〜冴えない内科医の心to患者の心〜
【前書き】
この小説は、僕自身をモデルにし、内科医という職業に当てはめ書いてみた小説です。
書き始めた理由は....何か違う趣味を見つけようと思って、書いた殴り書きからはじまっています。
一応、医療関係の知識面については、間違いが無いようにしておりますが、病気や薬については、かかりつけ医にご相談ください。
(当然内容はFictionです)
【1 ピットフォール】
*いつもの朝*
朝の6時。
藤高淳一は目覚まし時計のけたたましいアラーム音により、目を覚ました。
藤高淳一は、34歳、医師暦10年目、人口20万人の市の総合病院である「県立湖畔病院」に勤務する内科医である。読んで字のごとく湖の近くに立つ病院。
基本的に、免疫やアレルギーが専門なのだが、普段診療する上では専門は何だといったこととはまったくといっていいほど関係なく、基本的に自分に診察依頼をしてきた患者はまずは1度診て自分が診るのか他科に紹介するか決めるのが得意でもある。
彼の風貌は黒縁の眼鏡にやや無造作に七三わけになっている頭髪、ぱっとしない顔立ちとまったく冴えない。
また、周囲の人間に「神経質そうだ」という印象を与えることも少なくない。
考えていることもぼんやりしていることが時たまある。
彼は妻子なし、所謂「彼女いない暦」は34年。この風貌とぱっとしない性格で自分に寄り付いてくる女性はよっぽどの物好きだと藤高は考えている。
藤高は「また今日も一日が始まったか」と面白くなさそうに呟きベッドから起き、居間のテレビの電源をリモコンで入れ、菓子パンを食べながら朝のニュース番組を見るというより眺める。
菓子パンを食べ終わった藤高は歯を磨き、顔を洗い、髭を剃り、着替える。いつもどおりに毎日ワンパターン化している身支度を済ませる。
時計を見ると6時45分。藤高は家を出て、歩いて病院へと向かう。
藤高は人ごみがどちらかと言えば苦手なので朝の人ごみの中を不快そうに進む。
どうでも良いことだが、彼が朝の人ごみにまぎれれば、どこにでもいるサラリーマンに見える。
午前7時前、病院に到着する。
藤高は医局に入り白衣を羽織ると、自分の机に向かい、パソコンを立ち上げ、電子カルテシステムにログオンする。
画面に「予約患者一覧」が表示される。朝の8時半から午後2時まで、50人の予約が入っている。
しかし、予約患者数で憂鬱になっている暇は無い。
そろそろ入院患者たちが起床し、検温や血圧測定、採血などを行う時間なのだ。
藤高はボーっとしながらエレベーターに乗り、6階の内科病棟に移動する。
藤高は一通り内科病棟の入院患者たちの部屋に顔を出し、朝の回診を行う。
気になる訴えや所見がある患者については彼のポケットに入っているメモ帳に記載し、後ほどカルテに記入する。
今朝は、特に熱発などの気になる症状を呈している患者は居ない。
ただ、6階の2人部屋に昨日より糖尿病で教育入院している「岡 隆弘」という男性が、不眠を訴えている。
藤高は話を少し詳しく聞き、
「昨日入院してきたばっかりですし、環境に不慣れなんでしょう。ちょっとの間お薬を処方してみますね?」
と軽く説明をする。本当に軽くしか説明をしないのだが、実は藤高自身不眠持ちで、夜寝るべき時間に眠れないことの辛さはよく分かっているつもりなのである。
病室を出て詰め所で岡に対し「レンドルミンD錠 1T 眠前」の処方をする。
(※レンドルミンD錠 短時間作用型の睡眠導入剤の口腔内崩壊錠)
*外来*
その日の外来は、新患が多く待合室が人でごったがえっていた。
藤高は予約患者の診察を順々に行う。
藤高の患者からの評判はまちまちである。
理由としては、診察では基本的に言うことは言うが、間にワンクッション置いて間接的にものを言うことが多いので、歯に衣着せぬ性格の患者には受けが良くない。
ただ、藤高のように直球でものを言ってこない医者が合う患者も居ることは確かである。
藤高は別に患者からの評判は気にしない。
「人それぞれ合う医者も合わない医者も居ても構わないではないか。万人に対し良い医者など居ない。」
というのが藤高の考えなのだ。
*不眠の悪化*
5日後の朝の回診。
先日不眠を訴えていた岡が、
「先生、まだ夜眠れないのでもう少しお薬、増やしていただけますかね?」
と藤高に訴えた。
しかし、レンドルミンは不眠に用いる場合、0.25mg、つまり先日処方した1日1錠の量が限度なのだ。
(麻酔の前処置の場合は2錠まで増やせる)
藤高は、
「岡さん、レンドルミンはですね、あれ以上増やせないんです。ちょっとぐっすり眠れないようですのでお薬2種類ばかり追加してみますね。」
と、岡に対しアタラックスPとソラナックス(両者とも安定剤の類)を処方する。
そして、
「糖尿病はうつ病を併発しやすいのであまり不眠が続くようでしたら精神科の先生の診察を一度受けていただきます。」
と付け加える。
*隠された病歴*
藤高の受け持ちである岡が教育入院してから2週間、インスリンの自己注射や血糖値の自己測定にも慣れてきている上に、食事交換表などを用いた自己管理にも真面目に取り組んでいるので退院させることを考えていた。
そんなある日の夜。
藤高は当直が無く、これと言って用事もないので家でボーっとしていた。
「我ながら、本当にぼーっとすることが多いな。」と藤高は呟くと苦笑いし、テレビのリモコンを手に取り電源を入れ、面白くもないバラエティー番組を眺める。
すると、彼の服の胸ポケットに入っている携帯電話が鳴り、同時に震える。
藤高はおもむろに胸ポケットから携帯電話を取り出し2つ折りの携帯電話を開く。
画面には、「湖畔病院」と表示される。夜間に病院から電話があると言えば患者の状態が思わしくないことがほとんどである。
彼は急いで通話ボタンを押し、「はい、もしもし、内科の藤高です、どうしました?」と答える。
電話をかけてきたのは病棟の当直看護師である。
看護師は、「あの、岡さんが手持ちの薬を全部飲んで今意識が無いんです。救外の先生にとりあえず処置してもらってるんですが...」
藤高は「そら、手持ちの薬の中には眠剤も安定剤も入っているので意識が無いのは当たり前だろう」と思いながらも、
「手持ちの薬飲んだって、グルコバイ(血糖降下剤)はともかく眠剤も安定剤もそんなにいっぱいは処方してないけど...。ま、今からすぐに向かいます、救外の先生も分かってるだろうからもうやってるかもしれないけど念のためブドウ糖の注射するように言っといて。」と言い、電話を切ると急いで上着を羽織り、支度をして病院に向かう。
藤高は病院に到着すると玄関から救急外来に向かって走り、救急外来に到着すると防護衣を着用し処置室に入る。
今日の当直はシニアレジデントの中村だ。中村はおろおろとルート確保をし、ブドウ糖の注射を行う。
上級医と看護師があれやこれやと飲んだ薬の内容を確認している。
藤高は中村に向かって、「何や、いまごろルート確保してブドウ糖入れてるんか!糖尿病の患者が手持ちの薬全部飲んだ言うたら血糖降下剤も一緒に飲んだことぐらい予想できだろ!まぁ良いわ、デキスター持って来て血糖値計れ、それから胃洗浄するぞ、手伝え!」と指示を出す。
中村がデキスターを持ってきて患者の耳たぶに穿刺器具を使って針を刺し、血糖値を測定する。
10秒後、デキスターがピッと音を立て、画面には「Low」の文字が表示される。「Low」とはつまり、血糖値が低すぎてこの機械では測れないという意味だ。
藤高は「低血糖性昏睡だ、もう1管ブドウ糖入れよう、血糖値なんて多少あげすぎても後からいくらでも下げられる!」と言い、患者の体の右側を下に横向きにさせ、カテーテルを患者の口から挿入し胃洗浄を始める。
胃からまだ消化されきっていない錠剤がいくつも出てくる。
(ピットフォール(2/2)へ続く。)
この小説は、僕自身をモデルにし、内科医という職業に当てはめ書いてみた小説です。
書き始めた理由は....何か違う趣味を見つけようと思って、書いた殴り書きからはじまっています。
一応、医療関係の知識面については、間違いが無いようにしておりますが、病気や薬については、かかりつけ医にご相談ください。
(当然内容はFictionです)