狂喜の矛先
女は赤子を受け取り……走り行く女性の背中悲しげに見送ると扉を締めた。
この子を本当にどうするのか、女は悩んでいた……
去って行ったあの女……あの怪我だと助からないだろう、子を思う母親の最後の願いだ……約束しちまったしなんとかしてやりたい所ではあるんだが……どうしたものか、赤子を託された女性は悩んでいた…
そんな時この女を呼ぶ声が聞こえて来る。
「フローレス!ライ様が来たわよ〜ってその子はいったいどうしたの?」
女性が閉めた方とはまた別の扉から、新たに女性が入って来てこの赤子を抱いている女性、フローレスに話かける。
「え?イレナか……ちょっとね、なんか扉の前に置き去りにされて、泣いてたんだよね……」
正直に話す訳にも行かないし、かと言ってここで見捨てる事は出来ない!……フローレスは仲間に罪悪感を感じながらもそれとなく理由を付けて説明した。
「うっわぁ〜まさか捨て子!?フローレスどうするの?」
話しかけてきた女性、イレナはフローレスにその捨て子をどうするのか問う。
「オーナーに相談してみようかなぁ〜って考えてるんだけど……どう思う?」
フローレスはダメ元ではあるが、一緒に働く家族の様な存在でもあるイレナに尋ねる……ここは娼館だ、悪く言えば相手のいない寂しい男の欲望の逃げ道、良く言えば刺激と快楽を求めた男の娯楽……又はロマンとも言える。
あの女がファルテだと言っていたから、恐らく男だろう……女の子なら将来を見据えてオーナーなら育てるかもしれないが……やはり厳しい。
「ダメじゃない?たぶん捨てられちゃうか奴隷として売られちゃうか……女の子なら可能性はあるけど、どの道ロクでも無い人生だよ」
イレナは自虐とも取れる言葉だが……このまま生きてもろくな未来はないと、半ば達観していた。
「そうだよね……」
フローレスは同じ娼館の仲間である、イレナに相談したが……妙案は浮かばなかった。
「イレナ……例えば姉さんの子として育てるのはありかな?」
「正気!?……あ〜っけど姉さん、流産してかなり落ち込んでたし……オーナーに相談するよりかは可能性はあると思うけど、どうだろ?」
苦肉の策と言うには少し……欠点が複数あるが、今はそれに賭けるしかなかった。
「やっぱりそうよね!ライ様に逢いに行く前に姉さんの所よってから行くよ」
フローレスは迷いが解消されたからか、明るくイレナに告げると……扉を開けて姉さんがいる部屋へと向かうのだった。
トントン!
「姉さん入るわね!」
そう言うとフローレスは部屋の中にいる姉さんの、応答を確認もせず急ぎオーナーに見つからない様部屋の中に入る……部屋に入るとベットの上で人形を抱き、泣いている女性に話しかけた。
「姉さん、少し話があるんだけど……良いかな?」
「フローレス!?その子はいったいどうしたの!?」
ベットで泣いていた女性は赤子を見ると、ベットから慌てて乗り出してフローレスに問う。
「ちょっとね……レストルームの裏口で泣いていたのを見つけて……捨て子だったっぽいんだけどさ〜これは何かの縁なんじゃないかと思って姉さんに……」
フローレスは泣いていた赤子をそっと、姉さん……オリビアに抱かせるのだった。
オリビアとフローレスは血は繋がってはいないが、フローレスが若くしてこの娼館に売られて来た時からオリビアに面倒を見て貰っていて、フローレスはオリビアに……深い感謝と姉妹の情を強く抱いていた。
「ありがとう……フローレス……」
オリビアは瞼に涙を滲ませ、赤子を優しくギュッと抱きしめるのだった…
「じゃぁ〜姉さん、私は馴染みが待ってるから行くね♪」
そう言うとフローレスは部屋の出口へと向かう……去り際にオリビアの溢れんばかりの微笑みを見て、二度とこの笑顔を失う事が無いようにと……神に願うのだった。
時を同じくし町から少し離れた丘の上に一人の女性が立っていた……足と背中の怪我のせいで、出血多量により意識も朦朧、もはや死の淵に立たされていた。
その時……遠くから馬に乗り、甲冑に身体を包んだ集団がこの女性の元に近づいて来た……
集団は女性の目と鼻の先に止まると、先頭の一番立派な甲冑に身を包んだ男が、ケラケラと高笑いをしながら馬から降り……女性に近寄っていく。
「鬼ごっこはここまでですか?……エレオノーラ様?いや……エレオノーラ!」
一番立派な甲冑に身を包んだ男は、ニタニタと悪い笑顔を見せながら、憎しみを込め女性を馬鹿にしていく。
「エレミアス……」
ファルテの母……エレオノーラはこの男、甲冑の男エレミアス・バートンを知っており……男はただならぬ雰囲気を醸し出していた。
「やぁぁぁあっとですよぉ……やっとお前を、殺せるぅぅぅううう!!!」
エレミアスは剣を鞘から抜き放ち、狂った眼差しで剣の切っ先をエレオノーラに向け……残忍な笑みを浮かべ舌なめずりをする。
「元は平民のクセに偉そうにしやがってぇぇええ!!お前のその俺を!哀れむ様な目と!顔を見るたびに!!!!ムカムカ吐き気がするんだよぉぉおお!!!」
「エレミアス……」
エレミアスは殺気を放ちながらドンドンエレオノーラに近づいて行く……
「お前を殺したらぁ!?次は〜お前が大事そ〜〜〜にしてたあのガキを、グチャグチャの挽き肉に変えて!!目の前に突き出してやるよぉぉおお!!」
エレミアスはめちゃくちゃ興奮しながらゲラゲラ笑い、エレオノーラの心の拠り所でもある赤子を挽き肉に変えてやると……残虐を通り越して鬼畜外道な事を企み、エレオノーラの心を折るべく告げる。
「まっ!待ってぇぇええ!私は……私はどうなってもいいからぁ……あの子だけは!!あの子だけは見逃してぇぇええ!!?」
エレオノーラはエレミアスの言動に絶望しながらも、せめて最後の足掻きとばかりに必死に跪いて懇願した。
「ふっいやだね……っ貴様はもっと絶望しろ!!俺にもっと跪け!!詫び懇願しろぉお!!俺はお前のその絶望した顔が見たかったんだよ」
エレミアスはこれでもかと、狂気を孕んだ目でエレオノーラを追い詰める……エレオノーラはこのどうしようもない悲しみ・苦しみ・この悲劇に……そして我が子守れぬ自分の力の無さに、我を忘れて泣き崩れ……必死に我が子の命乞いをする。
「どうかぁぁああ!!どうかあの子だけわぁぁああ!!」
「さ・よ・う・な・ら」
エレミアスは情け容赦無く……無慈悲に剣を振り下ろすのだった……
「おい!?このゴミを片付けろ」
エレミアスは転がった胴体を蹴飛ばし……最早動かない存在の服で、剣の血糊をを落とすと馬に跨り始める。
「エレミアス様!どうされたんですか?!」
この部隊の指揮官でもあるエレミアス、その副官マリウス・ラッセルはエレミアスの様子に違和感を覚え問うのだった。
「マリウス……帰りますよ」
「えぇぇえ!?……一応ですが子供は良いんですか?」
マリウスはエレミアスのさっきまでの変わり様に慌てる、まるで人が変わったと言うか……取り憑かれてたのが祓われたと言うか。
「ガキなど放っておきない……今はの念願叶った達成感と、換気の余韻を楽しみながら……秘蔵のヴィンテージワインを楽しみたいのですよ、それにあの街じゃそうそう生きられませんよ……」
そう言うとエレミアスは去って行く。
「エレミアス様はしょうがないですねぇ……ご遺体を埋めたら撤収しますよ!!っあ!?サリバンいますか?」
そう言うと一人の男がマリウスの前に跪くのだった
「え〜一応町に行って赤子を探して殺してください……最悪見つからなかったら呼び戻すまで町に潜入し、伯爵の監視をする様に」
「かしこまりました」
そう言うとサリバンはスッと姿を消すのであった
「エレオノーラ様……助けられずすいません……」
その後マリウスもエレオノーラを埋めると、部隊を引き連れ撤収して行った
後にその丘はエレオノーラの丘と名前が付き緑溢れる癒しの丘になるのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
個人的に、ここの流れは大事にしたかったので少し表現が重いかもしれませんがご了承頂けると嬉しいです。
次回から主人公の出番になります!!
しかし……まだ先は長いです。