鬱陶しいのは面倒くさい
「タングデイル侯爵令嬢、今まで叶わない、諦めようとしておりました私と、どうか一曲踊っていただけないか?」
「いやいや、私こそ。一目見た時から、あなたの虜です。どうか私と・・・」
「カトリーナ嬢、こちらは当家で扱っているワインで大変貴重な・・・」
等々、ホールに戻った途端、やれダンスだの、会話だのと纏わりつかれる。向こうから来られる時点で、引いてしまうので、興味が湧かないし、面倒くさい。
他の令嬢と話した方が楽しそうなのに、鬱陶しい。
こう言っては難だが、建国当時まで系譜を遡れる名門侯爵家に生まれ、幼い時に母を亡くしたため父侯爵や使用人から蝶よ花よと褒めそやされ何不自由なく育てられたのだ。
その辺の、上っ面の話など心も動かなければ、詰まらなすぎて反吐が出そう。「そうですわね~」と適当にいなしながら、逃げ道を考える。シシィに約束してしまったから、会場に居ないと…テラスぐらいなら大丈夫かしら。
とにかく、囲われないよう、壁か何かを背にしたい。
「皆様の厚い御気持ちに酔ってしまいそうなので、ちょっと外へ出てきますね。」
誰からも手を取られないようにしながら、颯爽とテラス口へ向かう。あと一歩でドア、という所で、後ろから腕だかドレスだかを引っ張られて、危うく転びそうになる。
「きゃぁ!」
引っ張った誰かの胸に飛び込むなんて、絶対嫌!
無理やり前のめりに倒れ込み、ちょうど置いてあったソファーの背に手をかけた。前かがみになったものの、なんとか転ばずに済んだ。ホッとしたのも束の間、ソファーが動き、手を取られる。
「どうかなさいましたか?カトリーナさん。」
ソファーだと思った物は人の背で、驚いた顔でソファー、いや身を屈めていたヨハン ウィンスラルグ伯爵子息が、立ち上がり振り向きながら聞いた。
「あらっ?ヨハン、こんばんは。急によろけてしまって、ゴメンナサイ。」
「いえ、私は大丈夫です。どちらかに行かれるのですか?」
鋭い眼光で私の後ろを睨み付けながら、そのまま手をひかれ彼の背に回される。学園の図書委員で一緒になった事があるヨハンは、二つ年下だが、背が高く少々小太りなので、五月蝿い紳士どもからスッカリ隠された。
「いえ、ちょっと、外へね・・・」
背中に向かって、ゴニョゴニョと言いながら、フフフと笑う。屈んでいたとは言え、ソファーと間違えてしまうなんて。
「ちょうど僕も外に行くところなので、ご一緒させて戴けますね?」
顔だけ振り向き、ヨハンが笑いかける。透き通るような碧い瞳が、向けられ、ドキッとしてしまい、言葉に詰まる。
「タングデイル侯爵令嬢が困っておられるでは無いか、放したまえ。」
「お前のような形のやつが、失礼だろ。」
よほど、お前の方が失礼だ、引っ張ったのもこいつか?!と思い、ヨハンの横に出ようとしたら、手で制された。
「どちらが失礼なのでしょう。令嬢は外へ行くとおっしゃっているのに追いかけまわして、なにをされたのですか?」
吐き捨てるように言ったかと思ったら、振り向いたヨハンにエスコートされ、そのままテラスに連れ出された。
「何から何まで、ありがとう、ヨハン。おかげで助かったわ。」
「いえ、大変そうですね。御怪我が無ければ何よりです。ここまで来れば彼らも追って来ないと思いますよ。では。」
そう言いながら、ヨハンは踵を返して行こうとする。
「えっ、1人で置いて行くの?!」
今まで、そんなことはされた事が無い。テラスに連れ出しといて、1人ぼっちとか、無くない?!
「えっと、僕と居るのは、カトリーナさんにとっても、あまり良くないと思いますので・・・。」
「も?!ってことは、ヨハンにとっては迷惑だったのね。
そうよね、巻き込んでしまってゴメンなさい。」
ついつい一緒に居てくれると思ってしまった。たまたま間違えて肩を押され、エセ紳士共に酷い事を言われ、なんてとばっちりを受けさせてしまったのか。反省。
…ゆっくり外から、目ぼしい人でも探してみよう。
と気を取り直したら、横でヨハンが、手と頭を振っていた。
「いえいえ、迷惑だなんて、とんでもない。カトリーナさんのお役に立ったなら、私は幸運でした。しかし、これ以上、横に居て、あらぬ疑いをかけられたら貴女に迷惑がかかってしまいます。」
「そう? そんなことは無いと思うケド、あなたに任せるわ。今日は、ありがとう。」
3話完結出来ないかもしれません。
お付き合いいただけると嬉しいです。