転生待合室のトラック転生者たち
『受付番号T666番さんが入室しました』
真っ白い空間に一人、年のころなら15 6歳ぐらいの少年が、虚空に自動ドアでもあるかのようにスーッと現れた。
「六百六十六って、いやな数字だなぁ」
呟いたところで、一人 同年代ぐらいの少年に声をかけられた。
「なに? そっちもトラック? 多いなぁ。運転手なにやってんだろうな」
同調するような口調でかけられた声に、T666を示された少年は「ですよねぇ」と相槌を打つ。
「俺達なーんも悪くないってのになぁ。ん?」
T666は、自分が手になにかを握りしめていることに気付き、視線を手元にやった。
「あ、スマホ持ってたのにグッチャグチャだわ。あーあ、せっかくス魔法使用者として転生できるかなー、ってここ来た時に期待したのに」
がっくりした、と声と顔で表現すると、声をかけて来た少年が気の毒そうに言葉をかける。
「だてにT666番じゃないってことだな。っんにしても腹立つよなぁあのトラック。俺ちゃんと左右確認したし信号も青なの見てから横断歩道渡ったんだぜ。俺を撥ね殺した後、ちゃんと裁かれててほしいもんだぜあの運ちゃん」
「ほんっと、そうですよねぇ。俺だって信号は確認したっすよ、急いでたから走ってはいたんすけどね」
あたりまえのように、この二人は自分が「殺された」ことを認識している。そのことに関して、周りの人間はなんともない。まるでここではそれがあたりまえであるかのようだ。
T666と声をかけて来た少年以外にも、この真っ白な空間には三人の少年少女が雑談しながらなにかを待っている。
「あ、そいえばセンパイ。T665なんすね。あの女神、なにモタモタやってんすかね めっちゃ押してるじゃないっすか」
T666はけだるそうな口調で、話しかけて来た少年ーーT665にそう言う。
「しゃーねえっしょ、あの女神。転生とか異世界の人間の行き先とか、それ系の作業一手に引き受けるって役割らしいから、大変なんだろ」
なだめるようにT665は、T666の右肩を二度叩いた。
「『同僚ぐらいくれてもいいじゃない、あの無節操扉神』って愚痴ってたっすね。ま、しゃあねえっすか」
と、その時、真っ白い空間に機械的なアナウンスが響いた。
『受付番号T662番さん、663番さん、664番さん、準備ができました。どうぞ』
「ようやくかー」、「案外かかんなかったね。暇つぶしできたからかな?」、「だな。いこうぜ」と、三人それぞれ言った。すると、ブーン、と自動ドアが開いたような音と共に、空間の一部が灰色に染まった。
「ああ、なんか 準備できたら灰色の空間が出て来るから、そこに入れって言ってたっすね」
「そうだっけ? 忘れてたわ」
「センパイ駄目じゃないっすか、それじゃあ留年しちゃうじゃないっすか」
「やめろよ留年とか言うの、リアル留年なりそうだったんだから心に刺さるんだって」
苦笑いして言うT665に、T666は「あ、そうなんすか。地雷だったかな?」とあっけらかんと言い放つ。
「おさきー」
三人のうち、最初に声を発したT662と思しき少年が、待っている二人に手を振って 意気揚々と灰色の空間に入って行った。
T665と666は「「あ、うぃーっす」」と気のない返事といっしょに右手を上げた。
「じゃーねー」
唯一の少女であったT663も、二人に手を振る。それに対して、二人は「「うぇーい」」と小さく左右に手を振り返した。
そんな様子にT663は微笑して、灰色の中に消えた。
「その気持ちはよくわかるぜ。もしお前らもクラニール行きだったら、あっちで会えるかもよ。じゃ、よき転生ライフを」
そう言うとT664は二人にサムズアップした。思わず二人は、それに「「おう」」と勢いのいい返事を頷くのと同時に返した。
「二人っきり、っすね」
「そうだな。今の奴、クラニールとか言ってたな。お前、生き先聞いてる?」
「いやー、なんも聞いてないっすね。あの人たちん時は、時間に余裕あったんじゃないっすか? あの女神」
「だろうなぁ。ほんと、大変なんだな 転生作業って」
「どんな作業なのか、まったく想像つかないっすけどね」
T666の軽口に、「だぁな」とT665は笑う。
『お待たせいたしました。受付番号T665番さん、準備ができました。どうぞ』
「あ、俺だわ」
言うまでもないことなのだが、習性と言う物は精神が「死ぬ」前と同じである以上早々変わる物ではない。つい言ってしまったのだろう。
「センパイ、短い間でしたけどあざっした」
「俺の方こそな。あの三人けっこういた時間が長かったのか、妙に仲良くってよ。入り込めなかったんだわ、助かった。んじゃ、お前もよき転生ライフを、な」
「うぃーっす」
T666の返事に頷き、T665は灰色の中に溶けた。
「一人……か。跳ね飛ばされた時は、孤独感なんて感じる暇なかったんだよな。なんだろ……妙に寒々しい」
独り言をつぶやいてから周りを見る。そうしてから、「この真っ白な空間のせいかもな」と再び呟いた。
『お待たせいたしました。受付番号T666番さん、準備ができました。どうぞ』
「すぐか、ありがたい」
目の前に灰色に開けて行く空間に、そうまた呟いて。T666は開けた灰色へとその身体を同化させた。
そうして誰もいなくなった空間に、また アナウンスが流れた。
『受付番号T662から666番までの方々が、転生しました』
転生を司る女神、リカネの仕事はこうして続いて行く。
とある世界で、架空存在の転生が繰り返される限り、女神の仕事に完全な休息は訪れないのである。
「ふぅ、とりあえず一息ー。まったく、なんて設定作ったのよ! あのバカー!!」
つかの間の一人に吼える女神の声は、とあるダイスの女神を苦笑いさせたとか、そうでないとか。
出落ち