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明るい光を見ながら、必死に息を吸う。クラクラとしていた状態から、一気に意識が覚醒する。
だがそれでもまだ体の痺れは抜けなく、女に首を絞められたまま宙へと浮かんでいく。
「ケイ!」
仲間が集まり、攻撃をしようと構える。だがそれを俺は手で制する。
「……今の俺らじゃ無理だ。」
下手なことをした所で意味は無い。先程までの戦闘を考えるならば、今の状態では勝てない。
「あら、貴方の名前はケイって言うのね。綺麗な白髪に中性の顔、美しいわ。まるでせか……いえ、なんでもないわ。」
「……そりゃどうも。」
空に浮かぶたった1人の女性は笑顔を向けてくる。俺の首を掴み、的確に頸動脈を締めてくる。
意識が朦朧とするようにやってはいるが、必要以上に気道を触れずにいた。殺さないように確実にやっている。脅しと思って良いだろう。何が狙いなのかがよく分からない。
「ねぇ?私の話に乗らない?」
こんな状況でどんな話に乗れってのか理解が出来ない。ほぼ命を奪われてるような状態だ。乗るもクソもない。
「貴方だけは助けてあげるわ。その代わりに他のみんなは滅びるけど、構わないわよね?」
女性はそう言って空から大量の矢をふらせていく。
そして仲間や生徒を1人も殺さずに、的確に足や腕の神経を貫き、痛みで動けなくしていた。
「私は天使。私の使徒にならない?貴方はその素質がある。使徒になるなら、貴方だけは助ける。ただし他のみんなは邪魔だから消すわ。」
使徒と名乗る女性は笑顔で、俺の顎をつかむ。そして喰らうのを我慢するかのようにして舌なめずりをする。ここで断ったら、喰われるか殺される。
「……俺が頷いたら助けてくれる?」
「ええ、勿論。使徒の素質がある子を殺しはしないわ。」
「そっか。なら……」
下にいる生徒は怒ったように石を投げようとしてくる。アイツらの気持ちも分かる。だが俺と一緒に居る自称天使は強すぎる。
だがそれを女は真顔で手を振る。その風圧だけで石を振り払い返し、俺にだけ笑顔を向けてくる。
仲間や先生らも悔しそうにしてはいるが、俺を責めることはせずに出来る限りの笑みを向けてくれる。全く、良い人らだと思う。
「……お断りに決まってんだろ!誰がクソみたいなクソの使徒になるか!」
俺は女性の腕を噛み付く。それに対して女性は笑顔のまま少し寂しそうにして見つめてくる。
「佐賀!お前ら!今だ!」
「任せて。」
屋上にいた佐賀が銃弾を放つ。俺特製の銃弾は女性の心臓を貫き、そのままどこかへ飛んでいく。
追撃のように地面から植物が成長していき、天使に向かって拳を飛ばす。女はそれを何事も無かったかのように避ける。
だが女は俺の首を絞めたまま離さない。
「……悲しいわ。私の手でこんな子を殺さなきゃいけないなんて。」
「俺は既に十七だ!死ね!」
利き手に即席で服から刀を作ると、女性の腕を斬ろうとする。だが思っていた以上に硬く、刃が皮膚を通らない。
「……マジの人ですらないのかよ。」
「ええ、天使よ。人なんて汚いものと一緒にしないで貰えるかしら?」
「とことん癪に触るな。」
女性は首を絞める力を更に強くしていく。もがこうとするが、体に力が入らずに睨みつけることしか出来ない。
「生を願った時の顔、とても綺麗よ。」
俺の顔を見て、女性はどんどん笑顔になる。そして舌なめずりをしながら、顔を近付けてきて、そのままキスをしてくる。
力を込めて女性の舌を噛もうとするが、女性は何事もないかのように口の中を舐めていく。
「……かなり良かったわ。今からでも使徒に……いえ、私の玩具にならないかしら?奴隷でもいいわよ。」
女性はうっとりとしながら蕩けさせた顔で尋ねてくる。美形なだけあってそんな顔をしても綺麗だと思うが、あんま好きになれない。
「玩具か……最初からそう言ったらまだ承諾したかもな!」
俺は女性の顎を上に殴りあげると、気が抜けていたのかそのまま腕の力が抜けて落下していく。だが途中で誰かに抱っこされる感覚がした。
「全く。無理をするな。」
キャッチをしてくれたのは村木先生だった。足から高出力の水を放つことで浮いていたらしい。
かなり高所だったので上手くキャッチしてくれて助かった。
「あとは夏目がやる筈だ。」
俺が上を見れば、和樹がゆっくりと浮遊しながら女性と対峙していた。女性は俺の方を見ながら、言葉を発する。
「私はあの子に興味があるのだけれど?」
「こんなに学校を荒らした罰を食らってから言って貰えるか?」
和樹は周りの空間を歪めて女性を潰そうとする。女性も逃げようとするが、全体から重力がかかっているので簡単には逃げ出せない様子だ。
だがあれだけの力を使っている分、和樹も吐血しながら必死に抑え込んでいるようだ。
「やるわね……でもやはり人レベルね。弱いわ。」
女性は笑顔のままゆったりとして、重力波を何事も無かったかのように動く。
そして和樹に近付く。手刀で心臓を抉りとった後、心臓を潰す。和樹は苦しみながら、空から落ちてくる。
俺は直ぐに村木先生から飛び降りると、和樹をキャッチする。あまりの事に周りは動けてなく、和樹は完全に気絶していた。そして和樹を地面に横たわらせる。
「……不味いな。医療班だ!早くしろ!」
俺が和樹に近寄って、人を呼んでいると後ろに女がいた。慌てて構えるが、女は両手をあげる。
どうやらもうやり合う気はないらしい。だがまだ信じることが出来ずに構える。
「服が汚れちゃったの。これじゃあ人を誘うには失礼よね。また来るわ。」
「……一生来なくていい。」
「そう言わないで。ケイ。」
女性はそれだけ言うと俺の頬にキスをして、どこかへ飛んでいく。
「マジでなんだアイツ……いや、それよりも早く治療だ!回復系のスキル使えたやつ!早く来い!二年に八人!一年に十人!三年に二人!止血してる間に再生させろ!」
心臓のあたりを必死に抑えながら、
生徒たちが集まり、和樹の治療をしていく。生徒からの人気が高かった分、周りの生徒は大泣きをしている。
必死の治療が凄まじかった。
だが心臓を貫かれて助かる可能性は低く、そのまま死んでしまった……
もしこの時に他のやつが死ねば良かった等と思うのは、今更すぎる話だと思う。