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番外編:おどれバレンタイン!

番外編、バレンタイン話です。


「お嬢様ー!おじょうっーさーまーっ!!」


 歌う、というよりもオペラでも演じているかのように激しく体をうねらせながら、けたたましく音階をつけてメリズローサを呼びたてるのは、彼女の専属侍女のカリンである。


「なんなの、カリン。殿下の前よ、控えなさい」


 そう言ってカリンを窘めるのは、このバズウェルド王国の王太子の愛を一身に受ける、若き花嫁、王太子妃のメリズローサ。


「いや、もういいから。ほっとこう。それより、ね?メリー」


 メリズローサの肩を抱き、今まさにその彼女の唇にキスをしようとしていたアルヴィン王太子殿下は、今更カリンの奇行は意に介さない。


「あ!殿下もみっけ!執務室でボーダリー様が探してましたよ。また逃げてきましたね」


「逃げてない。メリーを愛でに来ただけだ」


 堂々と情けないことを言い切る姿は逆に清々しい。


 アルヴィン王太子殿下は、見た目だけなら王国一の美少年だし、王太子としての政務も立派にこなす。けれどもメリズローサが絡んだ時だけは何故だかどうしようもなくわがままになってしまう。


「もうれっきとした奥さんなんだから、好きに愛でればいいんですけど、時と場合を選びましょうよー」


 全くの正論だが、カリンに言われるのだけは腹が立つ。本来なら今彼女は、侍女長による「王太子妃付侍女のあるべき姿と取るべき行動」なる特別講義を受けている時間のはずだ。

 だがそれを指摘する間も無く、あっという間にスイープされ殿下は部屋から追い出された。

 この辺りは流石殿下の扱いに慣れているといったところだろうか、いやどちらかというとギリギリ不敬罪に当たりそうなことでも平気でやってのけてしまうカリンの傍若無人さの勝利だろう。


「ともかく、お嬢様に話があるんで、殿下はあっちに行っててください。おーい、殿下こっちですよー!ここでさぼってまーす!」


 バリバリの不敬罪だった。


「あっ、このっ!カリン、お前鍵かけんな!」

「いーやーでーすー。お嬢様と内緒話するんですー」


 なんともお子様なやり取りをする二人に、頭を抱えるメリズローサであった。






 どうやら殿下がとうとう執務長のボーダリーに連行されたらしく、部屋の外がだいぶ静かになったようだ。


「……カリン、あなたねえ」


 アルヴィン殿下と結婚の儀を済ませて三か月、正直朝から晩までいちゃいちゃして可愛がりたいのはメリズローサも殿下と同意見だった。

 なのに、白の離宮を出てからというもの、昼間の殿下は執務だの公務だので中々思うように会うことが出来ない。だからこそ、ようやくタイミングを見つけての逢瀬だというのに、きっちり邪魔をしてくれて、なんとか一言いってやらないと気が済まないと、口を開いたタイミングでずぼんっと中に何かを突っ込まれた。


「お嬢様、まずは一口どうぞ」


 ここに侍女長がいたら間違いなく引っぱたかれるような行為をさらっとするカリン。王太子妃に毒味も無しで物を食べさせるとかありえないわと思いつつも、ついいつもの癖でもぐもぐと咀嚼してしまうメリズローサも大概だ。


「あら、チョコレートね」


 しっかりとした甘みに、ほろ苦さの加わった、とても上品なチョコレートの味が口の中に広がっていった。


「はい。チョコレートなんです」


 ドンっと目の前に出された箱に書いてある文字は、カリンお気に入りのガチュールではなく全く見たことのない店名のものだった。


「ル・ボリー?初めて聞くわね。ガチュールじゃないの?」


「あ、ガチュールは店主が店員の若いお姉ちゃんと浮気して駆け落ちしたんで去年潰れたらしいっすよ」


 その後の転落ストーリー、教えましょうか?とチョコレートをぼりぼり食べながら聞いてきたが、勘弁してほしい。恐るべし女神ハンナサクーニャの祝福。


「……えーと、それでなんで急にチョコレートなの?」

「ああ、やっぱり知らなかったんですね、お嬢様は」

「は?」

「実はですね……」


 どうも私たちが白の離宮に籠もっている間に、遠い東方の国から伝わったという、チョコレートを添えて女性から好きな人に告白するというイベントがあるようだった。それがまたここ数年で爆発的に流行りだしたらしい。


 女神ハンナサクーニャ的にそれはどうなの?という感じだが、結婚とは切り離してもいいじゃないという進歩的な女性たちにも大うけだそうだ。


「知らない間に随分と変わったものが流行りだしたのね」


 16年ってやっぱり長いわとしみじみ感じいっていると、カリンはあっさりと言い放つ。


「いいんじゃないんですか?別に恋人に限らなくったって」



 好きな人なら旦那様にあげたって、いいと思いますよ。



 そう、ニヤつきながらメリズローサを眺めみた。


 なる程、カリンはこれが言いたかったのか、と納得した。


「バレンタインって言うんですってよ、そのイベント。それで、その日がなんと、明日の2月14日だそうです」

「あら、本当にもうすぐじゃないの」

「そうなんですよー。だからね、お嬢様。明日一緒にチョコレート買いに行きましょうよー、殿下に内緒で!」


 どうして内緒にしないといけないのかと首を捻る。


「びっくりさせましょう。どうせ殿下はお嬢様がこのイベントのこと知らないと思ってるんですから」

「まあ、それはそうよね。なにせ16年分の情報が無いわけだし」

「そこにバレンタインチョコレートをババーンと出せば、愛が深まっちゃいますよ。ラブラブ間違いなしです」


 いや、そんなもんなくても充分ラブラブなのだが、びっくりさせてみたいという気持ちはわかる。

 あの、切れ長になった美しい瞳を、くりっと大きくして、頬を紅潮させながらびっくりとする可愛らしい姿。

 ううーん、想像するだけでもキュンキュンする。ヤバい、見たい!


 それに、愛は何回伝えても伝えきれないくらい山ほどあるのだ。


「でも、どこへ買いに行くつもり?ガチュールは潰れちゃったんでしょ?」


 フフフフ。と、不適に笑う姿が妙に嫌らしい。


「そこで、ここです。ル・ボリー!」


 ああ、そこに繋がるのか。


「ここはですねー、去年初めてなんと着色料なしで、ピンク色のチョコレートを作ったという、超超人気店なんですよ!」


 ドヤぁと、いう顔を見せるが、別にカリンの成果ではない。


「そして、このピンクチョコレートを贈ると、素晴らしい愛が芽生えるらしいんです」

「それは眉唾ものねえ。商戦に踊らされてない?」


「そんなことないですって。現にガチュールの店主と店員の愛が芽生えたんですよ!」


「そいつらかよっ!」


 それダメなヤツじゃん。一番ダメな例を上げて、何をしたいのかわからないが、どうしてもここのピンクチョコレートが欲しいらしいカリンは、行きましょー、行きましょーとうるさくて仕方がない。

 まあ別に殿下との愛がさらに芽生えて花壇いっぱい山いっぱいになってもそれは望むところなので問題ない。

 ただ…… 


「そんなに人気なら、あっという間に売り切れてしまうんじゃないの?」

「ですねえ。開店前から相当な人数が並んでるらしいですわ」


 だとしたら無理だろう。流石に王太子妃が一般人と一緒になっては並べない。



「いいじゃないですか、王族専用の馬車駆り出して王太子妃のおなりーってやりましょう」


 そしたら、一発で買えますよ。待ち時間なしです!


 うひうひっと笑う姿が本当にゲスい。



「カリン、あんた本当にゲスの極みね」


「乙女。の可愛いらしい願いじゃないっすか。ウフッ!」



 ちょっとなに言ってるかわからない。

 わからないのだが、結局次の日にピンクチョコレートを一緒に買いに行く約束をさせられた。






「寒いっす!」

「我慢しなさいよ、ピンクチョコレートの為でしょう?」


 ベッドで巻き付いてくる殿下を頑張って騙くらかして、朝早い時間から並んでいるというのに、順番的にはかなり後ろの方らしい。店の入り口はぱっと見みえない。

 流石はバレンタイン当日だ。今日を逃しては、という気持ちが溢れ出て、並んでいる皆の瞳が怖いくらいにランランと輝いている。


「なんでっ、馬車でっ、こなかったんですかっ、ぶぇっくしっ!」

「いや、来たでしょ。ちょっと遠くで降りただけじゃない」

「店の目の前で降りなきゃ意味ないじゃないですか。それとも今から私が手を引いて行きましょうか?王太子妃のおなーげふっ、ぶっ!」


 おほほほほ。やかましくして、ごめんなさいねー。周りにそう謝りながら、カリンの口を塞ぐ。そうして、耳を引っ張ってこっそりと囁いた。


「ちょ、そんな大げさにしたらバレるじゃないの。せっかく変装してきたのに」

「ふこご、べんごぶぶるごごぼびんばばびべぼー」

「やかましい。殿下を驚かすためなんだからいいの。それよりあんたこそ恋人にあげるんでしょうに。あら、でも今さら愛を育まなくてもいいんじゃないの?」

「いつの話をしてるんですか、私はもう新しい愛に生きてるんです」


 ……あれ?たった二月前の話だったと思ったのだけれど違ったのかしら。


「彼ねえ西の国境近くに赴任しちゃったんですよねー。一緒に付いていこうかとも思ったんですけど……」


 珍しくしみじみとした、奥歯に物が挟まったような言い方だ。もしやこれは、メリズローサを選んで残ってくれたのだろうか?なんだか胸の奥からじわりと温かいものが溢れ出そうになってきた。


「頼むから付いてきてくれるなって土下座して断られちゃったんですよ。アハーハ」


 溢れ出なかった。


「そんな訳で、今の狙いは執務室のビーバリオ様です。絶対に落としますから協力お願いしますね、お嬢様」


 未来の執務長って噂されてる彼かー……あんまり優秀すぎる人材が潰されてもアレなので、どうしようかなとメリズローサが考えているところに、開店の合図がかかったらしい。


 どっと、凄い勢いで列が動き出した。女の集団がスカートを持ち上げて走り出すのは中々見ごたえがある。あっという間に大きなガラス張りの店の入り口までたどり着いたのだが、人人人の山だ。絶壁の岩だ。


「ちょっと、これ無理よ。入れないでしょう、カリン」


 そう、カリンに声をかければ、彼女はもうとっくにその岩に張り付いていた。


「私がー、お嬢様のー、分までー、頑張ってきますねーっ!」


 本能のまま動くカリンだが、一応はメリズローサのことも気にかけているらしい。

 じゃあ、まかせたと、メリズローサは店の入り口から一歩離れたところで待つことにしたが、店には次から次へと人が集まりだし、彼女をどんどんと隅に追いやる。

 ついにはドンっと、誰かの大きなお尻に弾き飛ばされ、思わずひっくり返りそうになった。


 あ、ヤバい。そう思ったところで、ふわりと体が浮いたのが分かった。



「よかった、メリー。ケガは無い?」


「……アル、何故ここに?」



 間に合ってよかったと安堵するその金髪の美少年は、いつもの王太子殿下のスタイルとは違い、品の良い貴族子弟といった風合いだ。まあ一際目立つ美しさのため、あまり変装の意味はなさそうだが。

 そんな彼がほんの少し拗ねたような顔をして、メリズローサに語りかける。


「だって、今朝はあんまりにもメリーがそっけないし、急に朝から出かけだすし、もしかして僕のことが嫌になっちゃったんじゃないかって心配になったから……」


 うおおおお。アルヴィン殿下が可愛すぎて、私を殺しにかかってるぅうう!思わずそう叫びそうになるメリズローサだったが、なんとか思いとどまって優しく彼に答える。


「そんなこと絶対にありえませんわ。その……アルにバレンタインチョコレートを用意して、びっくりさせようと思いましたの」


 頬を少し赤らめて、ふふふ、と笑いかければ、殿下は感激のあまりぎゅっと力を込めてメリズローサを抱擁する。


「ああ、僕のメリー……愛してるよ。君のためなら国中のチョコレートを集めて贈ろう」


「私もよ、アル。でも、そんなにいりませんわ。一粒でよろしいの」


「どうして?僕の可愛い人」


 うっとりとした顔で殿下がメリズローサを見つめると、彼女はその艶やかな唇を殿下の耳元へ運びそっと囁いた。

 その答えを聞いたアルヴィン殿下は、もう居ても立っても居られないとばかりにメリズローサを抱き上げて馬車に乗せてしまう。


 メリズローサは、何か忘れてるような気もしたが、まあいいかとなすがままとなり、二人馬車の中でいちゃいちゃしながら王宮への帰途についた。






「ちょっと、お嬢様!なんで、勝手に帰っちゃうんですかっ!?」


 あ、忘れ物!

 殿下とその流れのまま、自室にてラブラブモード全開で語らいあっていた所に、カリンが息せき切って怒鳴りこんできた。


「歩いて帰ってきたんですからねっ!王宮まで、徒歩で、折角ピンクチョコレート買ってきたのにっ!」


 おおお、あれで買えたのか、すごいなカリンと感動する。


「ごめんなさいね、その……殿下が迎えに来ちゃったものだから」

「悪いな、カリン」


 二人で素直に謝ることにした。すると意外にも口を尖らす程度で仕方がないなあと許してくれるが、こういう時は後が怖い。まあその時はその時だ。


「でも、結局二粒しか買えなかったんですけれどね。はい、お嬢様。殿下と二人でお食べください」


 一粒ずつ可愛らしくラッピングされたものを二箱、ぽんっと投げ渡された。こういうところは気が利きすぎるほど利く侍女なのだ。渡し方はともかくとして。


「あら、一つで十分よ。あとはカリンが使いなさい」


 そう言って、一箱カリンの手に返せば、いいんですか?と聞いてくる。


「もちろんよ、あなたが頑張って買ってきたんじゃないの」

 

 それに私たちは一粒でいいのよと、殿下と顔を見合わせる。


『一粒を、一緒にお口で味わいましょう』


 そう言った時の殿下の顔ときたら、それはもう嬉しそうで可愛くて……

 今も、期待に満ち溢れている殿下の顔が素晴らしく輝いている。


「そういう訳だから、早く持ってけ。誰に渡すか知らんが、今度は辺境送りにするなよ」


 わーいわーい!と飛び跳ねるカリンに、しっしと追い払うように手を振る。なんだか辺境送りとか不穏なセリフが聞こえたような気がするけど、なかったことにしましょう。ビーバリオ様に幸あれ!



 カリンがバレンタインチョコレートを渡しに行ったのを確認して、殿下が部屋の鍵をがっちりと掛けた。

 そうしてソファに座るメリズローサの横にぴったりとくっつく。


「メリー……」


 いつもの甘い声が擦れるこの瞬間がとても好きだわ。


「アル、好きよ。一生好き」


 こんなふうに自分から愛を語れるなら、イベントに踊らされるのもたまにはいいわね。

 

 そう思いながら、メリズローサはピンクチョコレートを自分の口に含み、殿下の唇とあわせて二人で仲良くその味を楽しんだ。



ハッピー・バレンタイン!!


ルビーチョコレートのニュースを見ていたら、急にカリンが「チョコレート買いに行きましょー」と騒ぎ出したので、突発的に書いてみました。


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