プロローグ
俺はいつものように学校の授業を睡眠で終わらせる。昨夜はゲームのし過ぎと、軽い論文を書いていた。まぁ論文と言っても厨二病が進んで、某ゲームの種族値等の転換で計算式を立てていただけだ。ただ物理式としてのも含まれていた為、卒論に使うつもりだった。
だから授業の時間、50分を6限で5時間。それに加えて昼休憩の30分。計6時間半。睡眠時間というには少なく、机に座りながら寝ただけだから十分とも言えないが、多少の睡眠には丁度いい。
今日は珍しく深夜テンションでは無いので、思考的にも問題は無いはずだ。強いて言うなら、帰りの電車でリバースしそうな程度。一応エチケット袋はあるから問題ない。
「今日も授業が終わったなぁ。夕飯どうする?」
俺はクラスの端で帰る準備をしていると、クラスメイトが話しているのが聞こえる。多分どこがで飯を食うのだと思う。ここは都心にある学校な為、食うには困らない。しかも駅も近いからすぐに行ける事だと思う。
まぁクラスメイトと折り合いの悪い俺は気にしない。スマホをロッカーから制服のポケットに入れると、そのまま教室から出て行く。
元々帰る準備をしていたので、帰るのは俺が一番早いはずだ。一限目から帰宅の準備をしていたのは間違いなく私だけだろう。一限目から机の中には何入れてない。鞄の中には筆記用具と財布、小道具のみ。
スマホはこの御時世に珍しく、校内では使えない。だから教室の後ろ側にあるロッカーにしまわなくてはならない。普段なら仕舞わないでゲームするが、今日は睡眠予定だからちゃんと仕舞っておいた。
元々オールで学校なので、早く帰宅してフカフカベッドで睡眠を取りたかった。
因みに俺のクラスは理系で、少数クラスなので別館にある。文系が4クラスなのに対して、理系は2クラス。しかも理系のクラスは人も少ないため、かなり色々ある。
ただ別館も結構ボロく、いつか崩れそうに感じた。まぁコンクリで作られているから、震度が5や6以上の地震でも起きないと崩れないとは思う。そして本館へは2階の渡り廊下と、1階の校庭と体育館の間にある道から行ける。
『今帰ろうとしている生徒!良いから直ぐに止まれ!近くの教室に入り、各自先生が行くまで動くな!』
俺が階段から降りようとした時本館からそんな声が聞こえる。声の主は、顔見知りの先生だ。いつもなら冷静なはずの先生がかなり慌てていた。あまりにも珍しく驚かざるを得ない。
まぁ別館はスピーカーが音割れしているので、多分本館の校内放送だと思われる。
別館の校内放送がちゃんと聞こえた試しはない。それ故に雨天時の朝礼は嬉しい。校長のクソ長い話も意味がわからなくて済む。
これには担任もニッコリとしていた。
「……てか地震か何かあったのか。」
スマホを取り出して、調べようとするが何故圏外で、インターネットに繋がらない。こんな時に壊れたのかもしれない。都心な上に地下鉄でもないのに、こんな風になるとは運が悪いことこの上ない。
学校のWiFiに繋げれば良いのだが、前に一度繋いで遊んだ事があるから、二度目は不味いだろう。
というかこのスマホに変えてから、まだ数ヶ月。壊れたと言うよりはSIMがバグりでもしたのだろう。
SIMを抜くための棒が無いので、バッグからクリップを取り出してSIMカードを抜く。
「くそっ……こんな時に壊れるな。」
「そんでさ」
俺がスマホの再起動で階段で止まっていると後ろから生徒らしき3人が来る。校内放送が聞こえてないのかもしれない。まぁ別館で一番先に出たのは俺のはずだ。なら聞こえてなくてもおかしくは無い。
正直、同級生の奴らとはつるむ気がないが、もし危険な状況なら止めておくくらいの優しさは大切だろう。
「お前ら、教室に戻れ。校内放送があったぞ。」
「え?それほんと?」
「……ああ、各自近くの教室に入り、先生が来るまで待機だとさ。先生は結構慌ててたぞ。」
生徒達は意味がわからないとばかりに首を傾げる。そして笑い話始めながら、無視して階段を降りようとしていく。
ここで止めるのが優しさだろうが、俺には関係ない。大体、優しさなんてのは建前だ。止める気なんて毛頭なく、一応止めたという言い訳があれば十分だ。そしたら何も言われない。それをネタに教師と雑談出来るいいネタだ。
そのまま立ち止まってスマホでインターネットに繋がらないか試していく。SIMなどを再度入れ直していると、後ろから足音が聞こえてくる。
かなり慌てているようで、かなり靴音がうるさい。革靴だとしても結構響くとなれば結構走ってるということだろう。
結構強めの災害でも起きたのかもしれない。
「……居た!早く教室に入れ!圭!」
慌てて走ってきた先生の1人が俺を見つけると近寄ってくる。そして何かに気付いたのか俺を掴むと、先生の体に顔を押し付ける。
これで先生が女性なら良かったが、実際は男の先生だ。それにそんな二次元的なことが起きるわけが無いのは理解してる。
「数秒だけだ。」
俺が頷くと同時に何かが折るような音やグチャグチャと汚く潰すような音が聞こえる。
気になり顔を動かして端から除くと、見たことも無い二本足で立つ赤い牛がいた。大きさは大体俺の三倍はある。顔は牛の顔だが、太った人の様な姿をしていて、例えるならば牛魔王のようだ。
そして何かを食べていた。口から人の手足のような物がはみ出て、牛の足元には先程忠告した生徒の制服が転がっていた。つまりはそういうことだろう。
思考で理解出来ても、脳は追いつかない。考察だけが進んで、余計に恐怖心を煽り怯えてしまう。
「……なんだよコレ……」
「見たのか……とりあえず教室へ戻ろう。話はそれからだ。」
俺は先生に連れられて別館にある扉の1番近くの教室入る。
ここは3年生の教室で知り合いの生徒たちもいた。向こうも俺の事に気付いたようで、こっちに手を振ってくる。
先生が俺の背中をさすって、行けと言ってくれる。頷くと知り合いに向かって歩いていく。
「圭!無事だったか!?」
「ああ、優。まだ少し気分は優れないが。」
コイツの名前は優。同じ部活の仲間で、クラスの中では特に仲の良い奴だ。
「なるほどな、見たか。まぁいいからこっちに来なよ。」
生徒らが教室の奥の方に行くと、数人の生徒が先生に命じられて教室から出ていく。そして別館の入口ドアに机などを持っていき封鎖しにいく。
生徒たちは戻ってくると、片方の入口にも物を置いて入れなくする。
「……マジで何が起きてんだ?」
「それについては今から村木先生が説明してくれるってさ。多分これからのことについても。多分、信じられないこと。」
1年の頃、担任で英語担当してくれた村木先生が説明してくれるらしい。
結構優しくて、親しみやすい人なんだよなぁ。人情溢れるいい先生だし、ユーモアのある気遣ってくれた先生だ。
村木先生は教室に入ってくると、周りに声をかける。
「よし、3のγと3のαは全員いることが確認できた。3のβは数名を除いて問題なかった。」
その数名はさっきあった生徒らだろう。
こうなってしまうと、あのまま止めておけば良かったと後悔してしまう。流石にあんなものを見せられては後悔以外の感情は出てこない。
「今の現状について説明する。だが言葉でやるよりは見てもらった方が早いな。」
村木先生は数名を連れて教室から出ていく。何かを見せてから、また戻ってきて教室に入る。戻ってきた生徒の中には凄い深刻そうな顔をしたのも少数だが存在した。
それを繰り返し、最終的に余り物の俺と知り合い1人、その他男子3名で教室から出ることになった。その他の男子を俺は知らないが向こうは知ってる様でこちらをチラチラと見てくる。
まぁ俺はこの学校で、おかしい部類に入ることは理解しているので何も反応しないのが良い。下手に関わるとあとが面倒だ。
村木先生は俺の方を見ると心配そうな顔をして、優しく声をかけてくる。
さっきの先生から話は聞いたのだと思う。ただ俺は問題ない。あんなものを見せられたというのに、心は案外冷静でなんとも思わなくなっていた。先程までの後悔も落ち着いて、何故か普段通りにしか思えない。
「……話は聞いた。お前に怪我がなくて良かった。」
「……そっすね。これから見るのもそれと同じですか?」
「いや、そこにプラスして見せたいものがある。下手すれば心が折れるかもしれないな。」
そして村木先生に連れられて、本館へ繋がる渡り廊下に生徒を含めた計六人で行く。
村木先生は廊下の窓のカーテンから外を覗くと、すぐに閉じて生徒の方をみる。そして生徒たちに向かって、口の前に指を置くと声を出すなとジェスチャーで伝えてくる。
その姿は何かに怯えているようであり、それ以上に信じたくないと思っているようだった。という事は、やはり俺の見たアレは現実だとわかる。あの赤い牛のような存在。あれは間違いなく現実なのだと。
「俺がいいと言うまで、カーテンは動かすな。一人ずつ、少しだけだ。」
村木先生はそう言って何度か覗き込むと、俺ら生徒の方を見て頷く。
俺はカーテンをそっと開けて、外を見るとそこは大自然に囲まれた場だった。まるで山奥であり、ゴルフ場にある林のようだった。もはや樹海にすら見える。ただ、日本とは思えなかった。植物の種類が見たことないものしかない。修学旅行とかで山登りも多少あったが、それでも見覚えのない木々だ。
そして、いややはりと言うべきか先程見た二本足で立つ赤い牛も居た。それも何匹も存在し、別の動物のような生き物もいた。校庭にも出入りしてるようで、かなり危険な状態だ。もう籠城しかないと思わされるほどに。
「……なんなんだよ?これは。」
男子生徒の呟きには同意する。初めて見る場所な上、化け物もいる。第一に俺らの学校は都会にある。ビル街だってすぐ外に見えて、こんな場所にはなかったはずだ。
「分からない。だがあの化け物は人を食べる。今は篭城するしかない。」
村木先生はそう言って教室へ戻ろうとする。俺はボケーとしながら少しだけ校庭をみて何か見覚えのあるスーツに気付く。明らかに制服ではなく、それでいて真っ黒なスーツ。美人な嫁さんがくれたと喜んでいたネクタイ。あんなの持つ人なんて、俺には一人しか知らない。
「……なぁ、村木先生?」
「なんだ?」
「今んとこ犠牲者はどの位出た?」
俺の言葉に村木先生は指を5本立てる。5人被害者が出た。さっき俺の前で殺されたのは3人だ。
その他2人は誰なのかが問題だ。その一人はあのスーツから見て先生だ。俺の知らない先生もいる。だからあの先生とは限らない。
「先生の中に被害は出た?」
「ああ……どうせ嘘をついてもバレるな。お前の大好きな川崎先生。生徒1人を守って死んだ。」
「……そう。じゃあ戻ろっか。」
どうやら予想通りだったらしい。
川崎先生は朝から数学を教えてくれた良い先生で、優しく不良な俺にも親しみを持って差別なく接してくれた。毎朝、7時に学校に来て、数学を一から教えてくれた。俺にとって勉強という意味では、一番の恩師だ。そんな人が消えたというのは、心にくる。苦しくなって辛い。
何か胸にぽっかり穴が空いた気分になる。もう勉強というには触れない事になりそうだ。多分そこまでして教えてくれる先生等、見つからないから。
フラフラとしながら渡り廊下から通り抜けて、別館に戻る。そんな俺に知り合いが近付いてくる。
化け物を見たからか、顔色が悪い。だがそれ以上に何かを心配しているようだ。
いや、コイツは優しいからどうせ他者のことだろう。
「大丈夫なのか?あれだけ慕ってたのに。」
「……さぁ?それよりも今はみんなと他の話をしないと。」
俺は優に顔を見せないようにして先を歩く。少なくとも今は話したくはない。少し落ち着いてからじゃないと泣き崩れてしまいそうだ。
「……そうだな。」
俺はふらつきながら教室の隅で椅子に座る。教室の窓から外が見えるが、やはり見覚えのない空間だ。
植物についてかなり詳しい訳じゃないが、こんな大きな木は学校の入口等で、窓から見える場所にはなかった。大体、窓側のすぐ横には道路があった。木などが生える隙間はない。
しかも木が生い茂って遠くまで見えない。スズメなどの鳥も全く見当たらない。
「みんなこっち見ろ。まず前提として、あいつらを仮名として赤牛、赤牛族と呼ぶ。名前のセンスには文句を言うな。校長が名付けた。」
村木先生はそう言って黒板に食料がある場所や班分けを書いていく。
先生らは大半が外回りや屋上からの警戒に回されるようだ。率先して危険な所に行くのは、教師としての優しさを感じる。
生徒は荷物運びや人で要員で楽な役回りに押し付けられるとみていい。多分、食料や布団などの行動だ。若い生徒ならば重たい水とかも問題ないと思われる。
だが俺はそれに甘んじたくはない。やりたい事、いややらなくてはならない事があるからだ。
「……なぁ、優。俺は警戒のやつやるつもりだ。外回りでもいい。」
「正気かよ。かなり危ないぞ?」
「早く回収してやりたいんだ。」
俺の本心からの言葉を告げると、優はため息をついて立ち上がる。
意味を理解してくれたようで、呆れながらも気合いの入った様子だ。やはり恩があるのは俺だけじゃないらしい。
「……ったく、仕方ないな。先生!俺と圭は外回りを担当します!良いですか?」
村木先生は俺の方を見て心配そうにする。それに対し俺は無言で頷き、大丈夫だと示す。
唸って少し悩みつつも、村木先生は頷く。
先生も優と同じで、俺の気持ちを理解してるが故に、不安さも耐えて頷いてくれた。その優しさには感謝しなくてはならない。
「……わかった。圭は兎も角としても、優はかなり運動神経がいいしな。ただしちゃんとロープやランヤードとかを使え。道具や体の調子を見てから行動しろ。怪我しても助けに行けるかは分からないからな。」
まるで親のように言いつつ、黒板に道具の場所を示していく村木先生に軽くボヤく。
「俺も多少はいけるんですけどね……」
「圭が得意なのは対人だ。アイツらに効くかはまだ分からないぞ。」
確かに俺がやりあえるのは対人だ。しかも武器を使った上での、汚い技を使うやり方。多分あの赤牛みたいなのは倒せない。
いくら人型をしているとはいえ、あまりにも脂肪や筋肉が多すぎてダメージなどほぼ入らないだろう。いくら頑張っても転ばせたりして時間稼ぎが良いところだろう。
「ちぇっ……今は優におんぶだっこか。」
「安心しろ。圭が対人が得意な様に、対物系は俺の分野。人が相手の時は時間稼ぎは頼むかもだぞ。」
優はそう言って拳を突き立ててくる。俺は軽く腕を回して勢いを付けて拳を殴る。
拳が痺れつつも、それが興奮した気持ちを抑えてくれる。
「ジーンときたな。よし、俺らはどうすればいい?」
「外回りをやるなら、本館の2階。B組の教室だ。お前の部活メンツも本館にいるぞ。」
もし部活メンツに被害がないのならば、俺たちはかなり優位な立場にあることになる。何に優位かは不明だが、何かしらには確実に優位だ。
ただし一人でも欠けていればかなり脆弱になるほど、一人一人が別々の大切な役目がある。
俺を含めて計10人の仲間だが、全員揃ったらどんなとこでも生きていける。そう自負出来るほどに俺らの仲間は強いし、へこたれない。
「オケ、そんじゃ行くか!」
「おう。」
俺は優を連れて教室から出る。これからはいつもの学校生活のようにおふざけをしながらと言うにはいかないらしい。真面目に生き抜く為に、助け合って頑張り続けなくてはならない。
今までのような余裕はない。使えるものは全て使って、それでいて俺らの筋を通した楽しい生き方をしなくてはならない。
少し気張ろうと頬を叩いて、本館に向かうことにした。