親友の婚約披露宴
王宮のホールは、ひときわ豪奢に飾られていた。
普段から磨かれているだろうシャンデリアが煌めき、
会場内には花が飾られ、楽団がお祝いの曲を優雅に奏でる。
檀上では、既に挨拶を終えた国王ご一家が、訪れる賓客と談笑している。
檀上にほど近いそでの壁近くで、カトリーナは、
口元を扇で隠しつつ、盛大な溜息をもらした。
もう何度、同じ話を聞いたやら。侍女たちが美しく
セットしてくれた栗色の髪をグシャグシャにしてしまいたいくらい、イライラしている。周囲から見えているだろうダークブロンドの目だけで微笑む。
せっかく、親友の婚約披露会だと言うのに、こんな気分にならなければならないのか。
「皆様、私のような者に御声掛け下さり、ありがとうございます。私も挨拶へ参りますので、失礼いたしますね。」
わらわらと纏わりつく、どこぞの子息たちを押しの
け、檀上に居る親友へ近づく。
彼女、エリザベート ウォーキン公爵令嬢は、
今日の王太子婚約披露会の主役だ。幸せだけど、
挨拶ばかりでさぞ御疲れに違いない。さっきから、
からかいたくて仕方がなかった。それなのに
終ぞフリーの身となった自分の方に火の粉が
掃けずにいた。
「あぁカトリーナ、堅い挨拶は良いよ。こちらに来て、彼女と楽しい話でもしてくれないかい?」
壇上に近づくと、私に気づいた王太子殿下が
優雅な物腰で金髪をなびかせ振り向き言う。
困ったように首をかしげながらも、蒼く魅惑的な光りを纏う眼を細め柔らかく微笑んでいる横で、
やはり口元を扇で隠していた婚約者のシシィは、ツンとそっぽを向く。
その金髪も、サファイアのような瞳も台無しだ。
こんな目出度い日に、何を拗ねる事があるのか。
「あら、王太子殿下は何にお困りなのかしら。
私の方が幸せな気分に浸っておりますのに。」
わざ目を丸くして仰々しく尋ねる。
シシィは、小さな頃から比較され続けたライバル
であり、誰よりもお互いが理解できている幼馴染だ。
きっと私の惨状を見つけ、自己嫌悪でもしている
のだろう。今日一番幸せな令嬢なのだから、
カルロス殿下の隣で微笑んでいればいいのに、
難儀な子。
「さっき急に、こうなってしまって、こういう時はどうしたら良いのだろうか。」
「では、一度、退出させて下さいませ。エリザベート様、私は、休憩室に参りますね。」
カルロス殿下が頷いたので、礼をして下がった。
廊下で控える衛兵に、王太子殿下の休憩室へ
案内戴く。シシィとの仲は誰もが知っているので、
疑いなく通してもらったが、王族の護衛として
如何なの?
少ししたら、シシィが泣きそうな顔で入ってきた。
「キャシー、私、こんなことっ、思ってなくて。もう檀上で見ていられない!」
「見なきゃ良いのよ。幸せ噛みしめて、カルロス殿下だけ見てなさい。」
「そんなこと、できない!! だって貴女、困ってるものっ。」
そう言いながら、座っていた私に飛び込んできた。
なんて可愛らしい子。頭を撫でながら、肩に手を
やり体を起こす。
「しょうがないわよ。周りから対抗馬と思われていたのだから。 ほら、せっかく綺麗な御髪が崩れてしまうわよ。」
「綺麗なのは、髪だけではないわ。」
「はいはい、その通りですわ、エリザベート様。ドレスも素敵だし、何より貴女が大変綺麗でございます。カルロス殿下は果報者ですね。」
ボソッとへらず口を叩いて、落ち着いたようだ。
傍目には、王太子の婚約者候補を争っていた私達。
今日、私の周囲が五月蝿いのも、それが理由だ。
王太子妃候補だったほどの令嬢で、名門侯爵家の
唯一の後継者。
殿方は、私を射止めることに躍起にもなるだろう、
と思わず達観してしまう。
「キャシー、大丈夫?あなたが大変な目にあっているのに、私は何も出来ない、って気づいてしまったの。」
「シシィ、何度も言うケド、今日は貴女と殿下が主役なのだから、私の事など放っておいて良いのよ。寧ろ、今、一人にされている殿下が御気の毒でならない。」
カルロス殿下とシシィは、もう何年も前から
御互いしか目に入らぬ、相思相愛の仲だ。
結婚しても仲睦まじい夫婦になるだろう。
元からシシィの気持ちを知っていたし、
殿下が好みではない私にとっては、願ったり
叶ったりの話なのだ。
「今日は、もう帰ってしまうの?」
「貴女達が退出するまでは居るわよ!ちゃんと見守ってあげるから、寂しくないでしょ。」
笑顔でウィンクして安心させる。公爵令嬢で、
毅然としているように見えて、実は気の弱い親友を
置いては帰れない。
私の惨状と、自分の気持ちに板挟まれるのか、
ウルウルしながら両手を握って「でも」と呟く。
「私は、晴れて、自分のしたいように振る舞えるようになったのだから、安心して。どうしても心配だというなら、今日中に御相手を決めてあげる。」
これまでは、妃殿下候補として見られていたので、
滅多な事は出来なかった。せっかく開放されたの
だから、本当、放っといて欲しいのだけど。
この親友は、世話焼きだから心配で堪らないのだ。
「そうしてくれれば、私も嬉しい!誰か良い方が居ると良いわね。もう御目当て位はいらっしゃるの?」
「・・・無いわね。居たら、端から連れているわよ。」
丁度その時、ドアのノックが部屋に響く。長い事、
下がっていたせいか、殿下が迎えにいらっしゃった。
「今日は、もう下がるかい? 晩餐会の華達が居なくなって、会場は光を失ったように沈んでいるよ。」
「「プっ」」
2人で同時に吹き出す。殿下は、ますます困った
ように眉根を寄せて見せた。
「カール、そんな事を言っても戻りたくはなりません。私、この国の紳士の方々に失望したのですから。」
「そう言わないで私の傍にいてくれ。カトリーナが魅力的だから、若い者たちは必死なんだよ。今日くらい、勘弁してやって欲しい。」
「殿下・・・今日だから許せないのですよ。」
殿下は、「そうなのか」とおどけて見せるので、私は益々、笑いが込み上げてしまった。
「シシィ、大事な方が迎えにいらしたのだし、もう戻りましょう。私も、御相手探さないといけないし。」
「カトリーヌの相手なら、いくらでもいるだろう。誰か呼び出そうか?」
「あら、それでは楽しくないわね。自分で見つける所が良いのだから!では、私は先に失礼させて戴きますね!」
せっかく2人になれるのだから、私は先に戻った。
お付き合い下さり、ありがとうございました。