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後編


「もうしたくない!」


 もうすぐこの離宮へ来て8ヶ月になろうというある日、白の離宮の門扉まで殿下を迎えに行き、いつもの通りにキスをと、しようとしたところで拒否されてしまった。


「で、殿下?」

「もう、……キスなんてしたくないっ!」


 そう叫んで、脱兎のごとく逃げて行く。もう立派に少年と呼んでも差し支えないほど大きくなった殿下の足は速い。金色に輝くその髪を見送り、メリズローサは、とうとうその日が来てしまったのかと呆然とその場に立ち尽くしてしまった。


「うっ……う、う、うっ……殿下ぁ……」

「ちょ、何枚ハンカチ汚すんですかぁ。もう」

「だって、殿下に……殿下に拒否っ、ひっぐ、……うわぁああん」


 なんとなく前触れはあったのだ。ここ数日、キスしようとすると顔をそむけがちにする殿下の表情を思い出す。


「あの、まだまだ可愛らしいお顔がっ、美しく流れるような眉をしかめてっ、苦しそうに大きな目元にぎゅっと力いれてっ、息苦しそうに息とめてっ、う……白い肌を真っ赤に染めて……嫌がってたんだもんーっ!」


「え、惚気てんの?」


 拒否られたと言ってるのに、カリンは何バカなことを言ってるのだろうと思いつつ、あまりのショックにメリズローサはその日1日を泣いて過ごし、腫れ上がった目をみせたくないと、次の日は離宮内に籠ってしまった。



「この世の終わりみたいな顔してましたよ。ドラゲナイ殿下」


「嘘よ。私は嫌われたんだから。って、アルヴィン殿下よ!なによ、ドラゲナイって」


 離宮に来て初めて殿下との逢瀬を断り、カリンにその旨を伝えてもらいにいった。帰ってきたカリンは、貰ってきただろうお菓子をぼりぼり食べながら、殿下の様子をメリズローサに伝える。


「思春期特有のアレっすよ。あんま気にしなくていいですから。明日はちゃんと行きましょうね、殿下待ってますよ」

「やだ。待ってないもん」


 やばっ、こっちのほうが遅れてきた反抗期だわ。などと、呟かれた。



「やーだ、やだ!いーかーなーいーのっ!!」

「行きましょうって!ほら、ガチュールのチョコレート菓子もありますから」

「いやなんで今日の差し入れのお菓子知ってんのよ」


「お嬢様の身柄と引き換えに取引しましたっ!」


「裏切り者ーっ!!」


 次の日、カリンにずりずりと引きずられ離宮の門へと連れて行かれる。本当に足をずりずり引きずって。

 普通のお嬢様と侍女なら有り得ない光景だが、買収済みの彼女なら当たり前の行動だ。


「メリー、メリー、メリズローサ。来てくれたのか?」


 正確には、引きずり連れてこられただが。

 少し掠れたようなアルヴィン殿下の声で名前を呼ばれて、メリズローサはドキリとする。


「殿下ぁ、チョコレート下さーい」


 殿下は持ってきたチョコレートを、箱ごと離宮内に思いっきりぶん投げ入れ、その勢いでメリズローサへ抱きついた。


「メリー、ごめん。あの、僕……なんだか、急に恥ずかしくなってきて……本当は、嫌じゃないんだ。あの、だから、また……会って、欲しい」


 一生懸命説明しようとする姿がいじらしい。少しばかり大きくて生意気になったからといっても、やはり可愛くて仕方がない私のアルヴィン殿下だ。そう思いながらメリズローサは、いつの間にかふわふわから、しっとりとし出した殿下の美しく光る金髪を梳き、胸にぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫ですよ、殿下。お気持ちはわかっておりますから」

「本当に?」

「ええ、勿論です。少しお痩せになりましたか?あちらでチョコレートとお茶をいただきましょう」


 そう言って、今までよりもほんの少し長めのキスをした。






 思春期特有のアレ事件から、段々とアルヴィン殿下が白い離宮で過ごす時間が増えていったのは間違いない。


「全然休む時間がないです。労働環境の改善を訴えます」


 などとカリンがほざいているからだ。

 そもそも改善がいるほど働いてはいないのだが、離宮へ来てからの自由気ままな生活が身についてしまっているからゆえの戯言だろう。

 そんなことはどうでもいい。殿下がゆっくりとくつろいでお喋りをしていってくれるのはメリズローサにはむしろ大歓迎の事柄だ。


 ただ、問題は一つある。それは――


「っ、はぁ……で、殿下……」

「……ん、ん。……何、メリー?」


 キスが、長いっ!


 あれからというもの、キスする時間がどんどん長くなっていったのも間違いない。

 最初のうちは、恥じらいながら唇を、んーっとくっつけているだけだったものが、今では角度を変えては何度も何度も啄んでくるようになってきてしまった。

 可愛い殿下のすることだからと好きにさせていたのだが、こう毎日毎日、朝晩2回とも長いキスをされると流石に唇が痛くなってきた。


 メリズローサの問いかけで、ようやく唇から離れた殿下は少々不機嫌だ。離宮生活9ヶ月目に突入した今、目の前の殿下はメリズローサとほぼ同じ目線にある。

 以前のように頬を膨らませるようなことはなくなったが、代わりにその形のいい眉がしかめられるようになった。


「あの、前回も申しましたが、その……もう少し短くできませんか?」

「無理だ」


 即答かっ!


「大体、1日に2回しかキスできないのに、これ以上短くしたくない」


 殿下1ヶ月前といってることちがうじゃんっ!などという突っ込みはせず、仕方がなく正直に話すことにした。


「すみません。少々唇が痛くて……」


 チラッと上目遣いでみつめれば、殿下は何やらカリンに耳打ちをされていた。そうして、ほんのり目元を赤く色付かせながら、うん。まあ考えとくと言って王宮へと帰っていった。


「珍しく役にたったわね、カリン」

「私は常にお嬢様の味方ですわ」


 結果、次の日からのキスは、時間は短くなったものの、舌の絡まるようなめちゃくちゃ濃厚なものとなってしまった。






「そろそろ本気で労働環境改善をお願いしたいです」


 10ヶ月目を過ぎた頃から、殿下は本当に朝から晩まで入りびたりになってしまった。

 朝日と共に鳴く鳥よりも早く出向き、日付が変わるすれすれまで居座り続ける。

 うん、そろそろ私も限界かもしれないと、メリズローサも感じていた。完全な睡眠不足である。

 朝晩の濃厚なキスに加え、やたらベタベタと張り付きあちらこちらを触りまくる。そのたびに、なんとなく首筋がぞくぞくとするのだが、それを訴えれば逆に喜んでさらに触るの繰り返しだ。

 あー、お小さい時も嫌がれば嫌がるほどしつこくしてきた時があったなあと思えば、まだまだ可愛いらしく見えてしまう。

 実際は既にアルヴィン殿下の身長はメリズローサよりも軽く10センチ以上は高くなっているのだが、そこは全く見えないらしい。可愛いフィルターって怖い。


 まあそんなわけで、カリンはともかくメリズローサは体力的にもギリギリだ。

 それをいかにして殿下に誤解を与えないように話そうかと思案していたところに、カリンのこの暴挙。

 どこから調達したのか、変なハチマキをつけ、のぼりを持ってわっしょいわっしょい吠えている。


 小さい時からカリンには苦渋を飲まされ続けてきた殿下だが、このところ大分彼女の扱いに慣れてきたようで、適当に聞き流しながらベストなタイミングで人参をぶら下げる。


「よし、じゃあ休みをやろう、カリン」

「やっほー、マジですか?」


 え、マジ?


「次は夕方に来るから、支度はゆっくりでいい。晩餐の後はもう呼ばないからゆっくり休め」


「えー、そんだけぇー?」


 いやいや、十分です。代わりに、やっほーやっほーやっほー!

 昼まで寝られるとか、本当に久しぶりじゃないですか。

 心の中で小躍りしながら、生まれてから初めてカリンに感謝したメリズローサだった。






 次の日、殿下が白の離宮に来たのは本当に夕方すぎになってからだった。昼まで爆睡したメリズローサはスッキリした顔で、それはもうにこやかに迎えることが出来た。

 晩餐後、殿下は持参してきた荷車いっぱいの荷物をカリンへと渡す。


「土産だ」

「わーい!いっぱいあるー。なんですか、これ?」


 いそいそとお土産に走るカリンに、殿下も嬉しそうに答える。


「前にキャンプがしたいっていってたな。テントも寝袋も全て揃えておいたから、一晩中外で思う存分楽しんで来い」

「えー、そんなこと言っ、ふんぎゃぶっ……」

「言ったな。行け。特別ボーナスが欲しかったら、今すぐ行け」

「えーと……わーいわーい。キャンプ楽しみです」


 棒読みのカリンが、殿下に蹴りを入れられた足をさすりながら飛び跳ねて出ていく。


「……カリンがあんなにキャンプ好きだとは初めて知りましたわ」

「家臣のことを気にかけてやるのも上に立つものの役目だからな」


 何かが違う気がしたが、メリズローサはまだ少し睡眠が足りてないのか判断が上手くつかないらしい。その隙をついて、殿下は彼女をお姫様抱っこする。


「きゃあっ!」

「さあ、今日は夜通し一緒に過ごそう」

「えっ!?ちょ……ダメですよ。帰らなきゃ」

「帰らない」

「や、ほら、キスをして……」


「今日は、もう、キスはしない」


 乱暴に足でドアを蹴飛ばし、それでもメリズローサだけは優しくベッドの上におろした。少し掠れたような、艶っぽい声が彼女の耳に響く。


「その代わり、明日の朝になったら、いっぱいキスをしよう」


 そう囁いて、アルヴィン殿下はメリズローサの豊満な胸に埋まった。






 そして翌朝、メリズローサは速攻で寝室に飛び込んで来た王様と王妃様に、シーツにくるまった姿のままベッドの上で謝罪と説明を受けることとなった。


 王室には、王族がハンナサクーニャの祝福を受けたとき、あまりにも年齢差が生じた場合に使われるための、ウィワンナーガの祝福を受けた白い離宮があるというのだという。

 反則技のために大っぴらにはできないが、王国存続のためなので使用もやぶさかでない。


 ウィワンナーガの祝福とは、年の取り方がとてもゆるやかになるという、なんかすごい女のロマンのようなものだそうだ。

 ただし、メリズローサが説明を受けたように、従者一人以外はキスでしか招待できない上に、純潔の淑女でないと祝福が効かないようなので、アンチエイジングには効果がないらしい。


 つまり、んっんー、な朝を迎えてしまったおかげで、祝福の効果が切れ、王様夫妻が飛んでこれたのだ。


「ごめんなさいね。この馬鹿息子が、16歳で襲うとか……18歳までは我慢しろと言ったのだけれど」


 そうすれば、メリズローサと同じ年になったのにと、王妃様に小言を言われ、頭をひっぱたかれた殿下だったが、小鼻を少し膨らませていかにも満足そうな顔をしている。

 あー、この顔みたことあるわ。狙いに狙ったトンボを捕まえて、それはそれは嬉しそうに喜んでいた時と同じだと。そう思ったら笑えて来た。


 あの赤ちゃんだった殿下が、可愛らしく笑顔で甘えてきた殿下が、いつの間にかどんどん大きくなって、欲情を帯びた目でメリズローサを見るようになってきて、とうとう美味しくいただかれてしまって……

 本当に大人になってしまっているのだなあと、ちょっとショックを受けていたのだが、どうもそうでもなかったようだ。


 ベッドに腰かけている殿下の顔を覗き込めば、輝かんばかりの笑顔を向けて、メリー、と愛らしく鳴く。



 いくつになっても可愛い可愛い私の殿下だ。



 愛してますわ。これからは一緒に年をとっていきましょうね。


 そう言って、約束通りメリズローサはアルヴィン殿下とキスをした。






 結婚後、メリズローサは世界一可愛い旦那様と二人、あちらでいちゃいちゃ、こちらでいちゃいちゃと幸せを見せつけている。

 幸せすぎて、離宮にいる間に16年も経っていようが、父であるプライルサン侯爵の髪の毛がハゲしく後退してようが、知ったことじゃない。


「呪いでも祝福でも、幸せになったらこっちのもんよね」

「そうっすね。私も殿下の紹介で、素敵な恋人が出来ましたし」

「無理やり紹介させたくせに、よく言うな、おい」

「あら、おめでとう。カリンもお幸せにね」


 相も変わらずメリズローサはアルヴィン殿下を可愛がるし、殿下は殿下でメリーメリーといつでもべったりくっついている。カリンも、……まあいつも通りだ。



「これで、殿下とお嬢様のお子様ができても大丈夫!タイミングはちゃんと合わせますからね、乳母はお任せくださいな」


「……どんな呪いよ、それ」


「絶対に、お断りだ!」


 

 呪いは斜め上の方向で継続中らしいが、とてもとても幸せだ。


 

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