の最中だ。」
「ちぇっ。」
話がおあずけになりアレンは頬を膨らます。ディートリヒトはそんなのお構い無しに授業を続けた。
「武術の流派にはそれぞれ階級がある。1番強い人が天級、その下には帝級、それから上級、中級、下級だ。」
「ディートリヒトさんはどれなんですか?」
「俺は下級だ。聖剣流の下級だから下級剣術士だな。」
「え?1番下!?」
アレンが驚くのは当然だ。ディートリヒトさんだけ?いや、そんな事はない。村を魔物から守る衛兵は皆とても強い。衛兵の訓練を遠目に見た時は頼りになると子供ながら思った程だ。
「1番下ではあるんだけど、そもそも下級の人が殆どなんだよ。中級として認められるのは凄い名誉な事なんだ。」
下級を修めるだけでも衛兵や、豪商の護衛や用心棒などになれる。つまり下級すら難しく、中級以上は更に数が少ないという事だ。
「中級ってそんなに難しいんですか?」
「ああ。中級になれば領主街の騎士団に入れるくらいだって聞いた事がある。でも俺にはなれなかった。中級になるには条件があるんだ。」
「条件?」
「それはアレンが下級になってから教える。」
「えー!教えて下さいよ!」
「お前にはまだ早い。さあ、今日はここまでだ。早く寝ないと起きられないぞ。明日は型を上手く覚えているかテストするからな。」
そう言ってディートリヒトは授業を終えると寝る準備を始める。アレンも渋々就寝の用意を整えるのだった。
翌日、日の出と共に起きたアレンは早朝の仕事を早々に終わらせて、朝食までの時間にディートリヒトに型を見てもらう。
アレンは普段の子供の服に木製の盾と木剣を持って家の前で型の素振りをする。
「いいぞ。じゃあ次の型を教えよう。しっかり身体に覚えさせるんだ。」
「まだあるんですかぁ?」
アレンは呼吸を整えながら聞いた。既に7つ目の型だ。ディートリヒトが仕事でいない間、家の手伝いをしてそれが終わるとずっと型の素振りをしていた。これではいつまで経っても本格的な訓練を始められない。
「まだまだある。しっかり覚えるまでは何も始められんぞ。」
型も分からずに実戦を始めれば変な癖が付く。逆に型を理解していれば、どういう状況でどの型を選択すべきか咄嗟に判断でき、動きも身体が覚えているのだ。
「でもこれがほんとに役に立つんですか!?」
「当たり前だ。型を覚えなければ盾を弾いた後どうやってスムーズに攻撃に移るんだ。」
「でも…!そんなの!」
アレンはただ素振りするだけの今の訓練に焦りを感じている。果たして素振りをしてるだけで強くなれるのか、甚だ疑問なのだ。
「はぁ。分かった。ちょっとだけ相手をしてやる。ただし、今まで教えた型だけを使うんだ。いいな?」
「はい!よぉし、やってやる!」
2人は向かい合い、ディートリヒトは盾と剣を構える。アレンも教わった型通り盾と剣を構えた。ディートリヒトの構えはアレンも習ったものだ。
「来い!」
「うおお!」
ディートリヒトの合図でアレンは盾を前面に突進した。そのままお互いの盾同士がぶつかる。アレンは精一杯の力で盾を打ち付けたが、やはり大人と子供では力の差があった。ディートリヒトの防御姿勢を崩せていない。
盾を持つ者同士の戦いは、まずその盾をどうにかしないといけない。でなければ攻撃は弾かれて反撃されてしまう。
盾同士を打ち付け、力で相手の盾を弾くのは基本中の基本だ。盾を破壊出来る斧や、間合いの外から攻撃出来る槍とは違い、片手剣で盾を無効化するのには余程の技術や力がなければ出来ない。
剣を振るうならば勝負を決められる時だ。そう教えられていたアレンは素早く間合いを取ると、間髪入れずに勢いを付けて再び突進する。盾を弾くのに失敗してはまた距離を取って盾を構えるのを繰り返した。
「ハァ、ハァ。」
カンッと木製の盾同士がぶつかる音だけが鳴り響く。既に10回は盾を打ち付け合ったが、1度もディートリヒトの体勢を崩せていない。
「どうした?攻撃してこなければ相手は倒せないぞ!」
「攻撃したら逆にやられる。そうじゃなかったか?」
「よく覚えているな。その通りだ。」
アレンは冷静にディートリヒトの挑発を躱す。だがディートリヒトの言っている事も正しい。攻撃しなければ相手を倒す事は出来ない。
アレンは今までよりも距離を長く取る。より助走を伸ばして勢いを付ける為だ。
「行くぞぉっ!」
力いっぱい地面を蹴りつけて走り出す。そのスピードは馬よりも速く、ディートリヒトはアレンの身体能力の高さに驚嘆する。
(たった5歳の子供がこれ程とはな…。しかし、あれを受け止めるのはやばそうだ。)
2人がぶつかるその瞬間、ディートリヒトはサッと身を翻して突進を躱す。
「え?」
躱されると思ってもいなかったアレンは余りに勢いを付けすぎてすぐには止まれない。足を踏ん張っても勢いを殺しきれず転んでしまった。自分でも出した事の無い全速力は想像以上だった。そのまま吹っ飛び10メートル以上も転がる。
「いてて…。」
顔を上げると目の前にはディートリヒトの剣先があった。アレンはその瞬間に負けを悟る。結局一太刀も振るう事が出来なかった。
「あんなに分かりやすく勢いを付けて突進したら避けられるのは当然だ。」
「くそ!まだまだなのか!」
ディートリヒトはアレンを立ち上がらせると言った。
「まずは型を覚えろ。それから良く食べ、良く寝て、身体を大きくしろ。焦るな、まだ時間はある。考えろ、相手を倒す方法を。そうすればお前はもっと強くなる。…守るんだろ?」
アレンはハッとなって考える。
(ああ、そうだ。俺は何を焦っていたんだ。シアは俺が守る。大きくなって、強くなって必ずシアの騎士になるんだ。)
「はい!」
日はすっかり登り、1日が始まる。明るくなった村に元気な少年の声が響いた。




